第409話 穀物を買うだけでは
「元日本最強の探索者、今はダンジョン救助員です」も連載中です。
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西の森の排水を確認してから、数日が過ぎた。
朝食を終えた俺は、父上の執務室へ呼ばれた。
部屋には父上とエリアスがいる。
机の上には、三通の手紙と何枚かの書類が並んでいた。
「穀物の件ですか?」
「ああ。三か所すべてから返事が届いた」
父上に勧められた椅子へ座る。
足元では、ピコが小さく弾んでいた。
「ピー」
「ピコは静かにしていてね」
「まず、フェルナー領です」
エリアスが一通目の手紙を開いた。
「希望していた量を用意できるとのことです。
価格も、三か所の中では最も安くなっております」
「予定どおりだね」
「はい。ハーウェイ侯爵領については、フェルナー領より少し高くなりますが、こちらも希望量を確保できます」
「ローデン商会は?」
「価格や引き渡しの時期について、かなり融通していただけることになりました」
ローデン商会とは、リバーシの販売を通じて取引を続けている。
ハル領で作ったリバーシを各地へ運ぶ一方、輸入が必要な材料を領内へ届けてもらっている。
「穀物の輸送についても、ローデン商会へ相談いたしました」
「ローデン商会から買う分だけじゃなくて?」
「フェルナー領とハーウェイ侯爵領から購入する分も含め、すべての輸送を引き受けられるそうです」
「それは助かるね」
仕入れ先ごとに別の商人や荷車を探すより、ローデン商会へまとめて任せた方が調整しやすい。
「リバーシを運んだ荷車の帰りも利用できるため、通常より運搬費を抑えられるとのことです」
「三か所から、同じ日に届くことはない?」
「倉庫の空きに合わせて、到着を分けることも可能です」
エリアスが輸送予定の書類を広げる。
「まず少量ずつ運び、荷下ろしと保管に問題がないことを確認します。
その後、残りを何度かに分けて運ぶ予定です」
「それなら、ほかの荷物の輸送も止めずに済みそうだね」
「ああ。輸送については、ローデン商会に任せてよいだろう」
父上が頷いた。
「ただし、運んだ後の問題が残っている」
「倉庫ですか?」
「その通りだ」
エリアスが、領都にある倉庫の一覧を出した。
「現在使っている穀物倉庫だけでも、購入分を入れることはできます」
「なら、足りるのでは?」
「これから領内で収穫された穀物も入ってまいります」
「ああ……」
領外から購入した穀物ですべて埋めてしまえば、領内で採れた分を保管できなくなる。
「買った穀物を守るために、領内の穀物を外へ置いたら意味がないね」
「そこで、現在使われていない倉庫を二つ、穀物用に整える予定です」
「状態は?」
「一つは屋根の修理が必要です。もう一つも、床の一部が傷んでおります」
「雨漏りと床だけじゃなく、鼠が入る穴も見てもらって」
「すでに職人へ伝えております」
エリアスは淡々と答えた。
「また先に言われた」
「必要になると思いましたので」
「袋を床へ直接置かないための台は?」
「それも用意しております」
「完璧だね」
「リオン様が何をおっしゃるか、少しずつ分かるようになってまいりました」
喜んでよいのか、行動を読まれていることを警戒すべきなのか分からない。
父上が小さく笑った。
「倉庫へ入れた後は、どの穀物がどこにあるのか分かるようにしたい」
「仕入れ先ごとに分けますか?」
「最初は分けよう。それから、届いた日も残しておいて」
「古い穀物から使うためですね」
エリアスがすぐに答える。
「うん。新しいものから出していたら、古い穀物が奥に残ってしまう」
「同じ日に届いた分を一つのまとまりとし、仕入れ先と到着日を書いた木札を付けましょう」
「帳面にも残せる?」
「倉庫担当者の中に、夜間学校で文字と計算を学んだ者がおります。
記録を任せられるでしょう」
夜間学校で学んだことが、倉庫の仕事にも使われ始めている。
「それで、購入した穀物はどう売る?」
父上が尋ねた。
「領主家が直接売るのでしょうか」
「その案もあるな」
「それは避けた方がいいと思います」
「なぜだ?」
「領主家が安く売れば、今まで穀物を扱っていた商人が仕入れられなくなります」
領主家が大量の穀物を安く売れば、一時的には領民が助かる。
だが、商人が穀物を扱わなくなれば、普段の流通が弱くなる。
「穀物商人からも、領主家がどのように販売するのか知りたいという問い合わせが来ております」
エリアスが言った。
「なら、普段の販売は商人に任せよう」
「購入した穀物を、商人へ卸すのですか?」
「うん。一部はいつもどおり市場へ流してもらう。残りは備蓄として倉庫に置く」
「領主家が直接、商売をするわけではないのだな」
「商人だけでは足りなくなった時に、備蓄で補います」
父上が腕を組んだ。
「では、備蓄はいつ出す?」
「市場の穀物が少なくなった時です」
「少なくなったと、どう判断する?」
値段だけを見ればよいわけではない。
「市場の価格と、店に並んでいる量を確認します。
それから、商人がどれだけ在庫を持っているか、次の穀物がいつ届くかも聞きたいです」
「値段が上がっていても、すぐに次の荷が届くなら待てるということですな」
「反対に、まだ値段が上がっていなくても、在庫が減って次の荷も来ないなら早めに出した方がいい」
エリアスが頷き、書類へ書き加える。
「穀物商人に、在庫と入荷予定を定期的に報告してもらいましょう」
「協力してくれるかな」
「領主家が商人の仕事を奪わず、不足時には備蓄を卸すと伝えれば、商人側にも利点がございます」
「なら、話してみよう」
父上が机の上の書類をまとめた。
「輸送はローデン商会」
「はい」
「倉庫の修繕と保管は、職人と倉庫担当者」
「在庫の記録は、文官と文字を扱える倉庫担当者が行います」
「市場の価格と在庫は、穀物商人から報告してもらう」
「備蓄を出すかどうかは、父上が決める」
「ああ」
一つずつ担当が決まっていく。
穀物を購入する相手を決めた時には、これで大きく前へ進んだと思っていた。
だが、買うだけでは足りなかった。
運ばなければならない。
傷まないように保管しなければならない。
市場の状況を確認し、必要な時に領民の手へ届くようにしなければならない。
「お前が王都へ戻った後でも、この形なら動かせるな」
父上が言った。
「はい」
二学期が始まれば、俺は学院へ戻る。
三か所から穀物が届くところを、最後まで見届けられるとは限らない。
「俺がいなくても続くようにしておかないといけませんから」
「ようやく分かったか」
「前から分かっていますよ」
「そうだったか?」
父上がエリアスを見る。
「回答は控えさせていただきます」
「それ、父上に賛成しているのと同じじゃない?」
「ピー」
足元のピコまで声を上げた。
「ピコも父上の味方なの?」
「ピー!」
父上が声を上げて笑った。
◇
話し合いの後、俺はエリアスと倉庫へ向かった。
扉を開けると、乾いた穀物の匂いが流れてくる。
中には、領内から集められた穀物袋が並んでいた。
「最初に届く分は、この区画へ置く予定です」
エリアスが倉庫の奥を示した。
「通路は広く残しておこう。奥の袋も確認できるようにしたい」
「詰め込めるだけ詰めるわけにはまいりませんからな」
「買った量が多いほど安心できると思っていたけど、置く場所まで考えないといけないんだね」
「物は、買った後にも仕事がございます」
「本当にそうだね」
三か所から穀物を買うことはできた。
だが、契約書を交わしただけでは、領民の食卓には届かない。
運ぶ。
保管する。
記録する。
市場の状態を見ながら、必要な時に流す。
そこまで準備して、初めて値上がりへの備えになる。
問題が起きる前に対策するというのは、物を買って安心することではない。
問題が起きた時に、すぐ動ける仕組みを先に作っておくことだ。
穀物を買うだけでは、領民の暮らしを守ることはできない。
必要な時に、必要な場所へ届けられて、初めて意味があるのだ。
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