第544話 卒業舞踏会
お手すきの際に是非!
《剣聖》になった弟に家を追い出された俺のスキルは《会員》でした
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卒業式が終わってからしばらくして、俺は学院内に用意された部屋で着替えていた。
「……これでいいのかな」
鏡を見る。
母上が用意してくれた正装は、昨日仕立て屋に直してもらったおかげで体にぴったり合っている。
普段の制服とは全然違う。
こういう服を着ることには、まだ慣れない。
「昨日まで何も用意してなかったんだよな……」
思い出すだけで恥ずかしい。
俺の行動や発言で、婚約者であるミラに恥をかかせることになる。
「気をつけないとな」
部屋を出て、大広間へ向かう。
さっきまで卒業式が行われていた場所とは思えないほど、雰囲気が変わっていた。
椅子の多くは片付けられ、中央には広い空間が作られている。
壁際には料理や飲み物が並び、楽団の人たちが楽器を準備していた。
参加しているのは卒業生だけじゃない。
保護者や先生たち、来賓もいる。
国王と王妃の姿もあった。
「リオン」
「母上」
父上と母上がやってきた。
母上が俺を上から下まで見る。
「うん。よく似合ってるわ」
「ありがとうございます」
父上も頷いた。
「これなら問題ないな」
「昨日はすみませんでした」
「私に謝ることではない」
「はい」
分かっている。
ミラにもちゃんと謝らないと。
「それにしても、ミラさんはまだみたいね」
「そうですね」
「楽しみね」
「何がですか?」
「見れば分かるわ」
母上が意味ありげに笑った。
何だろう。
◇
しばらくすると、会場の入口が少し騒がしくなった。
何人かがそちらを見る。
俺も振り返った。
「……あ」
ミラだ。
婚約の時に着ていたものとも違うドレスだった。
派手すぎない色合いだけど、細かな装飾が施されていて、舞踏会の灯りを受けると柔らかく輝く。
髪もいつもとは違う形にまとめられていた。
思わず見てしまう。
ミラも俺に気づき、こっちへ歩いてきた。
「リオン」
「……うん」
「何、その反応」
「いや、その……」
「変?」
「違うよ」
慌てて首を横に振る。
「すごく似合ってる」
ミラの頬が少し赤くなった。
「ありがとう」
「婚約の時とは違うドレスなんだね」
「当たり前でしょ。今日は卒業舞踏会なんだから」
ミラが笑う。
「あ、それと昨日はごめん」
「何が?」
「舞踏会の服。何も考えてなくて」
「ああ」
「父上にも叱られたよ」
「なんて?」
「俺だけならともかく、ミラに恥をかかせることになるって」
ミラが少し驚いた顔をした。
「そこまで言われたの?」
「うん。でも、その通りだと思う」
「もういいよ。ちゃんと用意できたんだから」
「ありがとう」
「その代わり」
「何?」
「今日は恥かかせないでね」
「ダンス?」
ミラが笑う。
「それも」
「……それも?」
「ほら、行こう」
意味を聞く前に歩き出してしまった。
その時、ミラの左手が目に入る。
「あれ?」
「何?」
「その指輪」
婚約指輪だ。
俺が贈ったダイヤモンドが輝いている。
「今日つけてきたんだ」
「うん。せっかくだから」
ミラが嬉しそうに左手を見る。
その時だった。
「あら?」
近くにいた女性が足を止めた。
「その指輪……」
「まあ、綺麗」
「何という宝石ですの?」
一人が気づくと、次々と人が集まってくる。
「ミラ」
「何?」
「なんか大変なことになってない?」
「私もそう思う」
ハーウェイ侯爵夫人もやってきた。
「やっぱり目立つわね」
「お母様」
「この石は何というのです?」
貴族夫人の一人が尋ねる。
「ダイヤモンドです」
「ダイヤモンド?」
ミラが手を少し動かすと、石が細かく光る。
「こんなに輝く宝石があるのね」
「とても綺麗ですわ」
「角度によって光り方が変わりますのね」
母上まで加わった。
「本当に綺麗ね。こういう場所だと余計に目立つわ」
気づけば、ミラの周りには女性たちが集まっていた。
「リオン」
ヴィクトルがやってくる。
「何?」
「お前、とんでもないもの持ち込んだな」
「ダイヤモンド?」
「そうだよ。見ろ」
完全に商人の顔だ。
「これ、絶対売れる」
「そんなに?」
「これ見て分からないのか?」
分からなくはない。
女性たちの視線が指輪に集中している。
「ただ、アルスレイン王国にはダイヤモンドが取れる鉱山はないはずだ」
「ないんだ」
「ああ。少なくとも俺は聞いたことがない」
「じゃあ難しいね」
「逆だ」
「逆?」
「希少だから価値が出る。問題は安定した仕入れルートを作れるかどうかだ」
ヴィクトルの目が輝く。
「それさえできれば、アルスレイン王国で爆発的に流行る可能性がある」
「もう商売のこと考えてるんだ」
「当然だろ」
さすがヴィクトルだ。
「それに、ほら」
ヴィクトルが視線を向ける。
セレナだった。
「……あれ?」
セレナの左手にも、透明な石のついた指輪がある。
「セレナ」
「何?」
「その指輪、ダイヤモンド?」
「そうよ」
「なんで持ってるの?」
答えたのは隣にいたエドガーだった。
「僕が用意したんだ」
「エドガーが?」
「ああ。以前、リオンからダイヤモンドの話を聞いただろう? 気になって調べたんだ」
「手に入ったんだね?」
「かなり苦労したけどね」
セレナが指輪を見る。
「実物を見るまでは、そこまで気にしていなかったんだけど」
「綺麗でしょ?」
「ええ。ありがとう、エドガー」
ヴィクトルがすぐにエドガーを見る。
「殿下。仕入れ先は?」
「教えないよ」
「ですよね」
「ヴィクトル、早いよ」
「商売は早さが大事なんだ」
ヴィクトルがミラとセレナの指輪を交互に見る。
「これは調べる価値がある」
もう頭の中では商売が始まっているらしい。
◇
やがて学院長が前へ出た。
「それでは、卒業祝賀舞踏会を始めます」
短い挨拶のあと、国王も前へ出る。
「今宵の主役は卒業生たちだ。今日まで共に学んだ仲間、そして支えてくれた家族や教師たちと、存分に楽しんでほしい」
それだけだった。
楽団が演奏を始める。
来た。
四日間の練習の成果を試す時だ。
「リオン」
「何?」
「なんでそんなに真剣な顔してるの?」
「緊張してる」
「舞踏会で?」
「ダンスで」
ミラが笑う。
「昨日はちゃんと踊れてたでしょ?」
「今日は人が多いから」
「大丈夫」
ミラが俺を見る。
あ、待ってる。
練習した通りに姿勢を整え、ミラの前に立つ。
手を差し出した。
「ミラ。踊っていただけますか?」
一瞬、目を丸くしたあと、ミラが笑った。
「もちろん」
手を取る。
◇
一、二、三。
一、二、三。
頭の中で数えながら足を動かす。
「リオン」
「何?」
「もしかして数えてる?」
「声には出してないよ」
「顔に出てる」
「そんなに?」
「うん」
恥ずかしい。
でも、ちゃんと踊れている。
ミラの足も踏んでいない。
周囲を見る余裕も少しだけある。
「上手くなったね」
「四日も練習したからね」
「最初は私の足を踏んでたのに」
「それは忘れて」
「ガイルとぶつかってたし」
「それも忘れて」
ミラが笑う。
「でも、本当に大丈夫そう」
「よかった」
少し安心した。
その時、大きな人影が近づいてくる。
ガイルだ。
ナディアと踊っている。
俺とガイルの目が合った。
以前なら、このままぶつかっていた。
でも今日は違う。
俺が少し進路を変える。
ほぼ同時に、ガイルも動いた。
綺麗にすれ違う。
一瞬だけ目が合った。
ガイルが小さく頷く。
俺も頷いた。
やった。
「何してるの?」
「いや、何でもない」
ミラは呆れたように笑った。
◇
一曲目が終わった。
「よし!」
ガイルが拳を握る。
「完璧だった!」
「完璧ではありません」
ナディアが即答する。
「でも踊れただろ?」
「はい。それは認めます」
「よし!」
「そこで満足しないでください」
いつも通りだ。
その横ではフィーネが普通に踊っていた。
しかも、やっぱり上手い。
ガイルも気づく。
「……納得できない」
「まだ言ってるの?」
「だって昨日始めたばっかりだぞ」
「もう諦めようよ」
「お前は悔しくないのか?」
「悔しいけど、もういい」
フィーネがこちらを見る。
「何の話ですか?」
「何でもない」
俺とガイルの声が重なった。
◇
少し休んでいると、アデライン先生が声をかけてきた。
「きちんと踊れていましたね」
「かなり練習しました」
「知っています」
「見てたんですか?」
「何度か」
「最初は酷かったですよね」
「ええ」
先生が少し笑った。
クラリッサ先生もこちらを見る。
「まだ足元を気にしすぎていますけどね」
「先生にも分かるんですか?」
「見れば分かります」
「研究じゃなくても分析するんですね」
「観察することは大切ですから」
ベルンハルト先生にも、
「舞踏会でまで難しい顔をするな」
と言われた。
ローヴェン先生は、
「今日は楽しめ。それでいい」
とだけ言った。
卒業したばかりなのに、まだ先生たちに教えられている気がする。
◇
次の曲では、保護者たちも踊り始めた。
「あ」
ミラが指差す。
ハーウェイ侯爵と侯爵夫人だ。
動きに迷いがない。
周囲を見ながら、自然に踊っている。
「……全然違う」
「何が?」
「俺たちと」
「お父様とお母様は、こういう場に何度も出てるから」
「比べる相手を間違えたかな」
「かなりね」
そこへ母上が父上を見る。
「エマ」
「何ですか?」
「私たちも踊らないか?」
「私は――」
「一曲だけいいだろう」
母上が少し黙った。
「……はい」
「父上も踊るんだ」
母上が笑う。
「あなたよりずっと上手よ」
「本当に?」
踊り始める。
「……本当だ」
父上、普通に上手い。
「リオン、負けてるね」
「父上にダンスで負けるとは思わなかった」
「何を競ってるの?」
確かに。
でも父上が元気に踊っている姿を見ると安心する。
◇
少し離れたところでは、ガイルとナディアがまた踊っている。
ベイルン家の家族も見ていた。
特にガイルの姉は、弟をじっと見ている。
「……ちゃんと踊れている」
少し驚いているようだ。
母親が笑う。
「随分練習したみたいよ」
「そうですか」
姉の視線がナディアへ移る。
ナディアは自然にガイルに合わせている。
ガイルも楽しそうだ。
「……なるほど」
「何が?」
「いえ。何でもありません」
姉はそれ以上何も言わなかった。
◇
しばらくして、国王と王妃が退出することになった。
「私はここで失礼する。あとは若者たちで楽しむといい」
二人を見送り、高位の来賓たちも次第に歓談中心になる。
会場の空気が少し柔らかくなった。
料理の並ぶところへ行くと、いつものメンバーが集まっていた。
「これで本当に終わりか」
ガイルが言った。
「卒業証書もらって、舞踏会まで来て、今気づいたのか?」
ヴィクトルが呆れる。
「さっきまではまだ学院の行事だっただろ」
「今も学院の行事だぞ」
「あ」
みんなが笑った。
ナディアが会場を見回す。
「でも、明日からはこうして毎日会うこともありませんね」
少しだけ静かになった。
「そうだね」
ミラが言う。
エドガーは王宮。
ナディアは大使館。
フィーネも王宮。
ヴィクトルは商会。
ガイルやクラウスにも、それぞれ進む道がある。
俺も王都にずっといるわけじゃない。
「またみんなで集まろうよ」
ミラが言った。
「全員の予定を合わせるのは大変そうだな」
ヴィクトルが答える。
「僕が一番難しいかもしれないね」
エドガーが苦笑する。
「王子なんだから何とかしろ」
「王子だから難しいんだよ」
また笑いが起きる。
「だったら、集まれる時に集まればいいよ」
俺が言う。
ガイルがすぐに反応した。
「それ俺が昨日言ったぞ!」
「そうだっけ?」
「言った!」
そういえば言っていた気もする。
◇
「リオン」
ヴィクトルが再び俺を呼ぶ。
「何?」
「さっきのダイヤモンドの話だけど」
「まだ考えてたの?」
「当たり前だ」
ヴィクトルがミラとセレナの周囲を見る。
今も指輪について話している女性たちがいる。
「これだけ反応があるんだ。調べない理由がない」
「アルスレインじゃ取れないんだよね?」
「ああ。だから国外の交易路を調べる。どの国で採れるのか、誰が扱っているのか」
「もうそこまで?」
「みんなが欲しいって言い始めてから動いたら遅い」
なるほど。
前世の商売でもそうだった。
「何か協力できることがあったら言って」
「もちろん」
ヴィクトルが笑う。
「リオンが持ち込んだんだからな」
「俺、商売にするつもりで持ってきたわけじゃないけど」
「そういうところから商売は生まれるんだよ」
やっぱりヴィクトルは商人だ。
◇
しばらくして、楽団の演奏が止まった。
「次が最後の曲となります」
会場に声が響く。
「最後か」
急に少し寂しくなった。
「リオン」
ミラが俺を見る。
「踊る?」
「もちろん」
今度は自然に手を差し出せた。
「踊っていただけますか?」
「はい」
ミラが俺の手を取る。
最後の曲が始まった。
一、二、三。
「リオン」
「何?」
「また数えてる?」
「少しだけ」
「まだ数えてるんだ」
「念のため」
ミラが笑う。
でも、一曲目とは違う。
周囲も見える。
音も聞こえる。
ミラの顔を見る余裕もある。
しばらく踊っていると、ミラが小さく言った。
「卒業しちゃったね」
「うん」
「三年間、どうだった?」
少し考える。
会場を見る。
エドガー。
セレナ。
ヴィクトル。
ガイル。
ナディア。
フィーネ。
クラウス。
レティシア。
他のクラスメイトたち。
先生たち。
父上と母上。
そして、目の前のミラ。
「楽しかったよ」
それで十分だった。
ミラが笑う。
「私も」
いつの間にか、頭の中で数えるのをやめていた。
それでも、ちゃんと踊れていた。
◇
最後の曲が終わった。
大きな拍手が起こる。
卒業舞踏会も終わりだ。
みんなが少しずつ帰り始める。
俺もミラたちと一緒に学院の外へ出た。
夜の空気はまだ少し冷たい。
正門を出る前に、足を止めた。
「リオン?」
「ちょっとだけ」
振り返る。
夜の王立学院。
三年前、ここへ入学した。
最初は、三年後の自分がどうなっているかなんて想像もできなかった。
飛び級をした。
研究をした。
試験を受けた。
失敗もした。
友達ができた。
ミラと婚約した。
本当にいろいろあった。
今日で、俺は王立学院の生徒ではなくなった。
でも、ここで学んだことも、出会った人たちも、なくなるわけじゃない。
「……ありがとう」
「何?」
ミラが聞く。
「王立学院に」
ミラが学院を見る。
「うん」
少しだけ笑った。
「私も」
もう一度、学院を見る。
ありがとう、王立学院。
三年間、本当に楽しかった。
第29話から始まった王立学園編は今回で終了です。
ここまでお付き合い頂いた読者の皆様には感謝しています。
ありがとうございます。
次回からはタイトルにある『没落領地を再建する』の回収が始まります。
引き続きこちらの作品をご覧頂けると幸甚です。




