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45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: コバチ
第4章 西の森開拓開始

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第47話 王都からの手紙

 西の森の開拓が始まって、二週間が経った。


 朝の屋敷は、以前よりずっと早く動き出すようになっていた。

 荷の確認をする者。

 森へ入る人足の名簿を見直す者。

 食料をまとめる者。

 台車の補修をする者。


 俺も朝食を済ませると、いつものように森の開拓現場へ向かうつもりでいた。


 玄関へ向かいかけたところで、廊下の向こうからミアが少し慌てた足取りでやってきた。


「リオン様」


「どうしたの?」


「王都からお手紙が届いています」


 その一言で、足が止まった。


 王都。


 この時期に、王都から。


 ミアの手には、まだ開かれていない封書がある。

 白い上質な紙。

 封蝋には、見覚えのある紋章。


 王立学院だ。


 胸の奥で、心臓が少しだけ強く鳴る。


「……来たか」


 呟くと、ミアがこくりと頷いた。


「はい。おそらく……」


「うん。わかる」


 森へ向かう準備をしていた手が、少しだけ止まる。


 たぶん、これだ。


 冬に受けた、あの試験の結果。


 筆記。

 実技。

 面接。


 もうずいぶん前のことのようにも思えるし、つい昨日のことのようにも思える。


「父上と母上は?」


「執務室におられます」


「……先にそっち行こう」


 玄関へ向かうのはやめて、俺はそのまま執務室へ足を向けた。


 ◇


 父の執務室へ入ると、父は朝から帳面を見ていた。

 母も横にいて、何枚かの紙を整理している。


「どうした」


 父が顔を上げる。


 俺は手紙を持ち上げた。


「王都から」


 それだけで、父の目が少しだけ変わった。

 母もすぐに手を止める。


「王立学院ね?」


「うん」


 部屋の空気が、少しだけ静かになる。


 森のこと。

 開拓のこと。

 今は毎日いろんなことが動いている。

 そんな中で届いた一通の手紙。


「開けるか」


 父が言う。


「うん」


 封筒を開ける。

 紙を広げる。


 目で一行目を追った瞬間、息が少しだけ止まった。


 それから、もう一度、今度は確かめるように読む。


 間違いない。


 王立学院入学試験、合格。


 しかも、その下にもう一文あった。


 なお、リオン・ハル殿は今回の入学試験において首席の成績を収められました。入学式当日は、新入生代表としてご挨拶をお願い申し上げます。


 しばらく、声が出なかった。


「……どうだった」


 父の低い声で、ようやく現実へ戻る。


 俺は手紙から顔を上げた。


「受かった」


 その一言で、母の顔がぱっと明るくなった。


「本当に!?」


「うん」


「よかった……!」


 母は胸に手を当て、心から安堵したように息を吐いた。

 父はすぐには何も言わなかったが、その目の奥が少しだけやわらいだのがわかった。


「それだけじゃない」


 俺は手紙を見下ろしたまま続ける。


「首席らしい」


 今度こそ、父も母も一瞬黙った。


「……首席?」


 母が聞き返す。


「うん。あと、入学式で新入生代表の挨拶をしてくれって」


 父がゆっくり手を差し出した。


「見せろ」


 手紙を渡す。

 父が読み、母もその横から覗き込む。


 母は途中で口元を押さえた。


「まあ……!」


 父は最後まで読んでから、手紙を机へ置いた。


「首席か」


 短い言葉だったが、そこにある重みは小さくなかった。


「おめでとう、リオン」


 母が先に言った。


「すごいじゃない」


「ありがとう」


 自分で言っておきながら、まだ少し実感が薄い。

 受かっただけでも十分だと思っていたのに、その上首席とは。


「挨拶まで頼まれるなんて」


 母は本当に嬉しそうだった。


「王都であれだけ頑張ったものね」


 父は椅子に深く腰を預けたまま言う。


「受かるとは思っていた」


「へえ」


「だが、首席までは読んでいなかった」


 それを父の口から聞くのは、思った以上に効いた。


 たぶん、それなりに認めてはくれていた。

 でも、今回はそれをはっきり言葉にしてくれた。


 そこへ、廊下の向こうから慌ただしい足音がした。


「どうしたの?」


 顔を出したのはミアだった。

 さっき手紙を持ってきてから、ずっと気になっていたのだろう。


 母がすぐに答える。


「受かったのよ。しかも首席ですって」


「えっ」


 ミアが固まる。


「しゅ、首席……!?」


「うん」


 そう言うと、ミアは両手を口に当てた。


「すごいです……! 本当に……!」


 目が少し潤んでいる。


 そこまで喜ばれると、さすがに少し照れる。


「そんな反応する?」


「します!」


 即答だった。


「だって、王立学院ですよ? そのうえ首席で、しかも入学式でご挨拶までって……!」


 そこまで言ってから、ミアははっとしたように頭を下げた。


「お、おめでとうございます!」


「ありがとう」


 そのまま使用人にも話が伝わったのか、しばらくすると屋敷の空気が明らかに変わった。


「リオン様が!」

「首席で!」

「王立学院へ!」


 廊下の向こうで、小さく弾んだ声がいくつも聞こえる。


 前のこの屋敷では、こんなふうに明るい声が重なることはあまりなかった。

 そのこと自体が、少しだけ嬉しい。


 ◇


 昼前には、ささやかなお祝いの席が整えられた。


 大げさなものではない。

 でも、いつもより少しだけ良い茶葉と、少しだけ甘い焼き菓子が出てきた。

 それだけで十分だった。


 母は何度も手紙を見ている。


「新入生代表の挨拶……何を話すのかしらね」


「まだそこまで考えてないよ」


「考えないといけないわよ」


「春までは時間はあるわね」


 そう言いながらも、母の声はずっと明るかった。


 父は茶を飲みながら言う。


「これで春から王都へ行くことは確定だな」


「うん」


「それまでに、森の方もある程度は形にしておきたい」


 その言葉で、頭の中の歯車がすぐに動き出す。


 そうだ。


 合格した。

 それは間違いなく嬉しい。

 でも、だからこそ時間の感覚が変わる。


 春から王都へ入るなら、それまでにハル領側の仕事をどこまで固められるかが大事になる。


「森の開拓、少し速度を意識した方がいいかも」


 そう言うと、父が頷いた。


「私もそう思っていた」


「通路、防柵、野営拠点の最低限。そこまでは春までに形にしたい」


「無理に広げすぎるな」


「わかってる」


 母が苦笑する。


「せっかくのお祝いなのに、もう次の話をしてるのね」


「ははは、俺らしいね」


 そう返すと、母は少しだけ笑った。


「それもそうね」


 でも、その笑い方は嫌そうではなかった。

 むしろ、今のこの家らしい空気を楽しんでいるように見えた。


 ◇


 お祝いが一段落したあと、俺は自室へ戻り、もう一度学院からの手紙を開いた。


 合格。

 首席。

 新入生代表挨拶。


 一文字ずつ、ちゃんとそこにある。


「……首席か」


 誰もいない部屋で呟いてみる。


 ようやく少しだけ実感が湧いてきた。


 王都での勉強。

 魔法の訓練。

 セレナとの張り合い。

 グレインの厳しい問い。

 実技試験の、あの的を抜いた一発。

 面接で話した、自分の言葉。


 それらが主席合格に繋がっているんだ。


 机の上に手紙を置く。


 そして、すぐ横に西の森の地図を広げた。


 王都からの合格通知と、未開の森の開拓図。

 普通の十二歳なら、同じ机の上には並ばないものかもしれない。


 でも、今の俺にはどっちも同じくらい大事だった。


 学院に行く。

 それは、自分がもっと広い世界を知るために必要だ。


 でも、その前にハル領でやることもある。

 森をひらき、開拓の流れを作る。

 自分が離れても回る形へ持っていく。


 そこまでやっておきたい。


 手紙を見て、もう一度、今度は少しだけ深く息を吐く。


 嬉しい。

 それは間違いない。


 ただ、その嬉しさが“終わった”感じじゃないのも、今の自分らしかった。


 むしろ逆だ。

 ここから先のことを、もっとちゃんとやらなきゃいけない。


 その時、扉が軽く叩かれた。


「リオン様」


 ミアの声だ。


「何?」


「お祝いのあとで申し訳ないんですが……公爵様へも、お手紙を出されますよね?」


 その一言で、はっとした。


 そうだ。


 王立学院に受かったのは、自分一人の力だけじゃない。

 ヴァレスト公爵家で世話になった。

 勉強も、実技も、あの環境がなければここまで来られなかった。


「うん。すぐ書く」


「はい」


 ミアの足音が遠ざかる。


 俺は新しい紙を引き寄せた。


 合格の報告。

 お礼。

 そして、以前言われた公爵領訪問の件。


 春までの時間は、思ったより短い。


 でも、だからこそやることがはっきりしているのは悪くなかった。


 ペンを取る。


 王都から届いた一通の手紙は、終わりじゃなく、また次の始まりを告げていた。

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