第403話 樹皮の行き先
新連載はじめました
「元日本最強の探索者、今はダンジョン救助員です」という物語です。
https://ncode.syosetu.com/n8731mn/1から読めますので、ぜひ読んでみて下さい。
未開拓区域を出る頃には、ピコは自分から肩掛け鞄の中へ入っていた。
「疲れたの?」
「ピー」
返事は元気だ。
鞄を持ち上げてみる。
大型ウサギを二体も食べたのだから、来た時よりかなり重くなっていてもおかしくない。
だが、肩にかかる重さはほとんど変わらなかった。
「……あの二体、どこへ行ったんだろう」
「ピー?」
鞄の口から、ピコが不思議そうに顔を出す。
「ピコのお腹の中にいるはずなんだけどね」
「ピー」
体が大きく膨らんだ様子もない。
食べたものを小さくして、体内のどこかへ保管しているのか。
それとも、必要なものだけを吸収し、残りは別の何かへ変えているのか。
大型ウサギを食べた直後、ピコは淡く光っていた。
あの光とも関係があるのかもしれない。
「今度、もう少し調べようか」
「ピー!」
ピコは調べられる意味を理解していないまま、元気よく返事をした。
◇
戻る途中、俺はそのままリバーシ工房へは向かわなかった。
肩掛け鞄には、採取した薬草とは別に、二種類の樹皮が入っている。
紙の原料になる可能性を調べるなら、まず製材所で木の種類を確かめる必要がある。
開拓区の端にある製材所では、何人もの職人が丸太を運び、板材へ加工していた。
大きな丸太の近くでは、若い職人が刃のついた道具を使い、樹皮を剥がしている。
俺が近づくと、作業を見ていた責任者らしい男が気づいた。
「リオン様。今日はどうされましたか?」
「少し、木について教えてほしいんだ」
「木、ですか?」
「森で拾った樹皮があるんだけど、何の木か分かるかな」
肩掛け鞄から二種類の樹皮を取り出す。
ピコも一緒に出てこようとしたので、片手で鞄の中へ戻した。
「ピコは、もう少し待っていてね」
「ピー……」
責任者は最初の樹皮を手に取り、表面を指でなぞった。
「こちらはグラン樹ですね。硬く、乾燥させても反りにくい木です」
「建物に使っている木?」
「はい。柱や梁に使います。厚く切れば扉や丈夫な家具にも使えます」
責任者は樹皮を曲げようとしたが、ほとんど形が変わらなかった。
「リバーシの盤も、この木から作っています」
「盤にも使っているんだ」
「盤は平らなまま長く使えなければなりません。
柔らかい木ですと、削りやすくても反ったり傷ついたりしますので」
俺は森で《綻びの目》を使った時の表示を思い出す。
樹脂が多く、繊維を分けるのが難しかった木だ。
硬く反りにくい性質は、盤には向いている。
しかし、樹皮から繊維を取り出すには向いていない可能性が高い。
「じゃあ、こっちは?」
もう一種類の樹皮を渡す。
責任者は内側の白っぽい部分を見ると、すぐに答えた。
「こちらはリナ樹です。グラン樹より柔らかく、成長も早い木ですね」
「何に使っているの?」
「小さな木箱や棚板、玩具などです。
リバーシの駒も、今はこの木から作っています」
「盤と駒は、違う木を使っていたんだね」
「必要な性質が違いますから」
「これはリバーシ工房の奴から聞いた話なんですが、盤には硬さと反りにくさが必要です。
一方、駒は同じ大きさに素早く削れることの方が重要です」
駒の表面は滑らかに磨かれ、片面は黒く染められている。
「リナ樹は加工しやすく、大量に同じ形を作れます。
ただし、柱や大きな板にすると強度が足りません」
「だから、駒や木箱に使っているんだ」
「はい。建物でも、小さな棚や内側の仕切りには使いますが、建物を支える場所には使いません」
同じ森の木でも、すべてを同じ用途に使っているわけではない。
硬い木。
柔らかい木。
真っすぐ伸びる木。
細くても成長が早い木。
職人たちは性質を見て、使い分けていた。
「このリナ樹の樹皮は、普段どうしているの?」
「樹皮ですか?」
責任者は、製材所の奥を指した。
そこには、剥がされた樹皮が山のように積まれていた。
「乾かして焚きつけに使います。
家畜を飼っている者が、敷物として持っていくこともあります。
あとは、ぬかるみへ敷くこともありますね」
「全部使い切れている?」
「いえ。建築が増えてからは、余ることの方が多くなりました」
樹皮の山へ近づく。
グラン樹もリナ樹も、別の種類の木も、すべて同じ場所へ積まれていた。
下の方は雨水を吸い、黒く変色している。
泥や細かな木くずも混じっていた。
《綻びの目》を使う。
≪樹種の混在:あり≫
≪水分による劣化:一部進行≫
≪利用可能な内皮:選別困難≫
樹皮がないわけではない。
むしろ、使い切れないほどある。
だが、紙の原料として試すには、種類も状態も混ざりすぎていた。
「リオン様、この樹皮を何かにお使いになるのですか?」
「紙の原料にできないかと考えているんだ」
「紙に?」
責任者だけでなく、近くにいた職人たちも手を止めた。
「紙は布や草から作るものではないのですか?」
「今は、そうだと思う。でも、木の内側にも繊維がある。
特にこのリナ樹の樹皮は、森で拾った時も細く裂きやすかった」
責任者がリナ樹の樹皮を指で裂く。
外側は硬いが、内側には細長い繊維が残っている。
「確かに、グラン樹よりは剥がれやすいですね」
「ただ、紙が作れると決まったわけじゃない。まずは試してみたいんだ」
「樹皮を分けて残せばよろしいでしょうか?」
「全部を分けなくていいよ」
紙になるかどうかも分からない段階で、製材所の仕事を大きく増やすべきではない。
「まず、グラン樹とリナ樹。それから、ここで多く扱っている別の木を一種類。
それぞれ五束ずつ残してほしい」
「五束ずつですね」
「伐った日と木の種類が分かるようにして、泥の上には置かない。
できれば雨が当たらない場所で保管してほしい」
「外側の樹皮は剥がしますか?」
「今は、そのままでいいよ。どの状態で保管するのがいいかも、まだ分からないから」
責任者はうなずいた。
「通常の作業を止めない範囲であれば、問題ありません」
「ありがとう。樹皮を分けるのに余分な時間がかかったら、それも記録しておいて」
「紙の材料だけでなく、集める手間も確認するのですね」
「安く作れなければ、学校では使えないからね」
原料が無料でも、分別や運搬に多くの人手がかかれば、紙は安くならない。
必要なのは、紙を作れるかどうかだけではない。
どれほどの量を、どのくらいの手間で集められるかも重要だった。
「ところで、紙の作り方に詳しい職人を知っている?」
責任者は首を横に振った。
「我々が分かるのは木のことだけです。
紙は領都の工房で作られているはずですが、詳しい製法までは知りません」
「やっぱり、専門の職人に聞く必要があるね」
木の性質を知る者。
紙を作る者。
繊維を細かくする道具を作れる者。
安い紙を作るには、一つの工房だけでは足りないかもしれない。
俺はリナ樹の樹皮をもう一度見た。
リバーシの駒を作るために切られた木。
その樹皮は、これまでほとんど捨てられていた。
だが、紙に使えるなら、リバーシを作るほど原料も増えることになる。
「ピー!」
鞄の中から、ピコが急に飛び出した。
そのまま、樹皮の山の近くへ着地する。
「ピコ、それは食べないでね」
「ピー」
ピコは樹皮には興味を示さず、足元に落ちていた柔らかい葉を食べ始めた。
◇
製材所を出た後、俺はリバーシ工房の使われていない小部屋へ戻った。
ピコを抱き、領都の空き倉庫の裏へ残した魔力印を探す。
固定された魔力は、すぐに見つかった。
「帰るよ、ピコ」
「ピー!」
景色が歪む。
次の瞬間、俺たちは空き倉庫の裏に立っていた。
周囲に誰もいないことを確認してから、ピコを肩掛け鞄へ入れる。
「ギルドに着くまでは、今度こそ出ないでね」
「ピー」
◇
冒険者ギルドへ戻ると、受付の女性が俺の肩掛け鞄を見た。
「お戻りになったのですね」
「うん。依頼の品と、調査した場所の記録を持ってきたよ」
「そちらの鞄には、先ほどのスライムが?」
「入っているよ」
「ピー!」
鞄の中から返事が聞こえた。
受付の女性は少しだけ身を引いたが、今度は声を上げなかった。
「今回は、鞄から出ないでくれているのですね」
「今のところは」
採取した薬草を受付台へ置く。
傷みは少なく、必要な量も満たしていた。
続いて、森の中で書き加えた地図を渡す。
「ここに小さな水場があった。近くには大型ウサギの足跡も複数残っていたよ」
「実際に大型ウサギとは遭遇されましたか?」
「二体と遭遇して、どちらも倒した」
受付の女性が記録用紙へ書き込む。
「討伐部位や素材はお持ちでしょうか」
「それが……ピコが食べたんだ」
受付の女性の手が止まった。
「食べた?」
「二体とも」
「ピー!」
鞄の中から、誇らしげな声が響く。
近くにいた冒険者たちが一斉にこちらを見た。
「その大きさで二体も?」
「俺も驚いているよ」
受付の女性は、記録用紙へ視線を戻した。
「大型ウサギ二体を討伐。討伐後、同行するスライムが……捕食」
最後の言葉を書く前に、もう一度手が止まる。
「これでよろしいのでしょうか」
「起きたことは、その通りだよ」
「ピー」
ピコは満足そうだった。
「今回は討伐依頼ではありませんので、部位の提出は必要ありません。
ただし、今後討伐依頼を受けられる場合は、証明部位を食べられないようお気をつけください」
「次からは、先に証明部位を取ることにするよ」
「ピー?」
「ピコにも覚えてもらわないとね」
薬草と地図の内容に問題はなく、依頼は達成となった。
受付の女性から、小さな袋に入った報酬を受け取る。
領地の穀物取引で動く金額と比べれば、わずかなものだ。
それでも、自分で森へ入り、依頼を果たして受け取った金には、別の嬉しさがあった。
「久しぶりの依頼、お疲れさまでした」
「ありがとう。いい気分転換になったよ」
「そちらのスライムにとっても、よい一日だったようですね」
「ピー!」
「ピコは、ほとんど食べていただけだけどね」
「ピー?」
◇
屋敷へ戻ると、俺は机の上に二種類の樹皮を並べた。
その隣には、冒険者ギルドから受け取った報酬がある。
ピコは満腹になったのか、寝台の横の籠で丸くなっていた。
大型ウサギを二体も食べたはずなのに、体の大きさはいつもと変わらない。
「やっぱり、どこに入っているんだろう」
「ピー……」
眠そうな返事が返ってくる。
俺は机の引き出しから、現在使われている紙を一枚取り出した。
白く、表面も滑らかで、文字を書いてもにじみにくい。
だが、高価だ。
子どもたちが何度も書き間違えられるような値段ではない。
その紙と、リナ樹の白っぽい内皮を見比べる。
樹皮は余っている。
建築やリバーシの生産が続く限り、これからも出てくる。
だが、樹皮があるだけでは紙にはならない。
まず知るべきなのは、今の紙がどのように作られているのか。
どの工程に時間がかかり、なぜ高くなるのか。
そして、木の樹皮を混ぜた時、どの工程で問題が起きるのか。
「次は、紙工房だね」
「ピー……」
ピコは目を覚ますことなく、小さく鳴いた。
安い紙作りは、森の木を切るところからではない。
今ある紙の作り方を知るところから始めるべきだった。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
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