第539話 ダンス特訓
新連載スタート!
《剣聖》になった弟に家を追い出された俺のスキルは《会員》でした
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昼食を終えたあと、そのまま帰れると思っていた。
甘かった。
「リオン、こっち」
「本当に今日やるの?」
「今日からって言ったでしょ」
ミラに連れられて向かったのは、学院の空いている広間だった。
少し後ろでは、ガイルもナディアに連れてこられている。
「今日は試験が終わった日だぞ。少しくらい休んでもいいだろ?」
「卒業式まで五日しかありません」
「五日もあるじゃないか」
「五日しかありません」
「同じだろ?」
「違います」
どう違うのかは分からないけど、ナディアに言い切られるとガイルもそれ以上反論できないらしい。
広間にはクラウス、エドガー、ヴィクトル、セレナも来ていた。
フィーネも一緒だったけど、ダンスは初めてらしく、今日は見るだけだという。
「なんでみんないるの?」
「面白そうだから」
ヴィクトルが即答した。
「見世物じゃないよ」
「リオンとガイルが初めて踊るんだろ? 見ない方がもったいない」
「帰っていいよ」
「嫌だ」
楽しむ気満々だ。
クラウスが広間の中央へ出た。
「始める前に確認するが、二人とも舞踏会の作法は知っているのか?」
「作法?」
俺とガイルの声が重なった。
クラウスが頭を抱える。
「そこからか」
「踊れればいいんじゃないの?」
俺が聞くと、今度はヴィクトルが笑った。
「リオンらしいな」
「何が?」
「舞踏会は踊るだけじゃない。挨拶もあるし、誰に先に声をかけるかもある。
相手への礼儀だって必要だ」
「挨拶ならできるよ」
「本当に?」
「できるよ」
ヴィクトルがクラウスを見る。
「こいつ、国王陛下にも公爵にも普通に言いたいこと言うからな」
「必要なことを話してるだけだよ」
「それを普通は少しくらい遠慮するんだよ」
「そうなの?」
「ほら、そこからだ」
ヴィクトルだけじゃなく、ミラまで笑っている。
「リオンはずっとそうだよ。相手が誰でもあまり変わらないもん」
「駄目なの?」
「悪いとは言ってないよ。でも、舞踏会では最低限の作法くらい覚えておこうね」
「……ダンスだけじゃなかったのか」
思っていたより大変そうだ。
横を見ると、ガイルも難しい顔をしていた。
「クラウス、どのくらい覚えるんだ?」
「まず相手への礼。踊りを申し込む時の言葉。手の取り方。
踊り終わったあとの礼。それから相手を置いて勝手に離れないこと」
「多くないか?」
「基本だけだ」
「これで?」
「それから、周囲にも気を配る。当然だが、ほかの組にぶつかるな」
「踊りながらそこまで見るの?」
「見る」
まずい。
足の動かし方すら知らないのに、覚えることがどんどん増えていく。
「じゃあ、まず僕とセレナで見本を見せる」
エドガーがセレナの前へ立った。
「セレナ、お願いできるか?」
「ええ」
エドガーが姿勢を正して礼をする。
「一曲、お相手いただけますか?」
セレナも軽く礼を返した。
「喜んで」
エドガーが手を差し出し、セレナがその手を取る。
「まずここまでだ」
クラウスが一旦、止める。
「まだ何もしてないよ?」
「だから作法からだと言っているだろう」
クラウスが呆れた顔をする。
そのままエドガーとセレナは二人で向き合った。
思っていたより距離が近い。
「近いな」
ガイルが俺と同じことを思ったらしい。
「そういうものです」
ナディアが答える。
「俺もナディアとこの距離になるのか?」
「私が教えるのですから、当然です」
「……そうか」
急にガイルが静かになった。
よく見ると少し顔が赤い。
「では動くぞ。最初は細かいことを考えず、拍子を覚えろ」
クラウスが声で拍子を取りながら、エドガーとセレナがゆっくり動き始めた。
「一、二、三。一、二、三」
二人とも自然に合わせている。
前へ進み、下がり、向きを変える。
思っていたより単純に見える。
「これならできそうだな」
ガイルが言った。
「俺もそう思う」
エドガーとセレナが同時にこちらを見る。
「やってみれば分かるわ」
セレナが笑った。
◇
「じゃあ、リオンからね」
ミラと向かい合う。
「まずは?」
「え?」
「さっき習ったでしょ」
「あ」
もう忘れていた。
一度姿勢を正し、ミラに礼をする。
「お、お嬢様。一曲、踊ってもらえますか?」
横でヴィクトルが口を押さえて笑いをこらえている。
「はい。喜んで」
ミラが嬉しそうに笑った。
なんだか恥ずかしい。
手を差し出すと、ミラの手が重なる。
もう片方の手を言われた位置へ添える。
「……近いね」
「今さら?」
ミラが笑う。
婚約しているとはいえ、こうやって正面から近い距離で向き合うことはあまりない。
「じゃあ行くよ。一、二、三」
「右から?」
「うん」
右足を動かす。
「次は左」
「左」
「それから揃える」
「揃える」
ここまではできた。
「次は私が前に出るから、リオンは下がって」
「右?」
「左」
「え?」
「今度は反対」
「ちょっと待って」
「まだ始まったばかりだよ?」
頭の中で整理する。
右、左、揃える。
次は左、右、揃える。
「じゃあ、もう一回ね」
「うん」
「一、二、三」
右。
左。
揃える。
次は左。
右。
「……あれ?」
「リオン?」
「今どっち?」
「右」
「さっきも右じゃなかった?」
「動きが変わったから」
「変わった?」
考えている間にミラが動く。
俺だけ止まった。
「リオン、動いて」
「あ、ごめん」
もう一度やり直す。
今度は考えすぎないよう、とにかく足を動かした。
「一、二――痛っ」
「あ!」
ミラの足を踏んだ。
「ごめん!」
「だ、大丈夫」
「本当に?」
「少し痛かっただけ」
「だから言っただろう」
クラウスの声が飛んでくる。
「婚約者の足を踏むな」
「わざとじゃないよ!」
ヴィクトルが笑っている。
「まさかこんなに早く踏むとは思わなかった」
「ヴィクトル」
「何?」
「あとで覚えてろ」
「武闘大会は優勝したのに、ダンスには負けるんだな」
「関係ないだろ!」
余計に笑われた。
◇
「では、私たちもやりましょう」
ナディアがガイルの前へ立つ。
「お、おう」
「まず礼です」
「分かってる」
ガイルが姿勢を正し、大きく頭を下げた。
「ナディア! 踊ってくれ!」
広間に声が響いた。
全員が黙る。
「……ガイルさん」
「なんだ?」
「決闘を申し込んでいるのではありません」
「普通に誘っただけだぞ?」
「もう少し静かにお願いします」
「分かった」
やり直す。
今度は少し声を落とした。
「ナディア。踊ってくれ」
「さっきよりはいいでしょう」
ナディアが手を重ねる。
するとガイルが足を開き、少し腰を落とした。
「ガイルさん」
「なんだ?」
「なぜ構えているんですか?」
「構えてないぞ」
「どう見ても戦う前の姿勢です」
「これが一番動きやすいんだ」
「ダンスで急に飛び出す必要はありません。普通に立ってください」
「難しいな」
「まだ一歩も踊っていませんよ」
俺よりひどいかもしれない。
ナディアがもう一度位置を直す。
「では手を」
ガイルがナディアの手を握った。
「痛いです」
「え?」
「力を入れすぎです」
「あ、ごめん」
「剣を握っているのではありませんから、もっと優しくしてください」
ガイルが慎重に握り直す。
「これでいいか?」
「はい。では、一、二、三」
二人が動く。
次の瞬間、ナディアの身体が大きく引かれた。
「ガイルさん!」
「なんだ?」
「引っ張らないでください!」
「俺が動かした方が早いだろ?」
「私を荷物のように運ばないでください!」
思わず笑ってしまった。
ガイルがこちらを見る。
「笑うな!」
「だって」
「お前もミラの足を踏んだだろ!」
「それはもう終わった話だよ」
「さっきだろ!」
「二人とも集中してください!」
ミラとナディアから同時に怒られた。
「はい」
俺とガイルは小さくなる。
◇
それから何度も繰り返した。
ミラが拍子を数え、俺が合わせる。
最初の数歩はできる。でも、下がったり向きを変えたりすると、すぐにどちらの足を動かせばいいのか分からなくなる。
「また足を見てる」
「見ないと踏みそうだから」
「見てても踏んだよ」
「それを言われると何も言えない」
隣ではガイルも苦戦している。
「ガイルさん、速いです!」
「ゆっくりだと動きにくい!」
「私に合わせてください!」
「ナディアが速く動けば――」
「二人で踊るんです!」
壁際ではヴィクトルが笑い続けている。
「武闘大会三位が、歩く速さで怒られてる」
「歩いてるだけじゃない!」
「見てると歩いてるようにしか見えないぞ」
「剣ならもっと動ける!」
「舞踏会で何と戦うんだ?」
エドガーの指摘にガイルが黙った。
少し休憩することになった。
俺は壁際に座り、さっきまでの足の動きを思い返す。
「右、左、揃える。それから……」
「何してるの?」
ミラが隣へ来た。
「順番を覚えようと思って」
「まだやってたの?」
「床に目印をつけたら分かりやすいと思うんだよね。ここに右足、その次はここに左足って」
「リオン」
「何?」
「そんなに難しく考えなくていいよ」
「でも、順番が分かればできると思う」
「私も動くんだよ?」
「……そうだった」
自分の足だけ覚えても駄目なのか。
「それに舞踏会では、周りにも人がいるんだから」
「余計に難しくなった」
ミラが笑う。
「足だけ見ないで、相手も見ないと」
「ミラを?」
「うん。二人で踊るんだから」
ミラが立ち上がり、俺に手を差し出す。
「もう一回やろう」
「分かった」
その手を取って立ち上がる。
「今度は足ばかり見ないでね」
「うん」
向き合う。
やっぱり近い。
「一、二、三」
ミラを見ながら動く。
「一、二……」
足が止まった。
「リオン?」
「……どっちだっけ?」
「さっきより悪くなってるよ!」
「ミラを見ろって言ったじゃん」
「見ながら踊るの!」
「それが難しいんだよ」
「なんで!?」
ヴィクトルがとうとう声を出して笑った。
「リオン、研究より苦戦してないか?」
「してない」
「してるだろ」
「まだ初日だから」
「研究で失敗した時も同じこと言ってそうだな」
否定できなかった。
◇
かなり練習した。
最後にもう一度、最初からやってみることになった。
「一、二、三」
ミラに合わせて動く。
最初はなんとかいける。
次も大丈夫。
でも、向きが変わったところで足が止まった。
「……あれ?」
「リオン?」
また分からなくなった。
隣ではガイルが先へ進みすぎている。
「ガイルさん、待ってください!」
「遅いぞ!」
「だから私に合わせてください!」
「分かった!」
ガイルが急に止まり、ナディアとぶつかった。
「痛っ」
「ご、ごめん!」
結局、二組とも最後まで踊れなかった。
ミラとナディアが顔を見合わせる。
「……これは」
「かなり大変ですね」
「そんなに?」
俺が聞く。
「俺は最初よりうまくなったぞ」
ガイルも自信満々だ。
ナディアが首を振った。
「最初よりは、です」
「なら上達してるじゃないか」
「卒業式で踊れる状態には程遠いです」
「あと五日あるぞ」
「もう五日しかありません」
「またそれか!」
ミラが俺を見る。
「リオンも明日またやるよ」
「明日も?」
「もちろん」
「試験結果もまだ出てないのに?」
「結果とダンスは関係ないでしょ」
「そうだけど」
「じゃあ決まりね」
逃げられそうにない。
ナディアもガイルへ笑顔を向ける。
「ガイルさんも、明日また頑張りましょう」
「休みは?」
「ありません」
「ナディア!」
ガイルの声が広間に響く。
その二人を見ていると、昨日のことを思い出した。
卒業後、ナディアはしばらく王都に残る。でも、いずれセルヴァン王国へ帰らなければならない。
今はこうして当たり前のように隣にいる二人だけど、それがずっと続くわけじゃない。
やっぱり何か方法はないのかな。
「リオン」
「何?」
「ぼーっとしてないで帰るよ」
「あ、うん」
ミラについて広間を出る。
最後の試験は終わったのに、今度はダンスと舞踏会の作法を覚えなければならなくなった。
しかも初日の成果は、二人ともほとんどなしだ。
卒業式まで、あと四日。
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