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45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: コバチ
第4章 西の森開拓開始

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第46話 運び出せ

 西の森の開拓初日。


 朝の空気は冷えていたが、森の入口にはすでに人が集まっていた。

 木こり。

 人足。

 荷を引く馬。

 護衛につく冒険者。


 そして、領主家とギルドの双方から出た監督役。


 人数は多すぎない。


 昨日決めた通り、最初は十人規模だ。


 入口から少し離れた場所で、俺は簡易地図を広げた。


 横にはノル、反対側にはギルド長とガロン。木こりたちも少し離れて話を聞いている。

「今日は、森を広く開くんじゃない」


 そう言って、地図の一点を指す。

「最初の拠点候補地まで、最低限の通路を通す。それが目標」

 

 木こりの一人が腕を組んだまま言った。年は五十前後だろうか。

 肩幅が広く、手のひらは分厚い。

 

「坊ちゃん、言うのは簡単だ。森仕事は切る場所を決めるだけじゃ終わらねえ」

「うん。だから今日は、切る順番も運ぶ順番も決めてる」

 そう答えると、男は少しだけ眉を上げた。


「……ほう」


「まずはこの筋だけ。南東側の薄いところから入る。東の木は風除けとして残す。

 北側は魔物の通りがあるから、防柵を置く前提で開けすぎない」


 ギルド長が小さく頷く。

「昨日の報告通りだな」


「うん」

「では確認だ。今日は“道を作る日”であって、“森を半分倒す日”ではない」


 その言い方で、周囲の空気が少し締まった。

 最初にそこを揃えておかないと、現場はすぐ欲張る。


「じゃあ始めよう」


 ◇

 伐採そのものは、思ったより順調に進んだ。

 もちろん木を切るのは木こりたちだ。


 俺にその技術はない。

 でも、倒す方向の見極めと、その補助ならできる。


 大木に切り込みが入り、木こりが合図する。

「来るぞ!」

 幹が軋む。

 重心が動く。

 そこで俺は風魔法で大木を倒れる側へごく薄く押しをかけた。


 ゴゴゴ……バキィン!


 大木が、狙った通りの場所へ倒れ込む。

 枝が裂け、葉が揺れ、土埃が少しだけ舞った。


「……おい」

 別の木こりが呟く。

「今の、風魔法で押したのか?」

「少しだけね」

「器用に魔法を使うんだな」


 俺は肩をすくめた。

「切るのはそっちだよ。自分は倒しやすくしてるだけ」


 その返しに、ガロンが鼻を鳴らした。

「木こりの手柄は奪わねえってか」


「奪っても困るし」


「違いねえ」


 最初の数本がうまく倒れると、現場の空気は一気に軽くなった。

 倒す方向がぶれない。

 枝払いもしやすい。

 無駄に他の木を傷めない。


 木こりたちも、最初こそ半信半疑だったが、次第に俺の指示をそのまま拒むことはなくなった。

「坊ちゃん、次はどれだ」

「その細いのは残して。風除けになる」

「こっちは?」

「切っていい。根が浅い」


 視界の端に《伐採効率:良》《搬出障害:低》と文字が流れる。

 いい。


 いい感じで進んでいる。

 昼前までで、入口から森の中へ細い通路がかなり伸びた。

 問題は、その後だった。


 ◇

「……止まったな」

 ガロンの言葉通りだった。

 伐採した木を運び出そうとしたところで、現場がぴたりと詰まったのだ。


 太い丸太を縄で引く。


 人足が踏ん張る。

 馬も引く。

 だが、動きはするものの、すぐ地面へ沈む。


 昨晩の雨と、森の湿気。

 表面はそこまで悪く見えないのに、重みがかかると一気にぬかるむ。


「駄目だ、沈む!」


「荷車も入らねえ!」


「幅も足りねえぞ!」


 別の丸太は通路脇の切り株に引っかかり、動かない。

 引きずれば進む。

 でも進むたびに地面が荒れ、通路が死んでいく。


 さっきの木こりが舌打ちした。

「だから言ったんだ。切るより運ぶ方が面倒なんだよ」


 空気が少し重くなる。


 順調だった分、止まった時の嫌な感じも早い。


 俺は丸太の脇へしゃがみ込み、地面を見た。


 轍。

 沈み。

 水の溜まり。

 荷重の偏り。

 視界の端に文字が出る。

 《搬出障害:高》

 《地表:軟弱》

 《水滞留:東側》

 《解決策候補:排水・荷重分散・転動》


 やっぱりそこか。

「一回、止めて」

 全員がこっちを見る。


「無理に引かない。このままやると通路ごと死ぬ」


 木こりの男が不満げに言う。

「じゃあどうする」

「引きずるのをやめる」


「は?」


「引きずるから重いし、沈む。転がした方がいい」


 何人かが顔を見合わせた。

 そりゃそうだ。言葉だけだと変に聞こえる。


「ノル」

「はい」

「細い丸木、何本か切れる?」

「すぐに」


「ガロン、てこの支点になりそうな石か、硬い切り株を探して」


「お前、人を使うのに遠慮がねえな」


「今さら?」


「違いねえ」


 ガロンは文句を言いながらも動いた。

 俺はぬかるんだ地面へ手をかざす。


 土魔法は火ほど得意じゃない。

 でも、地面を丸ごとひっくり返す必要はない。必要なのは、ほんの少し整えることだ。


 意識を集中する。


 表面だけ。


 水が溜まっている筋だけ。


 地面に浅い溝を切るように、土をずらす。


 ザザ……


 小さな排水路ができ、水が横へ逃げ始めた。


 人足の一人が目を丸くする。


「土も使えるのかよ」


「派手には無理。でも、こういうのには便利」


 次に、沈み込みの強い場所へ枝と板を敷く。


 その下の土を軽く締める。


 完全な舗装じゃない。


 でも、荷重を分散させるには十分だ。


「その細い丸木、こっちへ並べて」

 ノルが切ってきた丸木を見て、位置を指示する。

 丸太の下へ、短く切った丸木を何本か噛ませる。


 いわゆるコロだ。


 木こりがようやく気づいたように言った。

「……転がすのか」


「うん。全部じゃなくても、最初の重さはかなり変わるはず」


 ガロンが支点に使えそうな石を蹴って転がしてきた。

「これでいいか」


「十分」


 てこの原理で丸太の端を少し浮かせる。

 その隙にコロを差し込む。


 人足たちがまだ半信半疑の顔をしていたので、俺は言った。


「引くんじゃなくて、押して。動き始めたら、後ろの丸木を前へ回していく」


「……そんなので本当に動くのか?」


「やってみよう」

 最初の一押しだけ、風を使う。


 縄の張り。

 人の力。

 そこへ、横から少しだけ抜けをよくする風。


「今!」


 ゴロン

 丸太が動いた。

 一瞬だけだった。


 でも、確かに引きずった時とは違う。


「おい!」


「動いたぞ!」


「もう一回!」


 今度は人足の声が変わる。

 押す。

 転がる。

 後ろの丸木を前へ回す。


 最初はぎこちなかった流れが、二往復目には少し形になり始めていた。

 木こりの男が、動いていく丸太を見ながら呟く。


「……引きずるよりずっと軽い」


「でしょ」


「いや、“でしょ”じゃねえよ……」


 顔は呆れていたが、声の端には明らかに感心が混じっていた。


 さらに、切った枝葉や中くらいの木材を運ぶために、俺はもう一つ提案した。

「荷車そのままは大きすぎる。小さい台車を作ろう」

「台車?」


「荷台を小さくして、車輪は二つだけ。幅を狭くして、さっき固めた通路を通す」

 人足が聞き返す。


「そんなもん、今からか?」


「簡単なのでいい。資材運び専用」

 幸い、入口には元から荷運び用の小車があった。

 それをそのまま使うには幅が広い。


 でも荷台を半分にして、軸を詰めれば、仮の搬出台車にはなる。


 木工に強い移住者の男が言った。


「……やれなくはねえな」


「試してみたい」


「坊ちゃん、頭の中どうなってんだ」


「詰まると考えるタイプなんだと思う」


 土を締める。

 排水を切る。

 枝を敷く。

 丸木で転がす。

 軽いものは小型台車で運ぶ。


 一つ一つは地味だ。

 でも、組み合わせると現場が明らかに変わる。


 止まっていた流れが、また動き始めた。


 ◇


 日が傾く頃には、最初の通路は朝よりはっきり形になっていた。


 まだ“道”と呼ぶには粗い。


 でも、入口から拠点候補地の手前まで、人と材木が行き来できる筋が一本通った。


 最初に倒した太い丸太も、森の外れまで無事に運び出せている。


 ガロンが汗を拭きながら言った。

「……坊ちゃん」


「何?」


「仕事の詰まりをほどくのが上手いな!」

 その言葉に、少しだけ笑ってしまった。


「そっちの方が好きかも」


「変なガキだな、やっぱり」


 でも今度の“変”は、最初ほど悪い意味じゃなかった。


 さっきの木こりも、通路の先を見ながら小さく頷いている。

「正直、もっと無茶な指図かと思ってた」


「今回はしない」


「“今回は”かよ」


「前にも言われた」


 そこへノルが来る。

「本日はここまでにいたしましょう」


「うん」


「これ以上は暗くなります」


「わかってる」


 周囲を見回す。

 切った木。

 通した道。

 排水の溝。

 敷かれた枝と板。

 そして、動くようになった材木の流れ。


 ◇

 作業を終えた帰り道、俺は荷車の横を歩きながら、森の入口を振り返った。

 開拓は、思った以上に面倒だ。


 切れば終わりじゃない。

 倒せば進むわけでもない。


 森を仕事に変えるには、その間の詰まりを全部ほどいていかないといけない。


 でも、今日わかったこともある。

 魔法だけじゃ足りない。

 知識だけでも足りない。


 現場の手と、道具と、仕組みが揃って、初めて前へ進む。

 その時、最初に運び出した丸太が、夕日を受けて赤く光った。

 

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