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45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: アカメノコバチ
第20章 王立学院五年 三学期

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第506話 火のない部屋を暖める

 三学期が始まってから数日。


 午後の研究コースで、卒業研究のテーマを提出する日が来た。


「では、順番に持ってきてください」


 クラリッサ先生の声に合わせて、生徒たちがそれぞれ自分の紙を持って前へ出る。


 俺も手元の紙を確認した。


『一つの熱源で、離れた場所を暖める方法』


 昨日まで何度か書き直したけど、結局かなりそのままの題名になった。


「リオン君」


「はい」


 紙を渡す。


 クラリッサ先生が目を通した。


「一つの熱源で、離れた場所を……」


 途中で言葉が止まる。


 そして、もう一度最初から読み直した。


「……は?」


「え?」


「いえ、ちょっと待ってください」


 クラリッサ先生が紙と俺を交互に見る。


「一つの火で、離れた場所まで暖めるということですか?」


「そうです」


「暖炉は?」


「置きません」


「その場所には火も?」


「使わないつもりです」


「……どうやって暖めるんです?」


「それを研究しようと思っています」


 クラリッサ先生がしばらく俺を見る。


「まだ方法が分かっていないんですか?」


「大まかな考えはあります。でも、できるかどうかは分かりません」


「なるほど……」


 先生がもう一度研究テーマを見る。


「分かりました。非常に変わった研究ですが、やってみてください。

ただし、火を扱う研究です。安全には十分注意してください」


「はい。最初は小さい装置で試します」


「それならいいでしょう」


 受け取ってもらえた。


 席へ戻ると、隣にいたミラが俺を見る。


「クラリッサ先生、すごい顔してたね」


「俺も驚いた」


「でも、火がないところを暖めるって言われたら、私も『どういうこと?』って思うよ」


「まあ、そうだよね」


 ヴィクトルも自分の研究テーマを提出して戻ってきた。


「何か必要なら言えよ」


「ありがとう。でも、今回は卒業研究だからね」


「一人でやるんだったな」


「うん」


「じゃあ、邪魔しない程度に見る」


「それならどうぞ」


 ミラも笑った。


「私も」


「二人とも自分の研究やってよ」


「やるよ」


「やるって」


 ◇


 卒業研究のために学院へ頼んだ材料が揃ったのは、その翌日だった。


 用意してもらったのは、蓋を固定できる小さな金属製の容器が二つ。


 それから細い金属管。


 水。


 管を固定するための器具。


 そして小型の炉。


 いきなり本物の部屋を暖める設備を作るつもりはない。


 まず確認したいのは一つだけ。


 温めた水を使って、離れた場所へ熱を運べるのか。


 前世では、火のない部屋でも暖かい建物はいくらでもあった。


 確か、温めた水を建物の中へ回して暖める仕組みもあったはずだ。


 ただし、俺は設備屋じゃない。


 暖房設備の詳しい構造まで知っているわけじゃない。


 覚えているのは、水を温め、その水を管で別の場所へ送り、そこで熱を放出させる。


 その程度だ。


「とりあえず、やってみるか」


 一つ目の容器へ水を入れる。


 蓋を固定し、上側と下側に一本ずつ金属管をつなぐ。


 二本の管は、少し離れたところに置いたもう一つの容器へつながっている。


 水が向こうへ流れ、もう一本から戻ってくれば循環するはずだ。


「こんな感じかな」


「すごく簡単に見えるね」


 自分の研究をしていたミラが、こちらを見る。


「簡単に見えるだけだと思う」


「だよね」


 ヴィクトルも少し離れたところから見ている。


「火、つけるのか?」


「うん」


 小型の炉に火を入れる。


 その上へ、一つ目の容器を置く。


 しばらく待つ。


 容器の中の水は少しずつ温まっていく。


「こっちは?」


 ヴィクトルが離れた側の管へ手を近づける。


「まだ冷たい」


「もう少し待ってみよう」


 さらに待つ。


 熱源側の水はかなり温かくなっているはずだ。


 でも。


「……変わらないな」


 離れた側の管は、ほとんど冷たいままだ。


 ミラも触ってみる。


「ミラ、危ないよ」


と、手を伸ばすも心配する必要はなかった。


「冷たいね」


「うん」


「水、動いてる?」


「たぶん、ほとんど動いてない」


 少しくらいは勝手に流れてくれると思っていた。


 甘かったらしい。


「失敗?」


 ヴィクトルが聞く。


「今のところはね」


「ポンプで送ったら?」


「それも考えた」


 手押しポンプなら、もう作れる。


 それを使えば水を送ること自体はできるだろう。


 でも。


「暖房を使ってる間、ずっと誰かがポンプを動かさないといけなくなるよ」


「ああ」


 ヴィクトルがすぐに理解する。


「それは面倒だな」


「でしょ」


 ミラも頷く。


「ずっと動かすのは嫌だね」


「うん。作れるだけじゃ駄目なんだと思う」


 誰か一人がずっと働かないと使えない暖房じゃ、広く使うのは難しい。


 できれば、火をつけておけば勝手に水が動いてほしい。


 どうすればいい?


 俺は試作装置を見る。


 《綻びの目》。


 意識を集中する。


 視界に文字が浮かんだ。


《熱移動:停滞》


《温水滞留:上部》


《循環経路:未成立》


「上部……」


「どうしたの?」


 ミラが聞く。


「温かい水が上に溜まってるみたい」


 熱源側の容器へ近づく。


 上の方はかなり温かい。


 下の方は、それより明らかに温度が低い。


「そういうものなのか」


 ヴィクトルも覗き込む。


「たぶん」


 温かい水は上へ行く。


 冷たい水は下へ行く。


 前世で風呂に入った時だって、上の方が熱くて下がぬるいことはあった。


「じゃあ……」


 紙を取り出す。


 今の配管を書く。


 熱源。


 二本の管。


 離れた容器。


 そして少し書き直す。


「温かい水を上から出して、冷えた水を下から戻せば……」


 ミラが紙を見る。


「水が勝手に回る?」


「かもしれない」


「本当に?」


「分からない。でも、試してみる価値はあると思う」


 さらに、熱源側の容器を低くする。


 離れた側の容器を少し高い位置へ置く。


 温かい水が上へ行こうとするなら、その動きを利用すればいい。


「クラリッサ先生」


「はい?」


「装置の位置を変えてもいいですか?」


「もちろんです。ただし、固定はしっかりしてください」


「はい」


 ミラとヴィクトルにも少しだけ手伝ってもらい、容器と管の位置を変更する。


「二人ともありがとう。もう大丈夫」


「じゃあ戻るね」


「俺も自分の研究やるか」


 二人はそれぞれ自分の研究へ戻った。


 俺ももう一度、火をつける。


 水が温まる。


 待つ。


 何も起きない。


 さらに待つ。


「……駄目かな」


 その時。


 コポッ。


 小さな音がした。


「ん?」


 管を見る。


 もう一度。


 コポッ。


 離れた側へ伸びる管に触れる。


「……暖かい」


 さっきまで冷たかった金属管が、ほんの少しだけ温かくなっている。


「ミラ」


「何?」


「ちょっと来て」


 ミラがこちらへ来る。


「ここ」


 管を指差す。


 ミラが触れる。


「あ、本当だ。暖かい」


「水が動き始めたんだと思う」


 ヴィクトルも来た。


「どれ?」


「ここ」


「……確かに」


 時間が経つにつれて、離れた側の管も少しずつ温度が上がっていく。


 戻り側の管にも変化が出始めた。


「動いた」


 思わず口から出た。


 ほんの小さな装置。


 暖房と呼べるほど暖かいわけでもない。


 でも、火を置いていない場所まで熱は届いた。


「これ、すごいんじゃない?」


 ミラが言う。


「まだ全然だよ」


 それでも、少し嬉しい。


 考え方そのものは間違っていなかった。


「もう少し熱くしたら、もっと暖かくなるかな」


 火力を少し上げてみる。


 水の温度が上がる。


 離れた側の管も、それまでより暖かくなった。


「おお」


 ヴィクトルが感心する。


 もう少しだけ。


 さらに火を強くする。


 その時だった。


 視界に、さっきとは違う文字が浮かぶ。


《内部圧力:上昇》

《接合部:破損予兆》

《高温水噴出危険》


「……まずい」


「何?」


「火を落として!」


 俺はすぐに炉の火力を落とす。


「ミラ、ヴィクトル、離れて!」


 二人がすぐに下がる。


「クラリッサ先生! 先生も離れてください!」


「!?どうしたんですか?」


 周囲の生徒たちにも近づかないよう声をかける。


 俺自身も装置から距離を取った。


 火は弱くなった。


 少し待つ。


 その直後。


 プシュッ!


「うわっ」


 接合部分から熱い水が勢いよく吹き出した。


 床へ水が落ちる。


 幸い、誰にもかからなかった。


 しばらく待ってから、装置へ近づく。


「大丈夫?」


 ミラが聞く。


「うん。誰にもかからなくてよかった」


 壊れた接合部分を見る。


 金属管が外れかけている。


「どうしてこうなったんだ?」


 ヴィクトルが聞く。


「まだ全部は分からない」


 水を熱した。


 火力を上げた。


 中の圧力が上がった。


 そして、弱い接合部分から水が噴き出した。


「閉じたまま熱し続けたのが原因だと思う」


「閉じたまま?」


「うん。中で膨らんでも、逃げる場所がなかった」


 熱くなった水そのものが膨らんだのか。


 水の一部が蒸気になったことが大きいのか。


 そこも調べる必要がある。


「どちらにしても、このままじゃ危ない」


 ヴィクトルが装置を見る。


「下手したら、もっと勢いよく壊れてたかもしれないってことか」


「たぶんね」


 クラリッサ先生も装置を確認する。


「今日はここまでにした方がいいでしょう」


「そうします」


 無理に続ける必要はない。


 分かったことは十分ある。


 席へ戻り、紙に書き始める。


 水が自然に循環する条件。


 熱源と管の高さ。


 接合部。


 水漏れ。


 火力。


 そして――。


『内部の圧力を逃がす方法』


 ここには線を引いた。


「失敗したのに楽しそうだな」


 ヴィクトルが言う。


「そう見える?」


「見える」


「失敗したから、次に調べるところが分かったんだよ」


「そういうものか」


「たぶんね」


 壊れた試作装置を見る。


 離れた側へ伸びた管は、まだほんの少し暖かかった。


 水で熱を運ぶこと自体はできる。


 そこまでは分かった。


「暖かくなれば完成じゃないな」


「え?」


 クラリッサ先生がこちらを見る。


「誰でも安全に使えないと、暖房にはできません」


 先生が少し笑った。


「その通りです」


 第一号は失敗。


 でも、水を使って離れた場所へ熱を運べることは分かった。


 次は、安全に動かす方法を考えよう。



最後まで読んでいただきありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
昨晩読んでコメントした気がしないでもない。 眠かったのかなぁ。。。 三学期初日がなかった気もしてたけど。。。
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