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45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: コバチ
第4章 西の森開拓開始

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第43話 切り拓く場所

 朝の森は、夜とはまた違う顔をしていた。


 夜明け直後、焚き火の名残がまだ赤く残る野営地で、俺は冷えた空気を胸いっぱいに吸い込んだ。

 夜の間は闇の気配に押されていた森も、朝になると少しだけ輪郭を取り戻す。


 葉の先に残った露。

 湿った土の匂い。

 遠くで鳴く鳥。

 そして、見ようとしなければ見えない小さな流れ。


 ノルはすでに起きて、剣と荷の確認を終えていた。


「眠れましたか」


「うん。思ったよりは」


「それなら結構です」


 相変わらず無駄のない返事だ。


 簡単な朝食を済ませ、焚き火を完全に消す。

 他の冒険者たちもそれぞれ動き始めていたが、俺たちは昨日より少しだけ奥へ入るつもりだった。


 入口の近くを見るだけなら、もう昨日で十分やった。

 今日はもう一歩だけ踏み込んで、実際に“どこなら切り拓けるのか”を見たい。


「今日は昨日より少し奥まで行く」


 荷を背負いながら言うと、ノルが頷く。


「ただし、深入りしすぎれば戻りが危険になります」


「わかってる。見るのは“使える場所”だけだ」


「ええ。その判断ができれば十分です」


 森は広い。

 広すぎる。


 だからこそ全部を見ようとするのは間違いだ。

 必要なのは、この未開の森の中で、最初に手をつけるべき一点を見つけることだった。


 ◇


 昨日の野営地からさらに進むと、森の表情は少しずつ変わっていった。


 入口近くではまだ人の出入りの痕跡があった。

 踏み固められた地面、切られた下草、折れた枝。


 だが、奥へ行くほどそういうものは減る。


 道はすぐに消える。

 木の根は太くなり、低木は絡み合い、少し目を離せばどこから来たのかわからなくなる。


 視界の端に、薄青い文字が浮かぶ。


 《地盤:中程度》

 《伐採難度:高》

 《水気:南より》

 《魔物通過痕:散発》

 《開拓適性:低》


 やはり、森のどこでも好きに開けるわけじゃない。


「このあたりは駄目だな」


「理由は?」


「木が密すぎる。根も深い。切っても整地に時間がかかる」


 ノルは一度周囲を見回し、それから短く言った。


「同感です」


 さらに進む。


 斜面を少し登ると、今度は逆に地面が乾きすぎていた。

 草の生え方もまばらで、足元に小石が多い。


 《地盤:硬》

 《保水性:低》

 《野営適性:低》

 《拠点適性:中》


「ここはどうです?」


「悪くないけど、水が遠い」


 森を切り拓くにしても、人が使うなら水は要る。

 飲み水。洗い物。火の始末。

 最低限の生活を考えれば、水場に近いことはかなり重要だ。


 だが水場に近すぎれば今度は地面が緩くなり、荷車や建物には向かない。


 ちょうどいい場所を探す。

 それが、思ったより難しい。


「……全部を一気にやろうとしたら、そりゃ無理だよな」


 思わず漏らすと、ノルがこちらを見た。


「何か見えましたか」


「見えたというより、逆かな。やれない場所がよく見える」


「それは重要です」


 ノルはきっぱり言う。


「開拓で一番危ないのは、“どこでもいける”と思うことです」


「そうだね」


「切れる場所、残す場所、避ける場所。それを間違えれば、森にも人にも食われます」


 その言い方は物騒だが、たぶん正しい。


 未開の森を相手にするなら、こちらの都合だけで線は引けない。

 地形、水、風、魔物、運搬。全部を見て、ようやく“ここなら最初に触っていい”が決まる。


 ◇


 しばらく進んだところで、地面の気配が少し変わった。


 視界の端に文字が流れる。


 《地盤:安定》

 《傾斜:緩》

 《風通し:良》

 《水場:近》

 《開拓適性:中~高》


「……ノル、少し待って」


「はい」


 足を止めて周囲を見る。


 木は相変わらず多い。

 でも、さっきまでのような圧迫感が少し薄い。


 真上まで枝が覆っているわけじゃなく、ところどころ空が見える。

 下草も、膝を超えるほどではない。

 そして何より、足元が安定していた。


 少し先へ歩く。

 木々の並びの隙間を抜けたところで、小さく開けた場所に出た。


「……ここだ」


 声が自然に出た。


 完全な平地じゃない。

 でも、広さはある。

 すぐ横には昨日見つけた小川の支流らしき細い流れがあり、地面は水浸しになっていない。少し高くなった場所に乗っているからだろう。


 視界の文字が重なる。


 《野営適性:高》

 《伐採効率:良》

 《拠点形成:可》

 《初期開拓候補地》


 やっと見つけた。


「ノル、ここならどう思う?」


 ノルはすぐに答えず、周囲をゆっくり見て回った。

 地面を足で確かめ、木の間隔を見て、水の流れを確かめる。


「悪くありません」


「悪くない、か」


「かなり良い方です」


 少しだけ口元が緩んだ。


「ただし」


「あると思った」


「森の端から荷を通すには、途中に一本、道筋を通す必要があります」


「うん」


「それと、ここ自体は拠点向きですが、防柵なしでは落ち着いて泊まれません」


「魔物?」


「ええ」


 その時だった。


 左奥の茂みが大きく揺れた。


 ノルの手が剣へ伸びるより少し早く、視界の端に文字が出る。


 《中型魔物》

 《突進傾向:強》

 《肩口:脆弱》

 《左目:旧傷》

 《危険度:中》


 出てきたのは、大きめの猪に似た魔物だった。

 だが普通の猪より体高があり、牙も長い。鼻息が荒い。


「後ろへ」


 ノルが前へ出る。


 でも俺は半歩だけ横へずれ、魔物の動きを見た。


 まっすぐ来る。

 しかも視線は少し右寄り。左目の傷のせいか。


「左が見えてない!」


 そう叫ぶと同時に、魔物が地を蹴った。


 ノルがわずかに踏み込む角度を変える。

 正面ではなく、魔物の左前方へ。


 突進がずれた。


 その一瞬で、俺は風を絞る。

 火は使わない。森だ。

 風だけで、目元を打つ。


 バッ


 魔物の顔がぶれる。

 その隙に、ノルの剣が肩口へ深く入った。


 ザシュッ


 血が飛ぶ。

 魔物は苦鳴を上げ、向きを変えようとした。


「もう一回、左!」


「うん!」


 今度は身体強化を足だけへ寄せる。

 一歩踏み込み、木剣で鼻先を強く打つ。


 勢いが止まる。


 そのわずかな隙を、ノルは逃さなかった。

 二撃目が首の付け根へ入り、魔物はようやく崩れ落ちる。


 静かになる。


 森が、何事もなかったようにまた音を戻し始めた。


「……今のは、少し危なかったですね」


 ノルが剣の血を払う。


「中型ってこんなに重いんだな」


「ええ。小型と同じ感覚では止まりません」


 俺は倒れた魔物を見る。

 視界の端にまだ文字が残っていた。


 《魔物通過:中頻度》

 《拠点形成時:防備必須》


「やっぱり、ここは使える」


「その心は?」


「中型が来るってことは危険だけど、それでも水場と地盤の条件が崩れない。つまり、防備を前提にすれば拠点候補としては強い」


 ノルは一瞬だけ黙って、それから頷いた。


「……その発想は、やはり領主側のものですね」


「そうかな」


「普通は“危ないからやめる”です」


「危ないのは事実だよ」


「ええ」


「でも、危ないから切る、だけだと未開の森は一生未開のままだ」


 自分で言いながら、少しだけ納得した。


 これだ。

 必要なのは、全部を開くことじゃない。

 危険を理解した上で、最初に手をつける一点を決めることだ。


 ◇


 魔物の痕跡と周囲の木の状態を確かめたあと、俺たちはその場所を中心にさらに周囲を歩いた。


 北側は少し傾斜が強い。

 西は木が密すぎる。

 南東に向けてなら、比較的道を通しやすい。


 視界に出る文字を拾いながら、頭の中で線を引く。


 ここを最初の拠点にする。

 水はあっち。

 荷の通り道はこっち。

 防柵は森の薄い側から先に。

 伐採は全部じゃなく、筋を通す分だけ。


「見えてきた」


「何がです?」


「最初の形」


 ノルはそれ以上聞かなかった。

 たぶん今の言い方で、十分通じたのだろう。


 日が少し傾いてきた頃、俺たちは昨日の野営地へ戻ることにした。


 帰り道、俺は何度か後ろを振り返った。


 さっきの小さな開けた場所。

 水。

 地盤。

 魔物。

 全部込みで、あそこが最初の一歩になる気がする。


 まだ“開拓した”わけじゃない。

 ただ“切り拓ける場所を見つけた”だけだ。


 でも、それで十分だった。


 何もない森じゃない。

 危険だけど、選べば人の手を入れられる森だとわかったのだから。


 野営地へ戻ると、昨日より少しだけ気持ちが軽かった。


 焚き火の前に腰を下ろし、簡単な食事を取る。

 空はゆっくり暗くなっていく。


「明日、戻ったら父上にどう話しますか」


 ノルに聞かれ、俺は少し考えた。


「西の森全部は無理だって、まず言う」


「ええ」


「でも、入口から南西側に入ったあの一帯なら、最初の拠点にできる可能性が高い。水もあるし、地盤も比較的いい。防備は必要だけど、始める場所としては悪くない」


「妥当です」


「全部開くんじゃなくて、まずは一点」


「それがいいでしょう」


 火がぱちりと鳴る。


 その音を聞きながら、俺は小さく息を吐いた。


 切り拓く場所は見つけた。

 あとは、それをどう現実にするかだ。


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