第534話 残り少ない学院生活
新連載スタート!
《剣聖》になった弟に家を追い出された俺のスキルは《会員》でした
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翌朝、王立学院の教室へ入った瞬間、いきなり大勢に囲まれた。
「リオン!」
「優勝おめでとう!」
「昨日の決勝、すごかったぞ!」
「ちょ、ちょっと待って」
「最後のあれ、何やったんだ?」
「ミスリルの剣は?」
「持ってきてないよ」
「見たかった!」
昨日、会場であれだけ祝ってもらったのに、学院へ来てもこれか。
「ガイルも三位だったんだろ!」
「おう!」
少し離れたところでは、ガイルも同じように囲まれている。
「準決勝すごかったぞ!」
「大剣で木剣折ったんだろ?」
「そうだ!」
ガイルが胸を張る。
「でも優勝はリオンだけどな!」
「それは言うな!」
教室中に笑いが起きた。
何だか変な感じだ。昨日まで大会に向けて緊張していたのに、今日はもういつもの教室にいる。
「皆さん、席についてください」
教室の入口からアデライン先生の声がした。
みんなが慌てて席へ戻っていく。俺も自分の席へ座った。
アデライン先生が教室を見回す。
「まずは、リオン・ハル君」
「はい」
「王都武闘大会、優勝おめでとうございます」
「ありがとうございます」
「そしてガイル・ベイルン君」
「はい!」
「三位、おめでとうございます」
「ありがとうございます!」
ガイルの返事だけやたら大きい。
「王立学院の生徒が一位と三位。先生としても嬉しく思います」
教室から拍手が起こる。
俺とガイルは顔を見合わせた。ガイルが嬉しそうに笑っている。
「ただし、王都武闘大会は昨日で終わりました」
アデライン先生の一言で、ガイルの笑顔が消えた。
「皆さんにとって、次に控えているのは三学期の期末試験です」
ガイルが露骨に下を向く。
「この試験が、皆さんが王立学院で受ける最後の試験になります。」
教室の空気が変わった。
「これまで学んできた内容で理解が不十分なところや、まだ確認できていないところがある人は、今のうちにしっかり準備してください」
最後の試験。
分かっていたことなのに、改めて言われると少しだけ寂しい気持ちがある。
「卒業まで、もうそれほど時間はありません。
やり残していることがある人は、試験だけでなく、今のうちに準備しておいてください」
アデライン先生が教室を見渡したあと、ガイルを見る。
「特にガイル・ベイルン君」
「はい!」
「大会で三位になっても、試験には何の加点もありません」
「……はい」
急に声が小さくなった。
教室中から笑いが起きる。
「昨日ナディアにも同じこと言われてたよね?」
隣からミラが小声で言った。
「うん」
「逃げられないね」
「そうだね」
「聞こえてるぞ!」
ガイルの声で、また教室に笑いが起きた。
◇
昼。
いつものように食堂へ集まった。
いつもの顔ぶれでテーブルを囲む。
「昨日食いすぎた」
ヴィクトルが言った。
「お前、ずっと食ってたもんな」
クラウスが笑う。
「違う。俺は働いてたんだよ」
「じゃがバター売ってただけだろ?」
「だけって言うな。大会が終わってからが一番忙しかったんだぞ」
「何で?」
俺が聞くと、ヴィクトルが一瞬だけ黙った。
「……いや、別に」
「何?」
「知らなくていい」
何だそれ。
妙に楽しそうに食事を続けている。
「なあ」
突然、ガイルが口を開いた。
「ん?」
みんなが見る。
ガイルはテーブルを囲む顔ぶれを順番に見た。
「こうやってみんなで飯食えるのも、あと何回なんだ?」
一瞬、誰も答えなかった。
ガイルがこんなことを言うとは思わなかった。
「どうしたの、急に?」
ミラが聞く。
「いや、アデライン先生が卒業まで時間ないって言っただろ?」
「うん」
「卒業したら、毎日こうやって集まることもなくなるんだなって思って」
確かにそうだ。
学院へ来れば、みんないる。
授業が終われば一緒に食事をしたり、話したりする。
当たり前になっていたけど、それももうすぐ終わる。
「また集まればいいじゃない」
ミラが言った。
「卒業したからって、もう会えなくなるわけじゃないんだから」
「そうだけどよ」
「毎日は難しいだろうけどな」
クラウスが続ける。
「領地へ戻る奴もいるし、仕事を始める奴もいる。貴族なら夜会もある。
学院とは場所も立場も変わるだろうけど、集まる機会はいくらでもあるだろ」
「そうですね」
フィーネも頷いた。
「皆さんが王都に来る機会があれば食事したいです」
「私もです」
ナディアが笑う。
「卒業したから終わり、というわけではありませんから」
「だったら」
ヴィクトルが口元を上げた。
嫌な顔だ。
「まず全員集まるのは、結婚式か?」
「結婚式?」
ガイルが聞き返す。
ヴィクトルの視線が動く。
まずエドガー。
次にセレナ。
そして俺とミラ。
「……」
何でこっちを見るんだ。
ミラも気づいたらしい。
「ちょ、ちょっとヴィクトル!」
「俺、まだ何も言ってないぞ」
「顔が言ってる!」
「エドガーたちはともかく――」
「私たちはともかくって何よ」
今度はセレナが反応した。
「だって婚約してるだろ?」
「それはそうだけど」
エドガーは横で笑っている。
「ヴィクトルの言っていることも、そこまで間違ってはいないけどね」
「エドガーまで!」
セレナがエドガーを見る。
ヴィクトルはさらに楽しそうだ。
「で、次は――」
「こっち見なくていいよ」
先に止めた。
「まだ何も言ってないだろ」
「言おうとしてたでしょ」
「リオン」
ミラが呼ぶ。
「何?」
「私は別に……その……」
顔が赤い。
「何?」
「何でもない!」
それ以上聞くなという顔をされた。
周りを見ると、みんな笑っている。
「もうこの話やめない?」
「賛成!」
なぜかミラの返事だけ早かった。
◇
午後の研究コース。
机の上に、これまでの研究記録を並べる。
卒業研究で進めてきたのは、一つの熱源から温水を送り、離れた場所を暖める仕組みだ。
最初は水そのものがうまく循環しなかった。
配管の太さ。
曲がり方。
高低差。
放熱する部分の形。
管の中に溜まる空気。
温度が変わることで起きる膨張。
接合部分への負担。
一つ問題が見つかるたび、ルッツと直してきた。
今では、かなり長い距離でも温水を送れるようになり、さらに二方向へ分けるところまで進んでいる。
問題はその先だ。
記録を見る。
【分岐後:水流に偏り】
【長時間運転:末端温度低下】
二本へ分けた時、同じ量の水が流れない。
片方には多く流れ、もう片方には少ない。当然、暖まり方も変わる。
「……」
記録を何度か見直す。
今までは、流れの弱い方をどうやって強くするかばかり考えていた。
でも。
「こっちを抑えればいいのか?」
流れすぎている方。
そこへ少し抵抗を作れば、もう片方にも水が流れやすくなるかもしれない。
「何か思いつきましたか?」
クラリッサ先生がこちらへ来た。
「はい。少し気になるところが」
記録を見せる。
「分岐したあと、流れ方が違うんです」
「ええ」
「今までは、流れの弱い方をどうにかしようとしてました。
でも、流れすぎてる方を少し抑えたらどうかなって」
紙に二本の管を描く。
片方へ多く水が流れている。
「こちらを少し流れにくくする?」
「はい」
クラリッサ先生が図を見る。
「試してみる価値はありそうですね」
「放課後、ルッツさんに相談してみます」
「やってみるといいでしょう。ただし、実験結果もきちんと記録してくださいね」
「はい」
「成功したことだけが研究ではありませんから」
「分かってます」
むしろ失敗した記録の方が多い。
でも、その記録があるから、次に何を試すかを考えられる。
◇
放課後。
いつもの工房へ行く。
「流れすぎる方を抑える?」
ルッツが聞き返した。
「はい」
机の上には、二方向へ分かれた配管が置いてある。
「片方に多く流れるなら、そこを少しだけ狭くしたら、もう片方にも流れやすくならないかなって」
「管そのものを細くするんですか?」
「それだと調整しにくいですよね」
「そうですね」
ルッツが腕を組んで考える。
「なら、途中にこれを入れてみますか」
薄い金属板を持ってきた。
「真ん中に穴を開けます」
「管より小さな穴?」
「はい。流れる量を少し抑えられるはずです」
「やってみましょう」
すぐに加工を始める。
小さな金属板を配管の途中へ入れ、熱源に火を入れた。
温水が動き始める。
「まだ右が強いですね」
「もう少し穴を小さくしましょう」
一度止め、別の金属板へ交換する。
もう一度水を流した。
しばらく待ってから、左右の放熱部分へ手を近づける。
「あ」
さっきまで明らかに右側の方が熱かった。
今はかなり近い。
「かなり揃いましたね」
ルッツも反対側を確認する。
「ええ」
《綻びの目》
配管を見る。
【右側:循環安定】
【左側:循環安定】
【末端温度差:縮小】
「成功ですね」
「この長さなら、ですけど」
ルッツが笑う。
「やっぱりそう言いますか」
「だって、実際に使うならもっと長いですよね」
「ええ」
今の装置は工房の中で試しているだけだ。
実際の建物なら配管はもっと長くなるし、暖める部屋も一つじゃない。
「次は少し大きくしましょう」
「どれくらいです?」
「実際の建物に近い距離まで伸ばして、二つの場所を同時に暖めてみたいです」
「また大仕事になりそうですね」
「お願いします」
「そこは即答なんですね」
「ルッツさんなら作れると思ってるので」
「……そう言われると断れませんね」
ルッツが笑った。
この研究成果は期末試験三日目の研究コースの試験で発表することになっている。
期末試験までにどこまで進められるかは分からない。
それでも、できるところまではやっておきたい。
◇
工房を出たあと、学院の図書室へ向かった。
自習スペースの向かい側にはミラが座っている。
机の上に教科書とノートを広げた。
「じゃあ、次」
「うん」
ミラが問題を読む。
「アルスレイン王国で地方貴族が独自に税率を変更する場合、まず確認する必要があるのは?」
「王国法で定められた上限。それを超える場合は王宮への申請が必要」
「正解」
「よし」
「じゃあ次。北部諸領と王都を結ぶ主要街道が整備された目的を二つ」
「軍の移動と物流の安定」
「それも正解」
ミラが俺を見る。
「……リオン」
「何?」
「簡単だった?」
「何が?」
「ここ」
ミラが教科書を指さす。
「これはわかる?」
「うん、これは――」
ミラが指さしているのは税制の細かい部分だが、実際にハル領でやってたことだから覚えてる。
「リオン、この前ここ間違えてたよ?」
「そうだった?」
「そうだよ」
「今は勉強に集中できてるからだよ」
「それは分かるけど」
ミラが感心したように俺を見る。
「集中すると、本当にすごいね」
「ミラが助けてくれてるからだよ」
「それでも覚えるの早いよ」
「そうかな?」
税制以外にも飛び級した分、ちゃんと学べていない範囲がある。
そこを一つずつ覚え直している。
でも最近は、前より問題を解けるようになってきた気がする。
勉強した分が結果に出るのは悪くない。
「じゃあ次お願い」
「休憩しなくていいの?」
「まだいける」
「分かった」
ミラが次のページを開いた。
その時。
「違います!」
図書室の向こう側からナディアの声が聞こえた。
「そこは三年の時にもやりました!」
「覚えてない!」
ガイルの声。
思わずそちらを見る。
少し離れた机には、何冊もの教科書が広げられている。
その前でガイルが頭を抱えていた。
「ガイルさん。もう一度ここを読んでください」
「休憩しよう!」
「まだ始めて二十分ですよ」
「二十分もやった!」
「二十分しか、です」
「ナディア!」
「駄目です」
「試合より厳しくないか?」
「試合とは関係ありません」
ミラが小さく笑った。
「昨日言った通りだね」
「明日からちゃんとやるって?」
「うん」
「ナディア、本当にやってるね」
「うん。ナディアもガイルも大変そうだな」
「どっちが大変そう?」
ミラが聞く。
少し考える。
「……ガイルかな」
「私はナディアだと思う」
「確かに」
二人で笑う。
「ほら、リオンも続きやるよ」
「はい」
もう一度教科書へ目を戻す。
周りにも試験勉強をしている生徒がいる。
こういう光景を見るのも、あとわずかなんだろう。
卒業まで残り少ない。
前世にも、もちろん学生だった時期はある。
でも、あの頃のことを思い返しても、こんなふうに毎日何かに夢中になっていた記憶はない。
友達と一緒に勉強して、大会に出て、研究をして、失敗したらまた考える。
誰かと競って、笑って、気づけば一日が終わっている。
この世界に来て、もう一度学生として学ぶ機会を与えられた。
その時間も、もうすぐ終わる。
だったら、試験も研究も、みんなと過ごす時間も最後まで大切にしたい。
あとになって、もっとやっておけばよかったと思わないように。
「リオン?」
ミラがこちらを見る。
「どうしたの?」
「何でもない」
教科書へ目を戻す。
「次の問題、お願い」
「うん」
残り少ない学院生活を、最後まで悔いのないように過ごそう。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
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