↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: アカメノコバチ
第17章 王立学院五年 夏休み

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
419/511

第408話 店を開く前に

 翌朝。


 俺はピコを抱き、転移魔法で西の森のリバーシ工房へ移動した。


「ピー!」


「今日も西の森だよ」


 昨日は、子どもたちの学校を確認した。


 今日はレナードから、温泉街の排水について話を聞く予定だ。


 工房を出ると、入口の前でレナードが待っていた。


「お待ちしておりました、リオン様」


「朝からありがとう」


「昨日も西の森へいらしていたと聞きました」


「学校を見ていたんだ」


「一日に一つだけ確認して、お帰りになったそうですね」


「何かおかしい?」


「いえ。リオン様にしては珍しいと思っただけです」


「父上にも似たようなことを言われたよ」


 俺はピコを肩掛け鞄へ入れ、レナードとともに温泉街へ向かった。


 ◇


「以前より、臭いは減ったと思う」


 通りの脇を流れる排水路を見ながら、俺は言った。


「はい。飲食店から出る排水を見直した効果が出ております」


 以前確認した時には、排水路の一部に油や食べ物のかすがたまっていた。


 そこで、温泉から出る湯と、飲食店から出る汚れた水を可能な範囲で分けた。


 さらに、飲食店の排水口には、食べ物のかすを受ける籠を置いている。


「店の人たちは、毎日籠を掃除しているの?」


「多くの店は協力してくれております。共用の排水路についても、確認する者を決めました」


「詰まりは?」


「以前より減っております」


 大規模な排水設備を作ったわけではない。


 それでも、流すものを減らし、誰が確認するのかを決めただけで、状態は改善している。


「ただ、一か所だけ見ていただきたい場所がございます」


 レナードに案内され、温泉街の奥へ向かう。


 新しい宿や店が建ち始めている一角だった。


 一軒の飲食店の裏側で、排水路の流れが悪くなっている。


 水の表面には薄く油が浮き、細かな食べ物のかすが端にたまっていた。


「ここは、籠を置いていないの?」


「開業して間もない店です」


 レナードが店の裏口を叩く。


 しばらくすると、四十代ほどの男が出てきた。


「レナード様。それに、リオン様まで……」


「この店の排水について、少し聞かせてもらってもいい?」


「はい」


「調理で出た水は、そのままここへ流しているの?」


「そうですが……何か問題がございましたか?」


 店主は不安そうに排水路を見る。


「残った食べ物や油も一緒に流れているみたいなんだ」


「申し訳ございません。すぐに改めます」


「責めているわけじゃないよ。排水について、店を始める前に説明を受けた?」


「いいえ」


 店主が首を横に振る。


「以前いた町でも、料理に使った水は店の裏へ流しておりました。

こちらでも同じだと思っておりました」


 悪意があったわけではない。


 そもそも、西の森で決めた方法を知らなかったのだ。


「食べ物のかすを受ける籠を用意して、油はそのまま流さないようにしてほしい」


「承知しました」


「レナード。必要な道具と、処理の方法を説明してあげて」


「かしこまりました」


 俺たちは店主と別れ、少し離れた場所まで歩いた。


「新しい店ができるたびに、排水の説明をしているの?」


「営業が始まった後、問題に気づけば説明しております」


「始まった後なんだ」


「新しい建物については把握しております。

ただ、いつから、どのような店を始めるのかまでは分からないことがあります」


 西の森には、商人や職人が次々に集まっている。


 建物を借り、すぐに商売を始める者もいる。


 今の方法では、店が開いてから問題を見つけることになる。


 問題が起きてから解決する。


 それでは遅い。


 前世で会社を経営していた時も、大きな問題の多くには小さな兆しがあった。


 売上が落ちてから慌てるのではなく、客の変化を先に見る。


 社員が辞めてから理由を調べるのではなく、不満が積み重なる前に話を聞く。


 内政も同じだ。


 食品価格が上がり、領民が生活に不満を持ってから対応するのでは遅い。


 排水処理が追いつかず、町が汚れてから大規模な工事を始めるのでも遅い。


 問題が起きてから解決するのではなく、起きる前に防ぐ。


 その方が、必要な費用も人手も少なくて済む。


「店を開いてから確認するのではなく、開く前に確認できないかな」


「開く前に、ですか?」


「飲食店を始める人には、先に届け出てもらうんだ」


 レナードが足を止める。


「何を売る店なのか。どこから水を得るのか。

排水をどこへ流すのか。食べ物のかすや生ごみを、どう処分するのか。

それを確認してから営業を認める」


「飲食店を、許可制にするということでしょうか」


「うん」


 商売を邪魔するためではない。


 店を始めた後で設備を直すより、最初から必要なものを用意した方が、店主にとっても負担が少ない。


「何を確認いたしましょうか」


「最初から細かくしすぎると、誰も守れなくなる」


 俺は、先ほどの店の裏側を振り返った。


「まずは、今起きている問題を防げる内容に絞ろう」


 確認するのは、調理や食器洗いに使える水があること。


 排水が共用の排水路まで流れること。


 残飯を受ける籠や網を設置していること。


 油や生ごみの処分方法が決まっていること。


 食材を地面へ直接置かず、生の肉と調理済みの料理を分けて保管できること。


 そして、トイレや家畜小屋が井戸や調理場に近すぎないこと。


「それらを確認して、問題がなければ営業を認める木札を渡す」


「木札を店先へ掲げさせるのですか?」


「そうしよう。確認を受けた店だと、客にも分かるからね」


「店にとっても信用になりますな」


 許可を取ることが負担にしかならなければ、隠れて営業する者が出るかもしれない。


 許可を受けたことが店の信用につながるなら、届け出る理由になる。


「すでに営業している店は、どういたしましょうか」


「いきなり止めるのはやめよう」


 これまで決まりがなかった以上、知らずに営業している店を罰するのは違う。


「既存の店は順番に確認する。

問題があれば、何を直せばいいか伝えて、期限を決める」


「すぐに営業停止にはしないのですね」


「食材が腐っているとか、水がひどく汚れているとか、すぐに危険がある場合は別だけどね」


「改善を求めても従わない場合は?」


「その時は、営業を止めることも考えないといけない」


 柔らかい制度にしても、守らなくてよい制度にしてはいけない。


 レナードは考え込むように、通りの先を見た。


「制度を作ることには賛成です。しかし、確認する人手が足りません」


「今でも忙しい?」


「建物や道路の確認、移住者への対応、宿や商人からの相談も増えております」


 新しい仕事を増やす以上、誰が担当するのかも決めなければならない。


「レナードが全部確認する必要はないよ」


「ほかの者へ任せるのですか?」


「確認する項目を決めて、同じ順番で見ればいいようにするんだ。

排水については作業員、食材の保管については宿や料理に詳しい人にも見てもらう」


「判断が難しいものだけ、私へ報告させるのですね」


「うん。レナードにしかできない仕事にしたら、店が増えた時に止まってしまうから」


 昨日見た学校も同じだった。


 マルタ一人にすべてを任せたままでは、子どもの数を増やせない。


 誰か一人の能力に頼る仕組みは、その人が忙しくなった時に動かなくなる。


「まず、西の森だけで試そう」


「領都では行わないのですか?」


「ここで実際に運用して、問題を直してからの方がいい。

うまくいけば、領都でも使えるかもしれない」


 レナードには、現在営業している飲食店と、開業を予定している店を調べてもらう。


 同時に、確認項目の案をまとめてもらうことにした。


「制度として始めるなら、父上の許可も必要だね」


「では、こちらで案をまとめ、旦那様へお送りいたします」


「俺からも話すよ」


 ◇


 話を終えた後、俺たちは温泉街を見渡せる場所へ移動した。


 建設途中の宿。


 新しく骨組みが組まれた店。


 荷物を運ぶ商人や、仕事を探しに来た者たち。


 少し離れた場所では、さらに新しい道を作るため、木を切り倒している。


「店が増える速さも、上がっているね」


「はい。この勢いが続けば、来年には今の倍近い店が並んでいるかもしれません」


 西の森は、すでに小さな集落ではなくなり始めている。


 領都エリアスも同じだ。


 新しい産業が生まれ、働く者が増え、住宅や店が広がっている。


 西の森も領都も、これから五年、十年と急速に大きくなっていくだろう。


 だが、人や店が増えるだけでは、町はうまく回らない。


 道路。


 排水。


 学校。


 食品の管理。


 ごみの処理。


 商人や職人への対応。


 町が大きくなれば、行政が担う仕事も増えていく。


 今の人数と方法のままでは、いずれ対応が追いつかなくなるかもしれない。


 行政側の遅れが、せっかくの領地の成長へ水を差す可能性もある。


「ピー」


 鞄の中からピコの声が聞こえた。


 俺は、建設が続く温泉街を眺めた。


 今の俺は、学院が休みの間だけ領地へ戻っている。


 気づいた問題へ口を出し、小さな試験を始める。


 だが、二学期が始まれば王都へ戻り、その続きを父上やエリアス、レナードたちへ任せなければならない。


 中途半端に口を出しているだけではないか。


 そう感じることもある。


 もちろん、学院で学ぶことには意味がある。


 王立研究所でしか学べないことも多い。


 それでも、ハル領で俺が貢献できることは、まだいくらでもあるはずだ。


 卒業して領地へ戻れば、夏休みの間だけではなく、もっと長い時間をかけて取り組める。


 問題が起きる前に変化を見つけ、必要な仕組みを作ることもできる。


 王都で学び続ける道もある。


 だが、俺が本当に力を使いたい場所は、ここなのかもしれない。


 建設途中の町を見つめながら、卒業後にハル領へ戻る自分の姿が、以前より少しだけはっきりと見え始めていた。



最後まで読んでいただきありがとうございます。

少しでも何かを感じて頂けたら評価とブックマークで応援いただけると執筆の励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
いつも楽しく拝見しています。毎日の更新がとても楽しみです。細かい話ですが、領都と領都の文官の名前は同じエリアスだったでしょうか。
実験場というか試験場というか? 小規模にアンテナ的に試してからというのは実に合理的ですね 喫緊でないなら時間をかけて少しずつ 人材確保も追いつかないなら急がば回れ
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。