第527話 使えるものは全部使う
新連載スタート!
《剣聖》になった弟に家を追い出された俺のスキルは《会員》でした
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お手すきの際に是非!
「始め!」
審判の声が響いた。
来る。
そう思った瞬間には、リゼットはもう動いていた。
低い姿勢のまま、一気に距離を詰めてくる。
「速っ!」
剣が来る。
そう思って木剣を合わせようとした。
でも、違った。
リゼットは剣を振らず、そのまま肩からぶつかってきた。
「うわっ!」
身体強化。
足に力を入れて受ける。
ドンッ!
重い。
半歩押される。
その瞬間、リゼットの身体がさらに沈んだ。
足払い。
跳ぶ――いや。
《縮地》
斜め後ろへ抜ける。
景色が一瞬だけ流れ、次の瞬間には二歩以上離れていた。
「へぇ」
リゼットが楽しそうに笑った。
「一回戦で見せた動きだね」
「見てたんですね」
「そりゃ見るだろ。次に戦うかもしれない相手なんだからな」
答えながら、リゼットが左手を地面へ向けた。
空気が震える。
直後。
地面すれすれを、横殴りの風魔法が走った。
砂と細かな石を巻き上げながら、足元を薙ぎ払ってくる。
跳べば、その後を狙われる。
だったら。
水魔法。
地面の上へ薄い水膜を広げる。
そこへリゼットの風魔法がぶつかった。
バシャッ!
水膜が砕かれ、無数の細かな水滴が宙へ舞い上がる。
これなら使える。
すぐに横から弱い風魔法を重ねた。
舞い上がった水滴が一斉に方向を変え、リゼットの顔へ押し寄せる。
「おっと!」
リゼットが目を細めた。
その隙に踏み込み木剣を打ち込む。
ガンッ!
受けられた。
かまわず押す。
でも、リゼットは押し返してこない。
木剣を斜めに滑らせ、俺の力だけを横へ逃がした。
「っ!」
身体が前へ流れる。
その先にリゼットの膝。
腹を狙っている。
まずい。
もう一度《縮地》。
今度は真後ろへ。
膝が服の先をかすめた。
「便利だな、それ!」
「えぇ。結構便利ですよ」
距離を取り直す。
だけど、リゼットは止まらない。
左右へ身体を揺らしながら追ってくる。
歩幅も一定じゃない。
急に大きく踏み込んだと思えば、次の一歩は短い。
騎士とは全然違う。
型がない。
いや、違うな。
型がないんじゃない。
崩れた姿勢でも、そのまま次の攻撃へつなげられるんだ。
魔物相手なら、いつも同じ足場で戦えるわけじゃない。
相手の大きさも違う。
倒れたところへ襲われることもある。
綺麗な構えに戻るまで、相手が待ってくれるはずもない。
だから、どんな体勢からでも戦える。
「考え事か?」
「っ!」
もう目の前。
横薙ぎの木剣。
受ける。
ガンッ!
直後、リゼットの左手が動いた。
三つの小さな火球が、時間差で飛んでくる。
一つ目を身体を沈めてかわす。
二つ目は右。
三つ目は少し遅れて正面。
避ける場所まで考えて撃ってる。
二つ目をかわしたところで《縮地》。
左へ抜ける。
全部かわしたはずだった。
「そっちだ!」
「えっ?」
リゼットがいた。
移動先を読まれた。
完全に見切られたわけじゃない。
でも、三つの火球で逃げられる方向を減らして、俺が横へ《縮地》する可能性を絞ったんだ。
木剣が迫る。
間に合わない。
身体強化。
左腕で受ける。
「ぐっ!」
鈍い衝撃。
身体ごと弾かれ、地面を転がった。
「リオン!」
「ピー!」
観客席からミラとピコの声が聞こえる。
すぐに起き上がった。
左腕が痛い。
でも動く折れてはいないはず。
「《縮地》も、使えば絶対安全ってわけじゃないんだな」
リオンの言葉にリゼットが木剣を肩へ乗せながら答える。
「一回戦で見せてもらったからな。移動そのものは追えなくても、どこへ行きたくなるかなら考えられる」
なるほど、やっぱり簡単じゃない。
だったら、《縮地》だけに頼る必要もない。
使えるものは全部使う。
今度は俺から仕掛ける。
細く絞った火魔法を、リゼットの右側へ走らせる。
直接当てるためじゃない。
地面すれすれを走る火炎で、その周囲の空気だけを一気に温める。
熱せられた空気が揺らぎ、リゼットの右側の景色がわずかに歪んだ。
陽炎。
「面白いな!」
リゼットが右へ動く。
そう思った。
でもリゼットは自分の風魔法を、俺が作った火炎へ叩き込んだ。
「え?」
勢いを増した火炎が横へ大きく膨らむ。
俺が次に踏み込もうとしていた場所まで熱気に包まれた。
足が止まる。
その反対側からリゼットが来た。
「もらった!」
木剣。
受ける。
ガンッ!
「俺の火魔法を利用した?」
「使えるものは使うだろ!」
笑っている。
まったく同じことを考えてるじゃないか。
木剣を弾いて離れる。
その直後、リゼットが横薙ぎの火魔法を放った。
細長い火炎が、腰の高さを走ってくる。
普通に水魔法をぶつけて消しても意味がない。
だったら。
火炎の手前へ、水魔法で細かな水滴を大量に作る。
霧のように薄く広げる。
火炎がそこへ飛び込んだ。
ジュワッ!
一気に水滴が蒸発する。
真っ白な蒸気が視界いっぱいに広がった。
「なっ?」
すかさず風魔法を横から流し込む。
蒸気がリゼット側へ押し寄せた。
「私の火魔法を使ったのか!」
「使えるものは使います!」
「言うじゃないか!」
白い蒸気の向こうから笑い声が返ってくる。
お互いの姿が見えない。
ここで《縮地》を使って飛び込む。
そう思うはず。
だから行かない。
蒸気の縁に沿うように、普通に右へ歩く。
少しずつ蒸気が薄くなった。
リゼットが木剣を構えている。
視線は正面。
俺が蒸気の中から飛び出してくるのを待っていた。
目が合う。
「来ないのか?」
「前の試合でも同じこと聞かれました」
「食えないな!」
リゼットが風魔法で蒸気を吹き散らした。
視界が一気に開ける。
ここだ。
右手を前へ。
水魔法を集める。
ただし、大きな水球にはしない。
細く絞る。
さらに細く。
一本の水流にする。
狙うのは身体の中心じゃない。
木剣を握る右肩。
放つ。
同時に、水流の後ろから風魔法を叩き込む。
細く絞った水が、風圧に押されて一気に加速した。
ピシッ!
「っ!?」
水流がリゼットの右肩を直撃した。
「ぐっ!」
リゼットの上体が大きく横へぶれる。
初めてリゼットの顔から笑みが消えた。
右肩を押さえ、一歩下がる。
「……今の」
「水魔法を細く絞って、風魔法で後ろから加速させました」
「水魔法で、こんな威力が出るのか」
「もっと威力を上げられますけど、危ないので抑えてます」
「……それで抑えてるのかよ」
リゼットが右肩を回す。
動く。
でも、さっきまでとは目が違う。
木剣を握り直した。
俺の右手を見る。
左手。
足元。
一回戦同様、相手の警戒する場所が増えている。
ただし、ダリウスとは違った。
警戒して動きが固くなったわけじゃない。
むしろ笑みが戻る。
「なるほどな」
リゼットが小さく息を吐いた。
「十五歳だからって手加減しなくて正解だった」
「最初からする気なかったですよね?」
「ないな」
次の瞬間。
さっきまでより速く踏み込んできた。
今度は本気だ。
木剣。
受ける。
すぐ離す。
蹴り。
上体を引いてかわす。
リゼットの左手が地面へ向く。
水魔法が勢いよく足元へ広がった。
さっきのマルクス戦で見た。
自分から濡れた地面へ踏み込み、滑る勢いまで攻撃に利用する。
来る。
リゼットが水膜へ踏み込んだ。
足が滑る。
でも、それが狙い。
一気に速度を上げ、低い姿勢のまま迫ってくる。
真正面から受ける?
違う。
ベルンハルト先生の動きを思い出す。
ガイルの力を真正面から止めなかった。
力の向きを変えた。
止めなくていい。
流せばいい。
リゼットの剣先が迫る。
俺は半歩だけ横へ動いた。
木剣では受けない。
左手をリゼットの腕へ軽く添える。
同時に風魔法。
吹き飛ばすほど強くする必要はない。
進んでいる方向を、ほんの少しだけ横へずらす。
「なっ!」
滑る勢いそのものが、リゼットの身体を横へ運んだ。
止まれない。
そのまま俺の横を抜ける。
さすがにそれだけでは終わらない。
リゼットは片足を強く地面につき、その足を軸に身体を回転させた。
振り向きざまの木剣。
速い。
《縮地》
今度は後ろへ。
剣先が目の前を横切った。
ただし、離れすぎない。
《縮地》を止めた瞬間、今度は普通の踏み込みで前へ出る。
リゼットが振り返る。
「っ!」
木剣同士がぶつかった。
ガンッ!
近い。
互いの息が聞こえる距離。
「やるな!」
「そっちこそ!」
押し合わない。
お互いに剣を滑らせ、同時に距離を取る。
観客席から大きな歓声が上がっている。
でも、もうほとんど耳に入ってこない。
目の前だけを見る。
リゼットが笑った。
「楽しいな!」
「俺もです!」
戦い方は似ている。
でも、同じじゃない。
リゼットは経験で動く。
足場も、相手の魔法も、自分の体勢も関係ない。
その瞬間に使えるものを、ほとんど反射的に使っている。
全部を材料にして、その場で次の現象を作る。
だったら最後までそれで行く。
リゼットが左手を前へ突き出した。
今までより大きな火魔法。
火炎が正面いっぱいに広がる。
その後ろに、リゼット自身の気配。
炎を目隠しにして距離を詰めるつもりだ。
水魔法。
火炎の前へ、大量の水滴を霧状に広げる。
ぶつかった瞬間。
ジュワッ!
濃い蒸気が一気に生まれた。
すぐにリゼットの風魔法。
蒸気が右へ流されていく。
来る。
蒸気が薄くなった場所から、リゼットが飛び出すつもりだ。
でも見るのはリゼットじゃない。
蒸気の流れ。
風向き。
白い幕の中で、視界が最も薄くなる場所。
逆に、相手から俺が見えにくくなる場所。
そこへ。
《縮地》
横へ移動する。
蒸気の外。
一歩だけ前へ。
直後。
リゼットが白い蒸気を突き破って飛び出してきた。
「そこか!」
木剣を振る。
でも、そこに俺はいない。
「え?」
リゼットの視線が横へ動く。
一瞬遅れた。
俺はすでに横。
木剣を振る。
それでもリゼットは反応した。
剣を上げる。
速い。
普通なら受けられる。
だったら、剣そのものを狙わない。
木剣同士が触れる直前。
リゼットの木剣の側面へ、小さな風魔法を当てる。
ほんの少しでいい。
剣先が外へ流れた。
「っ!」
首元までの道が空く。
身体強化。
一歩踏み込む。
俺の木剣が、リゼットの首筋で止まった。
「……」
リゼットも動きを止める。
審判が手を上げた。
「そこまで!」
一瞬。
会場が静かになった。
「勝者――リオン・ハル!」
次の瞬間。
大歓声が巻き起こった。
「わあああああっ!」
「学院代表が勝った!」
「A級冒険者に勝ったぞ!」
「今のどうなったんだ!?」
「リオン!」
「ピー! ピー!」
ミラとピコの声が聞こえる。
少し離れた選手用の観戦場所では、ガイルが両手を上げていた。
「よしっ!」
相変わらず俺より嬉しそうだ。
目の前。
リゼットは首元で止まっている木剣を見た。
それから俺を見る。
「……やるな」
「危なかったです」
「そうは見えなかったけどね」
「本当ですよ」
「フン。やっぱり食えない子供だな」
リゼットが笑った。
最初よりずっと楽しそうだ。
俺も木剣を下ろす。
「ありがとうございました」
「ああ」
リゼットが右手を出す。
俺も握った。
「次も勝てよ」
「頑張ります」
「負けた相手がすぐ負けると腹立つからな」
「結構プレッシャーですね」
「勝ったんだから、そのくらい背負え」
「はい」
手を離す。
観客席からは、まだ歓声が続いている。
二回戦。
勝った。
でも、それ以上に。
今日の戦いで、また一つ。
自分の戦い方が広がった気がした。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
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