第543話 卒業式
卒業式の朝。
目が覚めると、いつもより部屋が静かに感じた。
机の上には、昨夜書き上げた卒業生代表の挨拶が置いてある。
もう一度読む。
「……これでいこう」
「ピー」
ピコが机の端で鳴いた。
「緊張するな」
「ピー?」
「今日は人が多いんだよ」
直そうと思えば、いくらでも直せる。
でも、これ以上触ったら、何を伝えたかったのか分からなくなりそうだ。
紙を畳んで制服の内側へしまう。
「よし」
今日は卒業式だ。
◇
学院へ到着すると、いつもの朝とはまるで空気が違った。
正門には何台もの馬車が止まり、卒業生の家族や来賓が次々と学院へ入っている。
在校生たちも、普段よりきちんとした格好をしていた。
「リオン!」
振り返る。
「ミラ」
「おはよう」
「おはよう」
ミラも制服姿だ。
「緊張してる?」
「かなり」
「昨日は大丈夫そうだったのに」
「昨日は誰もいなかったからね」
「大丈夫だよ」
「何が?」
「リオンなら」
「それ、一番困る励まし方なんだけど」
ミラが笑った。
俺たちは卒業生の集合場所へ向かった。
◇
やがて入場の時間になった。
大広間の扉が開き、卒業生たちが順番に中へ入っていく。
俺も列に続いた。
昨日までは空だった椅子が、今日は人で埋まっている。
来賓席。
保護者席。
学院関係者。
そして壇上には、国王陛下たちの姿もあった。
歩きながら、つい保護者席を見てしまう。
「あ」
すぐに父上と母上を見つけた。
母上も俺に気づいたらしい。
一瞬、手を上げそうになったけど、式の最中だと思い直したのか、嬉しそうに笑うだけにした。
父上はいつも通りだ。
俺と目が合うと、小さく頷いた。
少し離れたところにはハーウェイ侯爵と侯爵夫人。
ミラを見つめている。
侯爵夫人は、すでに目元が少し潤んでいるように見えた。
ヴァレスト公爵の姿もある。
セレナを見る表情は、いつもの厳しい公爵というより、娘の卒業を見に来た父親だった。
エドガーの両親である国王陛下と王妃様は壇上にいる。
そして、ローデン商会の会長であるヴィクトルの父。
以前、商会の話で何度も会った人だ。
その隣には、ヴィクトルとどこか似た雰囲気の女性がいる。たぶん母親だろう。
フィーネの家族も来ていた。
大貴族たちのような華やかな服装ではない。
でも、フィーネを見つめる二人の顔は誰より嬉しそうだった。
そしてガイルの家族。
すぐに分かった。
父親も母親も大きい。
その隣にいる女性もかなり背が高い。
女性であれだけ高い人は珍しいけど、ガイルよりは小さい。
「……あれがお姉さん?」
前を歩いていたヴィクトルが小さな声で聞いた。
ガイルが僅かに振り返る。
「ああ」
「でか――」
「最後まで言うな」
「なんで?」
「聞かれたら、ありとあらゆる方法で指導されるぞ」
「……怖いな」
「怖いぞ」
ガイルの顔が本気だった。
壇上の横には、学院の先生たちが並んでいる。
アデライン先生。
ベルンハルト先生。
ローヴェン先生。
クラリッサ先生。
他にも、これまで俺たちを教えてくれた先生たち。
ベルンハルト先生はいつも通り背筋を伸ばし、真っ直ぐ卒業生を見ている。
ローヴェン先生も表情はほとんど変わらない。
クラリッサ先生は静かにこちらを見ていた。
アデライン先生と目が合う。
ほんの少しだけ笑った。
昨日まで授業を受けていた。
でも、もうあの教室で先生たちから教わることはない。
改めてそう思うと、胸の奥が少しだけ重くなった。
卒業生全員が席についた。
王立学院の卒業式が始まった。
◇
最初に学院長から挨拶があった。
今日まで学んできたことに誇りを持つこと。
そして、学院を卒業しても学ぶことそのものは終わらないという話だった。
その後、国王陛下が壇上に立つ。
卒業を祝う言葉と、これから王宮、領地、商い、研究、騎士など、それぞれの場所へ進んでいく俺たちへの期待。
得た知識や力を自分だけのためではなく、人々のためにも役立ててほしいという内容だった。
思っていたより長くなかった。
少し安心した。
このあと自分の挨拶があると思うと、これ以上緊張したくない。
◇
卒業証書の授与が始まった。
一人ずつ名前を呼ばれる。
「エドガー・アルスレイン」
「はい」
エドガーが立ち上がる。
普段と変わらない落ち着いた足取りで壇上へ向かう。
「セレナ・ヴァレスト」
「はい」
セレナ。
「ミラ・ハーウェイ」
「はい」
ミラが証書を受け取り、振り返った時、少しだけ俺の方を見た。
「ヴィクトル・ローデン」
「はい」
「クラウス・レインフォード」
「はい」
「フィーネ・ラウベル」
「はい」
フィーネが立ち上がる。
保護者席を見ると、母親が口元を押さえていた。父親も何度も頷いている。
平民として学院へ入り、最後はSクラスで総合一位。
家族からしたら、どんな気持ちなんだろう。
「ナディア・セルヴァン」
「はい」
ナディアが立つ。
セルヴァン王国の第一王女としてではなく、今日は一人の卒業生として壇上へ向かう。
「ガイル・ベイルン」
「はい!」
声が大きい。
広間に響いた。
何人かが笑う。
保護者席では、ガイルの姉が額に手を当てていた。
あれは卒業しても変わらない気がする。
そして。
「リオン・ハル」
「はい」
立ち上がる。
昨日歩いた道だ。
でも、全然違う。
一歩ずつ壇上へ向かう。
学院長の前に立った。
「卒業おめでとう」
「ありがとうございます」
卒業証書を受け取る。
手にした瞬間、急に実感が湧いてきた。
本当に卒業するんだ。
席へ戻る途中、保護者席を見る。
父上が頷く。
母上は、もう目元が赤かった。
まだ挨拶もしてないのに。
◇
全員への卒業証書の授与が終わった。
司会を務めている教師が前へ出る。
「続いて、卒業生代表挨拶。リオン・ハル」
「はい」
立ち上がる。
広間が静かになった。
昨日確認した壇上へ向かう。
顔を上げる。
人。
人。
人。
昨日とはまるで違う。
国王。
先生方。
父上と母上。
ミラたち。
卒業生たち。
一度、息を吸う。
用意した紙を開いた。
「本日、私たちは王立学院を卒業します」
自分の声が広間に響く。
「三年前、私はこの場所で、新入生代表として挨拶をしました」
少しだけ顔を上げる。
父上と母上がこちらを見ている。
「その時の私は、学ぶことは、ただ答えを教えてもらうことではない。
そして、自分が持つ力を何に使えるのかを考え続けたい、と話しました」
覚えている。
三年前の俺は、本気でそう思っていた。
「ですが、卒業する今日になって振り返ると、あの時の私は、その言葉の意味をまだ十分には理解していなかったのだと思います」
広間は静かなままだ。
「私は、自分で考えることが大切だと思っていました。それは今も変わりません。
でも、この学院で、自分で考えることと、一人だけで考えることは違うのだと学びました」
先生たちを見る。
「分からないことを、分かっているふりをしない。できないことをごまかさない。
先生方から、そう教えていただきました」
ベルンハルト先生が静かに聞いている。
「分からなければ、人に聞けばいい。自分とは違う意見を持つ人の話を聞けばいい。
その結果、自分が最初に考えていた答えが変わることもあります」
ミラ。
ヴィクトル。
エドガー。
セレナ。
ガイル。
ナディア。
フィーネ。
クラウス。
みんなを見る。
「学院で学んだのは、正しい答えを一人で出す方法ではありませんでした。
違う考えを持つ人たちと一緒に、より良い答えを探していくことだったのだと思います」
少し間を置く。
「研究では、何度も失敗しました」
クラリッサ先生の方を見る。
「うまくいかなかった時、私はそれを失敗だと思っていました。
でも、なぜうまくいかなかったのかを知ることができれば、それも次につながる結果なのだと教えていただきました」
クラリッサ先生が静かにこちらを見ている。
「失敗しない人になることは、たぶんできません。これからも失敗すると思います。
でも、その時に理由を考え、次に何を変えるのかを考えることはできます」
これからのことが頭に浮かぶ。
領地。
王宮。
まだ何が待っているのか分からない。
「そして、学院の外でも、ある方から教えていただいたことがあります」
一度、卒業生たちを見る。
「卒業してからでもできることはある。でも、今の仲間と同じ教室で学べる時間は、今しかない」
ガイルが僅かに顔を上げた。
ミラもこちらを見る。
「今、その意味がよく分かります」
喉の奥が少し詰まった。
「毎日同じ教室へ行くこと。同じ場所で勉強すること。一緒に昼食を食べること。
試験の点数を見て喜んだり、悔しがったりすること。
そんな日々が、ずっと続くような気がしていました」
でも、今日で終わる。
「明日から、私たちはそれぞれ違う場所へ進みます。
だから今になって、何でもないと思っていた毎日が、とても大切な時間だったのだと気づきました」
ミラが少し俯いた。
ガイルも、今日は真面目な顔をしている。
「そして、今日この場所で、どうしても感謝を伝えたい方々がいます」
先生たちを見る。
「私たちを教えてくださった先生方。時には厳しく叱り、答えだけではなく、どう考えるのかを教えてくださいました」
アデライン先生と目が合う。
「昨日、アデライン先生から最後の授業を受けました。
学院で答えを教えてもらえる時間は終わっても、学ぶことが終わるわけではないと教えていただきました」
アデライン先生の表情が少しだけ柔らかくなる。
「でも、私たちの学院生活を支えてくださったのは、先生方だけではありません」
僅かに会場の空気が動いた。
「寮で毎日の生活を支えてくださった皆さん。
朝早くから夜遅くまで、私たちが安心して暮らせる環境を整えてくださいました」
寮監の顔が浮かぶ。
「毎日、教室や廊下をきれいにしてくださった皆さん。
私たちは、いつも整った場所で学ぶことができました」
広間の端にいる学院職員たちが顔を見合わせる。
「授業や訓練で疲れた時、温かい食事を食べ、また次の授業へ向かうことができたのは、食堂で働いてくださった皆さんのおかげです」
何度、みんなであの食堂に集まっただろう。
「私たちが当たり前だと思っていた学院生活は、たくさんの方々に支えていただいたからこそ成り立っていました。
本当にありがとうございました」
頭を下げる。
顔を上げると、職員席で目元を押さえている人がいた。
そして、保護者席を見る。
「そして、家族の皆さん」
母上の表情が変わった。
「私たちがここで学ぶことを、経済的にも、そして精神的にも支えてくださいました」
フィーネの両親。
ヴィクトルの家族。
ミラの両親。
セレナの父親。
ガイルの家族。
みんなを見る。
「離れた場所から見守ってくださった方。うまくいかない時に話を聞いてくださった方。
成功した時、自分のことのように喜んでくださった方。
何も言わず、ただ信じて送り出してくださった方もいると思います」
母上が口元を押さえた。
一筋、涙が頬を伝う。
父上が隣で母上を見る。
でも、何も言わない。
ハーウェイ侯爵夫人も目元を拭っていた。
侯爵は妻を見たあと、卒業生席のミラへ視線を向ける。
ヴァレスト公爵もセレナをじっと見ている。
「私たちが今日ここに立っていられるのは、自分たちだけの力ではありません」
声が少し震えそうになる。
でも、続ける。
「そして、共に学んだ仲間たち」
卒業生席を見る。
「競い合った人がいました。分からないことを教えてくれた人がいました。
間違っている時に、間違っていると言ってくれた人がいました」
ヴィクトルが少し笑う。
「失敗した時、一緒に考えてくれた人がいました。
成功した時、自分のことのように喜んでくれた人がいました」
ミラを見る。
ガイルが少しだけ目を逸らした。
「学院で得た一番大きなものは、知識だけではなかったと思います。
私は、この学院で出会った人たちから、本当に多くのことを学びました」
母上はもう隠すこともなく涙を拭っている。
「三年前、私は、自分の力を何に使えるのかを考え続けたいと話しました」
昨日のアデライン先生の言葉を思い出す。
「今日、卒業するからといって、その答えが出たわけではありません」
会場を見渡す。
「これから先、私たちは迷うと思います。失敗することもあると思います。
何が正しいのか分からないことも、きっとあります」
少し息を吸う。
「その時は、自分で考える。でも、一人だけで考えない」
アデライン先生が静かに頷く。
「人の話を聞き、失敗した理由を考え、自分とは違う立場からも物事を見る。
そして、自分が持つ力を何のために使うのかを考え続ける」
それが、この三年間で俺が学んだことだ。
「今日、私たちは王立学院を卒業します」
一度、言葉を止める。
「でも、学ぶことから卒業するわけではありません」
広間が静まり返る。
「これまで私たちを支えてくださったすべての方々に、心から感謝いたします。
そして、今日一緒に卒業する皆さんと、いつかまた、それぞれの場所で成長した姿で会えることを楽しみにしています」
最後に、もう一度会場を見る。
「本当に、ありがとうございました」
深く頭を下げた。
数秒。
何も聞こえなかった。
……長すぎた?
そう思った直後。
大きな拍手が広間を包んだ。
顔を上げる。
母上が泣きながら拍手している。
父上も。
ハーウェイ侯爵と侯爵夫人。
ヴァレスト公爵。
先生たち。
そして卒業生たち。
ミラも目元を拭きながら拍手している。
ガイルまで妙に顔が赤い。
壇上を降り、自分の席へ戻る。
「リオン」
隣のミラが小声で呼ぶ。
「何?」
「よかったよ」
「ありがとう」
「……ずるい」
「何が?」
「泣きそうになった」
「泣いていいんじゃない?」
「リオンが言わないで」
少し笑った。
◇
卒業式が終わった。
大広間を出ると、先生たちが卒業生を待っていた。
最初にアデライン先生が俺のところへ来る。
「良い挨拶でした」
「ありがとうございます」
「昨日の授業の話も入っていましたね」
「かなり使わせてもらいました」
「あなた自身が考え、自分の言葉で話したのでしょう?」
「はい」
「なら、それでいいんです」
アデライン先生らしい。
「この一年間、本当にありがとうございました」
「こちらこそ。卒業おめでとうございます、リオン君」
「はい」
次にベルンハルト先生が来る。
「卒業おめでとう、ハル」
「ありがとうございます」
先生が俺の顔をじっと見る。
「三年Sクラスへ飛び級してきた頃は、周囲を気にしながら立っていたな」
「覚えてるんですか?」
「担任だったからな」
ベルンハルト先生が少しだけ口元を緩める。
「今は、随分と自分の立つ場所が分かるようになったようだ」
「……ありがとうございます」
「だが、卒業したからといって慢心するな」
「はい」
「それでいい」
短い言葉だった。
でも、三年生の頃に見てもらっていた先生にそう言われると嬉しかった。
「先生も、ありがとうございました」
「ああ」
ローヴェン先生もいた。
「卒業おめでとう」
「ありがとうございます」
「学院を出てからの方が長い」
「はい」
「分からないことが増えても、焦るな。順番に考えろ」
「はい」
「以上だ」
本当に必要なことだけだ。
でも、ローヴェン先生らしい。
「ありがとうございました」
「ああ」
最後にクラリッサ先生。
「卒業おめでとうございます」
「ありがとうございます」
「研究の話まで出てくるとは思いませんでした」
「大事なことだったので」
「……そうですか」
少し間を置く。
「卒業後も、失敗はすると思います」
「はい」
「その時は、失敗したことより、理由を見てください」
「分かりました」
「それなら十分です」
「ありがとうございました」
「こちらこそ」
◇
先生たちへの挨拶を終えると、今度は家族たちが待っていた。
「リオン!」
「母上」
母上がすぐに俺のところへ来る。
やっぱり目が赤い。
「すごく良かったわ」
「ありがとうございます」
「本当に……」
また泣きそうになっている。
「母上、まだ泣いてません?」
「泣いてないわ」
「さっき思い切り泣いてましたよね?」
「嬉しかっただけよ」
「それを泣いたって言うんじゃ……」
「リオン」
父上が来る。
「父上」
「良かったぞ」
「ありがとうございます」
それだけ。
でも、この一言が嬉しい。
「卒業おめでとう」
「はい」
父上にそう言われて、ようやく本当に終わったんだと思えた。
「リオン君」
声をかけられる。
ハーウェイ侯爵と侯爵夫人だ。
「侯爵様、侯爵夫人」
「卒業おめでとう」
「ありがとうございます」
侯爵夫人がまだ少し潤んだ目で笑う。
「素敵な挨拶でした」
「ありがとうございます」
「ミラも、良い学院生活を送れたみたいね」
ミラを見る。
「はい」
ミラも嬉しそうに笑っている。
ハーウェイ侯爵が俺を見る。
「娘がこの学院で良い友人たちに恵まれたことは、父親として嬉しく思う」
「自分もミラには何度も助けてもらいました」
「そうか」
侯爵が少し笑う。
「これからもよろしく頼む」
「はい」
婚約者の父親から言われると、少し緊張する。
◇
少し離れた場所から、大きな声が聞こえた。
「痛っ!」
ガイルだ。
振り向く。
ガイルの前には、さっき保護者席にいた姉が立っていた。
近くで見ると、やっぱりかなり背が高い。
「姉上! いきなり何するんだよ!」
「いきなりではありません」
ガイルの姉が落ち着いた声で言う。
「卒業式を終えた直後に、その言葉遣いは何ですか」
「家族なんだからいいだろ!」
ゴン。
「痛っ!」
頭を叩かれた。
「口答えをしない」
「殴ることないだろ!」
「では、言われる前に直しなさい」
「……はい」
横でヴィクトルが目を丸くしている。
「この国で三番目に強いガイルを圧倒してる……」
「戦ってないだろ!」
「ガイルさん」
今度はナディアの声だった。
「はい」
ガイルが反射的に静かになる。
ヴィクトルが俺を見る。
「二人いると完全に勝ち目ないな」
「うん」
そこへナディアがガイルの姉へ近づいた。
ガイルの姉はすぐに姿勢を正し、深く頭を下げる。
「初めてお目にかかります。ナディア・セルヴァン第一王女殿下」
さっきガイルを殴っていた人と同一人物とは思えないほど、礼儀正しい。
「ベイルン家の者として、ご挨拶申し上げます。弟が学院では大変お世話になったと伺っております」
「こちらこそ、ガイルさんには何度も助けていただきました」
ナディアも丁寧に答える。
「それから、勉強については一緒に取り組んだだけですので、どうぞお気になさらないでください」
「いいえ。弟の成績を見れば、殿下のお力添えがあったことは明らかです。
姉として、心より御礼申し上げます」
「私もガイルさんと一緒に学ぶことで、得るものがありました」
「もったいないお言葉です」
ガイルが二人を交互に見る。
「姉上、ナディア相手だと全然――」
「ガイルさん」
「……はい」
最後まで言わせてもらえなかった。
ナディアが笑顔のまま続ける。
「卒業しても勉強は終わりではありませんよ?」
「分かってるって」
ゴン。
「痛っ!」
今度は姉に叩かれた。
「分かっている者の返事ではありません」
「はい……」
ヴィクトルが小声で言う。
「やっぱりこの国で三番目に強いガイルを圧倒してる」
「だから戦ってない!」
「ガイルさん」
「はい」
またナディアに止められた。
ナディアと姉が目を合わせる。
何となく、息が合っている。
「でも」
姉が少しだけ表情を緩めた。
「卒業おめでとう、ガイル」
「姉上……」
「最後までSクラスで、よく頑張りましたね」
「おう」
姉の眉が動く。
「あ……はい」
「よろしい」
ガイルが少し誇らしそうに胸を張る。
「最後は実技と専門が百点だったぞ」
「聞いています」
「すごいだろ」
「はい。それは立派でした」
珍しく素直に褒められ、ガイルが嬉しそうな顔をする。
するとナディアが言った。
「総合科目は七十五点でしたね」
「今それ言う!?」
「ですが、以前よりずっと良くなりました」
「……そっちも言ってくれよ」
「ですから言いました」
姉が小さく笑う。
「確かに、昔より随分できるようになりました」
「だろ?」
「誰のおかげだと思っているのです?」
ガイルが止まる。
姉を見る。
次にナディアを見る。
「……姉上とナディアです」
「よろしい」
ナディアが少し頬を赤くした。
「私は、それほど……」
「いいえ、殿下」
姉がもう一度丁寧に頭を下げる。
「弟を支えてくださったこと、姉として心より感謝申し上げます」
「こちらこそ」
二人が微笑み合う。
ガイルだけが、さっき叩かれた頭をさすっていた。
◇
辺りを見る。
エドガーは国王陛下や王妃様と話している。
セレナはヴァレスト公爵のところへ。
ヴィクトルはローデン商会の会長である父親と話している。
卒業式が終わったばかりなのに、もう商売の話をしているように見えるのがヴィクトルらしい。
フィーネは家族に囲まれていた。
母親が何度もフィーネの手を握っている。
クラウスも家族と話している。
ミラは両親のそばにいる。
みんな、それぞれの家族のところへ戻っていく。
その光景を見ていると、少し不思議な気持ちになった。
三年間。
俺の場合は、たった三年間だった。
でも、本当にいろいろなことがあった。
「リオン」
「何?」
ミラが戻ってきた。
「そろそろ行かないと」
「どこへ?」
ミラがじっと俺を見る。
「……リオン?」
「あ」
思い出した。
「舞踏会!」
「今日は覚えてた?」
「覚えてたよ! 一瞬忘れただけ!」
「それを忘れたって言うんじゃない?」
「違うよ。今は卒業式の余韻に浸ってただけ」
「はいはい」
ミラが笑う。
「着替えに行くよ」
「うん」
制服の胸元を見る。
今日で、王立学院の生徒ではなくなった。
でも、アデライン先生が言った通り、学ぶことが終わったわけじゃない。
これからもきっと、失敗する。
分からないこともある。
それでも、ここで学んだことがあれば、何とかできる気がする。
「リオン?」
「今行く」
卒業式は終わった。
でも、今日という日はまだ終わっていない。
次は、卒業舞踏会だ。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
リオンのスピーチの一部は、尊敬する人から言われた言葉を引用しました。
読者の皆様は印象に残っているスピーチはありますか?
もしあったら感想欄で教えてください。




