第417話 父上は気づいていた
「元日本最強の探索者、今はダンジョン救助員です」も連載中です。
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王都へ戻る日の朝。
いつもより少し早く目が覚めた。
窓の外は、まだ朝の光が柔らかい。
「ピー?」
ベッドの横から声がする。
「おはよう、ピコ」
「ピー!」
ピコが元気よく跳ねた。
「今日は王都へ行く日だよ」
「ピー!」
やはり、どこまで分かっているのかは怪しい。
俺は着替えを済ませると、机の上を確認した。
持っていくものは、すでにほとんど亜空間収納へ入れてある。
服。
本。
領地で受け取った資料。
学院で使うもの。
見た目だけなら、これから長い距離を移動する人間には見えないだろう。
「ピコも忘れ物ない?」
「ピー?」
「……そもそも何も持ってないか」
「ピー!」
朝食を食べるため、ピコと一緒に部屋を出た。
◇
食堂には、父上と母上がすでに座っていた。
ミアもいる。
「おはようございます」
「おはよう、リオン」
母上がこちらを見る。
「今日、王都へ戻るのですよね」
「はい」
「忘れ物はありませんか?」
「大丈夫です」
そう答えると、母上の視線が俺の周囲を動いた。
「……荷物がありませんけれど」
「先にまとめてあります」
「そうなのですね」
母上は少し不思議そうだったが、それ以上は聞かなかった。
父上は何も言わずに食事を続けている。
俺の足元ではピコが跳ねていた。
「ピー!」
「ピコも今日から王都ですね」
ミアが笑う。
「ピコ、王都は初めてでしょう?」
「ピー!」
「分かっているんでしょうか」
「たぶん、分かってないと思う」
「ピー!」
なぜか抗議するように跳ねた。
母上が口元を緩める。
「王都には人がたくさんいますから、迷子にならないようにしてくださいね」
「ピー!」
「俺から離れないように言っておきます」
食事を終えた後、母上とミアに改めて挨拶をした。
「それでは、行ってきます」
「身体には気をつけてくださいね」
「はい」
母上は俺を見た後、足元のピコへ視線を下げる。
「ピコも、リオンをよろしくお願いしますね」
「ピー!」
「任せてるみたいですね」
ミアが笑った。
「リオン様も、学院で頑張ってください」
「ありがとう」
「ピコも元気でね」
「ピー!」
俺は二人に頭を下げた。
あとは自室へ戻り、王立学院の寮へ移動するだけだ。
そう思って廊下へ出ようとした時だった。
「リオン」
父上に呼び止められた。
「はい?」
振り返る。
父上が椅子から立ち上がった。
「少し話がある」
「分かりました」
◇
父上と二人で執務室へ入った。
ピコも当然のようについてくる。
「ピー!」
父上は机の前まで歩くと、こちらを振り返った。
「リオン」
「はい」
「お前、魔法で王都へ帰るんだろう?」
「……」
一瞬、言葉が出なかった。
「父上もご存じだったんですか?」
「知っていたわけではない」
父上はあっさり答える。
「なら、どうして……」
「馬車を用意しろとも言わない。護衛も必要ないと言う。王都へ戻るというのに荷物も持っていない」
「……」
「それだけではない」
父上は腕を組んだ。
「以前、屋敷にいたはずのお前が、気づいた時にはいなくなっていたという話も聞いている」
「ああ……」
「馬車も警護もつけず、部屋にいたはずのお前が突然いなくなる。そんな話を聞いていれば、何かあることくらいは分かる」
「そこまで気づかれていたんですね」
「お前は、こちらが想像していないことを突然やるからな」
「そんなつもりはないのですが……」
「自覚がないなら、なおさら困る」
父上が小さく息を吐いた。
「それで?」
「それで、とは?」
「何の魔法だ?」
やはり、そこは聞かれるか。
俺は少し考えた。
ここまで察しているなら、中途半端に隠し続ける意味もない。
「転移魔法です」
父上の眉が動いた。
「転移?」
「はい」
「ここから王都までか?」
「はい。学院の寮の自室に、俺の魔力を残してあります。その魔力をたどれば移動できます」
父上が黙る。
「……どれくらいかかる」
「一瞬です」
「一瞬?」
「はい」
父上はしばらく俺を見ていた。
「それで、馬車がいらないのか」
「はい」
「護衛も」
「はい」
「荷物は?」
「それは別の魔法です」
「……別の?」
父上の顔が少し険しくなった。
「まだあるのか?」
「あります」
「何が使える」
「転移魔法のほかに、浮遊魔法と亜空間収納魔法です」
父上が動きを止めた。
「……もう一度言え」
「浮遊魔法と、亜空間収納魔法です」
「三つか?」
「はい」
父上がしばらく何も言わなかった。
そして、ゆっくり椅子へ座った。
「リオン」
「はい」
「そんな魔法は聞いたこともないぞ」
「今は使える人がほとんどいないと思います」
「ほとんど?」
「少なくとも、普通に使われている魔法ではありません」
「それを、なぜお前が使える」
俺は王立研究所でのことを簡単に説明した。
福嶋亮太という人物が残した理論を知ったこと。
その理論をもとに、実際に魔法を試したこと。
その中で、浮遊魔法、転移魔法、亜空間収納魔法を使えるようになったこと。
「あることがきっかけで、その人が残した理論を知りました」
「それを読んで、使えるようになったのか?」
「はい。色々と苦労はしましたが」
父上が額へ手を当てた。
「お前は本当に……」
「はい?」
「想像を超えることを、いともたやすくするな」
「いともたやすくではないですよ。結構大変でした」
「お前にとって大変だったかどうかの話ではない」
父上が俺を見る。
「そんな魔法は聞いたこともないと言っているんだ」
「……そうですね」
「それを三つも使えるようになって、大変でしたで済ませるな」
少し呆れたような声だった。
俺も何と返せばいいのか分からない。
すると、父上がふと俺の手元を見る。
「待て」
「はい?」
「王都へ持っていく荷物はどこにある」
「亜空間収納の中です」
「見せられるか?」
「もちろんです」
俺は亜空間収納から鞄を一つ取り出した。
何もなかった空間から突然鞄が現れる。
父上が目を見開いた。
「これです」
「……」
「全部ここに入っています」
「どれくらい入る?」
「まだ限界までは試していません」
「……そうか」
父上は鞄を見つめた後、俺を見る。
「便利だな」
「かなり便利です」
「そうだろうな」
俺は鞄をもう一度亜空間収納へ戻した。
父上はそれを無言で見ていた。
「馬車どころか、荷車までいらなくなるな」
「量によりますけどね」
「十分おかしい」
「そうですか?」
「そうだ」
即答された。
◇
父上は少し黙った後、表情を改めた。
「リオン」
「はい」
「使うなとは言わん」
俺は少し意外に思った。
「いいんですか?」
「お前のことだから、人を困らせるために使うとは思っていない」
「もちろんです」
「なら、人に迷惑をかけず、自分や周りを危険にさらさない範囲なら、使えばいい」
「ありがとうございます」
「ただし」
父上の声が強くなる。
「使い方だけは間違えるなよ」
「はい」
「便利な力ほど、使い方を間違えた時に大きな問題になる」
俺は頷いた。
「気をつけます」
「それならいい」
父上の表情が少し緩む。
「この件については、屋敷の者にも他言しないよう私から言っておく」
「ありがとうございます」
「転移魔法などと知れれば、利用しようと考える者も出てくるだろう」
「俺も、できるだけ知られないようにするつもりです」
「それがいい」
父上が頷いた。
「ただ、必要な時には使え」
「必要な時?」
「急いで戻らなければならない時もあるだろう」
「……はい」
「便利なものを持っているのに、秘密だからという理由だけで使わないのも馬鹿らしい」
父上らしい。
「人に迷惑をかけるな。悪用するな。そして、自分の身を守れ」
「分かりました」
「それだけ守れば、おまえが決めればいい」
「はい」
◇
話を終え、俺は自室へ戻った。
父上も一緒についてきた。
「本当に、この部屋から王都へ行くのか?」
「はい」
「一瞬で?」
「一瞬です」
父上が少し呆れたように笑う。
「何日も馬車に揺られているのが馬鹿らしくなるな」
「全員が使えるわけではありませんから」
「分かっている」
「ピー!」
ピコが俺の足元で跳ねる。
「ピコ、行くよ」
「ピー!」
俺はピコを抱き上げた。
一緒に転移するには、俺に触れていなければならない。
念のため、しっかり腕の中へ収める。
「離れないでね」
「ピー!」
父上がこちらを見る。
「それでは、父上」
「ああ」
「行ってきます」
「しっかり学んでこい」
「はい」
「それと」
「はい?」
「学院生活を楽しんでこい」
昨日と同じ言葉だった。
「はい」
俺は目を閉じた。
王立学院。
寮の自室。
そこに残してある、自分の魔力。
遠く離れた場所にある魔力の印を探す。
――あった。
その魔力をたどる。
腕の中のピコを確認する。
「行くよ」
「ピー!」
次の瞬間。
景色が切り替わった。
◇
「ピー……?」
目を開ける。
見慣れた机。
見慣れたベッド。
窓。
本棚。
王立学院の寮にある、俺の自室だった。
「着いたよ」
「ピー……?」
俺の腕の中からピコが顔を出す。
さっきまでいた屋敷とは、まったく違う部屋だ。
ピコはしばらく動かなかった。
「びっくりした?」
「ピー?」
やがて腕から降りると、部屋の中をゆっくり跳ね始めた。
机の下へ行く。
本棚を見る。
ベッドの横まで行く。
窓の近くまで跳ねていく。
「そこは危ないから、勝手に外へ出たら駄目だよ」
「ピー!」
王都が初めてなら、この部屋だって初めてだ。
「そうだ」
俺は部屋の隅を見る。
これまでは何も置いていなかった場所だ。
「ピコの場所も作らないとね」
「ピー?」
亜空間収納から、領地で用意してきた小さな敷物を取り出した。
その横に、浅い器も置く。
「ここ、ピコの場所にしよう」
「ピー!」
ピコがすぐに敷物の上へ跳ねる。
一度沈み。
もう一度跳ねる。
「気に入った?」
「ピー!」
「よかった」
夏休みが始まる前、この部屋にピコはいなかった。
当然だ。
俺自身、ピコという存在すら知らなかった。
それが今では、部屋の隅にピコの場所を作っている。
不思議なものだ。
「せっかくだから、王都も見てみる?」
「ピー!」
俺は窓を開けた。
外には、久しぶりに見る王都の景色が広がっている。
いくつもの建物。
行き交う馬車。
遠くに見える王城。
領都とは比べものにならないほど多くの人。
ピコが窓の近くまで跳ねてきた。
「ピー……」
さっきまでとは違う、小さな声。
驚いているらしい。
「すごいでしょ」
「ピー……」
「ここが王都だよ」
ピコはしばらく窓の外を見ていた。
そして。
「ピー!」
大きく弾んだ。
どうやら気に入ったらしい。
夏休みが始まった時、俺は一人で王都からハル領へ戻った。
領地へ戻って。
色々な場所へ行って。
色々な問題を見つけて。
新しいことも始めた。
そして、ピコと出会った。
領地で始めた仕事は、父上やエリアスたちへ任せてきた。
今度は、俺がここでやるべきことをやる。
「ピコ」
「ピー?」
「これから忙しくなるかもしれないよ」
「ピー!」
心配はなさそうだ。
窓の外では、王都がいつもどおり動いている。
俺にとっては、戻ってきた場所。
ピコにとっては、初めて見る世界。
夏休み前とは少しだけ違う、この部屋で。
俺とピコの王都での生活が始まった。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
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