第538話 卒業まであと五日
新連載スタート!
《剣聖》になった弟に家を追い出された俺のスキルは《会員》でした
(https://ncode.syosetu.com/n6087ms/)からご覧いただけます。
お手すきの際に是非!
研究コースの試験が終わったあと、壁から伸びた二本の管を見ながら、そろそろ片づけのことを考えていた。
試験も終わったし、壁に開けた穴も元に戻さないといけない。
「ハル」
クラリッサ先生に呼ばれた。
「はい」
「その装置ですが、まだ外さなくて大丈夫です」
「え?」
思わず壁の管を見る。
「実は、研究の途中経過は王立研究所にも伝えていました」
「そうだったんですか?」
「ええ。それで、今日の実験が成功した場合は、そのまま研究対象として使わせてほしいと申し入れが来ています」
「王立研究所が?」
「はい。管の長さや火の強さを変えたり、長時間使った場合にどうなるのかを調べたいそうです」
それなら願ってもない。俺とルッツさんだけでは、試せることにも限界がある。
王立研究所なら人も設備もある。
「もちろん構いません」
「即答ですね」
「俺たちだけで調べるより、研究所で調べてもらった方が分かることも多いと思うので」
「分かりました。そのように伝えておきます」
「あ、できれば結果も教えてほしいです」
クラリッサ先生が少し笑った。
「それも伝えておきましょう」
「ありがとうございます」
自分たちで作ったものが、王立研究所の研究対象になる。少し不思議な気分だった。
「ルッツさんにも伝えてきます」
「ええ」
隣の教室へ行くと、暖炉の前ではルッツさんが火を弱めているところだった。
「ルッツさん」
「発表は終わりましたか?」
「はい。無事に」
「よかったです」
「それと、この装置なんですけど」
「何かありました?」
「王立研究所が研究したいそうです。このまま学院に残して、いろいろ試すことになりました」
ルッツさんが目を丸くする。
「王立研究所が?」
「はい」
ルッツさんはしばらく壁を通る二本の管を見ていた。そして、少し嬉しそうに笑う。
「すごいですね」
「ルッツさんと一緒に作ったものですよ」
「私は、リオン様が考えたものを形にしただけです」
「それができなかったら、今日の発表もできませんでした」
接合部分の形も、管の曲げ方も、放熱部分も、途中で何度もルッツさんに助けてもらった。
俺が紙に描いたものを、実際に使えるものへ変えてくれたのはルッツさんだ。
「本当にありがとうございました」
「いえ。むしろ、こちらがお礼を言いたいくらいです」
「ルッツさんが?」
「今回のお手伝いをしていて、私にも一つ夢ができました」
「夢?」
「はい」
ルッツさんが放熱部分へ手を置く。
「今までは、職人は頼まれたものをきちんと作れればいいと思っていました。
剣なら剣、農具なら農具。壊れたものを直してほしいと言われれば直す。
それが職人の仕事だと」
「それも十分すごい仕事だと思います」
「ありがとうございます。でも、今回の仕事は違いました」
ルッツさんが笑う。
「最初は、何を作ればいいのかすら分かりませんでしたから」
「俺も分かってませんでした」
「そうでしたね」
二人で笑った。
「作って、失敗して、また作る。形を変えて、今までなかった部品を考える。
正直、大変でした。でも、それ以上に面白かったんです」
ルッツさんが、もう一度装置を見る。
「まだ誰も見たことがないものを作るって、こんなに面白いんだなって」
その言葉に少し驚いた。
「だから私も、いつか作ってみたいと思うようになりました」
「何をですか?」
「それはまだ分かりません」
「分からないんですか?」
「はい。でも、誰かに頼まれたものじゃなくて、自分で考えたものを作ってみたいんです。
まだ誰も見たことがない新しい技術を」
今回の研究で新しいものを手に入れたのは、俺だけじゃなかったらしい。
「いいですね」
「できるでしょうか?」
「ルッツさんならできますよ」
「即答ですね」
「だって、俺が無茶を言うたびに形にしてくれたじゃないですか」
ルッツさんが少し照れたように笑った。
「じゃあ、何かできたら見せてください」
「私が作ったものを?」
「はい。一番最初に」
「分かりました。いつになるか分かりませんけど」
「楽しみにしてます」
◇
昼。
学食へ行くと、いつもの顔ぶれが集まっていた。
「お疲れー」
ガイルが机に突っ伏したまま片手を上げる。
「疲れてるね」
「三日間も試験を受けたんだぞ!」
「みんな同じだよ」
「俺には人の倍くらい長かった!」
隣に座るナディアが呆れた顔をしている。
「ガイルさんは、試験前になるまで勉強を後回しにするからです」
「ちゃんとやっただろ?」
「私が横にいなければ、途中で剣を振りに行っていましたよね?」
「……まあ」
「ほら」
相変わらずだ。
俺とミラが席につく。ヴィクトル、エドガー、クラウス、フィーネ、セレナも揃っている。
「研究コースはどうだった?」
エドガーが聞いた。
「無事に終わったよ」
「あの管みたいなやつだろ?」
ガイルが顔を上げる。
「うん。ちゃんと部屋を暖められた」
エドガーが少し驚いた顔で言う。
「本当に火がないのに?」
「火は隣の教室だけ」
「すごいな」
「しかも、王立研究所がそのまま研究することになったよ」
「もう?」
ヴィクトルが驚く。
「途中経過を聞いてたみたい。成功したら残してほしいって」
「それはかなり評価されてるんじゃないか?」
「どうだろう。研究材料として面白いんだと思う」
「それを評価されたって言うんだよ」
ミラが笑う。
「ミラとヴィクトルの発表もよかったよ」
「本当?」
「うん」
「俺はリオンほど派手じゃなかったけどな」
ヴィクトルが言う。
「火のない部屋を暖めたあとに、火と水でものを動かせるかもしれないなんて話をされたら勝てないよ」
「あれはまだ想像だから」
「その想像が怖いんだって」
ヴィクトルが笑った。
「騎士コースは?」
俺が聞くと、今度はガイルが胸を張った。
「実技は完璧だ!」
「筆記は?」
ナディアがすぐに聞く。
「……今は実技の話をしている」
「試験は実技だけではありません」
「分かってるよ!」
クラウスが横から口を挟む。
「俺から見ても実技は問題なかった。筆記は知らん」
「クラウス!」
「事実だ」
みんなが笑う。
「魔法コースはどうだったの?」
ミラがセレナとナディアを見る。
「特に問題はないと思うわ」
セレナが答える。
「最後の制御課題は少し面倒だったけれど」
「セレナさんは速かったです」
ナディアが言う。
「ナディアだって、ほとんど崩れてなかったじゃない」
「私は時間がかかりましたから」
「崩れない方が大事でしょ」
二人らしい。
「文官コースは?」
今度はフィーネとエドガーを見る。
「最後の問題はかなり細かかったよ」
フィーネが苦笑する。
「条件を一つ読み落とすと、答えが全部変わるようになってましたね」
「俺も二度読み直した」
エドガーが言う。
「エドガーが?」
「確認は必要だろう」
「王族が法や制度を読み間違えたら大変だもんね」
ミラの言葉にエドガーが頷く。
「その通りだ」
それぞれ違うコースで、違う試験を受けていた。
学院へ入った頃は、みんな同じ教室で同じことを学んでいたのに、気づけばずいぶん進む道が分かれている。
「でもまあ」
ガイルが椅子にもたれた。
「これで試験は全部終わったんだよな」
「結果発表はまだだけどね」
「それは明後日だろ?」
「うん」
「だったら今は考えない!」
「ガイルさん」
「なんだ?」
「明後日、現実を見ることになりますよ」
「今くらい解放させてくれ!」
また笑いが起きる。
ガイルも笑っていたが、少しして周囲を見回した。
「いよいよ残すは卒業式だけか」
その一言で、ほんの少し空気が変わった。
卒業。
ずっと分かっていたことなのに、試験が終わった今になって急に近く感じる。
「長かったような、短かったような」
エドガーが言う。
「僕は短かった気がするな、この三年間」
ミラも頷いた。
「俺は長かったぞ」
「ガイルさんは勉強している時間だけ長く感じていたのでは?」
「なんで分かるんだ?」
「ずっと見ていますから」
ナディアが普通に答える。
「確かにな」
ガイルが笑い、そのまま何気ない調子で続けた。
「そういえば、ナディアは卒業したらベイルン領に来てくれるのか?」
「え?」
ナディアの笑顔が消えた。
ほんの一瞬だった。でも、俺には分かった。こんな表情をするナディアを見るのは、初めてかもしれない。
「卒業後は、しばらく王都の大使館で働く予定です」
「じゃあ、そのあと来ればいいじゃないか」
「……それは」
ナディアが視線を落とした。
「いずれは、セルヴァン王国へ戻らなければいけません」
「あ……」
ガイルもそこで気づいたらしい。
ナディアはこの国の貴族じゃない。セルヴァン王国の王女だ。
「そっか」
「はい」
二人とも黙った。さっきまであれだけ賑やかだったガイルも、何も言わない。
少しして、ぽつりと口を開いた。
「ナディアがいなくなると、寂しいな」
ナディアが顔を上げる。
「……私もです」
小さな声だった。
それだけ。でも、いつもの二人を知っているからこそ、何となく誰も口を挟めなかった。
「ねえ、リオン」
隣のミラが小声で話しかけてくる。
「何?」
「あの二人、どう見ても好き同士だよね」
「……まあ、そうだと思う」
「一緒になれないのかな」
「簡単じゃないと思う」
「やっぱり?」
「ガイルは将来ベイルン家を継ぐ。ナディアはセルヴァン王国の王女だよ」
どちらか一人の気持ちだけで決められる話じゃない。
「分かってるけど……何とかしてあげられないのかな」
「難しいな」
反対側から小さな声がした。エドガーだ。
「聞こえてた?」
「これだけ近ければね」
エドガーもガイルとナディアを見る。
「ベイルン家の継承だけならまだしも、ナディアは他国の王族だ。本人たちだけの問題では済まない」
「国同士の話になるか」
ヴィクトルも会話に入ってくる。
「なるだろうね」
「でも、何か方法はないのか?」
ヴィクトルが腕を組む。
「今すぐには思いつかない。でも、調べてみる価値はあるかもしれない」
「だよね」
ミラが少しだけ表情を明るくする。
「何か方法があればいいんだけど」
俺もそう思う。ただ、簡単に答えが出る問題ではなさそうだ。
その時、クラウスが一度咳払いをした。
「ところで、卒業式と言えば、そのあとの舞踏会があるだろう?」
「うん」
「リオン」
「何?」
クラウスが俺を見る。
「君、ダンスはできるのか?」
「……ダンス?」
「そうだ。卒業式のあとの舞踏会だぞ。婚約者がいるんだから、当然ミラと踊るんだろう?」
「……」
そうだった。
舞踏会。
完全に忘れていた。
「まさか、踊れないのか?」
「……踊ったことない」
「え?」
ミラが俺を見る。
「一度も?」
「うん」
「本当に?」
「本当に」
子どもの頃から本ばかり読んでいた。
学院へ入ってからも、勉強、剣術、研究。ダンスなんて一度も習った覚えがない。
「まずいぞ」
クラウスが真顔になる。
「そんなに?」
「君一人が恥をかくだけなら好きにすればいい」
「ひどいな」
「だが、舞踏会で婚約者の足を踏んでみろ。恥をかくのはミラもだ」
「……」
それはまずい。
自分だけならまだいい。でも、ミラを巻き込むのは駄目だ。
「どうしよう」
「リオン」
ミラが笑顔で俺を見る。
「何?」
「あとで少し話そうか」
なんだか怖い。
「待て」
突然、ガイルが真剣な顔で手を上げた。
「どうした?」
「俺も踊れないぞ」
「……」
「子どもの頃から訓練ばっかりだった!」
「威張るところじゃないですよ」
フィーネが笑う。
「舞踏会に出ても飯を食ってただけだ!」
「もっと駄目じゃないか」
ヴィクトルまで呆れている。
ガイルが助けを求めるようにナディアを見る。
「ナディア、どうすればいい?」
ナディアがにっこり笑った。さっきまでの寂しそうな表情は消えている。
「簡単です」
「本当か?」
「はい」
その笑顔を見た瞬間、なぜか嫌な予感がした。
隣を見ると、ミラも同じように笑っている。
「リオン」
「何?」
「今日から特訓だね」
「今日から?」
ナディアも頷く。
「ガイルさんも今日からです」
「今日!?」
「当然です」
「試験が終わったばっかりだぞ?」
「だから何ですか?」
「少しくらい休ませてくれ!」
「駄目です」
ガイルが俺を見る。
「リオン」
「うん」
「まずいな」
「かなり」
二人で顔を見合わせた。
最後の試験は終わった。明後日には結果が出て、あとは卒業を待つだけだと思っていた。
でも、俺とガイルにはまだ別の試験が残っているらしい。
卒業式まで、あと五日。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
少しでも何かを感じて頂けたら評価とブックマークで応援いただけると執筆の励みになります!




