第542話 卒業式前日
お手すきの際に是非!
《剣聖》になった弟に家を追い出された俺のスキルは《会員》でした
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翌朝。
学院へ向かう道を歩きながら、何となく周りを見る。
何度も通った道なのに、今日は少しだけ違って見えた。
もう授業はない。
試験も終わった。
そして、明日は卒業式だ。
教室へ入ると、すでに何人かが集まっていた。
「おはよう、リオン」
「おはよう」
ミラの隣に座る。
しばらくすると、アデライン先生が入ってきた。
「皆さん、おはようございます」
「おはようございます」
「今日は卒業式の確認を行います。式場へ移動してください」
全員で席を立った。
◇
卒業式が行われる大広間には、すでに椅子が並べられていた。
明日はここに卒業生だけでなく、先生たちや保護者、それに国王陛下をはじめとした来賓も集まるらしい。
「卒業生はこちらから入場します」
アデライン先生の説明を聞きながら、順番に動きを確認していく。
名前を呼ばれたら前へ出る。
卒業証書を受け取る。
一礼して戻る。
それほど難しくはない。
ただ、俺だけは少し違った。
「リオン・ハル君」
「はい」
「あなたは卒業生代表ですので、証書を受け取ったあと、こちらへ来てください」
アデライン先生が壇上を指す。
「ここですか?」
「はい。ここで代表挨拶をお願いします」
実際に壇上へ上がる。
「……広いな」
同じ大広間なのに、上から見ると全然違う。
明日は、この椅子が人で埋まる。
国王もいる。
父上もいる。
もしかしたら、母上も来てくれるかもしれない。
そう考えた途端、急に緊張してきた。
「今さら緊張してるのか?」
下からヴィクトルが言う。
「するよ」
「国王陛下とは普通に話すのに?」
「一対一で話すのと、大勢の前で挨拶するのは違うよ」
「お前、入学式でもやっただろ」
「三年前だから、もうあんまり覚えてない」
「二回目なのに?」
「二回目でも緊張するものはするよ」
ヴィクトルが笑う。
そこへアデライン先生がやってきた。
「挨拶の内容は考えましたか?」
「まだ途中です」
「明日ですよ」
「はい。がんばります」
「期待しています」
それだけ言って、先生は次の確認へ向かった。
がんばりますとは言ったけど、まだ全部は決めていない。
でも、昨日の最後の授業のことを思い出し、少しだけ見えてきた。
俺が何をしたかを話すんじゃない。
ここで誰と出会って、何を学んだのか。
そういう話をした方がいい気がする。
◇
確認が終わると、いつものメンバーで学食へ向かった。
いつもの席に座り、いつものように料理を食べる。
「明日で最後か」
ガイルが言った。
「何が?」
「学院だよ。明日卒業だろ?」
「ああ」
ヴィクトルが辺りを見回す。
「こうやって全員で昼飯を食うのも、今日が最後かもしれないな」
「そんなこと言わないでよ」
ミラが少し寂しそうな顔をする。
「卒業しても集まればいいだろ」
ガイルが当然のように言った。
「みんな同じ場所にいるわけじゃないぞ」
「じゃあ、集まれる時に集まればいい」
「簡単に言うな」
「難しく考える必要あるか?」
「ないかもしれないね」
エドガーが笑った。
「王都に残る人も多いし、全員ではなくても会う機会はあるだろう」
「だろ?」
ガイルが嬉しそうに言う。
「リオンも王都に来たら顔を出せよ」
エドガーに言われ、
「領地の仕事次第かな」
と答えるとヴィクトルが口を挟む。
「仕事なんて早く終わらせればいいだろ?」
「領地の仕事って、そういうものじゃないよ」
みんなが笑った。
卒業したら、それぞれ違う道へ進む。
今までみたいに、毎日ここに集まることはなくなる。
それでも、これで全部終わりというわけじゃない。
「ガイルさん」
「何だ?」
「卒業しても勉強は続けてくださいね」
ナディアが言った。
「またその話か?」
「昨日、アデライン先生もおっしゃっていたでしょう」
「少しくらい休んでもいいだろ」
「少しなら」
「お?」
「そのあと再開してください」
「やっぱりか……」
「ガイルなら大丈夫だよ」
ミラが笑う。
「本当か?」
「ナディアがいるから」
「俺じゃないのかよ!」
また笑いが起きた。
こういう時間も、これで終わりじゃなければいい。
そう思った。
◇
昼食のあと、ミラと二人で学院の中を歩いた。
特に目的があったわけじゃない。
何となく、もう一度歩いておきたかった。
「ここも明日で最後だね」
ミラが廊下を見回す。
「うん」
「私は四年か」
「俺は三年」
「リオン、二回も飛び級したからね」
「ミラも一回したけどね」
「そうだけど、学院に入った頃はリオンと一緒に卒業するとは思ってなかったな」
「俺も」
入学した頃には、こんなふうに二人で卒業前日の学院を歩いているなんて想像していなかった。
「ミラは長かった?」
「うーん」
少し考える。
「四年いたから、短かったとは思わないかな」
「そうだよね」
「でも、終わるって思うと、もう少しいてもよかったって思う」
「分かる」
窓の外に中庭が見える。
何度も通った場所だ。
「リオン」
「何?」
「卒業したら、忙しくなりそうだね」
「たぶん」
「領地のこともあるし、王宮にも呼ばれてるし」
「うん」
「無理しすぎないでね」
「気をつける」
「本当に?」
「たぶん」
「そこは『うん』って言うところでしょ」
ミラが笑う。
「ミラもね」
「私は大丈夫」
「それ、俺と同じじゃない?」
「違うよ」
「何が?」
そう聞いた瞬間、ミラが一歩近づいた。
「え?」
頬に、柔らかく何かが触れた。
一瞬、何をされたのか分からなかった。
「……え?」
ミラを見る。
ミラも少しだけ顔を赤くしている。
「卒業祝い。ちょっと早いけど」
「え、あ……」
思わず頬に手を当てる。
顔が一気に熱くなってきた。
「どうしたの?」
「いや、その……」
「嫌だった?」
「違う! 全然違う!」
思ったより大きな声が出た。
ミラが楽しそうに笑う。
「ならよかった」
「いきなりはずるいよ」
「そう?」
「そうだよ」
前世では四十五歳だったのに、こういう時にはまったく役に立たない。
「ほら、行こう」
「どこに?」
「ダンスの練習」
「やっぱり今日も?」
「明日本番だよ?」
「……はい」
◇
最後のダンス練習。
「一、二、三」
ミラに合わせて動く。
さすがに四日目ともなると、足順を一つずつ考えなくても動けるようになってきた。
向きを変える。
周囲を見る。
今日は誰ともぶつからない。
「うん」
ミラが頷いた。
「これなら大丈夫そう」
「本当?」
「本当」
「やった!」
ようやく合格をもらえた。
隣ではガイルもナディアと一通り踊り終えたところだった。
「どうだ?」
ガイルが聞く。
ナディアが少し考える。
「まあ……本番でも何とかなると思います」
「よし!」
ガイルが拳を握る。
「これで剣を振れる!」
「今からですか?」
「もちろん!」
「明日卒業式ですよ?」
「だから少しだけだ!」
よく分からない。
フィーネは今日もレティシアに教わっていた。
もう俺たちより自然に踊っている。
「……やっぱり上手い」
俺が言う。
ガイルもそちらを見る。
「納得できない」
「何がですか?」
フィーネが聞く。
「お前、昨日始めたばっかりだろ?」
「はい」
「俺は四日やってるんだぞ」
「そうですね」
「なんで俺より上手いんだ?」
「教えていただいた順番を覚えただけですけど……」
「それが難しいんだよ!」
ガイルが本気で悔しそうだ。
「ガイルさんは考える前に動くからです」
ナディアが言う。
「剣ならそれでいい!」
「ダンスは剣ではありません」
「分かってる!」
みんなが笑った。
そんな中、ミラが急に俺を見る。
「あっ」
「何?」
「リオン、明日の服は?」
「服?」
「舞踏会の」
「……制服じゃないの?」
一瞬、広間が静かになった。
「え?」
ミラが目を丸くする。
「え?」
俺も聞き返す。
「リオン」
「何?」
「舞踏会だよ?」
「うん」
「卒業式のあとにある舞踏会」
「そうだね」
「制服で出るつもりだったの?」
「駄目なの?」
ミラが両手で頭を抱えた。
「リオン……」
「え? え? 俺なんか失敗した?」
「衣装、用意してないの?」
「してない」
「なんで!?」
「卒業式だから制服だと思ってた」
「卒業式はそれでいいの! その後の舞踏会は正装!」
「そうなの?」
「そうなの!」
ミラの声が大きくなった。
「お前、本当に用意してないのか?」
ガイルまで驚いている。
「うん」
「俺でも用意したぞ!」
「ガイルが?」
「なんでそこに驚くんだよ!」
「いつ?」
「王都武闘大会が終わったあとだ。舞踏会があるから作っておけって姉から言われてて、仕立てに行った」
「そうなんだ……」
「俺でも知ってたぞ」
「二回言わなくていいよ」
ヴィクトルが呆れた顔で俺を見る。
「俺も当然用意してる」
「僕もだよ」
エドガーが言う。
「私もよ」
セレナも。
「私も用意してあります」
フィーネまで。
全員だ。
「……俺だけ?」
「そうみたいだね」
ミラが大きく息を吐いた。
「ごめん」
「なんでミラが謝るの?」
「私も悪かった。リオンならこういうところが抜けるかもしれないって、ちゃんと確認しておけばよかった」
「え? え? 俺、そんなに?」
思わず周りを見る。
ヴィクトルが真顔で頷く。
「ミラ。これからもリオンのことは、ちゃんと確認した方がいいぞ」
「やっぱり?」
「こいつ、大事なところが決定的に抜ける時があるから」
「ヴィクトルまで……」
「舞踏会の前日に『制服でいいんじゃない?』って言った奴が何を言ってるんだ」
「……何も言えない」
ミラが困った顔をする。
「今からでも間に合うかな」
「明日だよ?」
「そうだけど……」
「既製のものなら何かあるかもしれないけど」
セレナも難しそうな顔をする。
「とりあえず、今日王都へ来てる父上と母上に相談してみる」
「そうして」
「うん」
「絶対だよ?」
「分かった」
ようやくダンスが何とかなったと思ったのに、今度は服だった。
本当に俺だけ、何かがおかしい気がしてきた。
◇
夕方。
学院を出た俺は、王都でも有数の高級宿へ向かった。
父上が泊まっている宿だ。
入口で名前を告げると、すぐに上の階へ案内された。
部屋の扉が開く。
「父上」
「リオン」
その隣を見て、足が止まった。
「母上!」
「久しぶりね、リオン」
「母上も来てくれたんですか?」
「息子の卒業式よ。来ないわけないでしょう?」
母上が嬉しそうに笑う。
「ありがとうございます」
「少し大きくなった?」
「もうそんなに変わらないと思いますけど」
「母親には分かるのよ」
父上も俺を見る。
「久しぶりだな」
「はい」
少しの間、俺の顔を見てから頷いた。
「顔つきが変わった」
「そうですか?」
「ああ」
相変わらず言葉は少ない。
でも、父上らしい。
「明日は卒業式なのね」
母上が言う。
「はい。それと、卒業生代表の挨拶をすることになりました」
「まあ!」
母上が嬉しそうに手を合わせる。
「すごいじゃない」
「入学式もお前だったな」
父上が言う。
「はい」
「なら、しっかりやれ」
「がんばります」
「そうだわ」
母上が何かを思い出したように言う。
「卒業式のあとの舞踏会だけど、衣装は用意した?」
「……」
「リオン?」
「実は、それを相談しようと思ってました」
母上の表情が止まる。
「まさか」
「今日、ミラに聞かれて初めて知りました」
「知った?」
「卒業式の制服のままじゃ駄目なんですね」
母上が額に手を当てた。
「やはりでしたか……」
「すみません」
父上の眉が少し動いた。
「用意していなかったのか?」
「はい」
「リオン」
「はい」
父上の声が明らかに低くなった。
「お前一人ならまだいい」
「はい?」
「ミラ嬢はお前の婚約者だ。舞踏会では、お前の隣に立つ」
「あ……」
「婚約者が正式な衣装を整えているのに、お前だけ制服で出てみろ。
ミラ嬢に恥をかかせることになる」
言われて、一気に血の気が引いた。
自分だけなら、服装を間違えて笑われてもいい。
でも、ミラは違う。
「……すみません」
今度は本気で反省した。
「今日もミラに、私が確認しておけばよかったって言わせてしまいました」
「それはお前が言わせてはいけない言葉だ」
「はい」
その通りだ。
ミラは何も悪くない。
「あなた、そこまでにしてあげて」
母上が言う。
「本人も分かったみたいだから」
「だが明日だぞ」
「だから、私が用意しておいたの」
「え?」
母上を見る。
「用意してあるんですか?」
「もちろん」
「俺の?」
「他に誰の衣装を用意するの?」
母上が呆れたように笑った。
「あなたなら、こういうこともあるんじゃないかと思って」
「母上まで……」
ヴィクトルと同じようなことを言われた。
「以前仕立てた服の寸法をもとに、少し成長していることも考えて作ってもらったの。
今夜、仕立て屋も来てもらうことになっているから、合わないところがあれば直してもらいましょう」
「ありがとうございます!」
助かった。
本当に助かった。
「母上がいなかったら、明日どうなってたんだろう」
「ミラさんにもっと怒られていたんじゃない?」
「……それは嫌だな」
「今回のことはちゃんと覚えておきなさい」
「はい」
父上を見る。
「ミラにも明日ちゃんと謝ります」
「そうしろ」
「はい」
領地では先のことを考えているつもりなのに、どうしてこういうことは抜けるんだろう。
自分でも分からない。
それから試験や研究発表のことを話した。
母上は楽しそうに聞いてくれた。
でも、ずっと気になっていることがある。
「父上」
「何だ?」
「今日、王宮では何を言われたんですか?」
父上の表情が少し変わる。
母上も黙った。
「やはり、その話か」
「はい。俺も卒業式の翌日に呼ばれています」
「そうだな」
「エドガーとセレナも何か知っていました。でも、二人とも話せないって」
「それで正しい」
「父上も話せないんですか?」
「ああ」
「俺にも?」
「お前にもだ」
またか。
「王宮から直接聞けってことですか?」
「そういうことだ」
「悪い話ですか?」
父上が少しだけ黙る。
「それも私からは言えない」
「そこまでですか?」
「ただし」
父上が俺を見る。
「お前が何か失敗したから呼ばれるわけではない。それだけは言える」
「……そうなんですね」
少しだけ安心した。
でも、ますます分からない。
「明後日、王宮で直接聞け」
「はい」
これ以上聞いても、父上は答えないだろう。
「それより」
父上が話題を変える。
「明日は卒業式だ」
「はい」
「よくここまで頑張ったな」
「え?」
思わず父上を見る。
「どうした?」
「いえ……急に言われたので」
「事実を言っただけだ」
「父上にそう言われると、少し照れます」
「子供が何を言っている」
「俺、もう子供じゃないですよ」
「私の息子であることは変わらない」
母上が笑った。
「リオン、顔が赤いわよ」
「母上まで」
前世では四十五歳だった。
こんなふうに父親から「よく頑張った」と言われる機会なんて、もうなかった。
それでも今は、素直に嬉しい。
「明日、ちゃんと見ているからね」
母上が言う。
「はい」
「代表挨拶、失敗するなよ」
「父上まで言わないでください」
◇
そのあと、仕立て屋に衣装を見てもらった。
母上が考えていた通り、少しだけ直すところはあったけど、明日には十分間に合うらしい。
「これなら大丈夫ね」
母上が安心したように言う。
「本当にありがとうございます」
「明日はミラさんの隣に立つんでしょう?」
「はい」
「だったら、ちゃんとしておかないとね」
「……はい」
父上に言われたことを思い出す。
俺だけの問題じゃない。
これからは、そういうことも考えないといけないんだろう。
しばらくして、宿を出ることにした。
「また明日」
「はい」
「遅くならないうちに寮へ戻れ」
「分かっています」
二人に頭を下げ、部屋を出る。
扉が閉まった。
◇
リオンが出ていったあと、母が小さく息を吐いた。
「……あの子にとっては、大きな試練になるわね」
「ああ」
「本当に大丈夫かしら」
「簡単ではないだろうな」
「まだ学院を卒業したばかりなのに」
ガルドは閉じた扉を見る。
「だが、リオンはハル領を立て直した」
「……そうね」
「何もないところから考え、人を動かし、失敗すればやり直してきた」
「それでも心配よ。母親だもの」
「私も心配していないわけではない」
「そうは見えないけど」
「信用しているだけだ」
母がガルドを見る。
「あいつなら、今回も必ず何とかする」
少しの間があった。
母が小さく笑う。
「ずいぶん信じているのね」
「息子だからな」
「さっきは舞踏会の衣装を忘れたことで叱っていたくせに」
「それとこれとは別だ」
「ふふ。そうね」
明日は卒業式。
今だけは、そのことを祝おう。
◇
寮へ戻り、机の上に紙を置いた。
「ピー?」
ピコが横から覗き込む。
「卒業生代表の挨拶を書かないと」
まだ白紙だ。
何から書こう。
アデライン先生の最後の授業を思い出す。
ミラ。
エドガー。
セレナ。
ヴィクトル。
フィーネ。
ナディア。
ガイル。
クラウス。
先生たち。
研究所の人たち。
そして父上と母上。
三年間で、本当にたくさんの人と出会った。
俺一人だったら、ここまで来られなかった。
「……よし」
ペンを取る。
何を話したいのか、ようやく分かった気がした。
最初の一文を書く。
明日は、卒業式だ。
卒業式まで、あと一日。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
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