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ハズレスキル「綻びの目」で領地を立て直します  作者: コバチ
第4章 西の森開拓開始

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第45話 開拓の段取り

 西の森で二度目の夜を越した翌朝。

 俺とノルは、他の冒険者たちと同じように野営を片づけ、森の入口近くの停留所へ戻ってきていた。


 朝の空気は冷たい。

 でも、昨日この森の中で見つけたものを思い返すと、頭の中は妙に熱かった。


 最初の拠点候補地。

 防柵が必要なこと。

 水場の位置。

 そして、あのぬるい湧水。


 未開の森は、ただ危険なだけの場所じゃなかった。

 切り拓く価値がある。しかも、やり方を間違えなければ、かなり大きな価値になる。


 だからこそ、帰ってからの段取りが大事だった。


「馬車、来ましたね」


 ノルが言った先を見ると、乗り合い馬車が街道の向こうから近づいてくる。

 荷台は土で汚れていて、いかにも何度も森と領都を往復している感じだった。


「戻ったら、まずギルドだな」


「ええ。調査報告を先に通した方が話が早いでしょう」


「採った薬草もあるし、討伐証明も出したい」


 昨日の小型魔物の牙と、中型猪型の牙の一部は、すでに袋へ分けてある。

 森の調査そのものは子爵家の依頼として動いているが、こういう小さな成果をきちんと換金し、記録に残すのも大事だ。


 馬車へ乗り込む。


 帰りの荷台には、行きよりも少しだけ草と土の匂いが強かった。

 薬草採りの冒険者が籠を抱え、職人風の男は木の皮を巻いた棒を持っている。みんなそれぞれ、森から何かを持ち帰っていた。


 俺たちも同じだ。


 物だけじゃない。

 見たこと、使えそうな場所、危険の種類。そういうものを持ち帰る。


 馬車が揺れ始める。


 帰り道、俺は膝の上に置いた簡易地図へ、森で書き込んだ記録を細かく見直していた。

 入口。

 小川。

 拠点候補地。

 ぬるい湧水。

 魔物の通り筋。


「もう整理されているのですね」


 ノルが地図を見ながら言う。


「今のうちの方が忘れないから」


「それは確かにそうです。後から口頭で説明するより、ずっと正確でしょう」


「父上に話す時も、そのまま見せた方が早い」


「ええ」


 未開の森を“なんとなく良さそう”で切り開くわけにはいかない。

 やるなら、最初から順番を決める必要がある。


 どこを切るか。

 何を残すか。

 何を先に守るか。

 どこまでを最初の範囲にするか。


 そういうことを、今度は森の中じゃなく、机の上で考えなければならなかった。


 ◇


 昼前、馬車は領都へ戻った。


 西の森へ向かう時も思ったが、やっぱりギルドの周辺は前より明らかに賑やかだ。

 建てかけの建物。

 荷を降ろす人足。

 街道沿いに並び始めた屋台。


 森へ行く人間が増えれば、町の側もそれに合わせて形を変え始める。

 ハル領全体が、少しずつ前とは違う場所になっているのがわかった。


「まずは報告ですね」


「うん」


 ギルドの扉を押して中へ入る。


 前に来た時より少し人が多い。

 依頼板の前には数人の冒険者がいて、受付では荷運びの護衛について商人と誰かが話していた。


 髭面のベテラン――ガロンもいた。

 俺たちに気づくと、片眉だけ上げる。


「お、坊ちゃん。泣きながら帰ってきたわけじゃなさそうだな」


「半分だけありがとう」


「その返し、気に入ったのかよ」


「ちょっとだけ」


 それだけで周囲の空気が少し和らぐ。

 ギルドという場所は、こういう小さなやり取りの積み重ねで回っているのかもしれない。


 受付へ向かうと、受付の女性がすぐに顔を上げた。


「お帰りなさいませ。調査はいかがでしたか」


「入口周辺と、少し奥まで。報告したいことがある」


「承知しました。まずは通常の清算からでよろしいですか?」


「うん」


 話が早い。


 俺は袋を机へ置いた。

 採取した止血草などの薬草。

 加工向きの樹皮。

 そして討伐証明として持ち帰った魔物の牙。


 受付の女性は手際よく一つずつ確認し、脇の帳面へ書きつけていく。


「止血草、群生地から採取した分としては十分ですね。これは薬師に回せます」


「樹皮は?」


「量としては少ないですが、試料としてなら価値があります」


「牙は小型二体と中型一体です」


 ノルが淡々と補足する。


 受付の女性は牙を見比べたあと、少しだけ目を上げた。


「中型まで当たりましたか」


「拠点候補地の近くに出た」


「なるほど。では調査報告と合わせて上へ回します」


 それから彼女は小さな革袋を差し出した。


「こちらが今回の買い取りと討伐分の清算です」


 受け取って中を見る。

 大金ではない。

 でも、“森へ行って調べ、成果を持ち帰り、対価を受け取る”という流れがちゃんと形になるのは大きかった。


「ありがとうございます」


「こちらこそ、初回調査としてはかなり有益です」


 そこで俺は一拍置いてから言った。


「それと、お願いがある」


「はい」


「領主である父に、今回の調査結果を正式に報告したい。その時、ギルド側の責任者にも同席してもらえないかな」


 受付の女性の表情が、ほんの少しだけ変わる。


「責任者、ですか」


「うん。今後の開拓と調査を本格的に進めるなら、領主家とギルドで最初に認識を揃えた方がいいと思う」


 受付の奥で、書類を束ねていた男がこちらを見た。


 四十代くらいだろうか。

 背は高くないが、無駄に動かない。目つきは静かで、でもかなりよく見ている感じがする。


 その男が近づいてきた。


「今の話、聞こえていた」


 低い声だった。


 受付の女性がすぐに言う。


「ギルド長」


 なるほど。この人か。


 ギルド長は俺の前で足を止めると、まずノルを一度見て、それから俺へ視線を戻した。


「子爵家のご子息が、ただ森を見に行ったわけではない、ということだな」


「そうだね」


「報告したいのは森の価値か、それとも危険か」


「両方。それと、最初の段取り」


 ギルド長はそこで少しだけ口元を動かした。


 笑ったというより、面白がった、が近い。


「いい」


 短くそう言う。


「私が行こう。今日の夕刻では遅いな。領主家の都合もあるだろう。明日でどうだ」


「それでお願いしたい」


「わかった」


 話が早い。

 このギルドが、できたばかりの小組織にしてはずいぶんちゃんと回っている理由が、少しだけわかった気がした。


 ◇


 ギルドを出て屋敷へ戻ると、玄関先でミアがこちらに気づき、ぱっと顔を明るくした。


「リオン様!」


 そのまま数歩近づいてきて、すぐに表情を曇らせる。


「本当に大丈夫だったんですか? 怪我はありませんか?」


「大丈夫。ノルもいたし」


 そう答えると、ミアはすぐノルの方にも頭を下げた。


「ノルさんも、本当にありがとうございました」


「当然の務めです」


 短いが、いつものノルの返事だった。


 ミアはそれでもまだ少し心配そうに俺を見ていたが、目立つ怪我がないのを確認して、ようやく息をついた。


「よかった……」


「そんなに心配してた?」


「してました」


 即答だった。


「森に泊まるなんて聞いた時から、ずっと落ち着きませんでした」


「ごめん」


「本当です」


 でも声音が本気で怒っているわけではないあたり、少しだけ安心した。


 そのまま執務室へ向かうと、父はまだ仕事中だった。


「戻ったか」


「うん」


「どうだった」


 俺は森の泥がまだ薄く残る靴のまま、簡潔に答えた。


「切り拓ける場所は見つかった。あと、ただ木を切るだけじゃない価値もありそう」


 父の目が少し細くなる。


「詳しく聞こう」


「その前に、お願いがある」


「何だ」


「今回の開拓計画、自分に一度考えさせてほしい」


 その言葉に、父は黙った。

 母も隣でこちらを見る。


 俺は続けた。


「森の中で見たものは多い。でも、見ただけで終わらせたくない。どこに最初の拠点を置くか、防柵をどうするか、道をどう通すか、ギルドとどう組むか。そこまで一度、自分なりに組み立てたい」


 父は腕を組んだまましばらく何も言わなかった。


 その沈黙は重かったが、嫌なものではなかった。


「……一晩でやれるのか」


「完璧じゃなくていい。まず最初の段取りだけでも」


「ふむ」


 母が静かに言う。


「やらせてみたら?」


 父が横目で母を見る。


「ずいぶん軽く言うな」


「軽くはないわ。ここまで来たら、この子が何をどう組み立てるか見たいもの」


 それから母は、少し柔らかくこっちへ笑った。


「ただし、夜更かししすぎない範囲でね」


「努力するよ」



 父は小さく息を吐き、頷いた。


「いい。明日、ギルド側の責任者にも来てもらう。そこで出せ」


「うん」


「机の上で綺麗に並べるだけの計画なら意味はないぞ」


「わかってる」


「森で何が起きたか、どこまで現実に落とせるか。それを見せろ」


「見せる」


 そこでようやく、父は少しだけ目を細めた。


 ◇


 自室へ戻ると、俺はすぐに机へ向かった。


 紙を広げる。

 簡易地図を置く。

 森で書き込んだ記録を横へ並べる。

 それから、一つずつ整理する。


 最初の拠点候補地。

 入口からの距離。

 小川。

 ぬるい湧水。

 獣道。

 中型魔物の出現。

 防柵が必要な方向。

 道を通しやすい南東側。


「さて……」


 独り言が漏れる。


 大きく広げる必要はない。

 むしろ、やってはいけない。


 必要なのは最初の一歩だ。


 だから順番をつける。


 第一段階

 入口から拠点候補地までの最短経路を確認し、最低限の通路を確保する。


 第二段階

 拠点候補地周辺の下草処理と簡易防柵。


 第三段階

 小規模な野営拠点を設置。水場の利用はするが、ぬるい湧水そのものは保全を優先。


 第四段階

 魔物の通り道を把握し、ギルドと連携して見回り線を作る。


 書きながら、頭の中が整理されていく。


 必要人数。

 必要資材。

 ギルドに頼む部分。

 領主家で持つ部分。

 今すぐできること。まだ早いこと。


 “ぬるい湧水”については、一番下に小さく書き添えた。


 用途未定。保全優先。周辺整備は急がない。


 ここはまだ、広げすぎない方がいい。

 価値の形が決まっていないものを、先に消耗させるのは悪手だ。


 気づけば外はすっかり暗くなっていた。


 でも、不思議と疲れは重くない。

 森の中で見たものが、机の上で少しずつ形になっていくのが面白かった。


 これだ。

 発見だけじゃ足りない。

 段取りにして、動かせる形にして、初めて領地の未来になる。


 ◇


 翌日。


 父の執務室には、俺と父、それにギルド長がいた。


 机の上には、俺が夜のうちにまとめた紙を並べていた。


 ギルド長がそれを見て、まず最初に言った。


「……本当に一晩でまとめたのか」


「うん」


 父が机を指先で軽く叩く。


「では聞こう。お前の考える開拓の段取りを」


 俺は頷いた。


「最初から大きくはやらない。まずは一点だけ開く」


 紙の上の地図を指す。


「入口から南西へ入ったこの一帯。ここが最初の拠点候補」


 ギルド長がすぐに問う。


「理由は」


「地盤が比較的安定してる。水が近い。木の密度も、入口付近に比べればまだ処理しやすい」


 次に線を引く。


「ただし、防柵は必須。特に北と東。中型魔物の通過があった」


 父が聞く。


「人手は」


「最初は十人規模でいいと思う。伐採要員、運搬、簡易防柵、それとギルド側の護衛」


「十人か」


「広げすぎると食料も指示も重くなるから」



 ギルド長が紙の端を見た。


「ぬるい湧水、か」


「近くにある。でも、ここは急いで使わない方がいい」


「なぜ」


「価値がまだ定まってないから」


 父とギルド長が黙る。


 俺はそのまま続けた。


「水場としては使える。でも、地面は少し緩いし、魔物も寄る。拠点と直結させるより、まず保全しながら様子を見る方がいい」


 ギルド長がゆっくり頷いた。


「欲を出して全部を使おうとしない、か」


「うん。最初にやるのは“使える形にすること”だよ」


 その言葉のあと、部屋は少し静かになった。


 やがて父が言う。


「うむ。」


 短い。

 でも、それで十分だった。


 ギルド長も腕を組んだまま言う。


「現実的です。少なくとも、森を見ずに夢だけ語る計画ではない」


「そう見えるならよかった」



 ギルド長は即答した。


「それではこちらでその人数と護衛を手配しましょう」



 父が最後に言う。


「よし。まずはこの段取りで動かす」


 やることはまだ山ほどある。

 でも、最初の段取りはできた。


 ここからだ。

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