第400話 離れていても届くもの
新連載はじめました
「元日本最強の探索者、今はダンジョン救助員です」という物語です。
https://ncode.syosetu.com/n8731mn/1から読めますので、ぜひ読んでみて下さい。
子どもたちの学校について話し終えた頃には、日が傾き始めていた。
俺はレナードやマルタたちに見送られ、夜間学校を後にした。
教室を開く時間。
子どもごとの課題。
進み具合を残す木札。
準備することは多い。
それでも、まず十人から始める形は決まった。
後はレナードたちに任せ、実際に始まってから問題を確認すればいい。
俺はリバーシ工房へ戻った。
職人たちへ声をかけた後、人目を避けて使われていない小部屋へ入る。
領都の自室には、出発前に転移用の魔力印を残してある。
ここへ来た時と同じように、その印をたどれば戻れるはずだ。
扉を閉め、目を閉じる。
自分の魔力を整え、遠く離れた領都へ意識を伸ばした。
自室。
寝台と机の間。
誰も立たないよう、壁際へ残した魔力印。
しばらく探すと、動かない自分の魔力を感じ取ることができた。
「……あれ?」
固定された魔力印のすぐ近くに、もう一つ小さな反応があった。
同じ、俺の魔力だ。
だが、魔力印とは違い、わずかに動いている。
壁際から少し離れ、また戻る。
小さな範囲を行ったり来たりしていた。
「ピコか?」
朝に確認した、ピコの体内にある魔力。
西の森から領都まで離れているのに、かすかに感じ取ることができる。
ただし、ピコの魔力だけを探していたら、見つけられなかったかもしれない。
強く残した転移用の印があり、そのすぐ近くにいたから気づけたのだろう。
俺は固定された魔力印へ意識を戻した。
ピコの魔力を追うわけにはいかない。
転移先にするのは、あくまで自室へ残した印だ。
「よし、行くか」
景色が歪んだ。
次の瞬間、足の裏に自室の床の感触が戻ってくる。
「ピー!」
目を開けた直後、淡い青色の体が足元へ飛び込んできた。
「ピコ」
「ピー! ピー!」
ピコは何度も弾みながら、俺の靴へ体を押しつけている。
籠の中には、朝に置いた葉が残っていた。
空腹で出てきたわけではなさそうだ。
しかも、ピコがいたのは、転移用の印を残した場所のすぐそばだった。
「俺が帰ってくるのが分かったの?」
「ピー!」
「本当かな……」
俺はピコを抱き上げた。
腕の中へ収まると、ピコは満足そうに丸くなる。
体内にある俺の魔力も、朝より少しだけはっきりと感じられた。
俺が転移のために魔力を動かしたことで、ピコも何かを感じたのだろうか。
それとも、偶然この場所にいただけなのか。
もう一度転移して確かめれば、何か分かるかもしれない。
だが、朝にも決めたばかりだ。
「今日は、これ以上調べないよ」
「ピー?」
「面白そうだからって、何度も試すのは危ないからね」
ピコは意味が分からないまま、俺の腕へ体を沈ませた。
二学期が始まり、学院へ戻ってから安全な確認方法を考えよう。
俺はピコを抱いたまま、部屋の中を見回した。
机の上に、朝にはなかった封書が置かれている。
「何だろう」
「ピー?」
封書の上には、エリアスからの短い書き置きが添えられていた。
『南部の村より、アーロンの最初の報告が届きました。お戻りになりましたら、ご確認ください』
「アーロンからだ」
「ピー!」
自分の名前を呼ばれたわけでもないのに、ピコが元気よく鳴いた。
「最初の報告が届いたみたいだね」
俺は机の前の椅子に座り、ピコを膝へ乗せた。
封を開け、中から数枚の紙を取り出す。
紙の端には、乾いた泥の跡がついていた。
俺が南部の村から戻った翌日、エリアスはアーロンが収穫まで村へ残ることを認めていた。
ただし、条件がある。
領都で担当していた仕事を、ほかの文官へ引き継ぐこと。
一週間ごとに報告を送ること。
試験畑だけでなく、村の仕事も学ぶこと。
費用が発生する取り組みや、新しい仕組みを勝手に始めないこと。
問題が起きた場合は、すぐに領都へ知らせること。
今回届いたのが、最初の定期報告だった。
以前、領都でアーロンが作っていた書類に比べると、文字が少し乱れている。
だが、内容は短く整理されていた。
植え付けから六日目。
四つの区画すべてで、まだ芽は出ていない。
毎朝、同じ時刻に土の湿り気を確認。
三日目に雨が降ったため、その日は水やりを行わなかった。
深く耕した区画では、ほかの区画より雨水が早く土へ染み込んだ。
堆肥を入れた区画では、表面の乾きがやや遅かった。
ただし、ジャガイモの成長にどのような違いが出るかは、現時点では判断できない。
「ちゃんと、まだ分からないと書いてある」
「ピー?」
「悪いことじゃないよ」
小さな違いを見つけても、すぐに成果だと決めつけていない。
村での数日間はアーロンの考え方に影響を与えたらしい。
報告は、試験畑のことだけではなかった。
区画の境を示す杭が、雨で一本傾いたこと。
翌朝、ほかの杭も確認し、すべて深く打ち直したこと。
水やりに使う桶の一つから水が漏れ、村人と一緒に修理したこと。
畑へ向かう前に、家畜の餌やりを手伝ったこと。
水路へ流れ込んだ草を取り除いたこと。
雨が降り出す前に、村人たちが干していた豆を倉庫へ運んだこと。
アーロンは、そのすべてにかかった人数と時間を記していた。
「畑に残ったのに、畑以外の仕事も多いんだね」
農家が一日に行う仕事は、畑を耕すことだけではない。
家畜を世話し、水路を守り、道具を直し、収穫物を運ぶ。
そのどれか一つが滞っても、農業を続けることは難しくなる。
ページをめくると、アーロン自身の考えが書かれていた。
『畑だけを見ていても、農家の負担は分からないと気づきました』
『家畜の世話、水路の管理、道具の修理、収穫物の運搬も、畑を続けるために必要な仕事です』
『畑で作業した時間だけを記録しても、農家が一日にどれだけ働いているかは分かりません』
俺は、その部分をもう一度読んだ。
領都にいた頃のアーロンは、畑へ人や道具を増やすことを真っ先に考えていた。
だが、一つの仕事だけを軽くしても、別の仕事が増えれば、農家全体の負担は減らない。
実際に村へ残ったからこそ、見えてきたことなのだろう。
「まだ数日だけど、残った意味はあったみたいだね」
「ピー」
さらに読み進めると、記録方法についても書かれていた。
最初の二日間は、土の状態や作業内容を細かく書きすぎたため、記録だけで時間がかかった。
そのため、毎日確認する項目と、変化があった時だけ書く項目に分けたらしい。
毎日記録するのは、
土の湿り気。
天気。
水やりの有無。
病気や虫の有無。
作業した人数と時間。
それ以外は、変化が起きた時だけ詳しく残す。
『すべてを書くことが、正しい記録ではありませんでした』
『後から比べるために必要なことを、同じ形で残す方が大切だと考えます』
「報告書が短い理由は、これか」
明日、エリアスだけでなく、ニルスとエルナにも見てもらおう。
ニルスには、土や農作業について助言してもらう。
エルナには、記録項目が多すぎないかを確認してもらう。
ただし、二人からの助言をそのまますべてアーロンへ送れば、今度は記録に追われることになる。
三人の意見を整理し、必要なものだけを伝えるべきだ。
現地へ入り込もうとするアーロン。
農業の知識を持つニルス。
記録を整えることが得意なエルナ。
一人だけを農業担当に選ぶのではなく、それぞれの役割を分ける形が少しずつ見えてきた。
報告書の最後には、本文から少し離れた場所に小さな文字が書かれていた。
『なお、畑から運び出した小石の量については、まだピコに勝てておりません』
思わず笑ってしまった。
「ピー?」
ピコが自分の名前に反応し、膝の上で体を伸ばした。
「アーロンが、まだピコに勝てないって」
「ピー!」
ピコが誇らしげに大きく弾む。
「嬉しそうだね」
「ピー!」
どうやら、自分が褒められていることは分かったらしい。
◇
その夜。
自室の机には、アーロンから届いた泥のついた報告書が置かれていた。
寝台の横では、ピコが籠の中に収まっている。
ピコの中にある魔力が、何を意味するのか。
「ピー」
籠から出てきたピコが、机の脚へ体を伸ばしている。
「これはアーロンからの大事な報告だから、乗ったら駄目だよ」
「ピー?」
「食べ物でも、小石でもないからね」
「ピー」
ピコは諦めたように机から離れ、俺の足元へ戻ってきた。
俺はピコを抱き上げる。
すると、腕の中にある自分の魔力が、ほんの少しだけ強く感じられた。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
少しでも何かを感じて頂けたら評価とブックマークで応援いただけると執筆の励みになります!




