↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: アカメノコバチ
第19章 グレイヴ伯爵&五年冬休み編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
511/562

第492話 回復傾向

 丘を下り、村へ入った。


 近くで見ると、遠くから見た時よりずっと酷かった。


 屋根が崩れたままの家。


 草に覆われた畑。


 途中で途切れている水路。


 傾いた柵。


 歩いている人も少なく、目につくのは年配の人ばかりだ。


「……思ったより酷いな」


 エドガーが呟いた。


 同行していた記録官が資料を開く。


「この村を含む一帯について、直近の報告では回復傾向とされています」


「回復傾向?」


 俺は思わず聞き返した。


「はい。耕作面積の増加、農産物出荷量の微増、人口減少幅の縮小などが理由です」


「……これで?」


 エドガーが村を見回す。


 イレーナも資料へ目を向けた。


「これで回復傾向なのか」


 どうやらイレーナも、報告の内容までは知らなかったらしい。


「数字だけを見れば、改善している項目はあります」


 記録官が答える。


「でも……」


 目の前の村を見る。


 どうしても、回復しているようには見えなかった。


 近くの畑にいた老人へ声をかける。


「すみません」


「ん?」


「この辺り、去年より使っている畑が増えたって聞いたんですけど」


「ああ。それは本当だ」


「やっぱり?」


「去年が酷すぎただけだよ」


「え?」


 老人が畑の奥を指さす。


「あそこまで昔は全部使ってた」


 かなり広い。


「去年は?」


「三分の一くらいだな」


「今年は?」


「四割くらいまで戻した」


「……」


 増えてはいる。


 でも、以前の状態から見れば半分にも届いていない。


「人口も、出ていく人が減ったって聞きました」


「ああ」


 老人が乾いた笑いを浮かべる。


「出ていかなくなったんじゃねえよ」


「……?」


「出ていける若い奴が、もうほとんど残ってねえんだ」


 エドガーの表情が固まった。


 俺も何も言えなかった。


 視界が僅かに揺れる。


《前年比較:改善》

《長期水準:低下》

《生活基盤:未回復》

《綻び:回復判定》


 数字自体が嘘というわけじゃない。


 前年より良くなっているのも事実だ。


 でも、それを回復と呼んでいいのかは別だった。


 ◇


 村の中央へ向かっている途中だった。


「だから返せって言ってるだろ!」


「壊したのはお前だろうが!」


 道の先で、二人の男が取っ組み合っている。


 一人が相手の胸ぐらを掴み、もう一人も殴り返そうとしていた。


 イレーナが足を止める。


「何してる」


 二人が振り返った。


「イ、イレーナさん」


「こいつが――」


 バシン!


「え?」


 乾いた音が響いた。


 イレーナが一人の頬を平手で叩いていた。


 もう一人が固まる。


「お前」


「は、はい」


「先月の荷車代がまだだろ」


「……はい」


 イレーナがもう一人を見る。


「お前は共同倉庫の使用料」


「え?」


「五日遅れてる」


「……すみません」


「借金抱えて喧嘩する暇があるなら働け」


「はい……」


「次に道の真ん中でやったら、二人とも三日うちで荷運びだ。稼ぎは借りから引く」


「はい!」


「待ってください」


 監察官が口を挟んだ。


「イレーナ・ヴァルガ。あなたに刑罰を科す権限はありません」


「刑罰?」


 イレーナが少し笑った。


「借りを返す仕事を回してやるだけさ」


「しかし――」


「嫌なら断ればいい」


 イレーナが二人を見る。


「どうする?」


「や、やります」


「俺もやります!」


「だそうだ」


「……」


 監察官が黙る。


 俺は二人が慌てて去っていくのを見送った。


「イレーナさん」


「何だ」


「今みたいなこと、いつもやってるんですか?」


「必要ならな」


「でも、役人じゃないですよね」


 イレーナが俺を見る。


「坊や、ここじゃ役人の許可を待ってたら何も回らないんだよ」


「……」


「揉め事が起きる。誰も止めない。借りも返さない。仕事も止まる」


 イレーナが歩き出す。


「だったら動かす。それだけさ」


 正式な権限があるわけじゃない。


 本人も分かっている。


 それでも、この村ではイレーナの言葉で人が動いていた。


 ◇


「イレーナさん」


 少し先で、一人の男が近づいてきた。


「何だ」


「先週の商人の件なんですが」


「ああ」


「どうなりました?」


「片付いた」


 男の表情が明るくなる。


「もう来ませんか?」


「来ない」


「ありがとうございます」


 男は頭を下げて去っていった。


「……何があったんです?」


 俺が聞く。


「代金を踏み倒した商人がいた」


「それで?」


「話をした」


「話だけ?」


 イレーナが少し笑った。


「坊やは知らなくていいこともあるんだよ」


「……」


 エドガーが横から言う。


「それ以上は聞かない方がいいんじゃないか?」


「俺もそう思ってたところ」


「嘘つけ」


「ピー」


 ピコにまで否定された。


 ◇


 さらに進むと、道端で老人が荷車を前に困っていた。


 片方の車輪が大きく傾いている。


「またか」


 イレーナの部下二人が自然に近づいた。


「爺さん、動かすな」


「でも畑まで持っていかないと」


「このまま動かしたら車軸まで折れる」


 二人はしゃがみ込み、荷車を調べ始める。


 イレーナは何も言わない。


 しばらくして。


「これなら直せる」


「本当か?」


「ああ」


 部下たちが持っていた道具で修理を始める。


 手慣れている。


 少しすると、傾いていた車輪が元に戻った。


「助かったよ」


 老人が何度も頭を下げる。


「でも、今月はちょっと金がなくてな……」


「来月でいい」


「必ず払う」


「忘れるなよ」


「ああ」


 老人が荷車を引いていく。


「……お金取るんですね」


 俺が言う。


「善意でやってると思ったか?」


 イレーナが俺を見る。


「いや、そこまでは」


「ただで仕事してたら、こっちが先に潰れる」


「払えない人は?」


「働けるなら働かせる」


「働けない人は?」


「その時に考える」


「……」


「返せる奴には返してもらう」


 淡々としている。


 助けるけど、ただではない。


 それがこの人たちのやり方らしい。


 ◇


 しばらく歩いていると、ハル領へ移った若者の話になった。


「この辺りからも、ハル領へ行った人が多いんですね」


「ああ」


 イレーナが答える。


「ハル領は今も人手を欲しがってるからな」


「詳しいですね」


「北のトラウゼン侯爵領じゃ、街道沿いの商人が増えてる」


「……え?」


「南のハーウェイ領じゃ、小麦が豊作で他領への輸出も増えてる」


「……」


「王都じゃ、グレイヴの調査が始まってから、こっちを探る連中も増えた」


 俺はイレーナを見る。


「それ、誰から聞いたんです?」


 イレーナも俺を見る。


「坊やは余計なことを考えないで、しっかりと見るんだな」


「……教える気ないですね」


「当たり前だ」


 イレーナが前を向く。


「周りは少しずつ前へ進んでる。この領だけが置いてけぼりだ」


 ハル領。


 トラウゼン侯爵領。


 ハーウェイ領。


 それに王都。


 この人が見ているのは、グレイヴ領西部だけじゃない。


 一体どこまで情報を持っているんだろう。


 でも、これ以上聞いても答えないだろう。


「そういえば」


「今度は何だ」


「なんで俺たちをここへ連れてきたんです?」


 イレーナが俺を見る。


「ガザルを潰した礼だ」


「……礼?」


「あいつがいなくなって、こっちも仕事がしやすくなった」


「それだけですか?」


 イレーナの視線がエドガーへ移る。


「王子様には、自分たちが何を見捨てたのか見て帰ってもらいたかった」


 エドガーの表情が僅かに固くなる。


「ここで生きてる連中をな」


「……」


「それと」


「まだあるんです?」


「坊やたちが使える人間か、見てるだけかもしれないよ」


「やっぱりそれもあるんですね」


「さあね」


 また笑った。


 ◇


 それから俺たちは、イレーナたちに案内されながら村を回った。


 エドガーは途中から、ほとんど喋らなくなった。


「驚いたか?」


 イレーナが聞いた。


「……ここまでとは思ってなかった」


「だろうな」


 イレーナが村を見る。


「グレイヴは肥えた」


 少し間を置く。


「ここの連中は痩せた」


 エドガーは黙っている。


「王都はグレイヴを見て、ここで生きる人間を見なかった」


「ですが、王宮からの支援は――」


 監察官が口を開いた。


「もういい」


 エドガーが止める。


「エドガー殿下?」


「残念ながら、この人が言っていることは事実だ」


 エドガーが村を見る。


「金を出したことと、この人たちを助けたことは同じじゃない」


「……」


 監察官はそれ以上何も言わなかった。


 イレーナも茶化さない。


 ただ、エドガーを見る目が少しだけ変わった気がした。


 ◇


「じゃあ」


 俺はイレーナを見る。


「なんでイレーナさんたちは、ここまでこの村に関わってるんです?」


「商売だよ」


「商売?」


「助けてるつもりはない」


「……」


「貸した金は返してもらう。仕事を回せば取り分ももらう」


 少しだけ目を細める。


「約束を破れば、落とし前もつけさせる」


 さっきの話を思い出す。


「生きてる客の方が、死んだ客より役に立つ。それだけさ」


「……」


 本当にそれだけなのかは分からない。


 でも、この人が善意だけで動いていないことは分かった。


 ◇


 夕方。


 村を一通り見終え、俺たちは丘の近くまで戻っていた。


「リオン」


 エドガーが言った。


「何?」


 少し間があった。


「……どうすればいい?」


「……」


 すぐには答えられなかった。


 村を見る。


 壊れた家。


 使われていない畑。


 少ない人。


「分からない」


「……分からない?」


「うん」


「リオンでも?」


「今のところ、俺に何かできるとは思えない」


 エドガーが俺を見る。


「でも、ハル領では……」


「ここはハル領じゃないよ」


「……」


「俺は今日、初めてこの村を見た」


 まだ知らないことばかりだ。


「何が足りないのかも、誰が何をできるのかも、ちゃんと分かってない」


「……」


「そんな状態で、こうすれば直るなんて言えないよ」


 エドガーが黙った。


「分からないのに、分かったふりをする方が怖い」


「……そうか」


「うん」


「ふん」


 少し離れたところから、イレーナの声が聞こえた。


「何です?」


「少なくともグレイヴよりはマシのようだな」


「何がです?」


「自分で考えるんだな」


「やっぱり分からないなあ」


 エドガーが少しだけ笑った。


 でも、すぐに村へ視線を戻した。


「それでも」


 エドガーが言う。


「王都は何かしないといけない」


「好きにすればいい」


 イレーナが答えた。


「ただ、こっちは王都の答えを待つ気はないよ」


「どういう意味です?」


「そのままさ」


 イレーナが村を見る。


「王都が動こうが動くまいが、こっちはこっちで生きる」


 今日見たものを思い返す。


 イレーナたちは金を貸し、仕事を回し、揉め事を裁いていた。


 借金を取り立て、広く情報を集め、必要なら暴力まで使う。


 領主でもない。


 役人でもない。


 騎士でもない。


 それなのに、この土地ではイレーナたちの言葉で人も金も動いている。


 領主の統治が機能しなくなった場所には、すでに別の秩序が生まれていた。



最後まで読んでいただきありがとうございます。

少しでも何かを感じて頂けたら評価とブックマークで応援いただけると執筆の励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
話によって主人公のIQが違いすぎる さっきこの話しなかった?みたいな質問も多いし、あんな骨のある授業を受けて飛び級するほどの奇才なのに、そこで身につけた思考力とか洞察力が全然見えない
15歳の少年2人に貧乏領地の現実を見せて国王陛下に報告させたかった。考えさせる良い機会になったと思いました。イレーナさんは王立学院出身で先代グレイヴ伯爵の庶子と察します。グレイヴ領地にいる理由になると…
既に統治体制が崩壊してるな 普通ならグレイブさんちの官吏が襲われまくって反乱祭りにしかならない もしくは王都で直訴不可避 まあ平和が保たれてて逃散が起きてる時点で統治大失敗ともいう 封建領主としては…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。