第416話 任せて、戻る
「元日本最強の探索者、今はダンジョン救助員です」も連載中です。
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翌日の午後。
南の村を朝に出た俺たちは、領都の屋敷へ戻ってきた。
馬車が玄関前で止まる。
「ピー!」
扉が開くと同時に、ピコが勢いよく飛び降りた。
そのまま石畳の上を何度か跳ねる。
「元気だね」
「ピー!」
昨日は朝から畑を歩き回り、その後もずっと小石を集めていたはずなのに、疲れた様子はまったくない。
俺も馬車から降り、ディルクとテオへ振り返った。
「二人とも、ありがとう」
「いえ。無事にお戻りいただければ、それで」
ディルクが馬上から頭を下げる。
その横で、テオが言った。
「次に南の村へ行く時は、もう少し上手く鍬を使えるようにしておきます」
「何を上達するつもりだ」
すぐにディルクが呆れた声を出した。
「お前は騎士だぞ」
「騎士でも、畑仕事ができて困ることはありません」
「その前に剣を振れ」
「毎日振っております」
真面目な顔で返すテオを見て、思わず笑ってしまった。
「まあ、また行くことがあったらよろしくね」
「はい!」
俺は二人と別れ、ピコと一緒に屋敷へ入った。
「お帰りなさいませ、リオン様」
玄関を入ったところで、エリアスとミアが待っていた。
「ただいま。ちょうどよかった。南の村の試験なんだけど、結構面白い結果が出たよ」
「その件も含めまして、領主様がお話ししたいことがあるそうです」
「父上が?」
「はい。レナードたちにも来てもらっております」
レナードまで?
俺は少し首を傾げた。
「何かあったの?」
「問題が起きたわけではございません」
エリアスはそう言っただけで、廊下の奥へ視線を向ける。
「まずは執務室へ」
「分かった」
「ピー!」
ピコも当然のようについてくる。
◇
父上の執務室へ入ると、思っていたよりも多くの人が集まっていた。
父上。
エリアス。
レナード。
エルナ。
それ以外にも、この夏に何度か顔を合わせた文官たちがいる。
「戻ったか、リオン」
「はい。ただいま戻りました」
父上の前へ進む。
「これだけ集まっているということは、何かありましたか?」
「いや」
父上は首を横に振った。
「お前が王都へ戻る前に、確認しておこうと思っただけだ」
「確認、ですか?」
「まず、南の村はどうだった?」
「はい」
俺は簡単に説明した。
まだ収穫時期ではないので、四つの区画から同じ数の株を試し掘りしたこと。
寝かせた糞と藁を使った三つ目と四つ目の区画は、使っていない区画より発育がよかったこと。
さらに、土を深く耕した四つ目が、今のところ最もよく育っていたこと。
「ただ、まだ途中経過です」
「収穫までは分からないか」
「はい。今よく育っていても、この後で差が縮まる可能性があります」
父上が頷く。
「それで?」
「収穫までは、アーロンに試験を続けてもらうことにしました。
収穫量だけじゃなく、作業時間や傷んだ芋の数も残してもらいます」
「アーロンに任せたのか」
「はい」
今度はエリアスが口を開いた。
「今後、アーロンから届く報告は私も確認いたします」
「頼んだよ」
「承知しております」
父上が腕を組んだ。
「ならば、南の村についてはそれでよいな」
「はい。それと――」
俺はそのまま話を続ける。
「西の森の学校の方は、どうなっているかな?」
「予定どおり進めております」
レナードがすぐに答えた。
「夜間学校を昼間にも使えるよう、教師と子どもの人数を確認しております。
最初から大きく始めず、まずは今ある建物で始める方針に変更はございません」
「排水は?」
「急ぐ場所から手を入れております。将来、本格的に整備する際の邪魔にならない形で進めています」
「住居の方は――」
「リオン様」
エリアスに呼ばれ、俺は言葉を止めた。
「はい?」
「その先は、我々へお任せください」
「え?」
思わずエリアスを見る。
「もちろん、何も報告しないという意味ではございません」
エリアスは静かに続けた。
「ですが、この夏にリオン様から示していただいた方針は、すでに担当する者たちへ共有しております」
部屋にいる文官たちへ視線を向ける。
「状況が変われば、担当者が確認いたします。
必要であれば我々で相談し、それでも判断できない場合には、領主様へ判断を仰ぎます」
「でも……」
「西の森は、私にお任せください」
レナードが言った。
「学校も、排水も、これから増える住居のことも、現場を見ながら進めます」
別の文官も一歩前へ出る。
「紙の試作も、引き続きこちらで確認いたします。
費用と品質が安定するまでは、無理に規模を広げません」
「食料の契約と受け入れにつきましても、我々が責任を持って進めます」
続けて別の文官が言う。
エルナも頷いた。
「報告の形についても整えておきます。必要な情報が残るようにいたします」
次々に声が上がる。
俺が何かを言う前に、それぞれが自分の担当について答えていく。
エリアスが俺を見た。
「リオン様」
「はい」
「この夏にリオン様が始められたことは、我々が責任を持って続けます」
「……」
「王都へ戻られた後、何か起きるたびにリオン様へ判断を求めるつもりもございません」
「でも、俺が始めたことも多いから」
「始めた者が、最後まで一人で抱えなければならないわけではございません」
エリアスははっきりと言った。
「リオン様が道を示されたのであれば、その道を実際に進むのは我々の役目です」
俺は何も言えなくなった。
それは、分かっていたはずのことだった。
南の村でも、アーロンへ試験を任せたばかりだ。
俺が全部やらなければいけないわけではない。
むしろ、俺がいなければ止まってしまうようでは困る。
「聞いたな、リオン」
それまで黙っていた父上が口を開いた。
「はい」
「ならば、こちらは任せろ」
「ですが、父上。俺はいずれ――」
「この領地を継ぐ」
父上が先に言った。
「分かっている」
俺を見る。
「いずれは、お前がこの領地を背負うことになる」
「はい」
「だからこそ、今しかできないことをしてこい」
今しかできないこと?
「今のお前は領主ではない」
父上は言った。
「学院生だ」
「……はい」
「領地の仕事なら、学院を卒業してから嫌というほどできる」
その言葉に、レナードが小さく笑った。
「私は笑い事ではないと思いますが」
「レナード?」
「いえ、何でもございません」
父上は構わず続ける。
「だが、学院へ通える時間には限りがある」
その声は、領主として命令している時よりも少し柔らかかった。
「勉強しろ」
「はい」
「それだけではない」
俺は顔を上げる。
「友人とも過ごせ」
「友人……」
「学院でしか学べないことを学べ。王都にいるからこそ会える者と会え。見られるものを見ろ」
父上は窓の外へ一度目を向けた。
「ハル領にはないものが、王都には山ほどあるだろう」
それはそうだ。
王立研究所もある。
学院にも、領地では出会えない人たちがいる。
王国各地から集まった学生もいる。
「学院を卒業する時になって」
父上が再び俺を見る。
「領地のことばかり考えていたせいで、あれをしておけばよかったなどと言うな」
「父上……」
「領地はこちらで守る」
父上がエリアスたちを見る。
誰も迷わず頷いた。
「だからお前は、学院生活で思い残すことのないようにしろ」
そして少し間を置く。
「王都でしかできないことに注力しろ。それが今のお前の仕事だ」
俺は部屋にいる人たちを見回した。
エリアス。
レナード。
エルナ。
そして、この夏に一緒に仕事をした文官たち。
俺がいなくても、続きを進めてくれる人がいる。
いや。
最初から、これは俺一人の仕事じゃなかった。
「……分かりました」
俺は頭を下げた。
「皆さん、続きをお願いします」
「お任せください」
エリアスが答える。
「次に戻られた時には、今より進んだ西の森をお見せします」
レナードも続けた。
他の文官たちも頷く。
父上だけは、少しだけ眉を上げた。
「お前が頼むことではない」
「え?」
「我々の領地なのだからな」
「……はい」
思わず笑ってしまった。
◇
執務室を出た後、俺は自室へ戻った。
「ピー!」
ピコが先に部屋へ入り、床の上を跳ねる。
俺は椅子へ腰を下ろした。
「なんだか、一気にやることがなくなった感じがするな」
「ピー?」
「いや、なくなったわけじゃないか」
仕事そのものは、何一つ終わっていない。
学校も。
排水も。
紙も。
南の村の試験も。
これから結果が出るものばかりだ。
でも、俺がずっと横についている必要はない。
「続きはみんなに任せるんだ」
「ピー」
ピコが俺の足元へ寄ってくる。
その姿を見て、ふと思った。
「そういえば……」
「ピー?」
「ピコにとっては、王都も初めてなんだよね」
「ピー?」
「もうすぐ一緒に行くんだよ。王都」
「ピー!」
意味を分かっているのかは怪しい。
それでも、ピコは楽しそうに大きく跳ねた。
夏休みが始まった時には、こんなことになるなんて考えてもいなかった。
領地へ戻ってきて。
ピコと出会った。
最初は、まさか一緒に暮らすことになるとも思っていなかった。
それが今では、どこへ行くにも一緒だ。
「王都は人が多いよ」
「ピー」
「領都より、ずっと大きい」
「ピー!」
「学院もあるし、見たことのない建物もいっぱいある」
ピコが俺の膝へ飛び乗った。
「楽しみ?」
「ピー!」
「俺も、ピコがどんな反応するか楽しみだよ」
俺にとって王都は、戻る場所だ。
だけど、ピコにとっては初めて見る場所になる。
ハル領の外へ出るのも、おそらく初めてだ。
この夏、領地で始めたことはたくさんある。
その続きを任せられる人たちもいる。
そして、夏休みが始まった時には想像もしていなかった出会いもあった。
「ピコ」
「ピー?」
「かわいいな」
「ピー!」
ピコが膝の上で嬉しそうに弾んだ。
父上が言ったように、領地の仕事なら、これからいくらでもできる。
だったら今は、学院で学ぶ。
友人たちと過ごす。
そして、王都でしかできないことをやる。
領地のことは、ここにいる皆へ任せよう。
今度は、この夏に出会ったピコと一緒に、王都へ戻る番だった。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
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