第520話 あと一か月
新連載スタート!
《剣聖》になった弟に家を追い出された俺のスキルは《会員》でした
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翌朝。
五年Sクラスの教室へ入ると、昨日とは少しだけ空気が違っていた。
「リオン、おめでとう」
「ありがとう」
席へ向かう途中で声をかけられる。
その少し向こうでは。
「ガイル、最後の一撃すごかったな」
「おう!」
「本当にクラウスの木剣を折るとは思わなかった」
「俺もだ!」
「自分でも?」
「思いっきり振ったら折れた!」
朝から声が大きい。
クラウスのところにも数人集まっていた。
「惜しかったな」
「まあね」
「でも、あれを最後まで受けたのもすごかったぞ」
「できれば、もう一度は受けたくないけどな」
クラウスが苦笑する。
「悪かったって!」
少し離れたところからガイルが声を上げる。
「聞こえてるよ」
「次は折らない!」
「次があるのか?」
「もちろん!」
クラウスが小さく笑った。
セレナの席でも、昨日の炎の話になっている。
「試合場を囲んだ時は、さすがに驚いた」
「全部ではないわ。必要な範囲だけよ」
「十分すごいと思うけど」
「そう?」
セレナは涼しい顔をしている。でも、少し嬉しそうにも見えた。
昨日の観覧席ほどの騒ぎではない。
それでも、準決勝まで残った四人は朝から何度も声をかけられていた。
「リオン」
席へ着こうとしたところで、オスカーに呼ばれた。
「何?」
「結局、セレナの炎の中で何をやったんだ?」
やっぱりそれか。
「秘密」
「なんだ?言わないのか?」
「うん」
「昨日からそればっかりだな」
横からヴィクトルが言った。
「だって秘密だから」
「便利な言葉だな」
「使っていいよ」
「別にいらん」
その時。
「私にはあとで話す約束でしょう?」
セレナがこちらを見る。
「あ」
「忘れていたの?」
「忘れてないよ」
「今、一瞬忘れていた顔をしたわ」
「気のせいじゃない?」
「違うわね」
逃げられそうにない。
まあ、学院長からも昨日ある程度の方針は聞いた。
どこまで話すか考えてから、セレナには説明しよう。
「あとでちゃんと話すよ」
「ならいいわ」
セレナが前を向く。
そこへ教室の扉が開いた。
アデライン先生が入ってくる。
さっきまで話していた生徒たちが、それぞれ自分の席へ戻った。
先生は教壇へ立つと、教室を見渡した。
「昨日の代表選考について、朝から随分盛り上がっているようですね」
何人かが笑う。
ガイルだけは堂々としている。
「いい試合だったからな!」
「ガイル・ベイルン君」
「はい!」
「まだ授業は始まっていませんが、もう少し声量を落としてください」
「はい!」
全然落ちていない。
教室に笑いが起きた。
アデライン先生が小さく息を吐く。
「まず、正式に伝えておきます。リオン・ハル君。ガイル・ベイルン君」
「はい」
「はい!」
「王立学院の代表決定、おめでとうございます」
「ありがとうございます」
「ありがとうございます!」
今度は教室から拍手が起きた。
ガイルがものすごく嬉しそうだ。
俺も自然と笑った。
「また、このクラスから選考に参加した皆さんも、お疲れさまでした」
セレナやクラウスたちも軽く頭を下げる。
アデライン先生は黒板へ向いた。
「では、代表になった二人に関係する今後の日程を確認します」
白いチョークが動く。
『王都武闘大会 本大会』
その横に、
『約二週間後』
と書かれた。
「本大会は約二週間後です」
二週間。
分かってはいたけど、改めて言われると近い。
「学院代表としての手続きや当日の予定については、別途二人へ説明します」
「はい」
「分かりました!」
「そして」
アデライン先生がチョークを動かす。
その下に、
『期末試験』
さらに、
『卒業』
と書かれた。
「こちらも忘れないように」
「……」
ガイルの顔が少しだけ曇った。
クラウスが横から見る。
「どうした?」
「いや」
ガイルが黒板を見る。
「大会の次、試験なんだな」
「最初から決まっていただろう」
「分かってる!」
「今、初めて知った顔だったけど」
「知ってた!」
また教室に笑いが起きる。
アデライン先生はガイルを見ながら続けた。
「代表になったからといって、期末試験が免除されることはありません」
「はい……」
今度は少し声が小さい。
「三学期の期末試験は最後の試験です。そして、その先には卒業があります」
教室が静かになった。
「皆さんが学院で過ごす時間も、残り一か月ほどです」
一か月。
その言葉だけが、少し重く聞こえた。
王都武闘大会のことばかり考えていた。
でも、それが終われば期末試験。そして卒業。
本当に、あと少ししかない。
「最後まで気を抜かないように。では、授業を始めます」
◇
午後。
研究コースの教室へ移動した。
ミラとヴィクトルも一緒だ。
午前中に卒業まであと一か月と言われたせいか、いつもの教室なのに少し違って見える。
クラリッサ先生が授業の準備を終える。
「今日は最初に、皆さんの卒業研究について話します」
やっぱり。
そっちもあるよな。
「卒業まで残された時間は多くありません。新しいことを次々に始める時期は、そろそろ終わりです」
教室の生徒たちが先生を見る。
「これからは、今まで調べたこと、試したこと、失敗したこと。
そして、そこから何が分かったのか。それを形にしていくことを意識してください」
クラリッサ先生らしい。
完成したものだけを見るわけじゃない。
どうやってそこへたどり着いたのか。それも研究だ。
「ハル」
「はい」
「温水を使った暖房は、今どこまで進んでいますか?」
「一つの熱源から、離れた場所まで温水を循環させるところまではできています」
「課題は?」
「空気が上に溜まることと、接合部への負担です」
「そこはまだ解決していない?」
「はい。今日の放課後からまた試作を再開します」
「そうですか」
クラリッサ先生が頷く。
「では、ここからは試作品を直すことと、研究をまとめることを同時に進めてください」
「同時に?」
「完成してから全部書こうとすると、大事な過程を忘れます」
「ああ……」
それはある。
前世の仕事でも、最後にまとめて報告書を書こうとして、途中の判断理由が分からなくなることはあった。
「うまくいかなかった試作も残してください」
「失敗したものも?」
「もちろんです。なぜ失敗したのか分かっているなら、それも研究結果です」
「分かりました」
「大会もあるのでしょう?」
「あります」
「研究がおろそかにならないように」
「はい」
「逆もです」
「え?」
「研究に夢中になって、大会前に寝不足にならないように」
「……気をつけます」
隣でヴィクトルが笑った。
「お前なら両方やりそうだな」
「やらないよ」
「説得力ないね」
ミラまで言う。
「ミラまで?」
「昨日まで朝からガイルと訓練して、そのあと工房に行ってた人が言ってもね」
「……」
否定できない。
クラリッサ先生も少し笑っていた。
「残り一か月です。時間がないからこそ、使い方を考えてください」
「はい」
その言葉、昨日も聞いたな。
学院長にも、似たようなことを言われたばかりだった。
◇
放課後。
俺はベルン工房へ向かった。
扉を開けると。
「いらっしゃい」
久しぶりにルッツさんが奥から顔を出した。
「ルッツさん」
「お待たせしました」
「いえ、工房の仕事が優先ですから」
「そう言ってもらえると助かります」
作業台の上には、前回まで使っていた試作品が置かれている。
太くした管。
曲がりを減らした配管。
薄く広げた放熱部分。
あれから一週間ほど、試作品には触っていない。
「最後は、ここでしたね」
ルッツさんが放熱部分の上を指す。
「空気が溜まる」
「はい」
「それと」
接合部を指す。
「ここに負担が集まる」
「そうです」
俺も試作品を覗き込む。
《綻びの目》。
視界に文字が浮かぶ。
《上部空気滞留》
《接合部:負荷継続》
変わっていない。
当然だ。
一週間、手をつけていなかったんだから。
「まず、空気を逃がせるようにしてみませんか?」
ルッツさんが言った。
「上から?」
「ええ。水を全部出さなくても、空気だけ抜けるような小さな口を付けられれば」
なるほど。
「できますか?」
「作ってみます」
「お願いします」
「接合部は、そのあとですね」
「一つずつ?」
「一度に二つ変えたら、何が良かったのか分からなくなりますから」
「あ」
思わず笑った。
「どうしました?」
「今日、先生にも似たようなことを言われたので」
「先生?」
「研究の先生です」
「なるほど」
ルッツさんも笑う。
「じゃあ、先生の言う通りにしましょう」
「そうします」
机の上に記録用紙を広げる。
今日の日付。
変更する箇所。
予想。
確認する項目。
一つずつ書いていく。
王都武闘大会まで、あと二週間。
その先には期末試験と卒業研究。
そして、卒業まであと一か月ほど。
やることは多い。
でも、何をやればいいかは分かっている。
「リオン様」
「はい?」
「始めますか?」
ルッツさんが工具を手に取る。
「はい」
俺も立ち上がった。
「やりましょう」
長いと思っていた学院生活が、気づけば終わりの方がずっと近くなっていた。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
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