第511話 動く転移先
新連載スタート!
《剣聖》になった弟に家を追い出された俺のスキルは《会員》でした
(https://ncode.syosetu.com/n6087ms/)からご覧いただけます。
お手すきの際に是非!
翌朝。
朝食前の鍛錬場へ行くと、ガイルはもう来ていた。
「遅いぞ、リオン!」
「約束の時間より前なんだけど」
「俺はもっと前からいる!」
「それはガイルが早すぎるんだよ」
昨日も同じような話をした気がする。
「ピー!」
俺の肩にいたピコが鳴く。
「ピコも来たか!」
「ピー!」
「じゃあ始めるぞ!」
「ちょっと待って。せめて準備運動くらいさせて」
身体をほぐしてから、木剣を持つ。
ガイルも木剣を構えた。
昨日の訓練で分かったことがある。
《縮地》は速い。
でも、発動前の動きと進む方向を読まれれば、ガイルくらいの相手なら対応できる。
だったら今日は、そこを変える。
「行くぞ!」
ガイルが踏み込んできた。
正面!
俺も身体強化を使う。
浮遊。
風。
三つの魔法を重ね――。
《縮地》!
一気に右へ抜ける。
すぐに止まる。
もう一度!
今度は左。
「おっ!」
ガイルが身体の向きを変える。
追ってくる。
速い。
「もう一回!」
左から正面へ。
《縮地》!
「そこだ!」
ガイルの木剣が振られる。
避ける。
そのまま後ろへ――。
「うわっ!」
足がもつれた。
慌てて身体を立て直す。
「何してるんだ?」
「後ろにも使えないかと思って」
「使えないのか?」
「今のところは」
「じゃあ、もう一回やれ!」
「転びそうになったの見てたよね?」
「次は成功するかもしれないだろ!」
そういう問題なのか?
でも、ガイルの言うことにも一理ある。
もう一度試す。
正面。
右。
左。
今度は完全に止まってから後ろへ。
さっきよりはましだ。
ただ、切り返すたびに一度身体を止める必要がある。
そこでわずかな隙ができる。
「遅い!」
ガイルが一気に間合いを詰めた。
「っ!」
木剣を受ける。
重い。
身体強化を使っているのに、腕まで響く。
「やっぱり、その止まるところだな!」
「分かってるよ!」
「だったら止まらなきゃいい!」
「簡単に言うなよ!」
でも。
止まらずに方向を変えられたら。
《縮地》そのものを途中で曲げるのは難しい。
なら、一度目の《縮地》が終わる瞬間に、次の方向へ魔法を重ねる。
「……やってみるか」
「何を?」
「ちょっと離れて」
「分かった!」
素直だな。
距離を取り、息を整える。
右へ《縮地》。
終わる直前。
身体を左へ向ける。
もう一度――。
「っ!」
景色が大きくぶれた。
身体だけが先に持っていかれる。
慌てて足をつく。
「危なっ」
「今の、途中で変わったぞ!」
「ほんの少しだけね」
「もう一回だ、リオン!」
目を輝かせている。
何で俺より楽しそうなんだ。
何度か繰り返す。
すぐにはうまくいかない。
身体の向きと、風をかける方向。
浮遊で軽くするタイミング。
全部を少しずつ合わせる。
十回ほど試したところで、ようやく右へ抜けた直後に斜め前へ進めた。
「おお!」
「今のは悪くない」
「もう一回やれ!」
「ガイル、そろそろ朝食の時間だよ」
「あと一回!」
結局、あと三回やった。
◇
朝食を済ませて教室へ行く。
授業が始まってしばらくした頃。
「ガイル・ベイルン君」
「はい!」
アデライン先生の声に、ガイルが勢いよく顔を上げた。
「起きていますか?」
「起きてます!」
「では、今説明したところを答えてください」
「……」
教室が静かになる。
ガイルが俺を見る。
こっちを見るな。
「ガイル・ベイルン君?」
「……すみません。聞いてませんでした」
「正直なのは結構です」
アデライン先生が小さく息を吐く。
「朝から訓練することを止めるつもりはありません。
ただし、授業中に眠るほどやらないように」
「はい!」
また大きい。
周囲から笑い声が上がる。
俺も笑った。
ただ、人のことは言えない。
朝から《縮地》を何度も使ったせいで、俺も少し眠い。
選考まであと八日。
この生活を毎日続けたら、先に授業の方で倒れそうだ。
◇
昼休み。
いつものようにみんなで食事をしていた。
「参加届、出しましたか?」
ナディアが聞く。
「俺は出したぞ!」
ガイルが即答する。
「私も出した」
セレナも続く。
「俺もだ」
クラウスも出したらしい。
「リオンは?」
ミラに聞かれる。
「今日出すよ」
「そっか」
ミラが少しだけ心配そうに俺を見る。
「怪我だけはしないでね」
「気をつけるよ」
「怪我するくらいやらないと強くならないぞ!」
ガイルが横から口を挟む。
「ガイルさん!」
ナディアが珍しく強い声を出した。
「……はい」
ガイルが急に小さくなる。
「怪我をした方がいいわけではありません」
「それは、まあ……そうだな」
「大会が終わったあとも学院生活は続くのですから」
「はい」
何だろう。
ガイルがナディアに注意されると妙に素直だ。
ヴィクトルが笑いを堪えている。
「何だ?」
「いや、何でもない」
「変なやつだな」
お前が言うのか。
ミラも少し笑っていた。
「でも、本当に無茶はしないでね」
「うん」
昨日、父上にも同じことを言われた。
俺だって怪我をするつもりはない。
代表選考に出る目的は、無茶をすることじゃない。
自分が今どこまで戦えるのか。
それを確かめることだ。
◇
午後。
研究コースの教室へ向かった。
クラリッサ先生に、ベルン金工房での試作について報告する。
「以前問題になっていた圧力については、ある程度抑えられるようになりました」
「上に容器を設けたのですね」
「はい。完全に閉じないようにしました」
図面を見せる。
「ただ、今度は別の問題が出ています」
「どんな?」
「離れた場所まで水は流れるようになったんですけど、十分な熱が届かないんです」
「なるほど」
クラリッサ先生が図面を見る。
「つまり、安全にはなってきた。でも最初の目的は、まだ達成できていない」
「はい」
「では、順調ですね」
「……順調ですか?」
思わず聞き返した。
「失敗してるんですけど」
「最初は何が問題なのかも分からなかったのでしょう?」
「はい」
「今は違います」
クラリッサ先生が図面を指す。
「圧力については対策ができた。そして、次に解決しなければならない問題も分かっている」
「……」
「研究は、一度で正解を出すことではありません」
確かに。
「分からなかったことが、一つずつ分かるようになっている。それなら前には進んでいます」
「なるほど」
何となく、今やっていることが少し見えた気がした。
「ただし」
「はい」
「卒業まで時間は無限にはありません」
「……ですよね」
「そこは忘れないように」
「はい」
やっぱり急ぐ必要はある。
◇
授業が終わると、ピコを連れてベルン金工房へ向かった。
「こんにちは」
「ピー!」
「おう」
奥からオスカーの声が返ってくる。
作業台へ行くと、ルッツさんが新しい管を用意していた。
「昨日の形、直してみました」
「ありがとうございます」
前より少し太い。
配置も変わっている。
曲がるところを一か所減らしてあった。
「早かったですね」
「気になったので」
ルッツさんが少し笑う。
最初にオスカーさんから俺の相手をするよう言われた時とは、かなり違う。
今はルッツさん自身が、この試作をどうにかしたいと思ってくれている。
「試してみましょうか」
「はい。お願いします」
水を入れる。
接合部を確認する。
問題ない。
火を入れた。
しばらくすると、温められた水が上の管を通っていく。
「前より速いですね」
「はい」
反対側まで待つ。
手を近づける。
「あ」
昨日より明らかに温かい。
「来てますね」
「ですね」
ルッツさんも嬉しそうだ。
《綻びの目》。
試作品を見る。
《循環速度:改善》
《熱損失:中》
《放熱面積:不足》
「……まだありますね」
「どうしましたか?」
「流れは良くなってます。熱も前より残ってます」
「じゃあ成功ですか?」
「でも、熱を外へ出すところが足りないみたいです」
「外へ?」
「はい」
管を見る。
熱い水がここまで来ても、この細い管だけで部屋全体を暖めるのは難しい。
だったら。
「もっと、熱が空気に触れるところを増やせないかな」
「管を長くする?」
「それだと、また流れが悪くなるかもしれません」
「じゃあ……」
二人で試作品を見る。
ルッツさんが腕を組む。
「水が流れる場所を、もっと広くする?」
「広く?」
「ここだけ、管じゃなくて薄い容器みたいにするとか」
「……なるほど」
それなら、水の通る場所を極端に長くせずに、空気へ触れる面を増やせる。
「それ、試してみたいです」
「作ってみます?」
「お願いします」
「形を考えます」
「俺も図面を考えてみます」
また一つ。
次にやることが見えた。
まだ完成には遠い。
でも、少しずつ形になっている。
◇
その日の夕食後。
ピコを連れて、学院の魔法練習場へ向かった。
練習場の使用許可は取ってある。
時間が遅いこともあって、周囲に人はいない。
障害物がないことも確認した。
今日ここへ来たことは、ガイルには言っていない。
別に隠さなければならないわけじゃない。
ただ、まだできるかどうかも分からないものを見せたくなかった。
昨日、考えたこと。
転移魔法を戦闘に使えないか。
まずは、それが本当に可能なのか確認する。
「ピコ。少し離れてて」
「ピー?」
「危なくなったら、すぐやめるよ」
「ピー」
ピコが練習場の端へ移動する。
俺は足元から小さな石を拾った。
手のひらに載せる。
魔力を流す。
石の中に、俺の魔力が残る。
「まずは普通に」
石を地面へ置いた。
十メートルほど離れる。
目を閉じる。
あるな。
自分の魔力が分かる。
転移。
一瞬。
景色が変わる。
足元には石がある。
「ここまでは問題ない」
以前にもやっている。
次。
石を拾う。
今度は小さい丸めの石を拾い、前へ軽く転がした。
ころころと地面を進んでいく。
魔力を探す。
「……分かる」
石の位置が動いている。
その中にある俺の魔力も、一緒に動いている。
以前ピコの中に残った魔力を感知した時と同じだ。
問題は――。
そこへ転移できるか。
「……」
転がる石を見る。
以前は、動いている魔力を転移先に使うのは危険だと判断した。
位置が変わり続ける。
転移した瞬間、何かに重なったらどうなるかも分からない。
だから試さなかった。
今日は、その危険を確かめるために来た。
まず《浮遊》を使う。
万が一、少し高い位置へ出ても身体を支えられるようにしておく。
それから石を手に取った。
ごく軽く、上へ放る。
目の高さにも届かない。
石の中にある魔力を捉える。
転移――。
何も起きない。
「駄目か」
もう一回。
失敗。
三回目。
失敗。
四回目。
また失敗。
五回。
六回。
何度やっても転移できない。
「……何が違う?」
置かれた石なら転移できる。
動いている石だとできない。
《綻びの目》。
石を見る。
《転移先座標:変動》
《指定精度:不足》
「やっぱり位置か」
転移しようとした時には、すでに石が別の場所にいる。
今までは、魔力がある「場所」を転移先として捉えていた。
その考え方だと、動く石には追いつけない。
「場所じゃなくて……」
石の中にある魔力を見る。
そこにある俺自身の魔力。
転移したいのは、石があった場所じゃない。
その魔力の近く。
「魔力そのものを追えばいいのか?」
もう一度。
石を軽く放る。
中の魔力だけを意識する。
転移。
失敗。
「まだ駄目か」
もう一度。
失敗。
さらにもう一度。
失敗。
十回を超えた。
場所を見ない。
石も見ない。
ただ、自分の魔力だけを感じる。
もう一度。
「……今」
転移。
一瞬だけ視界が消えた。
でも、次の瞬間には元の場所にいた。
「今、少しだけ……」
何かが違った。
もう一度。
石を放る。
魔力を追う。
「今だ!」
転移。
また失敗。
それでも、さっきまでとは違う。
あと少し。
そんな感覚がある。
もう一回。
さらにもう一回。
投げる。
捉える。
転移。
失敗。
十五回を超えた頃。
石を上へ放る。
その中にある魔力だけを追い続ける。
石が頂点へ近づく。
「……今」
転移。
景色が切り替わった。
「え?」
視界のすぐ横を、石が落ちていく。
地面に当たった。
カツン。
「……」
振り返る。
さっきまで俺がいた場所は数メートル向こうだ。
「できた?」
「ピー!」
ピコが鳴く。
今。
石が落ちる前だった。
まだ空中を動いている石のところへ転移した。
転移先そのものと身体が重なるわけじゃない。
これまでの転移と同じだ。
感知した自分の魔力を基準に、身体が入るだけの空間へ移っている。
だから石は、俺の身体の中ではなくすぐ横にあった。
「……もう一回」
石を拾う。
今度は少し遠くへ。
投げる。
魔力を追う。
転移。
失敗。
「さすがに一回できただけじゃ駄目か」
もう一度。
失敗。
三回目。
転移。
一瞬で景色が変わる。
石が目の前を通り過ぎた。
「できた」
もう一回。
今度は少し速く。
失敗。
もう一度。
失敗。
投げる速度を少し落とす。
転移。
成功。
「……なるほど」
少しずつ分かってきた。
石がどこにあるのかを考えると遅れる。
中にある自分の魔力だけを追い続ける。
その感覚が途切れなければ、移動していても転移先にできる。
もう一回。
成功。
もう一回。
失敗。
もう一回。
成功。
気づけば、何度やったのか分からなくなっていた。
「もっと速く」
石を強く投げる。
魔力を追う。
転移。
失敗。
もう一度。
転移。
今度は成功。
景色が切り替わる。
石はまだ飛んでいる。
「よし」
もう一度。
転移。
成功。
「これなら……」
さらにもう一度。
転移。
成功。
その次。
転移。
「うっ……」
着地した身体がふらついた。
足に力が入らない。
慌てて片膝をつく。
「ピー!?」
ピコが飛んでくる。
「大丈夫」
そう答えたけど。
「……気持ち悪い」
視界が少し揺れている。
魔力を使い過ぎたせいかもしれない。
身体の感覚と、見えている景色が合わない。
吐くほどじゃない。
でも、このまま続けるのはまずい。
「ちょっとやりすぎたな」
「ピー……」
「大丈夫だって」
その場に座り、しばらく休んだ。
少しずつ視界が戻ってくる。
短時間に何度も転移すると、身体への負担がある。
これも覚えておかないといけない。
転移できるからといって、何度でも連続で使えるわけじゃない。
十分に休んでから立ち上がった。
「最後に、一回だけ試したい」
「ピー!」
「分かってる。これで終わりにするよ」
今度は本当に一度だけ。
石を持つ。
目の前にガイルがいると考える。
真正面へ投げる。
相手なら当然、避ける。
だったら石はその横を通り過ぎる。
そこへ俺が飛ぶ。
問題は、転移した先に相手がいる場合だ。
感知した魔力のすぐ近くへ移る以上、位置を間違えれば接触する可能性もある。
実戦で使うなら、石を相手へ直接ぶつけるんじゃない。
身体一つ分以上、横を通す必要がある。
「……そこも練習しないとな」
少し横へ狙いをずらす。
投げた。
石が低い軌道で前へ飛んでいく。
まだ飛んでいる。
中の魔力を捉える。
「……今」
転移。
一瞬だけ視界が消える。
次の瞬間。
さっきまで前へ飛んでいた石が、俺のすぐ横を通り過ぎていった。
「……」
振り返る。
元いた場所は、ずっと後ろだ。
できた。
飛んでいる石を転移先にできた。
「ピー!」
「うん」
手を握る。
「これなら……使えるかもしれない」
相手へ向けて石を投げる。
相手が避ける。
その横を石が通る。
その瞬間、石の中に残した自分の魔力を捉える。
そこへ転移する。
相手が避けた直後、その真横へ出られる。
《縮地》とは違う。
真っすぐ駆け抜けるわけじゃない。
途中を通らない。
速く移動するんじゃない。
本当に、距離そのものを飛び越える。
「……まだガイルには黙っておこう」
「ピー?」
「使えるかどうか、もう少し確かめたいから」
それに。
ガイルとの朝の訓練でやることは、まだたくさんある。
《縮地》の発動を速くする。
方向を変える。
後ろへ使う。
フェイントにも組み込む。
こっちだって、まだ完成していない。
石を拾い、掌の上で転がす。
王都武闘大会の学院代表選考まで、あと八日。
《縮地》を磨く。
そして誰にも見せずに、こっちも磨く。
俺の手の中には、まだ何の変哲もない小さな石があった。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
少しでも何かを感じて頂けたら評価とブックマークで応援いただけると執筆の励みになります!




