第413話 最後に確かめる場所
「元日本最強の探索者、今はダンジョン救助員です」も連載中です。
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三日後。
朝食の席で、父上から王都へ戻る日を尋ねられた。
「リオン。学院へはいつ戻るつもりだ?」
「あと五日ほどでこちらを出発します」
「分かった。それまでに、領地で残っている用事を終わらせておけ」
「はい」
今回は、転移魔法を使って王都へ戻るつもりだった。
夏休みに入ってから、一か月以上が過ぎている。
ハル領へ戻ってきた時には、十分な時間があると思っていた。
だが、領内を見て回り、いくつもの問題について考えているうちに、残された日数は少なくなっていた。
「また、出発の前日まで領内を走り回るつもりではないでしょうね」
母上が少し心配そうに俺を見た。
「新しいことを始めるつもりはありません」
「本当ですか?」
「……できるだけ」
「リオン」
「始めたことの確認だけにします」
母上の視線に耐えきれず、言い直した。
父上が小さく笑う。
「お前の『確認だけ』は、あまり信用できんな」
「今回は本当に、これまでの整理だけです」
学院へ戻れば、領内の様子を自分の目で確かめることはできなくなる。
何かを始めるよりも、誰が続きを担当するのか。
何を報告してもらうのか。
どこまで進んだら、次の判断をするのか。
今は、それを決めておかなければならない。
朝食を終えて部屋へ戻ると、エリアスが何枚もの書類を抱えて待っていた。
「リオン様が王都へ行かれる前に確認していただきたいものをまとめてまいりました」
エリアスが机の上へ書類を並べる。
俺が休みの間に関わった仕事だけでも、かなりの数になっていた。
「まず、穀物の購入についてです」
「契約はどうなっている?」
「フェルナー領とハーウェイ侯爵領へ、購入量と引き渡し時期を記した書面を送っております。
現在は、先方から戻ってきた条件をローデン商会が確認している段階です」
「まだ契約はまとまっていないんだね」
「はい。価格については大きな問題はございません。
ただ、一度に用意できる量と、引き渡す場所について調整が必要とのことです」
穀物は、買うと決めたからすぐ届くものではない。
先方の倉庫から穀物を集める。
袋へ詰める。
数を確認する。
運ぶ荷馬車と人を用意する。
途中で雨に遭った場合の備えも必要だ。
「急がせなくていいよ。契約の内容と、穀物の状態をきちんと確認してもらって」
「第一便が到着するのは、リオン様が王都へ戻られた後になる見込みです」
「うん。到着後の確認は、エリアスたちに任せるよ」
俺が領地にいる間に届かなくても構わない。
目的は、到着するところを自分で見ることではない。
必要な穀物を、傷ませず、決めた量だけ確実に受け取ることだ。
「倉庫の修繕は?」
「屋根の修理は終わっております。
床板の確認と、鼠が入る隙間を塞ぐ作業は、あと数日で終わる予定です」
「記録を担当する人には、到着日と産地を必ず分けて書くよう伝えておいて」
「承知しております」
「紙作りは、昨日お話しした通り、試作と作業時間の記録を続けてもらいます」
「うん。すぐに工房を大きくしないことも、もう一度伝えておいて」
「承知いたしました」
「長屋の話はレナードから聞いてるかな?」
「レナードが建設予定地を選んでおります。
現在の住宅区域を拡張した後も、邪魔にならない場所を選ぶとのことです」
「必要な木材と費用が分かったら、父上にも報告してもらって」
「はい」
俺がいなくても、進められるものはある。
反対に、俺が戻ってくるまで判断を待つべきものもある。
すべてを自分で持ち続けるのではなく、分ける必要があった。
エリアスが、最後に残った一通の封筒を手に取った。
「南の村から、アーロンの報告が届いております」
「今週の報告?」
「はい。ただ、今回はいつもより枚数が多くなっております」
封を開き、中の紙を取り出す。
最初の一枚には、試験畑ごとの様子が書かれていた。
それぞれについて、作物の高さや葉の色、虫の被害が出た範囲まで記録されている。
「かなり細かく書いているね」
「はい。雨が降った日と、その後の畑の様子も記録しております」
どの方法が最も多く収穫できるかは、まだ分からない。
アーロンも、報告書の中でそう書いていた。
「見た目が一番よくても、収穫量が多いとは限らないと考えているんだ」
「そのようです」
次の紙には、村人たちから聞き取った内容がまとめられていた。
「自分の考えだけで決めていないんだね」
「村で長く畑を見てきた者たちの意見も、必要だと考えたのでしょう」
俺は、最後の一枚を読んだ。
一部で明らかに育ちの悪いところがあるらしい。
村人の中には、これ以上世話を続けても仕方がないと言う者もいる。
しかし、アーロンはその畑も収穫まで残したいと書いていた。
「育たなかった理由を確かめたいのか」
「はい」
「うまくいかなかった畑も、ほかと同じように収穫して比べたいと書いてある」
育ちの悪い畑を途中でなくせば、作業は減る。
成功したように見える畑だけを残せば、結果も分かりやすい。
だが、それでは、なぜ失敗したのかを確かめられない。
「失敗した畑も必要だね」
「私も、そのように思います」
「同じ場所に来年また種をまいたら、同じことが起きるかもしれないから」
「だから残して比べるんだね」
「はい」
エリアスは報告書を受け取ると、最初の一枚からもう一度目を通した。
その表情は、いつもより少し柔らかく見えた。
「エリアス、少し嬉しそうだね」
「そう見えましたか?」
「うん。ほんの少しだけど」
エリアスは報告書へ目を落とした。
「最初の頃に届いた報告は、その日に行った仕事を順番に記したものが中心でした」
「今回は違うね」
「はい。今では畑の違いを見つけ、自分なりに理由を考え、村の者たちからも話を聞いております」
エリアスは、もう一度最後の紙を見た。
「うまく育たなかった畑まで、次のために残そうと考えるようになりました」
「頼もしくなった?」
「はい。とても」
エリアスは、はっきりと答えた。
「アーロンは、以前から与えられた仕事を怠る者ではございませんでした。
しかし今は、指示されたことを行うだけでなく、その結果を次へ残そうとしております」
「南の村で、いろいろ学んだんだろうね」
「村の者たちに教えられたことも多いのでしょう」
アーロンが一人で試験を進めたわけではない。
畑の扱い方は、村人から教わった。
天候や土の違いも、長く住んでいる者たちの方がよく知っている。
その中で、自分が何を確認すべきかを少しずつ考え始めたのだろう。
「エリアスが頼もしいと言うなら、アーロンも喜ぶと思うよ」
「わざわざ本人へ伝えるほどのことではございません」
「どうして?」
「まだ試験は終わっておりませんので」
「それでも、頑張っていることは伝えてもいいと思うけど」
「……機会がございましたら」
そう答えたエリアスの声は、やはり少し柔らかかった。
俺は報告書の最後を読み直した。
数日後には、一部の試験畑で収穫を始められる見込みだと書かれている。
俺は少し考えてからエリアスに声をかけた。
「南の村へ行ってくるよ」
「リオン様が、でございますか?」
「うん。収穫を始める前に、試験畑を見ておきたい」
「報告の内容に、何か問題がございましたか?」
「問題があるから行くんじゃないよ」
報告書は丁寧に書かれている。
アーロンも、自分で考えながら試験を進めている。
だからこそ、実際の畑を見ておきたかった。
「アーロンが何を見て、どう考えたのかを、現地で確認したいんだ」
「収穫後の記録方法も決めるおつもりですか?」
「うん。俺が学院へ戻った後も、同じやり方で比べられるようにしたい」
収穫した量を量る。
畑の広さをそろえて比べる。
使った種や肥料の量も一緒に記録する。
単に、どの畑から多く取れたかだけでは足りない。
多くの肥料を使って、少しだけ収穫が増えたとしても、それが領内すべての畑で続けられるとは限らない。
「出発まであまり日がございません」
「だから、最後に行っておきたいんだ」
「父上の許可が必要ですね」
「今から聞いてくるよ」
俺は報告書を持ち、父上の執務室へ向かった。
扉を叩き、中へ入る。
「どうした?」
「学院へ戻る前に、南の村へ行きたいです」
父上は、すぐに眉を寄せた。
「朝食の時、新しいことは始めないと言っていなかったか?」
「新しいことを始めに行くわけではありません」
「本当だろうな?」
「はい。以前から続けている農業試験を確認するためです」
父上へ、アーロンの報告書を渡した。
「一部の畑は、数日後から収穫できるそうです。
俺が学院へ戻った後も試験を続けられるように、収穫量の記録方法を確認しておきたいです」
「報告書だけでは決められないのか?」
「畑の広さや、実際に使った肥料の量も見ておきたいです。
それに、アーロンや村の人たちが続けられる方法でなければ意味がありません」
俺が細かすぎる方法を決めても、現地で続かなければ記録は残らない。
村で実際に作業をする者たちと相談する必要がある。
「アーロンを助けに行くのか?」
「いいえ」
俺は首を横に振った。
「アーロンが続けてきた試験を、俺がいなくても続けられる形にするためです」
父上は、しばらく報告書へ目を通した。
「随分と細かく書いてあるな」
「エリアスも、頼もしくなったと喜んでいました」
「エリアスがか?」
「はい」
「それは珍しいな」
父上がわずかに笑った。
「よいだろう。行ってこい」
「ありがとうございます」
「ただし、戻ってから王都へ向かう準備が間に合わない、などとは言うなよ」
「分かっています」
「護衛については、ノルへ伝えておく」
「お願いします」
父上の執務室を出た俺は、アーロンの報告書をもう一度見た。
この夏に始めたことの多くは、俺が領地にいる間には完成しない。
それでも、誰が続けるのか。
いつ次の判断をするのか。
少しずつ決まり始めていた。
残っているのは、南の村だ。
アーロンが村人たちと守ってきた試験畑を、この目で確かめる。
それが、この夏休みに行う最後の仕事になる。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
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