第515話 四人の準決勝
新連載スタート!
《剣聖》になった弟に家を追い出された俺のスキルは《会員》でした
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二回戦。
俺の相手は四年生の騎士コースだった。
一回戦のガレスより身体が大きく、木剣の扱いにも慣れている。
でも。
「そこまで! 勝者、リオン・ハル!」
《縮地》は使わなかった。
相手の踏み込みを外し、空いた横へ回って木剣を突きつける。
それだけで決まった。
まだ身体は軽いし、息もほとんど乱れていない。
試合場を降り、残りの試合を見る。
セレナも勝った。
開始直後から魔法で相手の動く場所を絞り、まともに反撃させないまま勝負を決めた。
クラウスも危なげない。
相手の攻撃を丁寧に受け、焦れて前へ出てきた瞬間を逃さなかった。
そしてガイル。
「うおおおっ!」
巨大な木剣が振り下ろされる。
相手が避ける。
だが、その先へガイルはもう踏み込んでいた。
「なっ――」
二撃目。
相手の木剣が大きく弾かれる。
「そこまで!」
ガイルも勝った。
以前なら、最初の一撃を避けられれば、そのまま勢い任せに追いかけたかもしれない。
今は違う。
相手が逃げる方向を見て、先に次の一歩を置いている。
……やっぱり強くなってるな。
二回戦が終わった。
十六人から始まった学院代表選考。
残ったのは四人。
俺。
セレナ。
クラウス。
ガイル。
誰もまだ力を使い切っていない。
◇
準決勝まで少し時間が空いた。
俺たち選手は別の場所で休憩することになり、観覧席では一気に話し声が増えていた。
その中に、いつもの顔ぶれが集まっている。
「結局、四人とも残ったね」
ミラが試合場を見ながら言う。
腕の中ではピコが大人しく収まっていた。
「ピー」
「予想通りと言えば予想通りですね」
ナディアが微笑む。
「僕は、ここまできれいに四人が残るとは思っていなかったけどね」
エドガーが言った。
本来なら、エドガーも出場を考えていたかもしれない。
剣も魔法も高い水準で使える。
でも王族は王都武闘大会へ参加しない。
そのため今回は最初から観覧側だ。
「誰が一番強そうだった?」
ミラが聞く。
エドガーは少し考えた。
「難しいな」
「エドガーでも?」
「戦い方が違いすぎるからね」
エドガーが試合場へ目を向ける。
「ガイルは分かりやすく強い。力も速さもあるし、前より相手を見るようになっている。
あの大きな木剣を持っているのに、動きもほとんど落ちていない」
「ガイルさんは、二回戦でも相手が避ける方向を先に塞いでいました」
ナディアが続ける。
「以前でしたら、そのまま追いかけていたように思います」
「そうだね」
エドガーが頷いた。
「クラウスは?」
ミラが尋ねる。
「クラウスは逆かな」
オスカー・グランヴィルが答えた。
「逆?」
「一番派手じゃない。でも、二試合とも自分の形を崩していない」
オスカーは腕を組む。
「相手が速ければ待つ。力が強ければ正面から受けない。
勝つために必要なことだけやっている。あれは相手にすると嫌だと思う」
「分かる気がする」
ミラが頷く。
「クラウスって昔からそういうところあるよね」
「応援するならクラウス?」
ヴィクトルが聞いた。
「リオン」
即答だった。
「聞くまでもなかったな」
「当たり前でしょ」
ミラが笑う。
「でも、向こうの試合ならクラウスかな」
「ガイルじゃなくて?」
「ガイルも応援してるよ。でもクラウスとは一年、二年、三年って同じ学年でやってきて、今も五年で一緒だから」
ミラは反対側の試合場を見る。
「ここまで来たなら、頑張ってほしいって思う」
「なるほどな」
「でも本当は、四人とも悔いの残らない試合をしてほしいかな」
それが一番ミラらしい答えだった。
「私はセレナさんが気になります」
フィーネが言った。
「セレナ?」
「二回戦まで、あまり本気で魔法を使っていないように見えました」
「私もそう思うわ」
レティシアがすぐに反応した。
「本気?」
「ええ」
レティシアは試合場を見つめる。
「セレナが本気で広い範囲に火魔法を使ったら、近づいて戦う三人はかなり厳しいんじゃないかしら?」
「三人?」
「リオン、クラウス、ガイルよ」
「リオンは魔法も使うぞ」
ヴィクトルが言う。
「もちろん知ってるわ。でも、戦う時は相手との距離を詰めるでしょう?」
「それはそうだな」
ヴィクトルも頷いた。
「僕もそこは同意する」
エドガーが言った。
「やっぱり?」
「ただ、リオンもまだ全部見せてはいないと思う」
「どうして?」
「以前の剣術の授業で、妙に速い動きを見せていたからね」
「ああ」
ヴィクトルも思い出したらしい。
「あれか」
「何をしているのかは僕にも分からない。ほんの一瞬だったしね」
エドガーが少し笑う。
「でも、今日の二試合ではまだほとんど見せていない」
「私はセレナさんだと思いますわ」
レティシアは迷わない。
「本気のセレナに、簡単に近づけるとは思えないもの」
「僕は、そこまで一方的にはならないと思うよ」
エドガーの口元が少し上がった。
「婚約者なのにセレナを応援しないの?」
ミラが聞く。
「応援してるよ」
「ならセレナが勝つって言えばいいのに」
「応援と予想は別だから」
「真面目だね」
「僕はそういう性格だからな」
エドガーがさらりと答える。
「しかし……」
ヴィクトルが観覧席を見回した。
「何?」
「これ、金取れるな」
一瞬、誰も答えなかった。
「……何の話?」
ミラが聞く。
「この準決勝だよ」
ヴィクトルが当然のように言う。
「リオン対セレナ。ガイル対クラウス。この二試合だけで客を呼べるぞ」
「学院の試合だよ?」
「分かってる。だから実際に取れとは言ってない」
「今、絶対考えたよね」
「少しだけだぞ」
「ヴィクトルさんの場合、少しじゃないと思います」
ナディアまで笑っている。
「でも」
ヴィクトルが観覧席を指した。
「見てみろよ」
確かに。
準決勝が近づくにつれて、観覧席の熱気は明らかに増していた。
「セレナ様ー!」
「絶対勝ってください!」
「ヴァレスト様!」
特に男子生徒の声が大きい。
まだセレナは試合場にすら出ていない。
「すごい人気ですね」
フィーネが驚いている。
「まあ、セレナだからね」
ミラは慣れているらしい。
その反対側からは。
「クラウス様!」
「頑張ってー!」
「クラウス様、絶対代表になって!」
今度は女子生徒の声が飛んでいる。
「……あっちもすごいな」
ヴィクトルが言う。
「クラウスは昔から女子に人気あったよ」
ミラが何でもないことのように答えた。
「そうなの?」
「知らなかったの?」
「知らなかった」
ピコまでヴィクトルを見る。
「ピー」
「何でピコまで?」
観覧席のあちこちで名前が飛び交っている。
セレナ。
クラウス。
ガイル。
そして、少しだけ俺の名前も聞こえた。
いつもの授業とは違う。
学院全体が、この二つの準決勝を待っている。
◇
観覧席とは別に、教師たちのいる一角でも準決勝の話になっていた。
「……学院長」
アデライン先生が試合場を見る。
「はい」
「念のため確認しますが、この試合場は大丈夫ですよね?」
学院長はすぐには答えなかった。
視線の先には、巨大な木剣を肩に担いだガイル。
その近くにはクラウス。
そして、準備を終えつつある俺とセレナ。
「建てられてから、相当数の試合に使われてきたからな」
「それは答えになっていません」
「厳しいな、アデライン」
学院長が少し困ったように笑う。
ベルンハルト先生が腕を組んだ。
「ベイルンの木剣くらいなら問題ないでしょう」
「くらい?」
アデライン先生が聞き返す。
「問題はヴァレストです」
ベルンハルト先生の視線がセレナへ向く。
「本気で魔法を使えば、どの程度になるか分かりません」
「リオン君も気になりますね」
クラリッサ先生が言う。
「最近、剣術の授業で変わった動きを見せたそうですが」
「はい」
アデライン先生が頷いた。
「剣術担当の先生から聞きました。かなり速い動きだったそうです。
ただ、一度見せた程度で、詳しいことは分からないと」
「俺も今のハルがどう戦うのかは知りません」
ベルンハルト先生が言った。
三年の頃なら何度も見ている。
でも、あれからリオンは五年へ飛び級した。
ベルンハルト先生が今のリオンの剣術を直接見る機会はほとんどない。
「先ほどの二試合でも、まだ何か残しているようには見えましたが」
「先生にも分かりませんか?」
「分かりません」
ベルンハルト先生はあっさり答える。
「だから見るんでしょう」
学院長が苦笑した。
「ヴァレストは何をするか分からない。ハルも何をするか分からない」
「それで同じ試合場に立たせるんですね」
アデライン先生が言う。
少し間が空いた。
「……周囲の教師を増やした方が良いか?」
学院長が言った。
「その方がよろしいかと」
誰も笑っていなかった。
◇
休憩時間が終わる。
最初の準決勝は。
俺とセレナ。
待機場所から立ち上がる。
木剣を持つ。
小石の入った袋も腰にある。
使うかどうかは分からない。
まずは相手を見てからだ。
試合場へ向かう。
向こう側からセレナも歩いてきた。
男子生徒から一際大きな歓声が上がる。
「セレナ様ー!」
「頑張ってください!」
セレナはそちらを見ない。
いつものように背筋を伸ばし、まっすぐ前だけを見て歩いている。
茶金色の髪が、冬の日差しを受けて淡く輝いていた。
試合場へ入る。
セレナが俺の正面で止まった。
「本当にここまで来たわね」
「セレナもね」
「私は来るつもりだったわ」
「俺もそのつもりだったよ」
少し笑う。
セレナとは出会ってから、何度も競ってきた。
ヴァレスト邸での入試対策。
試験。
課題。
成績。
セレナはいつも俺のすぐ近くにいた。
でも、一対一で本気で戦うのは初めてだ。
「一つお願いがあるんだけど」
「何?」
「会場、壊さないでよ」
セレナの眉がぴくりと動いた。
「……それ、私に言ってるの?」
「うん」
「失礼ね」
「だってセレナだし」
「どういう意味よ」
「そのままの意味」
「あなたね……」
セレナが小さく息を吐く。
それから俺をまっすぐ見る。
「それより、リオン」
「何?」
「私相手に手加減したら許さないわよ」
声は強い。
冗談ではない。
「するつもりないよ」
「そう。なら最初から全開よ」
セレナが一歩下がった。
歓声が少しずつ遠くなる。
いや、実際には消えていない。
観覧席には大勢の生徒がいる。
でも、セレナが構えた瞬間。
俺には、その音が一段遠くなったように感じた。
セレナは左手に木剣を持ち、自然に下ろしたまま、ただ俺を見ている。
まだ炎はない。
それなのに、セレナの周囲へ魔力が集まり始めるにつれて、空気がゆっくり変わっていった。
冬の風が試合場を横切る。
茶金色の髪が、ほんの少し揺れる。
足元の薄い砂埃が、ふわりと持ち上がった。
炎は見えない。
なのに、セレナの周囲だけ空気が上へ流れている。
熱だ。
冷たかった空気の輪郭が、少しずつほどけていく。
吐いた息が白くならない。
「……」
思わず息を止める。
揺れる茶金色の髪の向こう。
セレナの瞳は静かだった。
怒っているわけでもない。
興奮しているわけでもない。
ただ、勝つつもりでそこに立っている。
その静けさの方が、炎よりずっと怖かった。
遠くの観覧席で、誰かの声が途中で途切れた。
一人。
また一人。
さっきまでセレナの名前を呼んでいた男子生徒たちまで、いつの間にか静かになっていく。
冬の日差しが落ちる試合場。
その一角だけ、景色がわずかに揺れ始めた。
陽炎。
真冬なのに。
ベルンハルト先生が、セレナをじっと見ている。
「……両者、準備はいいな」
「はい」
俺も木剣を構える。
身体強化。
浮遊。
風。
まずはここまで。
セレナは俺の動きを見て、ほんの少しだけ目を細めた。
「その動き」
「え?」
「前に剣術の授業で見せていたでしょう。妙に速いやつ」
やっぱり覚えていたか。
「気になる?」
「少しね」
セレナが右手を上げる。
その指先に。
小さな赤い光が灯った。
たった一つ。
蝋燭の火よりも小さい。
でも。
その光が生まれた瞬間。
試合場の空気が、もう一段熱を帯びた。
頬を撫でていた冬の冷たさが消える。
小さな赤い光が、セレナの瞳に映っている。
これは危ない。
「リオン」
「何?」
「後悔しないでね」
「それ、こっちの台詞だよ」
「言うようになったじゃない」
セレナが笑う。
ベルンハルト先生が片手を上げた。
試合場が静まり返る。
揺れていた風まで、合図を待っているようだった。
「準決勝第一試合――」
俺はセレナから目を離さない。
「始め!」
小さな赤い光が。
一瞬で、俺の視界いっぱいに広がった。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
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