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45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: コバチ
第4章 西の森開拓開始

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第48話 託して進む

 その日のうちに、俺はヴァレスト公爵へ手紙を書いた。


 王立学院に合格したこと。

 そのうえ首席で、新入生代表の挨拶まで任されたこと。

 王都で世話になった礼。

 そして、以前言われた「公爵領へ来てほしい」という話を、こちらとしても受けたいこと。


 文面はあまり長くしすぎなかった。

 礼を尽くしつつ、要点だけは外さない。


「こんなものかな」


 最後にもう一度読み返し、紙を置く。


 横で控えていたミアがそっと言った。


「きっと喜ばれます」


「そうだといいけど」


「きっと、ではなく、絶対に、です」


 妙に言い切るので少し笑ってしまった。


「ずいぶん自信あるね」


「あります。公爵家で、どれだけ大事にしていただいたと思ってるんですか」


 それはたしかにそうだ。


 学院の勉強も。

 実技の訓練も。

 公爵家での数か月がなければ、ここまで来られなかった。


 だからこそ、この手紙はただの報告じゃない。

 礼を返すための一歩でもあった。


「じゃあ、これを出そう」


「はい」


 ミアが丁寧に封を整え、使いの者へ渡す手配をしていく。


 その手際を見ていると、俺が森だ開拓だと外を走り回っている間に、屋敷の中でもいろんなものが前より滑らかに動くようになっているのがわかった。


 ◇


 返事を待つ数日の間、俺は毎日西の森へ通った。


 ただし、前みたいに先頭に立って全部を決めるためじゃない。

 今やるべきなのは逆だ。


 自分がいなくても回るようにすること。


 春になれば、俺は王都へ行く。

 その前に公爵領へも顔を出す。

 つまり、これからしばらくの間、西の森の開拓は俺抜きで進まないといけない。


 森の入口に着くと、いつもの顔ぶれがすでに揃っていた。


 ノル。

 ギルド長。

 木こりの古株、ダン。

 荷運びをまとめる人足頭。

 それに父が選んだ家臣が二人。


 通路の整備は前より進んでいて、最初の搬出路もかなり形になってきている。

 だが、まだ“俺がいる前提”で回っている場面が多いのも事実だった。


「じゃあ、今日は引き継ぎをする」


 そう言うと、ダンが腕を組んだままこちらを見た。


「引き継ぎ、ですか」


「うん。自分はこれから先、ずっとここに張り付いていられない」


 人足頭が少しだけ言いづらそうに口を開く。


「正直に言えば……リオン様がいないと厳しいんじゃねえか、って声はあります」


 それはそうだろう。


 風魔法で伐採を補助する。

 土魔法でぬかるみを整える。

 《綻びの目》で地形や危険を見る。


 今の現場は、その便利さにかなり助けられている。


 でも、だからこそ今のままじゃ駄目だ。


「それを変えるのが今やることだよ」


 みんなの顔を見て、はっきり言う。


「自分がいなくても回るようにする。逆に言えば、それができないなら今の開拓はまだ弱いってことだ」


 少しだけ空気が止まった。


 最初に頷いたのはノルだった。


「その通りです」


 ギルド長も腕を組んだまま言う。


「現場に天才が一人いるだけでは、事業にはならん」


 ダンが鼻を鳴らした。


「耳が痛えな」


「耳が痛いうちに直した方がいい」


 そう返すと、ダンは小さく笑った。


「違いねえ」


 俺は用意してきた紙を広げた。


 簡単な地図。

 拠点候補地。

 搬出路。

 防柵予定。

 ぬるい湧水の位置。

 魔物の通り筋。


 それに、役割を書いた引き継ぎ表。


「まず、全体の判断は父上」


 紙の上を指で追う。


「森をどこまで広げるか、人手と予算をどこまで入れるか、そこは屋敷側で決める」


 家臣の一人が頷き、控えの帳面へ書きつける。


「現場の安全判断と危険時の停止判断はノル」


「承知しています」


「護衛の配置と見回り線、それと魔物が増えた時の対応はギルド長」


「こちらで受けよう」


「伐採と搬出の実務はダンたち木こり側」


 ダンが顎をしゃくる。


「そこは最初からこっちの仕事だ」


「うん。でも、どこを残してどこを切るかの基準は、今のうちに共有する」


「わかった」


「それと、人足側は搬出路の整備と台車の運用。丸木を使った転がし方と、排水路を切る場所の見方は今日中にもう一回合わせる」


 人足頭が真剣な顔で頷いた。


 こうして一つずつ言葉にして渡していくと、現場の空気が少しずつ変わっていくのがわかる。


 今までは「リオン様が言うからやる」だった。

 でも、これからは違う。


 誰が何を見るか。

 何を基準に止まるか。

 何を勝手に決めてよくて、何は屋敷へ戻すか。


 そういう線を引いて、初めて仕事になる。


 ◇


 昼前からは、実際にその引き継ぎを一つずつ現場で確認した。


「ダン、この木はどうする?」


 俺が聞くと、ダンは幹を見上げ、地面を見て、それから答える。


「東の細いのは残す。風除けになる。こっちの根の浅いのから切る」


「理由は?」


「倒した先で搬出路を塞がねえからだ。あと、残した木が次の目印になる」


「うん。いいと思う」


 前なら俺が先に言っていたことを、今はダンが自分で判断している。


 その横で、人足たちは改良した小型台車へ中くらいの木材を積み、狭い搬出路を通していた。

 ぎこちなさはまだ残っている。

 でも、止まりはしない。


「そこ、水が溜まりやすい!」


 俺が声を飛ばす前に、ノルが先に言った。


「右へ半歩ずらしてください。そこは沈みます」


 人足たちがすぐに動く。


 その反応の速さを見て、少しだけ安心した。


 湧水の周囲についても、全員で確認を入れた。


「ここは今は触りすぎない」


 そう言うと、ダンが周囲を見回す。


「地面が緩いから、拠点にはしねえ方がいい」


「うん」


「でも冬でも水が使えそうだ。なら、道だけは切っておいて損はねえ」


「そこまでで止める」


 ギルド長が低く言う。


「魔物も寄る。拠点と直結はさせん」


「ええ」


 誰か一人が分かっているだけじゃなく、みんなが同じ線を共有している。

 それが大きかった。


 夕方前、いったん作業を止めた時だった。


 父が森の入口まで様子を見に来た。


 通った通路。

 運び出された木材。

 新しく置かれた目印。

 簡素だが、ちゃんと回り始めている現場。


 父はしばらく何も言わず、それを見ていた。


「どう?」


 俺が聞くと、父は低く答えた。


「前より、明らかに拓けてきているな」


「それならよかった」


「西の森開拓はお前が最初の道を作った」


 父はそう言って、通路の先を見た。


「だが、ここから先はハル領皆の仕事だ」


 その一言が、思ったより深く刺さった。


「安心して行ってこい」


 続けてそう言われて、ようやく少しだけ肩の力が抜けた。


 任せる。

 託す。

 口で言うのは簡単でも、本当にそれを受け取ってくれる人がいなければ成立しない。


 今の言葉で、ようやくちゃんと渡せた気がした。


 ◇


 それから三日後、公爵家から返事が届いた。


 封を切る前から、紙の質と封蝋でそれとわかる。


 父と母、ミアもいる場で開く。


 文面は簡潔だったが、公爵らしかった。


 合格と首席を心から喜んでいること。

 新入生代表の挨拶も楽しみにしていること。

 そして――


 公爵は現在、公爵領にいる。以前話した件もあるので、都合がつき次第、直接公爵領へ来てほしい。


「やっぱり、向こうか」


 俺が呟くと、父が頷いた。


「筋は通っている」


「うん。合格の報告も、ちゃんと顔を見てしたい」


 母が少しだけ寂しそうに笑う。


「そうなると、そのまま王都入りになるわね」


「たぶん」


「制服も教材も、入寮の準備もあるものね」


 そうだ。


 公爵領へ行き、そこから王都へ入る。

 そうなれば、ハル領へ戻るのは学院の長い休みまで先になるだろう。


 でも、だからこそ今やることはやった。


 森の第一段階は、もう俺が毎日立たなくても動く形にした。

 完璧じゃない。

 でも、事業としては回り始めている。


 その日の夕方、自室から遠く西の森方面を見た。


 通路の入口。

 搬出された木材の山。

 簡易防柵。

 働く人たちの動き。


「ここから先は、自分がいない間にどう伸びるかだな」


 小さく呟く。


 森の向こうに、夕日が沈みかけている。


 最初の道を作ったのは自分だ。

 でも、それを道として育てるのは、ここに残る人たちの仕事になる。


 少し寂しい。

 でも、それでいいとも思う。


 全部を自分の手元に置いていたら、前へは進めない。


 ◇


 翌朝。


 屋敷の前には、出発のための荷がまとめられていた。

 大げさな見送りじゃない。

 でも、家族とミア、それに何人かの使用人が出てきている。


 今回はミアも一緒だ。


「それじゃ、行ってくる」


 そう言うと、母がまず頷いた。


「体に気をつけるのよ」


「うん」


「公爵様にも、きちんとご挨拶するのよ」


「もちろん」


 父は短く言う。


「向こうで見てくるものは多いはずだ」


「そう思う」


 ミアは荷を抱えたまま、少し緊張した顔で立っていた。

 でも目はしっかりしている。


「ミアも、頼むよ」


「はい。今度は公爵領と王都ですね」


「そうなる」


「そっちでもちゃんと支えます」


「あぁ、期待しているよ」


 乗り合い馬車が、街道の向こうから近づいてくる。


 俺はもう一度だけ屋敷と、その向こうの森の方角を見た。


 西の森は、まだ未開の地だ。

 でももう、何も始まっていない森じゃない。


 通路があり、段取りがあり、人が動いている。

 俺がいない間も、きっと少しずつ形になっていく。


 馬車が止まる。


 荷を積み、乗り込む。


「行ってきます」


 改めてそう言うと、母が微笑み、父が小さく頷いた。


 馬車が動き出す。


 ハル領の屋敷が、少しずつ後ろへ遠ざかっていく。

 その先にあるのは、公爵領。

 そして王都。

 王立学院。


 託して進む。


 揺れる馬車の中で、小さく息を吐く。

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