第401話 ピコ、冒険者ギルドへ
新連載はじめました
「元日本最強の探索者、今はダンジョン救助員です」という物語です。
https://ncode.syosetu.com/n8731mn/1から読めますので、ぜひ読んでみて下さい。
夏休みが始まってから、一か月ほどが過ぎた。
南部の村を回り、試験畑を作った。
穀物をどこから買うかを決め、フェルナー子爵領の倉庫まで確認に行った。
ローデン商会、ハーウェイ侯爵との購買契約の話も文官たちが中心となって進んでいる。
西の森では、子どもたちの学校を始める準備も進めている。
どれも領地にとって必要なことだ。
ただ、気づけば領都へ戻ってからも、報告書や帳面に目を通す時間が増えていた。
俺は自室の窓を開け、外の空気を吸い込んだ。
「今日は、少し休もうかな」
「ピー?」
床に置かれた小石を運んでいたピコが、こちらを向いた。
休むといっても、一日中部屋で過ごしたいわけではない。
前世でも、仕事から離れたい時には、普段とは違うことをする方が気分転換になった。
この世界で、俺が仕事を忘れて楽しめるもの。
それなら一つある。
「久しぶりに、冒険者の仕事をしよう」
「ピー!」
ピコが小石をその場へ落とし、勢いよく弾んだ。
「ピコも一緒に行きたい?」
「ピー!」
迷いのない返事だった。
だが、西の森まで馬車で向かえば、それだけでかなり時間がかかる。
転移魔法を使えば早いが、生き物を連れて転移したことはない。
先日、西の森へ行こうとした時には、危険だと考えてピコを置いていった。
しかし、これからもピコと行動するなら、一緒に転移できるかは確かめておきたい。
「まずは、近い場所で試してみようか」
「ピー?」
◇
俺は屋敷の裏庭へ向かった。
使用人もほとんど近づかない、建物の陰になった一角を選ぶ。
周囲に誰もいないことを確認し、壁際の地面へ手を当てた。
そこへ、自分の魔力を流し込む。
遠くから探す必要はないため、リバーシ工房へ残したものほど多くの魔力は必要ない。
それでも、転移先として形が崩れないよう、同じ場所へ丁寧に魔力を重ねた。
印を残した後は、歩いて自室へ戻る。
ピコは、俺が戻ってくるまで籠の中で待っていた。
「今から、裏庭へ移動するよ」
「ピー!」
「俺から離れないでね」
ピコを両腕で抱き上げる。
いつもと同じように、ピコの柔らかい体が腕の中へ収まった。
俺の体にしっかり触れていることを確かめる。
それから目を閉じ、先ほど裏庭へ残した魔力印を探した。
近いこともあり、すぐに見つかる。
「少しだけ我慢してね」
「ピー」
俺はピコを抱く腕へ力を込めた。
魔力印へ意識を集中する。
「よし、行こう」
景色が歪んだ。
一瞬だけ足元の感覚が消える。
次の瞬間、靴の裏に土の感触が戻ってきた。
目を開ける。
目の前には、裏庭の壁がある。
転移は成功していた。
「ピコ、大丈夫?」
「ピー!」
腕の中で、ピコが元気よく弾む。
体が欠けたり、色が変わったりした様子はない。
念のため、《綻びの目》でも確認する。
≪身体状態:異常なし≫
≪体内魔力:安定≫
俺の腕から地面へ下ろすと、何事もなかったように近くの小石へ向かっていった。
「大丈夫そうだね」
「ピー」
今回分かったのは、俺が体に触れていれば、小さなピコを一緒に転移させられるということだけだ。
何人まで連れていけるのか。
大きなものでも可能なのか。
途中で触れている手が離れたらどうなるのか。
分からないことは多い。
それでも、いきなり西の森へ連れていくよりは、一つ確認できた。
「それじゃあ、冒険者ギルドへ行こうか」
「ピー!」
◇
自室へ戻った俺は、冒険に必要な道具を用意した。
薬草を入れる袋。
短い縄。
水。
簡単な食事。
方角を確かめるための道具と、記録用の紙も持っていく。
最後に、少し大きめの肩掛け鞄を用意した。
「ギルドへ着くまでは、この中に入っていてね」
「ピー?」
「急にピコを見たら、みんなが驚くから」
鞄の上は完全には閉じず、ピコが外の空気を吸えるようにしておく。
ピコを入れると、鞄の口から淡い青色の体が少しだけ見えた。
「着くまでは出たら駄目だよ」
「ピー」
本当に分かっているのかは怪しい。
俺は鞄を肩へかけ、屋敷を出た。
領都の冒険者ギルドまでは歩いて向かう。
久しぶりに依頼を受けると思うと、自然と足取りが軽くなった。
◇
冒険者ギルドの扉を開ける。
建物の中では、何人もの冒険者が依頼書を確認していた。
素材を買い取る窓口では、獣の皮や薬草が並べられている。
俺が受付へ向かうと、以前にも対応してくれた女性が顔を上げた。
「お久しぶりですね、リオンさん」
「久しぶり。最近は領地の仕事が多かったからね」
「お名前はよく耳にしております。今日は依頼を受けにいらしたのですか?」
「うん。西の森へ行こうと思っているんだ。
未開拓区域の端で受けられる調査か採取の依頼はある?」
「少々お待ちください」
受付の女性が、手元にある依頼書を確認し始める。
その時、肩にかけていた鞄が動いた。
「ピコ。まだ待って――」
「ピー!」
鞄の口から、ピコが勢いよく飛び出した。
そのまま受付台の上へ着地する。
「え?」
受付の女性が目を見開いた。
近くにいた冒険者の一人が、さらに大きな声を上げる。
「スライムだ!」
「魔物が入り込んでいるぞ!」
椅子に座っていた冒険者たちが、一斉にこちらを向いた。
何人かは反射的に武器へ手を伸ばしている。
俺はすぐにピコを抱き上げた。
「待って。この子は俺の仲間だから」
「仲間?」
「悪いことはしないよ」
「ピー」
ピコは騒がれている理由が分からないまま、俺の腕の中で小さく鳴いた。
受付の女性はしばらくピコを見つめていた。
「リオンさん。このスライムは、あなたの従魔なのですか?」
「従魔?」
聞き慣れない言葉だった。
「魔物と契約を結び、命令に従わせているということでしょうか」
「そんな契約があるの?」
「アルスレイン王国では、ほとんど確認されておりません」
受付の女性は、周囲の冒険者たちにも聞こえるように説明した。
「ただ、他国の冒険者ギルドから届く報告の中にはあります。
魔物と特殊な契約を結び、共に行動している冒険者の記録が」
「冒険者ギルドには、そんな情報も届くんだね」
「各国の支部で、危険な魔物や珍しい能力に関する情報を共有しておりますので」
王国では聞いたこともないことでも、多くの国に支部を持つ冒険者ギルドなら知っているらしい。
受付の女性が、改めてピコへ目を向けた。
「契約を結んだ覚えはございますか?」
「ないよ。ピコとは、南部の村で出会ったんだ」
「では、どのように命令を?」
「命令はしていないよ。話しかけると、ある程度は分かってくれるみたいだけど」
「ピー!」
まるで会話へ加わるように、ピコが鳴いた。
「自分から、リオンさんについてきたということですか?」
「うん。別の場所へ移しても、何度も戻ってきたんだ」
受付の女性は困惑した顔を見せた。
「契約もなく、人間へ自らついていく魔物は、私もほとんど聞いたことがありません」
周囲の冒険者たちも、武器からは手を離したものの、珍しそうにピコを見ている。
なぜ、ピコは俺についてきたのだろう。
人間に追い払われそうになった時、俺が助けたからか。
水で洗い、食べ物を与えたからか。
それとも、俺の魔力を取り込んだことと関係があるのか。
考えてみれば、分からないことばかりだ。
「ピー?」
俺の顔を見上げたピコが、体を傾ける。
「そのことも、いつか調べた方がよさそうだね」
「ピー」
だが、今日はピコの正体を調べに来たわけではない。
久しぶりに冒険者として森を歩くために来たのだ。
「とりあえず、この子は俺から離れないし、人を襲ったこともないよ」
「承知しました。ただ、今後ギルドへお連れになる際には、入口で職員へお伝えください」
「分かった。驚かせてごめん」
「ピー……」
ピコが申し訳なさそうに体を小さくした。
「ピコも、次からは急に鞄から出ないでね」
「ピー」
◇
受付の女性は、改めて依頼書を探してくれた。
「こちらはいかがでしょうか」
差し出されたのは、西の森の未開拓区域外縁部を調べる依頼だった。
指定された地域で、薬草を採取する。
同時に、魔物や大型の獣の痕跡がないかを確認する。
地図に載っていない水場や、通れそうな道を見つけた場合は報告する。
危険な魔物を見つけても、無理に討伐する必要はない。
「ちょうどよさそうだね」
「日帰りできる範囲ですが、未開拓区域に近い場所です。
油断はなさらないでください」
「うん。今日は無理をするつもりはないよ」
受付の女性が、腕の中のピコを見る。
「その子も一緒に連れていかれるのですか?」
「そのつもりだよ。でも、戦わせるつもりはない」
「幼体であっても、魔物であることに変わりはありません。
十分にお気をつけください」
「分かっている」
依頼を受ける手続きを済ませる。
ピコをもう一度、肩掛け鞄の中へ入れた。
「今度こそ、勝手に出たら駄目だよ」
「ピー」
受付の女性や周囲の冒険者たちに見送られ、俺はギルドを出た。
◇
西の森へ転移するところを、誰かに見られるわけにはいかない。
俺は領都の通りを歩き、人通りの少ない区画へ向かった。
使われていない倉庫が並ぶ一角まで来る。
その中でも、周囲の建物から見えにくい倉庫の裏へ回った。
物音はない。
人の気配も感じない。
念のため周囲を確認してから、帰ってくるときのために魔力印を残した。
そして、肩掛け鞄を下ろした。
「ピコ。出ておいで」
「ピー!」
ピコが鞄から飛び出した。
「今度は、さっきより遠くへ転移するよ」
「ピー」
「しっかり俺につかまっていてね」
ピコを抱き上げる。
自室から裏庭への転移には成功した。
だが、領都から西の森までの距離でも同じように転移できるとは限らない。
俺は目を閉じた。
リバーシ工房。
人の出入りがない小部屋。
そこへ残した魔力印を探す。
やがて、遠くに固定された自分の魔力を感じ取った。
腕の中にいるピコからも、俺の魔力が感じられる。
だが、二つの反応は違う。
ピコの魔力は小さく、俺と一緒に動いている。
工房の印は遠くにあり、その場所から動かない。
俺は固定された印だけへ意識を集中した。
「行くよ、ピコ」
「ピー!」
ピコを抱く腕へ力を込める。
景色が歪んだ。
一瞬、体がどこにも触れていないような感覚に包まれる。
次の瞬間、足元へ硬い床の感触が戻った。
目を開ける。
薄暗い小部屋。
壁際の空の棚。
リバーシ工房へ無事に到着していた。
「ピコ、大丈夫?」
「ピー!」
ピコは腕の中で元気よく弾んだ。
領都から西の森まで離れていても、一緒に転移できた。
少なくとも、俺が触れている小さなピコであれば、距離が伸びても問題はないらしい。
「よかった」
「ピー」
俺はピコを鞄へ戻し、周囲の音を確かめてから小部屋を出た。
廊下を歩いていると、板を抱えた職人とすれ違う。
「リオン様?」
職人が驚いたように足を止めた。
「こんにちは」
「いついらしたんですか?」
「ついさっきだよ」
「まったく気づきませんでした」
「作業に集中していたんじゃないかな」
「そうかもしれません」
職人は不思議そうな顔をしながらも、抱えていた板を運ぶため作業場へ戻っていった。
鞄の中から、ピコが小さく鳴く。
「ピー」
「今は静かにしていてね」
◇
リバーシ工房を出た俺は、未開拓区域へ向かって歩き始めた。
温泉街を抜ける。
宿や食堂が並ぶ場所を離れると、建設中の建物や新しく作られた道が見えてくる。
さらに進むと、家の数が減り、道も細くなった。
荷車が通れるよう整えられた道が、途中で途切れている。
その先には、まだ人の手が入っていない森が広がっていた。
木々は高く、枝葉が重なっている。
開拓された場所よりも、森の中は暗い。
依頼の対象になっているのは、この未開拓区域の外縁部だ。
周囲に人がいないことを確認し、俺は肩掛け鞄を地面へ下ろした。
「着いたよ、ピコ」
「ピー!」
鞄の中から、淡い青色の体が勢いよく飛び出した。
初めて見る深い森を前に、ピコが大きく体を伸ばす。
「ここから先は、俺から離れたら駄目だからね」
「ピー!」
返事をした直後、ピコが森へ向かって進み始めた。
俺は慌てて抱き上げる。
「返事をした直後に行かないで」
「ピー?」
腕の中のピコは、なぜ止められたのか分かっていない顔をしている。
目の前には、まだ誰も調べていない森が広がっていた。
久しぶりの冒険者としての仕事。
そして、ピコにとって初めての冒険が始まろうとしていた。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
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