第507話 一人では作れない
新連載スタート!
《剣聖》になった弟に家を追い出された俺のスキルは《会員》でした
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お手すきの際に是非!
翌日の午後。
研究コースの時間になっても、俺は昨日使った試作装置を眺めていた。
接合部は外れかけたままになっている。
机の上の紙には、昨日分かったことを書き出してあった。
一定の高低差をつければ、水は自然に循環する。
離れた場所まで熱を運ぶこともできた。
ただし、火力を上げると内部の圧力が上昇する。
接合部の強度も足りない。
管の太さや曲げ方も、これで正しいのか分からない。
「……ここから先は、俺だけじゃ駄目だな」
思わず呟いた。
「何がですか?」
近くを通ったクラリッサ先生が足を止める。
「この装置です」
壊れた接合部分を指差した。
「考え方は試せます。問題を探すこともできます。
でも、俺は金属加工の職人じゃありません」
「なるほど」
「水が漏れない接合とか、熱に耐える容器とか。
そういうところを素人の俺が一から試すより、知っている人に聞いた方がいいと思って」
クラリッサ先生が頷く。
「職人に相談するつもりですか?」
「はい。卒業研究で外の人に相談しても大丈夫でしょうか?」
「構いません。ただし、作業をすべて任せるのではありませんよ」
「もちろんです」
「何を自分で考えて、どこから職人の知識を借りたのか。そこも記録してください」
「分かりました」
それなら、次は探す相手だ。
剣を作る鍛冶屋ではない。
必要なのは、水を入れる金属容器を作れる人。
熱に耐える釜を作れる人。
短い管や注ぎ口を加工できて、それを容器へ取り付けられる人。
そう考えると、大鍋や湯沸かし用の容器、酒造用の釜なんかを作っている工房が近そうだ。
「ピコ。今日は少し寄り道して帰ろうか」
「ピィ!」
机の端に座っていたピコが元気よく鳴いた。
◇
授業が終わると、俺はピコを連れて王都へ出た。
学院で聞いた職人街へ向かい、まず一軒目の工房に入る。
壁には剣や槍の穂先が並んでいた。
持ってきた設計図を広げる。
「こういう容器と管を作りたいんですが」
職人はしばらく図面を見たあと、首を振った。
「うちは武器が中心だ。こういう仕事なら別を当たってくれ」
「分かりました。ありがとうございます」
次の工房は、大鍋や釜を扱っていた。
「容器なら作れる」
職人はそう言ったものの、図面の管を指差した。
「だが、こんな細い管を何本も作るのは難しいな」
「短いものなら作れますか?」
「それならできなくもない。ただ、いくつもつないだら水が漏れるぞ」
「なるほど……」
一つの工房ですべてできる必要はない。
でも、今一番困っているのが、その接合部分だ。
もう少し探してみよう。
それから何軒か回ったところで、細い通りに入った。
店先には鍋や釜。
奥には大きな金属容器や、注ぎ口のついたもの、用途の分からない特注品まで並んでいる。
さらに奥を見ると、若い職人が短い金属管のような部品を容器へ取り付けていた。
「……ここかな」
「ピィ」
ピコも同意するように鳴く。
看板には《ベルン金工房》と書かれていた。
中へ入る。
「すみません」
「何だ?」
奥から出てきたのは、五十歳くらいの男だった。
太い腕。
短く刈った髪。
エプロンには黒い煤がいくつもついている。
「相談したいものがあります」
「注文か?」
「まだ、作ってもらえるかどうかも分からなくて」
「見せてみろ」
作業台の端を借りて設計図を広げた。
昨日の試作を元に描き直したものだ。
下に炉。
その上に水を入れた容器。
上側から伸びる管。
少し離れたところに別の容器。
そこから下側へ戻る管。
昨日壊れた接合部分には×印をつけてある。
男は黙って図面を見る。
少しして、眉を寄せた。
「……何だ、これは?」
「温めた水を管の中で回して、離れた場所を暖める装置です」
「離れた場所を?」
「はい」
「そっちには火を置かずに?」
「そのつもりです」
男が顔を上げる。
「……は?」
「えっと」
「暖めたいなら、その部屋で火を焚けばいいだろ」
「それだと、部屋ごとに暖炉と煙突が必要になります」
「当たり前だ」
「その当たり前を変えられないかなと思って」
男が俺を見る。
さっきまでとは、少し目が変わった。
「実際に作ったのか?」
「小さいものなら」
設計図の×印を指差す。
「水を温めて循環させるところまではいきました。でも火を強くしたら、ここから熱湯が噴き出しました」
「そりゃそうだ」
「やっぱりですか」
男は図面へ顔を近づけた。
「まず、このつなぎ方じゃ弱い」
「はい」
「この管も細すぎる。作れなくはないが、曲げるならもっと緩くしろ」
「なるほど」
「ここもだ。この形じゃ継ぎ目に負担がかかる」
次々に指が動く。
さすがに見るところが違う。
「それと」
男が俺を見る。
「これ、全部閉じたまま火にかけたのか?」
「はい」
「よくそれだけで済んだな」
「やっぱり危なかったですか」
「危ないに決まってる」
昨日、《綻びの目》が警告してくれなかったらどうなっていたのか。
あまり考えたくない。
「中の圧力を逃がす方法を考えているんです」
「だったら全部閉じるな」
「え?」
男が図面の一番上へ線を引く。
その先に、小さな容器のようなものを描いた。
「一番高いところに、こういう逃げる場所を作れ」
「逃げる場所?」
「水でも空気でも、上に逃がせるようにしとけ。全部閉じ込めるから無理がかかる」
「なるほど……」
圧力が上がるなら、上がり続けないように逃げ道を作る。
言われてみれば単純なことだ。
「それ、試してみてもいいですか?」
「俺は作るとは言ってないぞ」
「あ」
男は鼻を鳴らした。
それから工房の奥へ顔を向ける。
「ルッツ!」
「はい」
さっき短い管を加工していた若い職人が顔を上げた。
二十代前半くらいだろうか。
「こっち来い」
ルッツと呼ばれた青年が手を拭きながら近づいてくる。
「何です?」
「お前がやれ」
「俺がですか?」
「そうだ。しばらくこいつに付き合え。細かい加工はお前の方が向いてる」
ルッツが俺を見る。
次に設計図を見る。
「……分かりました」
「こいつを好きに使え」
そう言って、男は俺を見る。
「ただし、材料代とこいつの手間賃はもらうぞ」
「もちろんです」
「ならいい」
男は自分の胸を軽く叩いた。
「オスカー・ベルン。この工房の親方だ」
「リオン・ハルです。よろしくお願いします」
「ルッツさんも、よろしくお願いします」
「はい」
ルッツはまだ少し戸惑っている。
当然だろう。
いきなり知らない学生の、見たこともない装置を手伝えと言われたんだから。
その日は、図面を見ながら話をするだけで終わった。
容器の形。
管の太さ。
接合方法。
曲げる角度。
圧力を逃がす場所。
気づけば外はかなり暗くなっていた。
「今日はありがとうございました」
「明日も来るんですか?」
ルッツが聞く。
「来てもいいですか?」
「親方がいいなら」
「好きにしろ!」
奥からオスカーの声が飛んでくる。
「じゃあ、また明日」
「はい」
俺はピコを連れて工房を出た。
◇
翌日の放課後。
またベルン金工房へ行った。
新しく加工してもらった部品をつなぎ、火を入れる。
失敗した。
その次の日も行った。
また形を変えた。
今度は別のところから水が漏れた。
さらに次の日。
管の位置を変える。
今度は水の流れが悪くなった。
放課後になるたびに工房へ通った。
管を太くする。
接合部分を変える。
容器の位置を変える。
上には、圧力を逃がすための小さな容器もつけた。
それでも、思った通りにはいかない。
「漏れてます」
「また?」
「ここです」
ルッツが接合部分を指差す。
「じゃあ、そこを変えよう」
別の日。
「今度は流れませんね」
「本当だ……」
《綻びの目》。
《循環効率:低下》
《曲部:流動阻害》
「この曲がりかな」
「俺もそこだと思います」
最初は言われた作業だけをしていたルッツも、少しずつ自分から意見を言うようになっていた。
「リオン様。この管、もう少し太くしませんか?」
「どうして?」
「ここまで細いと、水の流れが悪くなると思います」
《綻びの目》でも確認する。
《循環効率:低下》
「……本当だ」
「なら、こっちの方がいいです」
「やってみよう」
◇
工房へ通い始めて五日目。
研究コースが終わると、俺は急いで荷物をまとめた。
「じゃあ、工房行ってくる」
ピコも当然のように俺の肩へ飛び乗った。
ミラがこちらを見る。
「今日も?」
「うん。昨日の接合、もう一回試したくて」
ヴィクトルが呆れたように言った。
「何日目だ?」
「今日で五日目かな」
「すっかりのめり込んでるな」
「ちょっと面白くなってきて」
「見れば分かる」
「じゃあ、また明日」
「行ってらっしゃい」
ミラに見送られ、そのまま教室を出た。
◇
「……あいつ、本当に馬鹿だな」
リオンが出ていった扉を見ながら、ヴィクトルが言った。
「え?」
ミラが振り向く。
「婚約するって決まったばっかりなのに、毎日お前を置いて工房だぞ」
ミラは少し笑った。
「でも、楽しそうだから」
「少しくらい文句言ってもいいんじゃないか?」
「言いたくなったら言うよ」
「……ならいいけどさ」
ヴィクトルはもう一度、リオンが出ていった扉を見た。
◇
それから数日後。
「明日も来ていいですか?」
作業を終えたところで、俺はルッツに聞いた。
「明日は工房、休みですよ」
「ああ、そうか。じゃあ次の授業のあとで」
「……」
「どうしました?」
「俺は来ます」
「え?」
「次は、この接合を変えてみたいんです」
「でも、休みですよね?」
「分かってます」
「休みの日まで頼むつもりはないですよ」
ルッツが図面を見る。
「俺がやりたいんです。ここまでやったら、ちゃんと動くところを見たいので」
完全に巻き込んでしまったらしい。
でも、その言葉は少し嬉しかった。
「じゃあ、明日もお願いします」
「はい」
◇
翌朝。
休みの工房には、俺とルッツ、それからピコだけがいた。
「じゃあ、火を入れます」
「お願いします」
新しく作り直した装置に火を入れる。
水が温まっていく。
しばらく待つ。
管も少しずつ暖かくなった。
「今回はいけるかも」
「まだ分かりませんよ」
「そうですね」
さらに待つ。
すると。
「あ」
接合部から一滴。
水が落ちた。
「……漏れましたね」
「漏れましたね」
二人でしゃがみ込む。
「ここ、もう少し締めます?」
「いや、締めるだけだと別のところに負担がかかるかも」
「じゃあ形から変えますか」
「やってみましょう」
作り直す。
また試す。
今度は水がうまく流れない。
さらに作り直す。
気づけば、かなり時間が経っていた。
「お疲れ様です」
聞き慣れた声がした。
「ん?」
振り返る。
「ミラ?」
工房の入口にミラが立っていた。
両手には包みと、蓋のついた容器を持っている。
「何してるの?」
「お昼を持ってきたの」
「お昼?」
「まだ食べてないでしょ?」
俺はルッツを見る。
ルッツも俺を見る。
「……食べてないですね」
「ですね」
ミラが少し呆れたように笑った。
「やっぱり」
「あ、そうだ」
俺はルッツを手で示す。
「ミラ、紹介するね。こっちはルッツさん。この工房の職人で、ずっと研究を手伝ってもらってる」
「ルッツです」
ルッツが姿勢を正す。
「こちらはミラ・ハーウェイ。学院の同級生で、婚約することになってる」
「初めまして」
ミラが笑う。
「いつもリオンがお世話になっています」
「い、いえ。こちらこそ」
ルッツが少し緊張している。
ミラは気にした様子もなく、工房の中を見回した。
図面。
金属管。
容器。
何度も作り直した部品。
「すごいね」
「失敗ばっかりだけどね」
「でも、リオン、また私たちが見たことないものを作ろうとしてるんでしょ?」
「まあ……そうなるのかな」
「じゃあ、応援してるよ」
その言葉を聞いて、少し申し訳なくなった。
「ごめん、ミラ」
「何が?」
「せっかく婚約することになったのに。本当は休みの日くらい、ミラと出かけたりしたいんだけど……」
「いいよ」
「でも」
「リオンは、リオンのやりたいようにやればいいよ」
ミラが工房の中を見る。
「私が邪魔じゃなければ、こうして私が会いに来ればいいんだし」
「邪魔なわけないよ」
「じゃあ、問題ないでしょ?」
そう言って笑う。
「それに、私も見たいから」
「何を?」
「リオンが今度は何を作るのか」
「……ありがとう」
「うん。だから、まずお昼食べよう」
ミラが包みを作業台へ置く。
「サンドイッチとスープ。近くのお店で作ってもらったの」
「ありがとう」
ルッツが少し離れようとした。
「あ、俺は向こうで――」
「ルッツさんも一緒にどうぞ」
「え?」
「多めに作ってもらったから、十分ありますよ」
「いいんですか?」
「もちろんです」
ルッツは少し戸惑ったあと、小さく頭を下げた。
「……ありがとうございます」
三人で作業台を囲む。
ピコにも少しだけ分けた。
温かいスープを飲んで、ようやく自分が思った以上に腹を空かせていたことに気づく。
食事を終えると、ルッツが立ち上がった。
「じゃあ、続きをやりましょう」
「うん」
俺も立つ。
「もうやるの?」
ミラが笑う。
「うん、今面白いところなんだ」
「そうなんだ、頑張ってね」
ミラに見送られ、俺とルッツはまた図面の前へ戻った。
工房の隅には、何度も作り直された試作品が置かれている。
まだ一度も、思った通りには動いていない。
それでも、不思議と諦める気にはならなかった。
俺一人では、ここから先へ進めなかった。
でも、一人で作る必要もない。
いつの間にか、ルッツまで本気になっている。
なら、もう少し先まで行ける。
そんな気がした。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
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