第415話 まだ小さな芋
「元日本最強の探索者、今はダンジョン救助員です」も連載中です。
https://ncode.syosetu.com/n8731mn/1から読めますので、ぜひ読んでみて下さい。
翌朝。
村長の家で朝食を済ませると、俺たちは試験畑へ向かった。
空はすでに明るいが、日差しはまだ強くない。
畑の葉には朝露が残り、歩くたびに靴の先が濡れた。
「ピー!」
ピコが俺の足元を元気よく跳ねている。
「今日は芋を掘るからね」
「ピー!」
「でも、食べるためじゃないよ。育ち方を比べるためだからね」
「ピー?」
やはり、よく分かっていないようだった。
畑には、アーロンと村長、それに試験へ協力している農民たちが集まっていた。
端には鍬や籠、木札、記録板が並べられている。
ディルクは畑の周囲と村道を確認した後、少し離れた場所へ立った。
テオは俺の近くに残りながら、農民が用意した鍬へ目を向けている。
「本日は、四つの区画から同じ数の株を掘ります」
アーロンが記録板を開いた。
「区画の中央付近から二株ずつです。雨水が残りやすかった端の部分については、別に一株ずつ確認いたします」
「全部は掘らないんだね」
「はい。まだ収穫するには早すぎます」
今回確認するのは、完成した芋の収穫量ではない。
根の広がり。
地下へ伸びた茎の数。
その先にでき始めた小さな芋。
今の段階で、四つの区画にどのような差が出ているかを確かめるための試し掘りだった。
「それでは、一つ目から始めます」
◇
一つ目は、寝かせた家畜の糞と藁を入れず、通常の深さまで耕した区画だ。
アーロンが株から少し離れた場所へ鍬を入れる。
芋を傷つけないよう、周りの土を少しずつ崩していった。
土から根ごと株を持ち上げる。
細い根の間に、指先ほどの小さな芋がいくつかついていた。
「まだ、これだけなのですね」
テオが身をかがめる。
「収穫する時期じゃないからね」
俺も近くで小芋を確認する。
食べられる大きさには程遠い。
根の広がりも、それほど大きくなかった。
「まあ、こんなものだろうな」
農民の一人が言った。
「糞と藁を入れなければ、育ちは遅い」
別の農民も頷く。
「家畜が少なくて、畑へ入れられるものが足りなかった年は、こういう育ち方だった」
驚いている者はいない。
村人たちにとっては、経験から予想できた結果らしい。
アーロンが根の広がりと小芋の数を記録する。
「一つ目は、比較の基準だね」
「はい。何も加えなかった場合に、どこまで育つかを残します」
◇
二つ目は、寝かせた糞と藁を入れず、土だけを通常より深くほぐした区画だ。
「こちらは、私が掘ってもよろしいでしょうか」
テオが農民へ尋ねた。
「リオン様の近くから離れるな」
畑の外からディルクの声が飛ぶ。
「承知しております」
テオは俺の近くにある株を選び、鍬を構えた。
前回のように、力任せに振り下ろすことはしない。
株から少し距離を取り、刃を斜めに入れる。
土を何度かに分けて崩し、株を持ち上げた。
「前より上手になったね」
「教わったことは覚えております」
農民も掘り出した株を確認する。
「悪くない。芋にも鍬を当てていないな」
「ありがとうございます」
テオは少し嬉しそうだった。
二つ目の株は、一つ目より根が深く伸びていた。
横への広がりも少し大きい。
地下へ伸びた茎も長く、その先には一つ目よりわずかに大きい芋ができ始めている。
「深く耕した効果が出ているのでしょうか」
「根は広がっているね」
俺は一つ目と二つ目の株を見比べた。
「でも、芋の数はそれほど変わってない」
アーロンも記録板へ目を落とす。
「一つ目より発育は進んでおります。ただ、植え付け前の作業時間は倍近くかかりました」
「あれだけ苦労して、この差なのですか」
テオが小芋を見つめる。
「まだ途中だから、最後まで育てれば差が広がるかもしれないよ」
「縮まる可能性もあるのでしょうか」
「それもあるね」
今の段階では、深く耕した方が根は育っている。
だが、その差が最終的な収穫量にどれほど影響するかは分からない。
「深く耕すこと自体には、意味がありそうだな」
農民が言った。
「だが、村中の畑でやるには、かなりの手間だ」
◇
三つ目は、通常の深さまで耕し、寝かせた家畜の糞と藁を入れた区画だ。
この村が、これまで続けてきた方法に最も近い。
農民が土を崩し、株をゆっくり持ち上げる。
「ああ、やっぱりな」
すぐに声が上がった。
一つ目や二つ目より、根が多い。
地下へ伸びた茎の先には、小さな芋がいくつもついている。
まだ食べられる大きさではない。
それでも、二つの株を並べれば違いははっきり分かった。
「糞と藁を入れた方は、もうこれだけ芋がついている」
村人たちは驚くのではなく、納得したように頷いていた。
テオが、一つ目と三つ目の株を見比べる。
「同じ日に植えたのですよね?」
「はい」
アーロンが答える。
「植えた芋の数も、間隔も、深さも、水の量も同じです」
「糞と藁を入れただけで、これほど変わるのですか」
「だから、俺たちは昔から畑へ入れてきたんだ」
農民が答えた。
「理由を詳しく説明しろと言われても困るが、入れた方が育つことは知っている」
「村の皆さんが続けてきた方法には、ちゃんと意味があったんだね」
俺が言うと、村長が静かに頷いた。
「数字にしたことはございませんでしたが、入れなかった年との違いは、皆覚えております」
アーロンは三つ目の小芋を数え、根の広がりを記録する。
「これまでは経験として知られていたことです。今回は、糞と藁を入れなかった区画と並べて残せます」
「ほかの村へ説明する時にも使えるね」
「はい」
ただし、同じ三つ目の区画でも、株によって育ち方に差があった。
アーロンが少し小さい株を示す。
「糞と藁が、すべての場所へ同じように混ざっていなかった可能性があります」
「入れるだけじゃなくて、混ぜ方も大事なのか」
農民が土を指で崩しながら呟いた。
「次にやる時は、そこもそろえた方がよさそうだな」
◇
最後は四つ目だ。
土を通常より深くほぐし、寝かせた家畜の糞と藁も入れた区画。
四つの中で、最も多くの手間と時間を使っている。
「こちらは、私が掘ります」
アーロンが鍬を受け取った。
「これは……」
農民の一人が前へ出る。
三つ目よりも根が広く伸びていた。
地下へ伸びた茎も多い。
その先には、三つ目より数の多い小芋がついている。
一つ一つも、わずかに大きかった。
「同じ日に植えた芋なんだよな?」
「はい」
アーロンが答える。
「糞と藁を入れた畑は見慣れているが、ここまで根が広がっているのは見たことがない」
別の農民も、三つ目と四つ目の株を並べる。
「深く耕した分、根を伸ばせる場所が増えたのか」
「それだけじゃない。土も柔らかくて、糞と藁も入っている」
「両方そろったからかもしれないな」
テオも目を見開いていた。
「四つ目が、一番多く収穫できるのではありませんか?」
「可能性は高そうだね」
俺はアーロンを見る。
「どう思う?」
アーロンはすぐには答えなかった。
三つ目と四つ目を見比べ、記録板へ目を落とす。
「現時点では、四つ目の発育が最も進んでおります」
「一番だとは、まだ言わないんだね」
「はい。収穫まで、この差が続くとは限りません」
葉や根が早く育っても、途中で病気になる可能性がある。
雨が続けば、傷むかもしれない。
水や養分が足りなくなり、後から差が縮まることも考えられる。
「今日は、途中経過での発育差として記録いたします」
「それがいいね」
◇
四つの区画から掘った株を並べると、村人たちは何度も見比べていた。
一つ目と二つ目よりも、三つ目と四つ目の方が明らかによく育っている。
農民の一人が口を開いた。
「糞と藁を入れていない畑にも、この方法を使えば、結構収穫が増えるんじゃないか?」
「三つ目だけでも、かなり違うからな」
「四つ目のように深く耕すのは大変だが、糞と藁を入れるだけなら、できる畑もある」
俺も並べられた株を見る。
「収穫までこの差が続くなら、生産量は増えると思う」
「南の村だけでなく、ほかの村でも使えるでしょうか」
村長が尋ねる。
「同じ材料を用意できれば、試す価値はあると思う」
ハル領全体で同じ方法を使えるなら、領内の食料生産を増やせる可能性がある。
しかし、村長はすぐには喜ばなかった。
「ですが、リオン様」
「どうしました?」
「どの村でも芋が多く採れるようになれば、値が下がるのではありませんか?」
周囲の農民たちも静かになった。
村長は続ける。
「収穫が増えても、売れずに残ったり、安く買われたりするようになれば、村の暮らしがよくなるとは限りません」
「その心配は正しいと思う」
俺は否定しなかった。
「作る量だけが増えて、食べる人が変わらなければ、値段は下がる」
「では、広げない方がよろしいのでしょうか」
「今のハル領なら、少し事情が違うよ」
「事情、ですか?」
「食べる人も増えている」
領都では、新しい仕事や店が増えている。
西の森にも、働く人だけではなく、その家族が暮らし始めた。
工房や集落が増えれば、必要になる食料の量も増える。
「今、ハル領で必要な食料はかなり増えてる。穀物も、領外から買う話を進めているくらいだからね」
「芋も、今より多く必要になると?」
「うん。生産量が増えたくらいで、急に売れなくなる可能性は低いと思う」
ただし、絶対ではない。
「でも、いきなり全部の村へ広げるつもりはないよ」
「少しずつ、ということでしょうか」
「うん。収穫量だけじゃなくて、領都や西の森でどれくらい売れたか、値段がどう変わったかも確認する」
生産量が増えても、農家の収入が減れば意味がない。
食べる人が増えていても、運ぶ手段が足りなければ、必要な場所へ届かない。
畑で採れた量だけを見て、領全体へ広げることはできなかった。
話している間、畑の向こうではピコが小さく跳ねていた。
土の上にある小石を一つ取り込み、昨日作った石の山まで運んでいる。
石を置くと、再び遠くの小石へ向かう。
俺たちが話している間に、石の山は少しずつ高くなっていた。
「ピコが少し遠くへ行っています」
テオが言った。
「畑の外へ出ないように見ていてくれる?」
「承知しました」
テオは俺の近くを離れない範囲で、ピコの動きにも目を配った。
◇
「リオン様。寝かせた糞と藁を使う方法について、確認したことがございます」
アーロンが記録板とは別の紙を取り出した。
「調べていたの?」
「はい。各村から届いている報告と、家畜の飼育数に関する帳面を確認しました」
アーロンによれば、南の村と同じような方法を使っている村は、領内でも限られている可能性が高いらしい。
「家畜を多く飼っている村では、似た方法が使われております」
「家畜が少ない村では?」
「畑へ入れられる量の糞を確保できません」
糞があっても、藁と混ぜて寝かせる場所が必要になる。
畑まで運ぶ荷車や人手も必要だ。
「糞をそのまま畑へ入れている村もございました。
しかし、南の村のように藁と混ぜ、しばらく寝かせてから使う方法は、広く行われていないようです」
「方法を知らないだけではないんだね」
「はい。材料が足りない村もございます」
「寝かせる場所や、運ぶ人手がない村もある」
「そのとおりです」
南の村では当たり前に続けられてきた方法でも、領内のどこでも同じようにできるわけではない。
「なら、最初に試す村を選ばないといけないね」
「どのような村がよろしいでしょうか」
「家畜が多くて、藁も確保できる村。それから、寝かせる場所と運ぶ人手があるところ」
「芋を多く作っている村も優先いたしますか?」
「うん。今の収穫量と比べやすいからね。
もし効果が確認できたら、いずれほかの作物でも試してみたい」
アーロンは紙へ条件を書き加えていく。
「深く耕す方法については、土が硬い畑から試した方がいいと思う」
「四つ目の方法を、すべての畑で行うわけではないのですね」
「手間がかかるからね。効果が出やすい場所を選んだ方がいい」
「承知いたしました」
アーロンは、方法を広げる前に必要な条件まで考え始めていた。
◇
試し掘りした株を区画ごとの籠へ分けた後、俺はアーロンへ声をかけた。
「アーロン」
「はい」
「この試験畑は、このまま収穫までお願いするよ」
アーロンは記録板を抱え直した。
「承知いたしました」
「今は四つ目が一番よく育っている。でも、最後までこの差が続くとは限らない」
「はい」
「途中で差が縮まるかもしれないし、水が残る場所では傷むかもしれない。
残った株がどう育つのか、記録を続けてほしい」
「葉と茎の状態、雨が降った後の変化、病気や虫の有無も確認いたします」
「収穫したら、芋の数と重さも」
「傷んだ芋の数と、収穫に必要だった人数や時間も記録いたします」
俺が言おうとしたことを、アーロンが先に答えた。
「それから、芋の値段についても確認いたします」
「どこの値段を調べる?」
「領都と西の森です。可能であれば、昨年の同じ時期の記録とも比べます」
「うん。そこまでお願いするよ」
アーロンは、試し掘りした四つの株へ目を向けた。
「もし、収穫までこの差が続けば、南の村だけの話ではなくなる」
俺が言うと、アーロンがこちらを見る。
「ほかの村でも、今より多くの作物を作れる可能性がある」
「はい」
「今まで十分に使われていなかった糞や藁を生かして、領内の食料を増やせるかもしれない。
土が硬い畑では、深く耕す方法を組み合わせれば、さらに増える可能性もある」
まだ結果は出ていない。
「このまま実験を続けて、最後まで結果を出せたら、ハル領にとって大きな発見になるよ」
アーロンは、しばらく試験畑を見つめていた。
最初は、命じられた仕事を記録するために、この村へ来た。
今では、自分が残す記録が、領内の農業を変えるかもしれない。
「必ず、収穫まで確認いたします」
「結果がよくなくても、そのまま報告してね」
「もちろんです」
「四つ目が途中で育たなくなっても、それも大事な結果だから」
アーロンは、はっきりと頷いた。
「次に同じ失敗をしないための記録にいたします」
「うん。任せたよ」
「はい」
◇
「ピー!」
少し離れた場所から、ピコの声がした。
振り向くと、畑の端に昨日よりも大きな石の山ができていた。
ピコが、さらに遠くから丸い小石を一つ運んでくる。
石の山へ載せると、得意そうに大きく弾んだ。
「ずいぶん集めたね」
「ピー!」
テオが石の山へ近づき、一つずつ確認する。
「芋は混ざっておりません」
「ちゃんと見分けられたんだね」
「ピー!」
褒められたと分かったのか、ピコは何度も弾んだ。
土の中にあるのは、食べられる大きさには程遠い小さな芋だった。
それでも、四つの区画には、すでに違いが現れている。
南の村が続けてきた方法には、意味があった。
さらに土を深くほぐせば、今まで以上に育つ可能性もある。
だが、本当の答えが出るのは収穫の日だ。
「ピー!」
ピコが最後の小石を山へ載せた。
小さな石が積み重なり、昨日より高い山になっている。
畑にでき始めた芋も、今はまだ小さい。
今日見えた違いも、まだ途中経過でしかない。
それでも、収穫の日まで記録を続ければ、この小さな違いが何につながるのかは分かる。
その答えを見届ける役目を、俺はアーロンへ任せることにした。。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
少しでも何かを感じて頂けたら評価とブックマークで応援いただけると執筆の励みになります!




