第522話 それぞれの道
翌朝。
「もう一回!」
「分かった」
ガイルが木剣を構える。俺も正面で木剣を握った。
今日は朝練の日。昨日決めた通り、これから大会までは一日おきにガイルと訓練することにしている。
「行くぞ!」
ガイルが地面を蹴った。
相変わらず、でかいのに速い。
真正面から木剣が振り下ろされる。
身体強化をして受ける。
ガンッ!
「っ!」
重い。
まともに受けたら、やっぱりガイルの方が上だ。
木剣を滑らせるようにして力を逃がし、そのまま距離を取った。
「もう一回!」
「ちょっと待って」
「何だ?」
ガイルが木剣を下ろす。
俺は自分の手を見る。
最近、少し気になっていたことがある。
転移。浮遊。身体強化。縮地。
福嶋亮太の魔法理論を読んでから、使えるものは明らかに増えた。それなのに。
「……何か、違うんだよな」
「何が?」
「俺の戦い方」
以前より強くなっている。できることも増えた。
でも最近は、一つ一つの技をどう使えば一番効果的なのか、そんなことばかり考えていた気がする。
それ自体は間違っていない。
ただ、目の前にはガイルがいる。王都武闘大会には、おそらくもっと強い相手もいる。
それに、イレーナ。
純粋な身体能力。魔力量。戦闘経験。固有スキル。
真正面から比べれば、俺より上の相手はいくらでもいる。
だったら、今のまま技の完成度だけを上げて勝てるのか。
「リオン?」
「ちょっと試していい?」
「いいぞ!」
即答だった。
ガイルが嬉しそうに木剣を構える。
「何するんだ?」
「まだ決めてない」
「なんだそれ?」
そうだ。決めなくていい。
昔、ガイルと戦った時、俺はどうしていた。
火。水。風。《綻びの目》。
使えるものをその場で組み合わせた。
木剣を折られたら、別のやり方を考えた。視界を奪い、攻撃の軌道を変え、相手の意識を別の場所へ向ける。
最初から正解を決めていたわけじゃない。
「行くぞ!」
ガイルが来た。
俺は前へ出る。
「お?」
ガイルも木剣を振る。
ぶつかる直前、風。
足元の砂が舞った。
「うおっ!」
ガイルが一瞬だけ目を細める。
その隙に縮地。
前じゃない。横へ一気に動く。
「そっちか!」
ガイルが身体を向ける。
速い。
なら、もう一度風。
今度は砂じゃない。ガイルの木剣へ横から風を当てる。
「おっと!」
ほんの少しだけ軌道がずれる。その間に踏み込んだ。
身体強化。
木剣を振る。
ガンッ!
受けられた。
「ははっ!」
ガイルが笑い、すぐに反撃してくる。
なんとか避ける。
水魔法!
「うわっ!」
地面を濡らし、ガイルが足を止めた。
「足が!」
「だから濡らしたんだよ」
「そうなのか!」
何で嬉しそうなんだ。
ガイルが濡れた場所を避けて踏み込んでくる。
今度は縮地を使わず、普通に下がる。
ガイルが追う。
そこで、小さな炎をガイルの横へ飛ばした。
攻撃するためじゃない。
「おっ?」
視線が一瞬そちらへ向く。
今だ!
縮地。
反対側へ回る。
「またそっちか!」
ガイルが慌てて振り向く。
木剣を突き出し、寸前で止めた。
「……一本?」
「いや、まだだ!」
ガイルが笑いながら木剣を振り上げる。
「ちょっと!」
また始まった。
そのまま何度か打ち合ううちに、気づけば俺も笑っていた。
これだ。
何か一つを完璧に使おうとするんじゃない。
相手を見る。その場を見る。使えるものを見る。
そして、その時に一番嫌がることをする。
昔の俺は、もっとそういう戦い方をしていた。
「リオン!」
「何?」
「今日のお前、楽しいな!」
「ありがとう!」
「次、何してくるか分からん!」
ガイルがものすごく嬉しそうだ。
「普通は嫌じゃないの?」
「何でだ?」
「戦いにくいでしょ」
「だから面白い!」
「……そう」
ガイルらしい。
でも、俺にとっても悪くない。
ガイルより力が強くなる必要はない。イレーナより速くなる必要もない。
相手より一つの能力で上回る。それだけが勝ち方じゃない。
相手が考えなければならないことを増やす。次に何をするのか分からなくする。
その中から綻びを探せばいい。
「もう一回やろう!」
「今日はここまで」
「何でだ!」
「授業あるから」
「まだ時間あるぞ!」
「着替えなきゃいけないでしょ」
「走れば間に合う!」
「汗だくで授業に出たくない」
「そうか!」
納得するのか。
木剣を片づける。
朝から結構動いた。でも、少しだけ大会でどう戦えばいいのか見えてきた気がした。
◇
教室へ入る。
「リオン」
「ん?」
席へ向かう途中、フィーネに声をかけられた。
「今日のお昼、少し時間をいただいてもいいですか?」
「昼?」
「はい」
いつもより少しだけ真剣な顔をしている。
「いいけど。どうしたの?」
「卒業後のことで、お話ししておきたいことがあります」
「卒業後……」
すぐに思い当たった。
王宮政務官。それとも、ハル領。
「分かった。昼に話そう」
「ありがとうございます」
フィーネが小さく頭を下げ、そのまま自分の席へ戻った。
決めたのか。少し気になる。
でも、昼まで待とう。
◇
午前中。
政治の授業。
先生が黒板へ国名を書く。
『セルヴァン王国』
その上に。
『アンカルジア王国』
「今日は少し東方の国について話します」
聞いたことはある。
セルヴァン王国のさらに北。アルスレイン王国とは直接国境を接していない国だ。
「先月、アンカルジア王国で新しい女王が即位しました」
何人かが顔を上げる。
「前国王の長女です。年齢は十五歳」
「十五?」
思わず声が出た。
周りからも小さなどよめきが起きる。
「若いですね」
先生が笑う。
「ただし、年齢だけで判断してはいけません。王女だった頃から、彼女はいくつもの新しい技術開発を主導しているそうです」
「十五歳……」
俺と同じだ。
いや、前世まで合わせれば全然同じじゃない。それでも、この世界では同い年。
俺は学院に通いながら領地のことを考え、研究をして、大会の準備をしている。
向こうは国一つを背負っている。
「すごいな……」
自然と声が出た。
「何が?」
隣のヴィクトルが聞く。
「同じ十五歳で女王だよ」
「お前が言う?」
「何で?」
「いや、何でもない」
何なんだ。
先生の話は続く。
アンカルジア王国が今後どのように変化するのか。周辺国との交易へどう影響するのか。新技術が国力にどんな影響を与えるのか。
昨日のドラン帝国の話とは違う。
戦争じゃない。
でも、技術でも国は変わる。
その言葉が少し頭に残った。
◇
昼休み。
今日はいつものメンバーとは離れ、フィーネと二人で食堂の端の席へ座った。
「すみません。お昼の時間を取ってもらって」
「大丈夫だよ」
フィーネが少しだけ緊張している。
何となく、答えは分かった。
「進路、決めた?」
「はい」
フィーネが頷く。
「卒業したら、王宮政務官として働こうと思います」
「そっか」
やっぱり。
「ハル領じゃなくて、ごめんなさい」
「何で謝るの?」
「誘っていただいたので」
「誘ったけど、決めるのはフィーネだよ」
「ありがとうございます」
少しだけ安心した顔になった。
「残念ではあるけどね」
「え?」
「フィーネが来てくれたら助かると思ってたから」
本当にそう思っていた。
能力もある。真面目だ。
何より、領地の仕事を任せてもちゃんと考えてくれると思っている。
「だから残念。でも、それと応援するかどうかは別」
フィーネが少し笑った。
「ありがとうございます」
「王宮に決めた理由、聞いてもいい?」
「はい」
フィーネが少し考える。
「最初に王宮政務官を目指した理由は、もっと単純だったんです」
「家族?」
「はい」
父親。母親。弟と妹。
フィーネが以前から何度も話していた。
「安定した仕事に就いて、お給料をもらって。弟や妹が勉強したいと言った時に、お金がないから諦めなくてもいいようにしたかったんです」
「うん」
「それは今も変わっていません。でも、学院で勉強しているうちに、少し変わりました」
「何が?」
「私の家だけじゃないんだなって」
フィーネが机の上へ目を落とす。
「生まれた場所や家によって、勉強できる人とできない人がいる。仕事を選べる人と選べない人がいる」
「……うん」
「ハル領は、すごく変わりました」
学校。給食。仕事。農業。
少しずつ、選べるものが増えている。
「でも、王国全部がそうじゃないですよね」
「そうだね」
「もっと大変な領地もあります。勉強したくても学校がない場所もあるし、働きたくても仕事が少ない場所もある」
フィーネが顔を上げた。
「だったら、私は王宮で仕事をしてみたいと思いました」
「王国全体のために?」
「そんなに立派なことが、すぐにできるとは思っていません」
フィーネが少し困ったように笑う。
「最初は書類整理かもしれませんし」
「それはありそうだな」
「はい」
二人で笑う。
でも、フィーネはすぐ真面目な顔へ戻った。
「それでも、王宮で働けば色々な領地を見ることができます。
どういう制度があって、どこで困っているのかも知ることができると思うんです」
「なるほど」
「経験を積んで、いつか」
少し間が空く。
「生まれた場所だけで、できることが決まらないようにする仕事ができたらいいなって」
俺はフィーネを見る。
最初は家族のため。安定した職業。
それで十分だったはずだ。
それが学院で学び、色々な場所を見て、自分ができることを考えていくうちに、少しずつ変わった。
「いいと思う」
「本当ですか?」
「うん。フィーネなら、いい政務官になると思う」
フィーネが目を少し大きくした。
「……ありがとうございます」
「でも」
「はい?」
「王宮が嫌になったら、ハル領に来てもいいからね」
「もう勧誘ですか?」
「人材確保は大事だから」
フィーネが笑った。
「覚えておきます」
「うん」
卒業したら、みんな同じ場所にはいない。
分かっていた。
でも、こうやって一つずつ決まっていくんだな。
◇
放課後。
ベルン金工房。
「今日は接合部ですね」
「お願いします」
昨日の試作品を作業台へ載せる。
上部には空気を抜く口を付け、管にも緩やかな逃げを作った。それだけで、水の循環はかなり安定した。
残る大きな問題は接合部。
温水が流れると、金属の管はほんの少し伸びる。冷えれば戻る。
その動きを何度も繰り返す。
最初は接合部をとにかく頑丈にすればいいと思っていた。でも、それでは駄目だった。
「固くしすぎない方がいいんですよね」
「はい」
ルッツさんが新しい部品を手に取る。
「管が動こうとするなら、全部止めるんじゃなくて、少し受け止める」
「そうです」
管の緩やかな曲がりが伸びた分を逃がし、それでも残った力を接合部が受け止める。
絶対に動かないようにするんじゃない。
動いても壊れないようにする。
「やってみましょう」
組み直す。
水を入れ、火を入れる。
しばらく待つと、温められた水が管を通り、離れた場所の放熱部分へ流れていった。
上部の口から空気を抜く。
そして、《綻びの目》。
文字が浮かぶ。
《上部空気滞留:なし》
《循環状態:安定》
《接合部:負荷軽微》
「……お」
「どうですか?」
「かなりいい感じじゃないでしょうか?」
「本当ですか?」
「はい」
もう一度見る。
問題が完全になくなったわけじゃない。長期間使えば、また別の綻びが見つかるかもしれない。
「完成ですか?」
ルッツさんが聞く。
「まだです」
「でも、形は見えてきました」
放熱部分へ手を近づける。
暖かい。
今は小さな試作品だ。
でも、これを大きくできたら。
一か所で水を温め、その温水を管で別の部屋へ運ぶ。
部屋ごとに火を焚かなくても、建物の中を暖められる。
「ルッツさん」
「はい?」
「これ、本当に使えるようになったら結構変わりますね」
「何がです?」
「冬の暮らしです」
今は寒ければ、それぞれの部屋で火を使う。薪や炭が必要になり、煙も出る。火事の危険もある。
それに夜中、寝ている間まで火を強くしておくわけにもいかない。
「一か所で温めた水を建物の中へ回せれば、全部の部屋で火を使わなくて済みます」
「なるほど」
「学校にも使える」
冬でも、子供たちが寒さに震えず勉強できる。
「病院にも」
身体の弱い人。老人。病人。
寒さの影響を受けやすい人たちがいる場所にも使える。
家に使えるようになれば、朝起きた時に部屋の中が凍えるほど寒い。そんな生活も減らせるかもしれない。
火を扱う場所が減れば火事も減る。効率よく熱を運べれば、同じ建物を暖めるための燃料も少なくできる可能性がある。
「暖房を作ってるだけだと思ってましたけど」
ルッツさんが試作品を見る。
「結構、大きな話なんですね」
「俺も今、思いました」
作ることばかり考えていた。
どう直すか。どうすれば水が回るか。どうすれば壊れないか。
でも、技術は完成させることが目的じゃない。
使われて誰かの生活が変わって、初めて意味がある。
午前中の授業を思い出す。
技術でも、国は変わる。
「……もう一回試しません?」
ルッツさんが言う。
「やりましょう」
もう一度水を入れ替え、温度を変える。火を強くして、弱くする。
何度か繰り返した。
《循環状態:安定》
《接合部:負荷軽微》
変わらない。
「いいですね」
「はい」
もう一回だけ。
そう思った時、時計を見る。
「あ、まずい」
「どうしました?」
「ミラと勉強する約束が」
「今日はここまでですね」
「ですね」
以前なら、あと一回と言っていたと思う。
でも、今日やるべきことは進んだ。次に確認することも分かっている。
「片づけます」
「はい」
急いで片づける。
「じゃあ、またお願いします!」
「お気をつけて」
工房を飛び出した。
◇
「ごめん!」
自習室の扉を開ける。
ミラが顔を上げた。その横でピコもこちらを見る。
「ピー」
「何とか間に合ったね」
「ギリギリ」
「走ってきた?」
「少しだけどね」
ミラが笑う。
向かいへ座る。
「今日は何やる?」
「歴史から」
「分かった」
教科書を出すと、ミラが思い出したように言った。
「そうだ」
「何?」
「来週から自習室、使える時間が延びるんだって」
「そうなの?」
「試験二週間前になるから。夕食の後も使えるみたい」
「ああ」
去年もそうだった気がする。
「だから、夕食の後も一緒に勉強しない?」
「毎日?」
「毎日じゃなくてもいいけど」
王都武闘大会。
卒業研究。
期末試験。
朝練。
時間はいくらあっても足りない。
でも、だからこそ使い方を決める。
「うん。やろう」
「本当?」
「一人でやるより、多分その方が効率いいし」
「それだけ?」
「それだけじゃないけど」
「じゃあ何?」
「……勉強しようか」
「逃げた」
「逃げてないよ」
「ピー」
ミラが笑う。
俺も教科書を開いた。
朝はガイルとの戦い方が変わった。昼はフィーネの進む道が決まり、放課後には暖房も少しずつ形になってきた。
同じ一日なのに、色々なものが前へ進んでいる。
卒業まで、あと一か月。
長いと思っていた学院生活は、少しずつ終わった後の形を見せ始めていた。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
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