第402話 紙になる木
新連載はじめました
「元日本最強の探索者、今はダンジョン救助員です」という物語です。
https://ncode.syosetu.com/n8731mn/1から読めますので、ぜひ読んでみて下さい。
俺はピコを地面へ下ろし、改めて未開拓区域の森を見た。
開拓地の近くとはいえ、ここから先には整えられた道がない。
木の根が地面から盛り上がり、低い草や茂みが進む方向を遮っている。
「ピコ。俺から離れないでね」
「ピー!」
ピコは元気よく返事をすると、俺の足元を一度回った。
今度は、返事をした直後に森へ飛び込むことはなかった。
「分かってくれたみたいだね」
「ピー」
俺は依頼書と地図を取り出した。
今回採取するのは、傷薬に使われる薬草だ。
未開拓区域の外縁部に生えていることは確認されているものの、正確な場所までは分かっていない。
周辺にいる魔物。
水場や通れそうな場所。
それらも見つけた範囲で記録する必要がある。
方角を確かめ、地図に描かれた川の位置を目印にして森へ入った。
◇
森の中へ進むと、ピコは俺のすぐ近くを跳ねながらついてきた。
時折立ち止まり、地面に落ちている柔らかそうな葉へ体を伸ばす。
葉が淡い青色の体へ沈み、そのまま見えなくなった。
「ピコ。何でも食べたら駄目だよ」
「ピー」
「食べてから返事をしても遅いんだけど」
「ピー?」
ピコには、叱られている理由が分からないらしい。
少し進むと、低い草の間に、依頼書へ描かれていたものとよく似た葉を見つけた。
俺はその場へしゃがみ込む。
細長い葉の中央に、薄い赤色の筋が入っている。
傷薬に使う薬草の特徴と一致していた。
だが、周囲には形のよく似た別の草も生えている。
「これは……違うな」
葉の裏側を確認する。
薬草の方には細かな毛があるが、こちらにはない。
念のため、《綻びの目》を使った。
≪薬効成分:なし≫
≪摂取時の刺激:あり≫
「やっぱり違うね」
「ピー!」
ピコが、その草へ近づこうとする。
「これは食べたら駄目だよ」
俺はピコを抱き上げ、少し離れた場所へ移した。
それから本物の薬草を確認する。
生えているものをすべて採るのではなく、葉や茎の一部だけを切り取った。
根まで抜けば、次に来た時には残っていない。
採取した薬草を専用の袋へ入れ、生えていた位置を地図へ書き加える。
ピコは俺の作業を見ていたが、やがて近くに落ちていた別の葉を食べ始めた。
「それは食べても大丈夫なの?」
「ピー」
「自信がありそうだね……」
◇
薬草を探しながら、さらに森の奥へ進む。
周囲には、太い木が何本も並んでいた。
人の背丈よりも太い幹。
真っすぐに伸びた木。
途中で枝分かれした木。
風に倒されたまま、苔に覆われている木もある。
これだけの木があれば、住宅や工房を建てるための木材には困らないだろう。
西の森では、今も新しい建物が増え続けている。
住宅。
宿。
食堂。
リバーシ。
それらのため、多くの木が伐られ、製材されている。
俺は木々を見上げながら、西の森の学校で使うことにした木板を思い出した。
子どもたちが文字や計算を学ぶため、課題を書いた木板を用意する。
文字を書く練習にも、繰り返し使える板を使う。
今の紙は高価だ。
十人ほどの小さな学校でも、一人に何枚も渡すことは難しい。
木板なら、書いたものを消して何度でも使える。
だが、消してしまえば、前に何を書いたのかは残らない。
子どもがどこで間違えたのか。
以前より、どれほど書けるようになったのか。
後から確かめることはできない。
西の森だけでなく、領都や南部の村にも学校を広げるなら、さらに多くの教材が必要になる。
学ぶのは子どもだけではない。
夜間学校では大人も学んでいる。
農業でも、試験畑や収穫量の記録を始めた。
倉庫の出入りや、穀物を運ぶためにかかった費用も残していかなければならない。
学ぶ人が増えれば、書くものも増える。
「次は、紙か……」
「ピー?」
近くで葉を食べていたピコが、こちらを向いた。
「みんなが、もっと気軽に字を書くために必要なものだよ」
「ピー」
意味は分かっていないだろう。
ピコは再び葉を食べ始めた。
前世では、紙が木から作られていた。
木を細かく砕き、繊維を取り出して、水の中へ散らす。
それを薄く広げ、乾燥させる。
大まかなことは知っている。
だが、どんな木でも紙になるわけではないはずだ。
どの部分を使うのか。
どうやって繊維をほぐすのか。
どのくらい煮て、どれほど叩くのか。
俺は製紙工場で働いていたわけではない。
知識だけで、すぐに同じものを作れるとは思えなかった。
それでも、最初に使う原料なら思いつく。
住宅やリバーシ工房のために製材される木は、先に樹皮を剥がされる。
使われるのは、主に内側の木材だ。
剥がした樹皮の一部は薪や焚きつけに使われているが、すべてが利用されているとは限らない。
「紙を作るために、新しく木を伐る必要はないのかもしれない」
すでに建築のために伐った木。
そこから出る樹皮を使えばいい。
紙に使えるのが樹皮の内側にある繊維なら、捨てられているものが原料になるかもしれない。
少し先に、風で倒れたらしい木があった。
幹の一部から樹皮が剥がれ、内側が見えている。
俺は地面に落ちていた樹皮を拾った。
表面は硬く、土や苔がついている。
硬い外側を少し剥ぐと、内側には細い繊維が重なるように伸びていた。
指で裂こうとする。
だが、繊維同士が固くつながっており、簡単には分かれない。
《綻びの目》で確認する。
≪樹脂分:多≫
≪繊維の分離:困難≫
≪紙原料としての利用:要検証≫
「この木は難しそうだな」
「ピー?」
「これで紙を作れないか、考えているんだよ」
ピコが樹皮へ体を伸ばした。
「食べ物じゃないよ」
「ピー」
ピコはすぐに興味をなくし、近くの草へ移動した。
別の木も探してみる。
少し離れた場所に、折れた枝と一緒に樹皮が落ちていた。
先ほどのものより薄く、内側が白っぽい。
指で引っ張ると、細長い繊維に分かれた。
こちらも《綻びの目》で確認する。
≪外皮の混入:多≫
≪繊維の損傷:少≫
≪加工方法:未確立≫
すぐ紙になるとは分からない。
だが、先ほどの樹皮より繊維を分けやすい。
樹種によって、性質が違うことは確かだった。
俺は二種類の樹皮を少しずつ採取する。
後でどの木のものか確認できるように、葉の形や幹の特徴も記録した。
薬草とは別の袋へ入れる。
「まずは、製材所にどれだけ樹皮が残っているか確認しないとね」
「ピー」
「紙の作り方も、今の職人に聞いた方がいい」
俺の知識だけで始めるのではなく、現在の製法を知ることが先だ。
そのうえで、学校や記録に使える安価な紙を作れないかを考える。
◇
樹皮を袋へ入れ、再び薬草を探し始める。
しばらく進んだ時、ピコが突然動きを止めた。
「ピー……」
それまで食べていた葉を落とし、俺の足元へ戻ってくる。
「どうしたの?」
森の奥から、枝が折れる音が聞こえた。
俺は腰の剣へ手を伸ばす。
茂みが揺れた。
次の瞬間、大きな影が飛び出してくる。
ウサギだった。
ただし、俺が前世で知っていたものより、はるかに大きい。
体は中型の犬ほどもあり、後ろ脚は太い。
前歯も長く、口元から突き出している。
大型ウサギは地面へ着地すると、すぐにこちらへ向きを変えた。
茂みの奥から、もう一体が姿を見せる。
「二体か」
「ピー!」
ピコが俺の足へ体を寄せた。
「ピコ、後ろにいて」
「ピー」
俺は剣を抜いた。
一体目の大型ウサギが、強い後ろ脚で地面を蹴る。
一瞬で距離を詰め、俺の胸元へ飛びかかってきた。
体を横へずらす。
大型ウサギの前歯が、目の前を通り過ぎる。
すれ違う瞬間、剣を振った。
刃が大型ウサギの脇腹を捉える。
地面へ落ちた大型ウサギは、二度ほど脚を動かした後、動かなくなった。
二体目が横から迫ってくる。
俺は左手を向け、風魔法を放った。
突風を受けた大型ウサギの体が傾く。
地面へ着く前に踏み込み、剣を振り下ろした。
森の中が静かになる。
遠くで鳥が羽ばたく音だけが聞こえた。
「久しぶりだったけど、体は動いたな」
「ピー!」
ピコが俺の足元から出てくる。
「もう大丈夫だよ」
剣についた血を拭い、鞘へ戻す。
今回の依頼は調査と採取だ。
倒した魔物の種類と数、現れた場所も記録しておく必要がある。
俺が地図を取り出そうとすると、ピコが倒れた大型ウサギへ近づいていった。
「ピコ?」
「ピー」
ピコは大型ウサギの体へ触れた。
淡い青色の体が広がり、大型ウサギをゆっくりと包み込んでいく。
「食べるの?」
「ピー!」
止める間もなく、大型ウサギの体がピコの中へ沈んでいった。
透明な体の内側で影が小さくなり、やがて完全に見えなくなる。
ピコの体が、ほんの少し大きく膨らんだ。
「全部食べた……」
「ピー」
満足そうな声だった。
ピコはもう一体の大型ウサギへ向かう。
「まだ食べるの?」
「ピー!」
こちらも同じように、体を広げて包み込んだ。
二体目まで完全に取り込んだ直後だった。
ピコの体が、淡く光った。
青い体の内側に白い光が灯り、呼吸するように明るくなる。
「ピコ?」
「ピー」
光は数秒ほどで弱まり、やがて消えた。
ピコ自身は苦しそうではない。
むしろ、いつもより元気に弾んでいる。
俺はすぐに《綻びの目》を使った。
≪体内魔力:微量・増加≫
≪取込状態:安定≫
≪身体状態:異常なし≫
「魔物を食べて、魔力も取り込んだのか?」
「ピー?」
ピコは体を傾ける。
先日、俺が指先から流した魔力も、ピコは取り込んでいた。
大型ウサギの体内に残っていた魔力まで、食べ物と一緒に吸収したのかもしれない。
ただ、今の確認だけでは断定できない。
「体に悪くはなさそうだけど、食べすぎたら駄目だからね」
「ピー」
ピコは満足そうに俺の足へ体を寄せた。
魔物の素材を持ち帰るつもりだったわけではない。
依頼にも討伐品の提出は含まれていない。
だが、魔物を倒した証拠がなくなってしまった。
「次からは、記録するまで待ってもらわないといけないな」
「ピー?」
「食べる前に教えてってことだよ」
「ピー!」
返事だけは良かった。
◇
その後、必要な量の薬草を採取した。
途中で小さな水場を見つけ、地図へ位置を書き加える。
大型ウサギの足跡も残っていたため、その周辺には複数が生息している可能性があると記録した。
森の奥へ進めば、まだ調べられることはある。
だが、今日は久しぶりの冒険だ。
ピコも連れている。
目的を達成した以上、必要のない危険を冒す理由はなかった。
「そろそろ戻ろうか」
「ピー!」
俺は採取した薬草の袋を確認する。
その隣には、二種類の樹皮を入れた袋がある。
薬草は、依頼を達成するために持ち帰るもの。
樹皮は、領地で新しい試験を始めるためのものだ。
学校を作るだけでは、教育は広がらない。
教師。
教材。
記録。
そして、誰もが失敗を恐れず、何度でも文字を書ける安価な紙。
西の森で建物を増やすために使われている木が、今度は領民の学びを支えるかもしれない。
「この樹皮から紙が作れるといいね」
「ピー!」
ピコは樹皮の袋ではなく、俺の腰につけた食事の袋へ体を伸ばした。
「大型ウサギを二体も食べたよね?」
「ピー?」
ピコは何も食べていないような顔で、もう一度袋へ近づいた。
初めての冒険で分かったことは多い。
森にある薬草。
紙の原料になるかもしれない樹皮。
そして、ピコには思っていた以上に食欲があることだった。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
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