第521話 優先順位
新連載スタート!
《剣聖》になった弟に家を追い出された俺のスキルは《会員》でした
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お手すきの際に是非!
翌朝。
いつもより少し早く目が覚めた。
窓の外は、まだ薄暗い。
ベッドから起き上がり、机の前へ座る。
昨日、アデライン先生から言われた。
卒業まで、あと一か月。
クラリッサ先生からは、時間がないからこそ使い方を考えろと言われた。
その前には学院長から。
自分で判断しろ。
ただし、自分だけで判断するな。
そう言われた。
「……一回、整理するか」
紙を一枚取り出す。
今の俺がやらなければならないこと。
『王都武闘大会』
二週間後。
学院代表として出る以上、準備を怠るわけにはいかない。
次。
『卒業研究』
期限までは約一か月。
でも、一か月あるから余裕があるわけじゃない。
試作品を作る。
試す。
問題を見つける。
直す。
もう一度試す。
それを何回繰り返せるのかを考えれば、残された時間はそれほど多くない。
そして、『期末試験』。
武闘大会が終われば、すぐに近づいてくる。
「……全部、大事だな」
これじゃ整理した意味がない。
前世でも、こういう時期は何度もあった。
新しい企画。
取引先との交渉。
採用。
資金繰り。
人の問題。
全部を「大事だから」と同時に追えば、結局どれも中途半端になる。
紙に一本、縦線を引く。
次に横線。
四つに分けた。
『重要』
『緊急』
昔、仕事が重なった時によくやっていた整理の仕方だ。
「まず、大会」
二週間後。
重要で、緊急。
『卒業研究』
期限だけなら一か月先。
でも、実験には時間がかかる。
一回失敗すれば、部品を作り直すだけで一日、二日と消える。
これも今は、重要で緊急。
「期末試験は……」
重要。
ただし、今日一日でどうにかするものじゃない。
毎日少しずつ積み上げればいい。
重要だけど、今すぐ全部終わらせる必要はない場所へ書く。
紙を眺める。
さっきより、少しだけ頭の中がすっきりした。
全部を同じだけやる必要はない。
大会の準備は続ける。
研究は止めない。
試験勉強は、毎日少しずつ。
「よし」
そこで紙を見て気づいた。
休む時間がない。
「……」
少し考える。
空いている場所へ小さく書いた。
『睡眠・休養』
重要。
緊急ではない。
……いや。
寝不足になってからでは遅い。
「これも重要だな」
昨日までなら書かなかった気がする。
「ミラとの時間も考えなきゃな」
「ピー?」
ピコは何かを言いたさそうにしていた。
紙を折り、鞄へ入れた。
◇
午前中。
政治の授業。
先生が教壇へ立ち、黒板へ二つの国名を書いた。
『ドラン帝国』
『サハル王国』
何人かが顔を上げる。
「先日、ドラン帝国がサハル王国西部へ侵攻した件ですが――」
俺も手を止めた。
ドラン帝国。
アルスレイン王国の北にある大国。
今は休戦状態とはいえ、正式な平和条約を結んでいる国ではない。
先生はそのまま、周辺国が他国の戦争へどう対応するのかという話へ進んでいく。
同盟。
交易。
食料。
国境。
一つの国が動けば、その隣だけが影響を受けるわけじゃない。
俺もノートを取りながら授業を聞いた。
ただ、ドラン帝国が動いた。
その事実だけは、頭の片隅に残った。
◇
昼休み。
「ガイル」
「何だ?」
「大会までの朝練なんだけど」
「おう!」
すでにやる気満々だ。
「毎日じゃなくて、一日おきにしない?」
「何でだ?」
予想通りの反応。
「身体を休める日も必要だから」
「俺は大丈夫だぞ!」
「俺が大丈夫じゃない」
「そうなのか?」
「研究も試験もあるからね」
ガイルが少し考える。
「じゃあ、一日おきなら思いっきりやっていいんだな?」
「何でそうなるの?」
「違うのか?」
「違う」
隣でクラウスが笑っている。
ナディアも小さく息を吐いた。
「ガイルさん。リオンさんの言う通り、休むことも必要だと思います」
「……分かった」
一発だった。
相変わらずだな。
「一日おきな!」
「うん」
これで一つ。
予定が決まった。
「リオン、それ何?」
ミラが俺の鞄から少しはみ出していた紙を見る。
「朝、予定を整理してたんだ」
「見てもいい?」
「いいよ」
紙を広げる。
ミラが覗き込んだ。
「王都武闘大会。卒業研究。期末試験……睡眠?」
「最後に追加した」
「追加しなかったら寝ないつもりだったの?」
「寝るよ」
「本当に?」
「できるだけね」
少し疑われている。
「期末試験は?」
「毎日少しずつやる」
「一人で?」
「そのつもりだけど」
ミラが少し考えた。
「じゃあ、私も一緒にやろうか?」
「え?」
「お互い問題を出し合った方が早いでしょ?」
確かに。
大丈夫だよ。
そう言いかけて。
昨日の学院長の言葉を思い出した。
もう少し、周りを信用してもいいんじゃないか。
「……お願いしていい?」
「もちろん」
ミラが笑った。
「工房が終わったあと、夕食まで一時間くらいならどう?」
「学院の自習室?」
「うん」
「それなら大丈夫」
「一時間だけね」
「もう少しやっても――」
「一時間」
「……はい」
ヴィクトルが横から笑う。
「もう管理されてるな」
「違うから」
「何が?」
「一緒に勉強するだけ」
「そういうことにしとくよ」
何なんだ。
◇
放課後。
ベルン金工房へ向かった。
扉を開けると、ルッツさんがすでに作業台の前にいた。
「リオン様」
「こんにちは」
「昨日話していたもの、作ってみました」
「もうですか?」
「小さい部品でしたから」
ルッツさんが手のひらへ載せたのは、小さな金属部品だった。
放熱部分の上に取り付ける。
空気を逃がすための口。
普段は閉じておき、必要な時だけ少し開けられるようになっている。
「取り付けてみましょう」
「お願いします」
試作品へ取り付ける。
水を入れる。
漏れがないことを確認してから、火をつけた。
しばらく待つ。
温められた水が上の管を通り、薄く広い放熱部分へ流れていく。
「そろそろですね」
ルッツさんが上部の口を少しだけ緩めた。
シュッ。
短い音がした。
溜まっていた空気が抜ける。
水が出る前に、すぐ閉める。
「確認しますね」
《綻びの目》。
視界に文字が浮かぶ。
《上部空気滞留:解消》
《循環状態:安定》
《接合部:負荷継続》
ルッツさんには俺が綻びの目で確認しているのはわかっていない。
「水の循環の方は大丈夫そうですね」
「本当ですか?」
「はい。空気は大丈夫です」
「よし」
ルッツさんの顔が明るくなる。
俺も嬉しい。
一つちゃんと解決した。
でも。
《接合部:負荷継続》
こっちは残っている。
「接合部はまだですね」
「やっぱりですか」
二人でつなぎ目を見る。
水は漏れていない。
今すぐ壊れるようにも見えない。
でも、《綻びの目》には負荷が残っている。
「もっと丈夫な材料に変えますか?」
俺が言うと、ルッツさんはすぐには頷かなかった。
「それも考えたんですが……」
「何か気になります?」
「昨日、片づける前に印を付けておいたんです」
「印?」
ルッツさんが管の途中を指す。
小さな傷が二つ。
「火を入れる前は、こことここでした」
「はい」
「今は少しずれてます」
よく見る。
本当にわずかだけど。
位置が違う。
「管が伸びてる?」
「たぶん」
その瞬間。
前世の知識がつながった。
「……熱膨張か」
「ねつぼうちょう?」
「金属は温まると、ほんの少し伸びます。冷えると戻る」
「やっぱり」
ルッツさんが接合部を見る。
「だったら、ここだけ丈夫にしても駄目かもしれません」
「伸びた分の力が、また別の場所にかかる?」
「そうです」
なるほど。
壊れそうな部分だけ補強する。
そうしたら、その隣が壊れる。
仕事でもよくある。
「じゃあ、どうします?」
ルッツさんが図面を引き寄せた。
「少し、逃がせないですかね」
「逃がす?」
「今の管は、ここからここまでほとんど真っすぐです」
「はい」
「だから伸びた分が、そのまま接合部を押してるんじゃないかと思うんです」
紙に線を引く。
途中へ、ほんの少しだけ緩やかな膨らみを作った。
「ここで少し動ければ」
「伸びた分を吸収できる?」
「たぶん」
俺は図面を見る。
ただ。
「前に、曲がりを減らして流れを良くしましたよね」
「ええ」
「また曲げたら、循環が悪くならないですか?」
ルッツさんも頷く。
「だから急には曲げません」
描かれた線は、角ではない。
長く。
緩やかに。
少しだけ外へ逃げて、また戻る。
「このくらいならどうでしょう」
「……やってみましょう」
「接合部の材料も変えてみたいんですが」
「それは次にしましょう」
ルッツさんが笑った。
「一度に二つ変えない方が良いですね」
「はい」
昨日と同じだ。
何が効いたのか分からなくなる。
まず、管の形だけを変える。
ルッツさんが加工する。
俺も図面を見ながら位置を確認した。
「もう少し下です」
「ここですか?」
「はい。その方が戻りの管に近づきません」
「分かりました」
俺の研究だ。
だから、何を試すのか、どこを変えるのか、何を見るのか。
決めるのは俺だ。
でも、どう加工すれば作れるのか、金属をどう扱えばいいのか。
そこはルッツさんの方がずっと詳しい。
頼ることと。
任せきりにすることは違う。
しばらくして緩やかに逃げを作った管が完成した。
組み直す。
水を入れる。
火をつけた。
温度が上がるまで待つ。
「どうです?」
「確認しますね」
《綻びの目》。
《上部空気滞留:解消》
《循環状態:安定》
《接合部:負荷低下》
「あ、たぶん良くなったかな」
「え?」
「接合部への負担です。なくなってはいません。でも、明らかに改善されていると思います」
「本当ですか!」
「はい」
ルッツさんが嬉しそうに、緩く曲げた管を見る。
「じゃあ、方向は合ってる」
「そうですね」
完全には消えていない。
でも、一歩進んだ。
記録用紙へ書く。
『上部空気抜き――有効』
『緩やかな逃げを追加――接合部負荷低下』
さらに。
『次回――接合部材質の変更を検討』
硬さだけじゃない。
熱で伸び縮みしても、割れにくい。
もう少し粘りのある材料。
次に確かめることも決まった。
「リオン様」
「はい?」
「今日はここまでにしますか?」
「もう少し――」
言いかけた。
でも。
時計を見る。
ミラとの約束がある。
実験結果も出た。
次に試すことも決まっている。
「……今日はここまでにします」
ルッツさんが少し驚いた顔をした。
「珍しいですね」
「俺もそう思います」
二人で笑った。
◇
工房を出て、学院へ戻る。
夕食まで、まだ少し時間がある。
自習室へ入ると、すでに何人かが机に向かっていた。
試験前になれば、もっと混むんだろう。
奥の席を見るとミラがいた。
机の上には教科書とノート。
その横でピコが丸くなっている。
「ピー」
「待った?」
「少しだけ」
「ごめん」
「ちゃんと時間通りだから大丈夫」
向かいへ座る。
「何からやる?」
「政治からにしようか」
「今日のところ?」
「うん。忘れないうちに」
教科書を開く。
ミラが問題を出す。
周辺国との関係。
交易路。
国境。
一つずつ答える。
「じゃあ、これは?」
次の問題を聞く。
少し考える。
「……関税?」
「違うよ。輸送費」
「あ」
「今日やったところだよ」
「ドラン帝国の方が気になってた」
「私も気になったけど」
ミラが笑う。
「今は試験」
「はい」
問題を続ける。
こうしてミラと一緒に勉強するのは初めてじゃない。
三年Sクラスへ来てから。
その後の飛び級を目指した時も。
何度も一緒に机へ向かった。
俺一人だったら気づかなかった間違いを指摘してもらったこともある。
「リオン?」
「何?」
「また聞いてなかった?」
「聞いてたよ」
「じゃあ答えは?」
「……もう一回お願いします」
「やっぱり聞いてないじゃない」
「すみません」
ミラが呆れたように笑う。
ピコがこちらを見る。
「ピー?」
「ピコまでそんな顔しないでよ」
しばらくしてミラが教科書を閉じた。
「今日はここまで」
「もう?」
「一時間経ったよ」
時計を見る。
本当だ。
「もう少しできるけど」
「明日もやるんでしょ?」
「うん」
「だったら終わり」
「でも――」
朝に書いた紙を思い出した。
重要。
緊急。
全部を今日やる必要はない。
「……分かった」
「素直だね」
「最近、色んな人に似たようなことを言われてるから」
「そうなの?」
「うん」
教科書を閉じた。
朝。
机の上では。
王都武闘大会。
卒業研究。
期末試験。
全部が同じ大きさに見えていた。
でも、大会は一日おきに訓練する。
試験はミラと毎日少しずつ。
研究は俺が考えて進める。
必要なところは、ルッツさんの力を借りる。
今日一日で何一つ終わったわけじゃない。
それでも朝よりずっとやるべきことが見えていた。
「帰ろうか」
「うん」
「ピー!」
ピコも立ち上がる。
時間が増えたわけじゃない。
一日は、誰にとっても同じ長さだ。
だったら全部を抱えるんじゃない。
何を先にやるのか。
誰の力を借りるのか。
どこで止めるのか。
それを決めればいい。
朝、紙に書いたのは、ただの予定じゃなかった。
残された一か月を、どう使うか。
その順番だった。
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