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45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: アカメノコバチ
第17章 王立学院五年 夏休み

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第404話 紙が高い理由

新連載はじめました

「元日本最強の探索者、今はダンジョン救助員です」という物語です。

https://ncode.syosetu.com/n8731mn/1から読めますので、ぜひ読んでみて下さい。

 翌朝。


 朝食を終えた俺は、屋敷へ来ていたエリアスに声をかけた。


「紙を作っている工房について聞きたいんだけど」


 俺の質問に、エリアスが手にしていた書類から顔を上げた。


「領都の紙工房でございますか?」


「うん。領内で使っている紙の多くは、そこで作られているんだよね?」


「はい。屋敷や文官たちが使用している紙の多くも、その工房から購入しております」


「ほかには、どこへ紙を売っているの?」


「主な納入先は領主家、神殿、それに規模の大きな商会です。

領都の裕福な家庭から注文を受けることもあるそうですが、量は多くありません」


「一般の家庭では、ほとんど買わない?」


「紙を日常的に買える領民は、ごく一部でしょう」


 エリアスが手にしていた紙を一枚持ち上げる。


「文官たちも、保存する必要のない計算には木板を使っています。

紙に残すのは、税や支出、命令、契約など、後から確認する必要があるものが中心です」


 領地を運営する文官たちでさえ、紙を自由に使えるわけではない。


「西の森で、子どもたちの学校を始めることになったんだ」


「レナードから報告を受けております」


「今は木板や石板を使う予定だけど、領内のほかの場所へ学校を広げたら、それだけでは足りなくなると思う」


 子どもごとの教材。


 文字を書く練習。


 計算問題。


 教師が使う見本。


 学んだ内容を残すための記録。


 紙が必要になる場面はいくらでもある。


「今と同じ紙を、生徒全員に使わせたらどうなる?」


 エリアスは少し考えてから答えた。


「学校の規模にもよりますが、紙代が教師への報酬や教室の維持費を上回る可能性があります」


「やっぱり、そうなるよね」


 紙を使える子どもだけが学べるのであれば、教育を広げたことにはならない。


「領都の紙工房を見せてもらいたいんだ。話を通してもらえる?」


「もちろんです。ただ、何か問題があったのでしょうか」


「違うよ。今の紙がどうやって作られていて、なぜ高いのかを知りたいんだ」


 俺は持ってきた二種類の樹皮を見せた。


「それから、この樹皮が紙の材料にならないか、職人に聞いてみたい」


 エリアスは白っぽい内皮が見える樹皮へ目を向けた。


「木の樹皮から紙を?」


「作れるかどうかは分からない。だから、まず確かめてみるよ」


 ◇


 領都の紙工房は、川から引いた水路に近い場所にあった。


 石造りの作業場と、屋根の下に板が並べられた乾燥場所が隣接している。


 工房へ入る前に、俺は肩掛け鞄を軽く叩いた。


「ピコ。今から工房に入るけど、勝手に飛び出したら駄目だよ」


「ピー」


「昨日も同じ返事を聞いた気がするな」


「ピー?」


 エリアスから連絡を受けていたらしく、入口には五十代ほどの男が待っていた。


「リオン様、お待ちしておりました。工房主のベルト・ハーゲンと申します」


「急にお願いしてごめんね」


「いえ。ただ、屋敷へ納めた紙に何か問題がございましたでしょうか」


 ベルトの表情には、わずかな緊張が見える。


「問題があって来たわけじゃないよ。

今日は紙の作り方を見せてほしいんだ」


「紙の作り方を、ですか?」


「領民のための学校を増やしたいと思っている。

でも、今の紙は子どもたちが何度も文字を書くためには高すぎる。

安い紙を作る方法がないか考えたいんだ」


 ベルトの表情が少し硬くなった。


「現在の紙を、今より安く納めるようにとのお話でしょうか」


「違うよ」


 俺はすぐに首を振った。


「今の紙が高い理由も知らずに、値段だけを下げてほしいとは言えない。

まず、どうやって作っているのかを知りたいんだ」


 ベルトは俺の顔をしばらく見た後、ゆっくりとうなずいた。


「わかりました。では、順番にご案内いたします」


「あ、その前に一つ伝えておくね」


 俺は肩掛け鞄を示した。


「この中に、俺の仲間のスライムがいるんだ。出しても大丈夫?」


「スライム……でございますか?」


「人を襲ったりはしないよ。ただ、水が好きだから、水槽に入ろうとするかもしれない」


「紙をすくための水槽には、入れないようお願いいたします」


「分かった。ピコも聞いたよね?」


「ピー!」


 鞄の中から返事が聞こえ、ベルトが一歩だけ後ろへ下がった。


「返事をするのですね……」


「ある程度は分かっているみたいなんだ」


 鞄の口を開けると、ピコが飛び出して俺の足元へ着地した。


「ピー!」


「俺の近くにいてね」


 ◇


 最初に案内された場所には、古い布や縄、麻袋が積まれていた。


「これが紙の原料?」


「はい。主に麻で作られたものを使います」


 職人たちが古布を広げ、金具や縫い目を外している。


 汚れのひどい部分や、油の染み込んだ部分も切り分けていた。


「使えなくなった布なら、安く集められるんじゃないの?」


「使えなくなったと言いましても、ほかの用途がございます」


 ベルトが古い布を手に取る。


「まだ丈夫な部分は衣服の補修に使われます。

汚れを拭く布や、怪我人の手当に使うこともあります。

細く裂いて縄へ作り直す者もおります」


「紙にできるほど古くなった布だけが、ここへ来るんだ」


「はい。裁縫工房から出る切れ端も買い取っていますが、常に同じ量が出るわけではございません」


「紙を増やしたくても、原料が足りない?」


「その通りです。注文が増えても、すぐ生産量を増やすことはできません」


 紙が高い理由の一つは、原料そのものが少ないことだった。


 次に案内されたのは、水を張った大きな桶が並ぶ場所だ。


 選別された布を細かく切り、水の中で何度も洗っている。


「泥や油が残っていると、紙に穴が開いたり、文字を書いた時にインクを弾いたりします」


「洗うだけでも時間がかかりそうだね」


「水を替えながら、何度も行いますので」


 洗った原料は、灰汁を入れた釜で煮る。


 工房の奥では、大きな釜から湯気が立ち上っていた。


 職人が薪を足しながら、中の状態を確かめている。


「どのくらい煮るの?」


「原料によって変わります。古い縄は硬いため、布より長く煮なければなりません」


「火も、ずっと見ていないといけないんだね」


「灰汁が強すぎても、煮る時間が長すぎても、繊維が傷みます」


 ただ釜に入れて待てばいいわけではない。


 原料の状態を見ながら、灰汁の量や火加減を変えている。


 煮終わった繊維は、再び水で洗われる。


 その隣では、二人の職人が木槌を振り下ろしていた。


 濡れた繊維を何度も叩き、細かくほぐしている。


 木槌が台へ当たる音が、一定の間隔で工房内に響いていた。


「これは、どのくらい続けるの?」


「繊維の状態によります」


 ベルトが叩かれた原料を指でつまむ。


「十分にほぐれなければ、紙をすいた時に繊維同士が絡みません。

ですが、叩きすぎれば繊維が短くなり、破れやすい紙になります」


「時間を決めればいいわけじゃないんだ」


「はい。職人が手で確かめながら判断します」


 交代しながらとはいえ、長時間木槌を振り続ける。


 紙一枚のために、これほど人の手がかかっているとは思っていなかった。


 ほぐされた繊維は、大きな水槽へ入れられた。


 水の中に、白い繊維が細かく漂っている。


「ピー!」


 ピコが水槽へ向かって弾んだ。


「ピコ、待って」


 俺は水槽へ届く前に抱き上げた。


「ここは入ったら駄目だよ」


「ピー……」


「水浴びの場所じゃないからね」


 職人たちが苦笑している。


 ベルトは細かな網を張った木枠を水槽へ沈めた。


 ゆっくり持ち上げると、網の上に薄い繊維の層が残る。


 木枠を前後左右へ細かく動かし、繊維を均一に広げていく。


「簡単そうに見えるけど、難しい?」


「初めての者が行えば、厚さが偏ります。穴が開くこともございます」


 すいたばかりの紙は、まだ水を多く含んでいる。


 職人はそれを布の上へ移し、さらに紙と布を交互に重ねていった。


 何枚も重ねた後、板で挟み、上から圧力をかけて水を抜く。


 その後、一枚ずつ板へ貼りつけて乾燥させる。


「乾いたら完成?」


「そのままでは、インクを吸いすぎます。

にじみを抑えるための仕上げを行い、表面も整えます」


 一枚の紙が完成するまでに、原料の選別、洗浄、煮込み、叩く作業、紙すき、圧搾、乾燥、仕上げが必要になる。


 しかも、その多くを人の目と手で確かめている。


 紙が高いのは、職人が不当に値段を上げているからではない。


 今の原料と作り方では、安くできないだけだった。


「これだけの作業が必要なら、今の値段になるのも分かるよ」


 俺がそう言うと、ベルトの緊張が少し和らいだように見えた。


「安い品ではございませんが、我々も必要以上の値をつけているつもりはありません」


「うん。今日見せてもらって、それは分かった」


 ◇


「それで、見てもらいたいものがあるんだ」


 俺は持参した二種類の樹皮を取り出した。


「西の森で使われている木の樹皮だよ」


 最初に、グラン樹の樹皮を渡す。


 ベルトは硬い外側を削り、内側を指で引っ張った。


「硬いですね。油気も多い」


「紙にするのは難しそう?」


「煮れば多少は柔らかくなるでしょう。

しかし、繊維を分けるまでに相当な手間がかかると思われます。

紙にできたとしても、安い紙にはならないかもしれません」


 グラン樹は住宅の柱や梁、リバーシの盤に使われている。


 硬く反りにくい性質は木材として優秀だが、紙には向かないようだ。


 次にリナ樹の樹皮を渡す。


 ベルトは表面を削り、白っぽい内皮を露出させた。


 細く裂くと、長い繊維が残る。


「こちらは……」


 ベルトの表情が変わった。


「紙にできそう?」


「繊維は、現在使っている一部の草に似ています。

少なくとも、試す価値はあるでしょう」


「リナ樹は、リバーシの駒や木箱に使われているんだ。

成長も比較的早いらしい」


「この樹皮は、現在どのように使われているのでしょうか」


「一部は焚きつけや家畜の敷物に使っている。

でも、建築やリバーシの生産が増えて、使い切れずに余っている」


「原料を安定して集められるなら、古布より扱いやすい可能性はございます」


 ただし、ベルトはすぐに続けた。


「ですが、紙になると決まったわけではありません。

煮た時に色や油が出るかもしれませんし、乾燥すれば割れる可能性もございます。

紙にできても、インクを吸いすぎるかもしれません」


「実際に作ってみないと分からないんだね」


「はい」


「少量でいいから、試してもらえる?」


 ベルトはすぐには答えなかった。


「リオン様は、木の樹皮から安い紙を大量にお作りになるおつもりでしょうか」


「将来は、学校で使えるくらい増やしたいと思っている」


 ベルトの表情が再び硬くなる。


「そうなれば、我々が作っている紙は必要なくなるのでしょうか」


 工房には、ベルトだけでなく何人もの職人が働いている。


 安い紙を作るという話は、彼らにとって自分たちの仕事が奪われるかもしれない話でもある。


「今の紙をなくすつもりはないよ」


「ですが、安い紙が作られれば……」


「王宮へ提出する書類や契約書、長く残す領地の記録には、ここの紙が必要だと思う」


 俺は乾燥させている紙を見る。


 白く、厚さも揃い、表面も滑らかだ。


「俺が作りたいのは、子どもが書き間違えても惜しくない紙なんだ。

文字の練習や計算問題、文官の下書きに使えるものだよ」


「上質な紙とは、用途を分けるということでしょうか」


「うん。それに、樹皮が紙になるとしても、俺には紙をすく技術がない。

試作には、この工房の職人たちの力が必要だよ」


 無償で協力してもらうつもりもない。


「試作にかかった材料費や人件費は、領主家で負担する。

失敗した分も含めて、きちんと支払うよ」


 ベルトは背後の職人たちへ目を向けた。


 しばらく考えた後、静かに頭を下げる。


「そこまでお考えでしたら、協力させていただきます」


「ありがとう」


「ただ、最初は現在の原料を少し混ぜた方が、紙の形にはしやすいと思われます」


「まずは、リナ樹だけで試せないかな」


「樹皮だけで、ですか?」


「麻を混ぜたら、リナ樹だけで紙になるか分からなくなるからね」


 失敗したとしても、リナ樹だけでは何が足りないのかが分かる。


 最初から複数の材料を混ぜれば、どの材料がどんな働きをしたのか判断しにくい。


「承知しました。では、リナ樹の内皮だけで試します」


「作業した内容も残してほしい。

水に浸した時間、煮た時間、叩いた時間、使った樹皮の量。

それから、何枚の紙ができたか」


「次に同じものを作るための記録ですね」


「うん。成功しても、同じものをもう一度作れなければ広げられないから」


 ベルトが職人へ指示を出す。


 リナ樹の硬い外皮が削られ、白っぽい内皮だけが束ねられた。


「まずは、水へ浸して柔らかくします。

状態を見るまで、数日は必要でしょう」


「急がなくていいよ。何をしたら、どう変わったのかを確かめながら進めてほしい」


 職人が水を張った桶へ、リナ樹の内皮を沈めていく。


「ピー!」


 ピコが俺の腕から抜け出そうとする。


「ピコは入らないよ」


「ピー……」


「今はリナ樹が使っているからね」


 ピコは不満そうに体を沈ませた。


 俺は桶の中で揺れる白い内皮を見つめる。


 紙が高い理由は分かった。


 今ある紙を、無理に安く売らせることはできない。


 ならば、これまで使われていなかった原料から、別の紙を作ればいい。


 リナ樹の内皮が、水の中へゆっくりと沈んでいく。


 木から紙を作る、最初の試験が始まった。



最後まで読んでいただきありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
「本好きの下剋上」よりもっと現実的な表現してる気がする
主人公の言葉遣いが幼すぎる。
転生前の知識ならどっちかというと更紙、藁葉紙にいきそうな気もしますが・・・まあパルプに溶かすまでは試行錯誤の連続でしょうなぁ 魏武帝も紙漉きを奨励しましたし・・・水が大量にいるのと臭いが問題になりそう
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