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45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: コバチ
第5章 ヴァレスト公爵領

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第49話 大領の景色

 ハル領を発ってから数日後。


 俺とミアを乗せた馬車は、ようやくヴァレスト公爵領へ入っていた。


 窓の外に広がる景色を見ながら、俺は無意識に息を吐く。


「……広いな」


 思わずそう呟くと、向かいに座るミアが小さく頷いた。


「はい。まだ公爵領の外縁部だと聞きましたが、それでももう、ハル領とは全然違いますね」


 たしかにそうだった。


 公爵領の外側に広がっているのは、まず農村地帯だ。

 ただ畑があるだけじゃない。


 道が広い。

 用水の筋が整っている。

 畑の区画も見事なくらい揃っている。

 ところどころに大きな納屋があり、干し草の積み方ひとつとっても雑さがない。


 遠くには風車も見えた。

 水を上げるためか、粉を挽くためかまではこの距離ではわからないが、少なくとも「農村だから何もない」なんて景色ではなかった。


 荷車の数も多い。


 小麦らしい袋を積んだもの。

 野菜を載せたもの。

 家畜を引いている者もいる。


 全部がひっきりなしに動いているわけではない。

 でも、流れが太い。


 これが、王国建国以来の大貴族が支配する領地か、と素直に思った。


「ハル領だと、農村の外れに出た時点でもっと静かだよね」


「ええ。こっちは、外側からもう“整っている”感じがします」


 ミアの言い方はその通りだった。


 整っている。


 それが一番しっくりくる。


 ◇


 農村地帯をさらに進むと、今度は小さな村が見えてきた。


 村といっても、ハル領の村とはだいぶ違う。

 家の数が多い。

 石造りの建物が混じっている。

 道端には荷を扱う小さな店まであった。


 宿場に近いのかもしれない。


 馬車がその中をゆっくり抜けていくと、村の向こうに、ようやくそれが見えた。


「……あれか」


 城壁だ。


 高い。

 しかも長い。


 単に敵を防ぐための壁というより、一つの都市そのものを囲うための輪郭としてそこにある。

 灰白色の石で積まれた城壁が、地平の上にずっと続いている。


 門へ近づくにつれて、その大きさがよくわかった。


 人が小さい。

 荷車が小さい。

 見上げる角度が、もう砦じゃなく都市の壁だった。


 門の前には列ができていた。

 農村部から来た荷車。

 商人。

 旅人。

 冒険者らしい連中。

 みんな、それぞれの目的でこの中へ入っていく。


「ハル領の門とは比べものにならないな」


「比べたら失礼なくらいですね……」


 ミアが少しだけ苦笑する。


 門番の数も多い。

 槍を持つ者、記録を取る者、荷を改める者。

 通過の流れは遅くないのに、手は抜いていない。


 公爵家の名で事前に話が通っているらしく、俺たちの馬車は列の脇から通された。

 その時、何台かの荷車が目に入る。


 農村部から来たらしい荷だ。

 麦袋、乾燥豆、樽。

 だが、俺はそこでほんの少しだけ眉を寄せた。


「……ん?」


「どうかしましたか」


「いや」


 まだ、言葉にはしない。


 荷は多い。

 人も多い。

 でも、城門を抜けていく流れと、門前に積まれている物量の感触が、ほんの少しだけ噛み合わない気がした。


 本当に小さな違和感だ。

 今はまだ、引っかかりにしかならない。


 馬車はそのまま城壁の内側へ入った。


 そして、そこでまた少し息を呑んだ。


 城下町だ。


 広い通り。

 石畳。

 二階建て、三階建ての建物。

 軒先に吊られた看板。

 香辛料の匂い、焼き菓子の匂い、革の匂い。

 人の声。

 店の呼び込み。

 通りを横切る荷車。


 ハル領とは、比べること自体が間違いみたいだった。


 栄えている。


 しかも、ただ人が多いだけじゃない。

 人と物と金が、ちゃんと回っている町の音がする。


「すごい……」


 ミアが窓の外を見つめたまま、ぽつりと言った。


「本当に、別の国みたいです」


「同じ王国の中なんだけどね」


「でも、空気が全然違います」


 その感想もよくわかる。


 ハル領にも人はいる。

 村も畑もある。

 最近は森の開拓まで始まった。


 でもここは、すでに大きな流れが何本も完成している場所だ。

 流れているものの量も、密度も、桁が違う。


 馬車が町の中央通りへ差しかかったところで、いったん止まった。


 扉の外から声がかかる。


「リオン様、ミア様。お迎えに上がりました」


 外へ出ると、そこにいたのは見覚えのある男だった。

 ヴァレスト公爵家の筆頭執事だ。


 背筋がまっすぐで、表情は柔らかいのに、どこか隙がない。

 以前に会った時と変わらない。


「お久しぶりです」


 そう言うと、筆頭執事は静かに一礼した。


「ご無沙汰しております。公爵閣下より、お二人をそのまま城へお通しするよう仰せつかっております」


「ありがとうございます」


 ミアも慌てて頭を下げる。


 すぐ脇には、公爵家の紋章が入った立派な馬車が待っていた。

 俺たちが乗ってきた乗り合い馬車とは、もう比べるまでもない。


 乗り込むと、馬車はすぐに動き出す。


 城下町の中央を抜け、少しずつ高い場所へ向かう。


 その先に、ようやく見えてきた。


「……すごいな」


 今度は、さっきよりはっきり声に出た。


 白い城だった。


 いや、ただ白いだけじゃない。

 陽を受けて、淡い金まで混じって見えるような、磨かれた石の城だ。


 高い塔。

 重なった屋根。

 広い前庭。

 城壁の内側にさらに設けられた防備。

 そして、その全部が「ここが大貴族の中枢だ」と言わんばかりの存在感を持っていた。


 中世ヨーロッパの城、という言葉が前世の記憶から自然に浮かぶ。

 ただし、写真や観光地として見たものより、もっと生々しく、もっと権力の匂いがした。


 王国建国以来の大貴族。


 その言葉の意味を、ようやく建物の大きさで理解した気がした。


「ハル領の屋敷とは……」


 ミアが呟きかけて、途中で言葉を飲み込む。


「比べるものじゃないね」


 そう返すと、彼女は小さく苦笑した。


「はい……」


 筆頭執事は、こちらの反応を面白がるでもなく、ただ静かに前を見ている。


 その態度が逆に、この規模がこの家にとっては当たり前なのだと伝えてきた。


 馬車が城門をくぐる。


 その途中、ふと中庭の端に荷車が何台か並んでいるのが見えた。


 城へ入る荷。

 農村部から来たような麻袋。

 樽。

 干し草。

 日々の補給なのだろう。


 でも、俺はそこでまたほんの少しだけ目を細めた。


「……」


 整っている。

 大きい。

 豊かだ。


 それは間違いない。


 でも――整いすぎている気もする。


 農村から町へ。

 町から城へ。


 流れそのものは太い。

 なのに、その太さに対して、どこかで物の量がきれいに揃いすぎている。


 言葉にするにはまだ早い。

 けれど、胸の奥に残る小さな引っかかりは、むしろハル領にいた時よりも強かった。


 城の前へ馬車が止まる。


 扉が開かれ、俺はゆっくり外へ出た。


 白い石の階段。

 広い正面玄関。

 左右に控える使用人。

 その先に続く重厚な扉。


 ミアが小さく息を呑むのが聞こえた。


「リオン様……」


「うん」


 すごい。

 素直にそう思う。


 でも、それだけじゃない。


 俺は城の奥へ視線を向けながら、小さく息を吐いた。


「……大きいだけじゃないな」


 ミアが聞き返す。


「え?」


「いや」


 まだ断定するには早い。

 ただ一つだけ、はっきりしていることがある。


 これほど豊かで、これほど整った大領地にも、ちゃんと綻びはある。


 しかも、小領地とは違う形で。


 たぶん――ここから先で、それを見ることになる。

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