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45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: アカメノコバチ
第20章 王立学院五年 三学期

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第517話 炎の中の一瞬

新連載スタート!

《剣聖》になった弟に家を追い出された俺のスキルは《会員》でした

(https://ncode.syosetu.com/n6087ms/)からご覧いただけます。

お手すきの際に是非!

「……さて、どうする?」


 俺が答えを出せないでいると、セレナが小さく息を吐いた。


「まだ考えるの?」


「考える時間くらいほしいんだけど」


「十分あげたわ」


「そう?」


「そうよ」


 セレナが右手を上げる。


 その周囲には、いくつもの小さな炎が浮かんでいた。


 また来る。


 そう思って木剣を構える。


 でも、炎は俺へ飛んでこなかった。


 セレナの右手が、ゆっくり横へ動く。


 浮かんでいた炎が左右へ散った。


「何を――」


 次の瞬間。


 ゴオオオオッ――!


 地面から炎が一斉に立ち上がった。


「なっ……!」


 右。


 左。


 後ろ。


 さらにセレナの背後。


 赤い炎は一本の線となって走り、やがて両端がつながった。


 巨大な円。


 俺たち三人を囲むように、炎の壁が立ち上がっている。


 見上げた。


 俺の背丈など簡単に越えている。


 炎の先端は冬の空へ伸び、風に揺れるたび、赤と橙の光が幾重にも重なった。


 青かった空まで、火の向こうでは淡く霞んで見える。


 さっきまで見えていた観覧席が消えた。


 すべて炎の向こうだ。


 歓声さえ遠くなる。


 まるで試合場の真ん中だけが、世界から切り離されたみたいだった。


「ヴァレスト!」


 ベルンハルト先生の声が響く。


「制御できているな?」


「もちろんです!」


「これ以上、外へ広げるな!」


「分かっています!」


 セレナは即答した。


 これほどの炎を維持しているのに、呼吸一つ乱れていない。


「これなら」


 セレナが俺を見る。


「もう逃げ続けることはできないでしょう?」


「……ここまでやる?」


「あなたが逃げるからよ」


「俺のせい?」


「そうよ」


 炎の壁が大きく揺れる。


 火の光がセレナの横顔を照らし、茶金色の髪を黄金に近い色へ染めていた。


 これは逃げ道を減らすどころじゃない。


 とうとう逃げる場所そのものが消された。


「……」


 周囲を見る。


 どこを見ても炎。


 観覧席はまったく見えない。


 向こう側からも、こちらは見えないはずだ。


 今、この中にいるのはセレナ、俺、そして審判のベルンハルト先生だけだ。


 ……これなら。


 腰の小袋へ手を伸ばした。


 セレナの目が俺の手元へ向く。


 小さな石を一つ取り出した。


 何の変哲もない石。


 でも。


 俺にとっては違う。


「セレナ」


「何?」


「あの時の魔法」


 セレナの表情が変わった。


「今、使うよ」


「……あの時?」


 一瞬だけ考え。


 セレナの目が見開かれる。


「まさか――」


 その前に。


 石を投げた。


 真っすぐセレナへ。


 速くはない。


 普通に投げただけだ。


「何を――!」


 セレナが左手の木剣を振る。


 カンッ!


 小石が弾かれた。


 赤い炎を背景に、小さな影が高く舞い上がる。


 俺は動かない。


「……?」


 今の石は。


 囮だ!


 間を置かず、二個目を投げた。


「また!?」


 今度はセレナも木剣を振らなかった。


 さっきとは違う、何かある。


 そう判断したんだろう。


 半歩だけ身体をずらす。


 小石が、セレナの肩のすぐ横を抜けていった。


 茶金色の髪が、その風にわずかに揺れる。


 そこを俺の魔力が通り過ぎていく。


 今だ!


 炎の燃える音が遠のいた。


 次の瞬間。


 景色が切り替わる。


 さっきまで正面にいたセレナの背中が目の前にあった。


「――!?」


 セレナの肩が跳ねる。


 俺の足は、彼女の背後の地面を踏んでいた。


 投げた小石だけが、その先へ転がっていく。


 セレナが振り返ろうとする。


 もう遅い。


 木剣を持ち上げ首筋へ。


触れる寸前で止める。


「……!」


 セレナが固まった。


 炎の音だけが、俺たちを囲んでいる。


 ベルンハルト先生も、目を見開いていた。


 石を投げた俺が。


 次の瞬間にはセレナの後ろに立っていた。


 先生にも、それくらいにしか見えなかったはずだ。


 ほんの一拍。


 驚きで時間が止まったように見えた。


 しかし、ベルンハルト先生はすぐに審判の顔へ戻った。


「――そこまで!」


 鋭い声が炎の中に響く。


 俺はすぐ木剣を下ろした。


 セレナはまだ動かない。


 ゆっくり首だけをこちらへ向ける。


「……今の」


「うん」


「転移よね?」


「そう」


 セレナが俺を見る。


「……あの時の?」


「うん」


 一年生の頃。


 初めて転移に成功した時。


 セレナは、その場にいた。


 あの時とは随分違う使い方になったけど。


「でも……」


 セレナが目を細める。


「前と全然違うじゃない」


「使い方を少し変えたんだ」


「少し?」


 セレナの眉が上がった。


「これを『少し』って言うの?」


「詳しいことはあとで」


「……そうね」


 セレナも周囲を見る。


 炎の向こうには、まだ大勢の生徒がいる。


 それだけで意味を理解したらしい。


「あとで全部聞くわ」


「全部は困るな」


「聞くわ」


「……はい」


 セレナが自分の首元を見る。


 もう木剣はない。


 それでも、そこにあった剣先を確かめるみたいに、少しだけ目を伏せた。


「……届いてたわね」


「うん」


 短い沈黙。


 悔しくないはずはない。


 俺だったら悔しい。


 あれだけ有利に戦って。


 最後の一瞬だけでひっくり返されたんだから。


 でも、セレナは言い訳をしなかった。


 一度だけ目を閉じる。


 それから、ゆっくり開いた。


「そう」


 声は静かだった。


「私の負けね」


 右手が下がる。


 それと同時に。


 俺たちを囲んでいた炎の壁が揺れた。


 高くそびえていた赤い壁が、崩れるのではなく。


 まるで夕暮れの色が少しずつ薄れていくように。


 静かに赤から橙へ。


 橙から淡い金色へ。


 炎が色を失っていく。


 最後に残った小さな光が、一つ、二つ。


 冬の空へ浮かび、冷たい空気の中へ溶けるように消えた。


 炎に隠されていた景色が戻ってくる。


 観覧席。


 先生たち。


 学院の建物。


 青い冬空。


 そして、音も戻ってきた。


「……え?」


 誰かの声が聞こえた。


「何があった?」


「もう終わったのか?」


 観覧席がざわめく。


 当然だ。


 みんなから見えていたのは炎の壁が立ったところまで。


 そして今、炎が消えた時には俺がセレナのすぐ後ろに立っている。


 何が起きたのか分かるはずがない。


 ベルンハルト先生が一歩前へ出た。


 熱に揺れていた空気が静まり始める。


 舞い上がっていた砂埃が、ゆっくり地面へ戻っていく。


 冬の風が、炎の消えた試合場を横切った。


 その中でベルンハルト先生が俺とセレナを順番に見る。


 そして、大きく息を吸った。


「準決勝第一試合――」


 観覧席が静まった。


 一瞬前までのざわめきが嘘みたいに。


 何百人もの視線が、試合場へ集まる。


「勝者――」


 ほんの一拍。


 その一拍が妙に長く感じた。


「リオン・ハル!」


 先生の声が、冬の空気を真っすぐ貫いた。


 俺は勝った。


 一瞬の静寂。


 そのあと。


「リオン!」


 ミラの声が飛んでくる。


「ピー!」


 ピコの鳴き声。


 拍手が広がった。


 俺の名前を呼ぶ声も聞こえる。


 その中に。


「セレナ様……!」


 ものすごく落ち込んだ男子生徒の声も混ざっていた。


 ……いや。


 勝ったの、俺なんだけど。


「ふふっ」


 隣でセレナが笑った。


「人気だね」


「あなたもちゃんと祝ってもらってるでしょう?」


「そうだけど」


 悔しそうな顔は残っている。


 ただ、もういつものセレナに戻り始めていた。


 ◇


 試合場を降りると、観覧席から下りてきたミラたちが待っていた。


「リオン!」


「ミラ」


「おめでとう!」


「ありがとう」


 ミラの腕の中からピコが身を乗り出す。


「ピー!」


「ピコもありがとう」


「いや、それより」


 ヴィクトルが俺を見る。


「何やったんだ?」


「何って?」


「炎が消えたら、お前がセレナの後ろにいた」


「そうですね」


 ナディアも不思議そうにしている。


「中で何が起きていたのか、こちらからはまったく見えませんでした」


「僕にも分からなかったよ」


 エドガーが言う。


 珍しく、本当に分からなそうな顔をしている。


「炎が消えた時には、もう勝負が決まっていたからね」


「そういうこと」


「いや、そういうことで済ませるなよ」


 ヴィクトルが突っ込んできた。


「秘密」


「気になるな~」


 ヴィクトルが眉を寄せる。


「私も気になるわ」


 隣からセレナが言った。


「セレナまで?」


「当たり前でしょう」


 俺を見る。


「いつの間に、あんな使い方を覚えたの?」


「だから、それはあとで」


「忘れないからね」


「分かってるよ」


 セレナはまだ納得していない顔をしている。


 でも、その口元は少し笑っていた。


「それにしても」


 エドガーが俺とセレナを見る。


「二人とも、すごい試合だったよ」


「本当に」


 ミラが何度も頷く。


「途中から、セレナの炎で全然見えなくなっちゃったけど」


「そこが一番大事なところだったのに」


「私のせい?」


「うん。セレナのせい」


「文句があるならリオンに言うことね」


 やっぱりセレナだ。


「でも」


 少しだけ間を置く。


「今日はあなたの勝ちよ」


「うん」


「おめでとう」


「ありがとう」


 それだけだった。


 でも、それで十分だった。


 俺はもう一度、試合場を見る。


 炎の痕跡はほとんど消えている。


 次の準決勝に向けて、先生たちが試合場を確認していた。


 これで王都武闘大会へ出場する学院代表の一人は俺に決まった。


 残る枠は、あと一つ。


 その向こうで巨大な木剣を肩に担いだガイルと。


 静かに木剣を握るクラウスがそれぞれ試合場へ向かっていた。


 次はガイル対クラウスだ。



最後まで読んでいただきありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
炎の壁で観客から目隠しとセレナのどうしてもリオンの隠した仕掛けを引き出さたい&手抜きは許さないプライドで上手くリオンから転移を使わせたある意味セレナの勝利かなって思いました。リオンの使った転移は短い距…
セレナさんは知ってたかw 問題はこれだけ魔力が濃密な状態で印を追えるということ 城の決壊はどんだけ強力なのやら 閾値が気になります
セレナの火魔法で囲んで見えなくするとは思いませんでした。これなら一応バレてないのか? まぁ、使って良いとは言われてないけども。 ただ学院代表になった時にイレーナみたいなタイプと当たったら使うしかなくな…
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