第406話 次に会う時
新連載はじめました
「元日本最強の探索者、今はダンジョン救助員です」という物語です。
https://ncode.syosetu.com/n8731mn/1から読めますので、ぜひ読んでみて下さい。
※本日のあとがきは先日行ったアンケートの結果発表です。
リナ樹の試作紙を持ち帰った翌日。
俺は自室の机で、南の村から届いた報告書を読んでいた。
アーロンがまとめた農作業の記録は、最初に届いたものよりもさらに整理されている。
畑だけでなく、家畜の世話や農具の修理に使った時間も記されていた。
「少しずつ、村全体の仕事が見えるようになってきたな」
「ピー」
机の端では、ピコが試作紙の隣に丸くなっている。
「その紙には乗らないでね」
「ピー?」
「まだ数枚しかないんだから」
ピコが体を傾けたところで、扉が叩かれた。
「リオン様、失礼いたします」
入ってきたのはミアだった。
「旦那様がお呼びです。執務室へ来るようにとのことでした」
「父上が?」
「はい。奥様もご一緒です」
父上と母上がそろっている。
その言葉を聞き、以前にも似たようなことがあったのを思い出した。
「分かった。すぐに行くよ」
俺は報告書を閉じ、ピコを肩掛け鞄へ入れた。
◇
「失礼します」
執務室へ入ると、父上は机の前に座っていた。
母上も、以前と同じように窓際の椅子へ腰を下ろしている。
「来たか」
「はい」
父上の机には、一通の手紙が置かれていた。
封蝋に刻まれた紋章には見覚えがある。
「ハーウェイ侯爵家からですか?」
「ああ」
「穀物の取引についてでしょうか」
「そちらの話ではない」
父上は手紙へ視線を落とした。
「先日、ハーウェイ侯爵から届いた縁談の話に、ハル家として返事を出しただろう」
「はい」
両家の将来について話し合う余地はある。
ただし、現時点で婚約を約束するものではない。
相手がミラだからこそ、俺は最初から断りたいとは思わなかった。
けれど、家同士の話だけで決めるつもりもなかった。
「その返事が届いたのですね」
「読んでみろ」
父上から渡された手紙を受け取る。
丁寧な挨拶に続き、ハル家が真剣に考えた上で返事をしたことへの感謝が記されていた。
すぐに婚約を決めないという考えにも、異論はない。
ハーウェイ侯爵家も、本人たちの意思を無視して話を進めるつもりはない。
そこまで読み進めたところで、俺の目が一文の上で止まった。
「ミラにも、話したのですね」
「ああ」
ハーウェイ侯爵は、両家の間で将来についての話が出ていることを、ミラ本人へ伝えたらしい。
俺はその一文をもう一度読む。
ミラが、この縁談について知っている。
次に学院で顔を合わせる時には、俺だけが事情を知っているわけではない。
「その先も読んでみなさい」
母上に促され、続きを読んだ。
結論を急がせるつもりはない。
二人が学院で話した上で、改めて両家で考えたい。
そして最後に、短い一文が添えられていた。
『娘は、自らの気持ちは自らの言葉でリオン殿へ伝えたいと申しております』
俺は手紙から顔を上げた。
「ミラは、何と答えたのでしょうか」
「それは書かれていない」
父上が答える。
「侯爵も、娘の言葉を代わりに伝えるつもりはないのだろう」
「そうですか」
断りたいと言ったのか。
前向きに考えているのか。
それとも、まだ分からないと答えたのか。
手紙からは判断できない。
ただ、ミラが自分の口で話すつもりでいることだけは分かった。
「ミラさんも話を知っていると分かって、安心しましたか?」
母上が穏やかに尋ねた。
「安心した部分はあります」
「ほかの部分もあるのですね」
「はい」
「何が気になるのですか?」
俺は手紙へ目を落とした。
「次に会った時、どう話せばいいのか分かりません」
今までのように、研究や授業の話から始めればいいのか。
それとも、最初から縁談について触れるべきなのか。
何もなかったように話せば、避けていると思われるかもしれない。
だが、学院で顔を合わせてすぐに婚約の話をするのも違う気がする。
「今までと同じように話せばよいのではありませんか?」
母上が言う。
「今までと同じ気持ちで話せるか分からないのです」
言ってから、自分が何を口にしたのかに気づいた。
母上が小さく笑う。
「それなら、少しは自分の気持ちが分かってきたのではありませんか?」
「まだ、はっきりとは分かりません」
「それでも、以前とは違うのでしょう?」
俺は否定できなかった。
以前は、ミラから向けられているものに気づいても、考えないようにしていた。
友人として今までどおり過ごせれば、それでよいと思っていた。
だが、今はそれだけでよいとは思えない。
「侯爵家への返事を急ぐ必要はない」
父上が口を開いた。
「ハーウェイ侯爵も、そう書いている」
「はい」
「だが、本人同士の意思を尊重すると言っておきながら、何も話さないままでは意味がない」
「分かっています」
「本当に分からないのであれば、分からないと伝えればよい」
「それでもよいのですか?」
「何も考えずに答えを出すよりはな」
父上は机の上で指を組む。
「相手の気持ちを聞くことも必要だ。だが、それだけで決めるな」
「自分がどうしたいかも考えろ、ということですか」
「ああ。お前が領地のために何を選ぶかではない。
これから誰と生きたいのかという話だ」
父上からそう言われると、急に重みが増した気がした。
婚約は、侯爵家との関係を強くする手段ではない。
一生をともにする相手を決めることだ。
その相手がミラである可能性を、俺は嫌だとは思っていない。
むしろ、その逆なのかもしれない。
「手紙を出しておきますか?」
母上が尋ねた。
「ミラさんへ、あなたから」
俺は少し考えた。
手紙なら、学院へ戻る前に気持ちを尋ねることができる。
けれど、書かれた言葉だけでは、ミラがどんな気持ちで答えているのか分からない。
俺自身も、文章だけで正しく伝えられる自信がなかった。
「この話は、直接します」
「学院へ戻ってから?」
「はい」
逃げるために先延ばしにするのではない。
顔を見て話すために待つ。
その違いは、自分の中では分かっているつもりだった。
「そうか」
父上は頷き、ハーウェイ侯爵からの手紙を受け取った。
「では、侯爵には手紙を受け取ったことだけを返しておこう。
詳しい返事は、二人が話した後だ」
「お願いします」
「今回は、領地の仕事へ逃げ込むなよ」
父上の言葉に、俺は顔を上げた。
「逃げ込んでいるつもりはありません」
「ならばよい」
「父上は、俺が何でも領地の仕事でごまかすと思っていませんか?」
「思っている」
即答だった。
母上が楽しそうに笑う。
「ですが、今回はきちんと話すと決めたのでしょう?」
「はい」
「でしたら、その言葉を忘れないことです」
俺は二人に頷き、執務室を出た。
◇
自室へ戻ると、ピコを鞄から出した。
「ピー!」
ピコは机へ跳び乗ると、置いてあった試作紙の方へ進んでいく。
「それは食べないでね」
「ピー?」
俺は椅子へ腰を下ろした。
「今日の手紙も食べられたら困るけど、紙工房の紙より返事が難しい手紙だったな」
「ピー」
ピコには分からないらしく、試作紙の横で丸くなった。
次にミラと会う時には、彼女も縁談について知っている。
何も知らなかった頃と同じようには、話せないかもしれない。
それでも、気づかないふりを続けるつもりはなかった。
まだ答えがはっきりしていなくても、向き合うことから逃げてはいけない。
夏休みが終われば、俺はもう一度ミラと向き合うことになる。
先日行いました「あなたの考えるヒロインは誰?」アンケートに、たくさんのご投票をいただき、本当にありがとうございました!
結果は以下のとおりです。
一位 ミラ 187票
二位 ミア 89票
三位 セレナ 81票
四位 ナディア 42票
五位 フィーネ 28票
ミラが二位以下に大きく差をつけ、見事一位となりました!
また、感想欄でもたくさんのご意見をいただきました。
ミラ 7票
ナディア 4票
ミア 2票
レティシア 1票
フィーネ 1票
投票だけでなく、「このキャラクターのここが好き」といったコメントもいただき、作者としてとても楽しく読ませていただきました。
それぞれのキャラクターを応援してくださる方がいることが、本当にうれしいです。
これからさらに魅力を感じてもらえるように描いていきたいと思います。
改めまして、アンケートにご参加くださった皆さま、本当にありがとうございました!




