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45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: アカメノコバチ
第17章 王立学院五年 夏休み

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第407話 最初の一か月

「元日本最強の探索者、今はダンジョン救助員です」も連載中です。

https://ncode.syosetu.com/n8731mn/1から読めますので、ぜひ読んでみて下さい。

 西の森で子どもたちの学校を始めてから、一か月が過ぎた。


 十人だけで始めた、小さな試みだ。


 俺はマルタがまとめた一か月分の記録を持ち、父上の執務室を訪れていた。


「一人も来なくならなかったのか」


 父上が、記録へ目を落としたまま尋ねる。


「はい。毎日来ているわけではありませんが、十人全員が通い続けています」


 家畜の世話がある日。


 畑仕事を手伝う日。


 家族と森へ入る日。


 子どもたちにも、それぞれ家での役割がある。


 決まった時間に通わせようとすれば、続けられない子もいただろう。


「来られる時間に来て、前回の続きから学ぶ方法が機能しているようです」


「一斉に同じことを教えなくても、学校として成り立つのだな」


「十人だからできている面もあると思います」


 人数が増えれば、今と同じ方法ではマルタ一人の負担が大きくなる。


 記録を読むだけでは分からないこともある。


「今日、実際に様子を見てきます」


「また西の森へ行くのか」


「学校の確認です」


「今度は何を始めるつもりだ?」


「今日は始めません。始めたことを確かめに行くのです」


 父上は疑うような目を向けた。


「本当だな?」


「たぶん」


「そこで、たぶんと言うな」


 父上の声を背に受け、俺は執務室を出た。


 ◇


 ピコを抱いて転移すると、西の森のリバーシ工房にある小部屋へ出た。


「ピー!」


「着いたよ」


 俺はピコを肩掛け鞄へ入れ、工房から学校へ向かった。


 温泉街を抜けると、以前より人通りが増えている。


 宿へ荷物を運ぶ者。


 食材を積んだ荷車を引く者。


 仕事を求めて掲示板を見ている者。


 一か月前と比べても、西の森は少しずつ変わり続けていた。


 学校として使っているのは、夜間学校の教室だ。


 昼間は大人たちが働いているため、空いている時間を子どもたちが使っている。


 教室へ近づくと、開いた窓から子どもたちの声が聞こえてきた。


「五つに三つ足したら?」


「八つ!」


「数え石を使わなくても分かったの?」


「昨日、家で薪を数えたから!」


 俺が入口から中をのぞくと、教室には六人の子どもがいた。


 全員が同じことをしているわけではない。


 二人は数え石を並べて計算している。


 三人は木板へ文字を書いている。


 残る一人は、マルタの隣で短い文章を読んでいた。


「リオン様」


 こちらに気づいたマルタが、立ち上がろうとする。


「そのままでいいよ。今日は授業を見せてもらいに来たんだ」


 子どもたちが一斉に俺を見る。


「こんにちは」


「こんにちは、リオン様!」


 以前は声をかけても緊張していた子どもたちが、今は自然に返してくれた。


「今日は六人なんだね」


「午前中は八人おりました。

そのうち二人は、昼から家の仕事があるため、先ほど帰ったところです」


 マルタが答える。


「午前中に来られなかった子が、家畜の世話を終えてから、もう一人来る予定です。

残る一人は、今日は家の仕事で来られません」


「全員がそろう日はある?」


「ほとんどございません」


「教えにくくない?」


「最初は戸惑いました」


 マルタは、教室の壁に掛けられた板を示した。


 十人の名前と、その横にいくつかの印が書かれている。


「今は、どこまで学んだかを一人ずつ記録しています。

来た時に前回の続きから始められるようにしました」


 文字を覚えた数。


 読める言葉。


 できるようになった計算。


 簡単な記録ではあるが、子どもごとの進み方が分かるようになっていた。


「決まった時間に来なければならない形にしていたら、続かなかった子もいたと思います」


「やっぱり、家の仕事があるから?」


「はい。来られなかったことを叱られると思い、最初は入口まで来て帰ろうとした子もいました」


 マルタは、文字を書いている男の子を見る。


「ですが、来られた時に来ればよいと伝えてからは、短い時間でも顔を出すようになりました」


 男の子はこちらの視線に気づくと、木板を両手で持ち上げた。


「リオン様、見て!」


 木板には、少し曲がった文字が並んでいる。


「何て書いたの?」


「俺と、父ちゃんと、母ちゃんの名前!」


 一つずつ指で示しながら読んでいく。


 形の崩れている文字もあるが、三人分の名前を最後まで読むことができた。


「全部覚えたんだね」


「うん。昨日、父ちゃんにも書いて見せた」


「お父さんは何て言ってた?」


「自分の名前より、薪の数を先に覚えろって」


 周りの子どもたちが笑う。


「でも、その後、もう一回書いてくれって言ってた」


 男の子も、少し照れたように笑った。


 読み書きを覚えたからといって、すぐ生活が大きく変わるわけではない。


 それでも、自分や家族の名前を書けるようになった。


 家で運んだ薪の数を間違えずに残せるようになった。


 始める前にはできなかったことが、少しずつできるようになっている。


 ◇


「困っていることはある?」


 子どもたちがそれぞれの課題へ戻った後、俺はマルタへ尋ねた。


「一番困っているのは、以前学習した内容を残せないことです」


「木板を使っているからだね」


「はい。新しい文字を書くには、前に書いたものを消さなければなりません」


 マルタは自分の帳面を見せた。


 子どもたちが何を学んだかは、マルタが毎日記録している。


「十人なら、まだ私一人でも記録できます。

ですが、人数を増やせば難しくなるでしょう」


「教える方は?」


「それも、少しずつ難しくなっています」


 文字を一つずつ覚えている子。


 短い文章を読み始めた子。


 数え石を使って足し算をしている子。


 同じ一か月でも、進み方はそれぞれ違う。


「同時に何人も分からないところを尋ねに来ると、待たせてしまいます」


「誰かに手伝ってもらえそう?」


「夜間学校で学んでいる若者の中に、昼間でも時間を作れる者が一人おります。

ただ、本人も仕事がありますので、毎日は難しいと思います」


「毎日でなくてもいいよ。人が多く来る日だけでも手伝ってもらえるか、聞いてみよう」


「よろしいのですか?」


「もちろん、働いた時間には報酬を払う。

善意だけで続けてもらうわけにはいかないからね」


 学校を続けるために必要なのは、教師の努力だけではない。


 教える者が疲れ切れば、いずれ続かなくなる。


「それから、見てもらいたいものがあるんだ」


 俺は鞄から数枚の試作紙を取り出した。


 ピコが一緒に出ようとしたので、片手で押さえる。


「ピコは鞄の中だよ」


「ピー……」


「これは紙ですか?」


 マルタが、黄みがかった紙を受け取った。


「リナ樹の樹皮だけで作ったんだ。

まだたくさんは作れないけど、文字を書くことはできる」


 マルタは紙の表面を指で確かめた。


「今使っている紙より粗いですね」


「うん。少しインクもにじむ。でも、学校で使うなら十分だと思う」


「子どもたちに配るのですか?」


「数枚しかないから、今すぐ毎日使わせるのは難しい」


 俺は教室を見渡した。


「この紙が少しだけ使えるなら、何に使いたい?」


 マルタはしばらく考えた。


「月の初めと終わりに、同じ文字を書かせたいです」


「同じ文字を?」


「はい。木板では前に書いたものが残りません。

紙へ残せば、どれだけ上手になったか、本人にも分かります」


「なるほど」


「計算も、一枚だけ残せれば、どこで間違えやすいかを確かめられます」


 紙が十分にないなら、すべての練習に使う必要はない。


 普段はこれまでどおり木板を使う。


 紙は、成長を比べるための記録に使う。


「それなら、少ない紙でも役に立ちそうだね」


「子どもたちも、自分が書いたものを家へ持ち帰れます」


 家族へ見せられることも、通い続ける理由になるかもしれない。


「次の試作品ができたら、何枚かこの学校へ回すよ」


「ありがとうございます」


 ◇


「もう一つ、ご相談がございます」


 マルタが、教室の外へ目を向ける。


「この学校の話を聞いて、子どもを通わせたいという家が増えています」


「何人くらい?」


「今のところ、七つの家庭から話を聞いています。

兄弟を通わせたい家もありますので、十人を超えるかもしれません」


 現在の十人と合わせれば、二十人近くなる。


「受け入れられそう?」


 俺が尋ねると、マルタはすぐには頷かなかった。


「今のままでは、難しいと思います」


「そうだよね」


 学校がうまくいっているからといって、すぐに人数を倍にすれば、教える側が対応できなくなる。


「まず、手伝ってくれる人を決めよう」


「はい」


「それから、今使っている進み方の記録を、誰でも分かる形に整えたい。

マルタが休んだ日でも、別の人が前回の続きを教えられるように」


「考えてみます」


「通いたいと言っている家庭には、少し待ってもらおう。

ただ、どの時間なら通えるのか、家でどんな仕事をしているのかは聞いておいてほしい」


「次に受け入れる時のためですね」


「うん。人数だけ増やして、来られなくなったら意味がないから」


 十人の子どもたちが一か月通い続けた。


 それは成功と言っていい。


 だが、学校が完成したわけではない。


 人を増やす前に、今見えている問題を直す必要がある。


「次の一か月も、今の十人で続けよう」


「承知しました」


「補助の先生を置いて、記録の方法も試す。 

その結果を見てから、新しい子どもたちを受け入れよう」


 マルタが、はっきりと頷いた。


 ◇


 学校を出る頃には、午後の仕事を終えた子どもが一人、教室へ駆け込んできた。


「遅くなりました!」


「大丈夫ですよ。前の続きから始めましょう」


 マルタが笑顔で迎える。


 来られる時間に来る。


 ほかの子に遅れていても、前回の続きから始める。


 それだけのことが、この子を学校につなぎ止めている。


「ピー」


 鞄の中から、ピコの声が聞こえた。


「もう少し静かにしていてね」


「ピー……」


 俺は温泉街へ戻りながら、この夏休みに始めたことを思い返した。


 学校。


 食品値上げ対策からの農業試験、他領からの購入。


 排水設備の改善。


 新しい紙の原料。


 始める時には見えなかった問題が、少しずつ現れ始めている。


 始めるだけなら、勢いでもできる。


 だが、続けるためには、その後に何が起きたのかを確かめなければならない。


 西の森の学校は、一か月で完成したわけではない。


 それでも、十人の子どもたちは、昨日まで読めなかった文字を少しずつ読めるようになっていた。


 夏休みに始めたことを、始めただけで終わらせない。


 これからは、その一つ一つを確かめる番だった。



最後まで読んでいただきありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
『貞観政要』にある「創業より守成(守勢)が難し」という言葉が思い浮かびました。 始める勢いよりも、緊張感を持って現状を維持・発展させていくことの方が難しく、でも大切ですね。 主人公が、これからも緊張感…
マルタも優秀やなぁ。 だがしかし、ミラ成分が足りない、ミラ成分が足りない、ミラ成分が足りない。
やる気がないより結構なことです 勉強の結果どういうメリットがあるか判り易いのは大事ですね
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