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45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: アカメノコバチ
第17章 王立学院五年 夏休み

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第399話 来られる時間に

新連載はじめました

「元日本最強の探索者、今はダンジョン救助員です」という物語です。

https://ncode.syosetu.com/n8731mn/1から読めますので、ぜひ読んでみて下さい。

 リバーシ工房の小部屋を出る前に、俺は扉へ耳を当てた。


 廊下から人の声は聞こえない。


 そっと扉を開き、誰もいないことを確認してから外へ出る。


 転移魔法を使って西の森へ来たことを、知られるわけにはいかなかった。


 工房の裏口から一度外へ出て、建物の周囲を回って正面へ向かう。


 作業場では、今日も職人たちがリバーシの盤や駒を作っていた。


 俺に気づいた職人たちが手を止めかける。


「そのまま続けて」


 軽く手を上げてから、工房の責任者へ挨拶をした。


「レナードがどこにいるか分かる?」


「この時間でしたら、温泉街の管理所にいると思います」


「ありがとう。行ってみるよ」


 工房を出て、温泉街の中心へ向かう。


 以前よりも歩く人が増えていた。


 宿や食堂の前では荷物が運び込まれ、温泉を利用する客の姿も見える。


 西の森の開拓は、少しずつ進んでいる。


 その中で暮らす子どもたちにも、学ぶ場所を用意したかった。


 管理所へ入ると、レナードは机の上に複数の帳面を広げていた。


 俺の姿に気づき、驚いた顔で立ち上がる。


「リオン様。いつ西の森へいらしたのですか?」


「ついさっきだよ。急に来てごめん」


「いえ。お越しになると分かっていれば、お迎えに上がりましたが……」


「今日は予定を決めずに来たんだ。子どもたちの学校について話を進めたくて」


「夜間学校の建物を、昼間にも使う件ですね」


「うん。建物だけじゃなくて、実際に通える子どもの人数や、教えられる人がいるかも確認したい」


「承知しました。まずは夜間学校をご案内いたします」


「その後で、学校へ通わせたい家庭の話も聞けるかな?」


 レナードは少し考えた。


「これから声をかければ、昼過ぎには何組か集まっていただけると思います」


「急に呼び出すことになるけど、大丈夫?」


「昼間に西の森にいる者だけになりますが、それでもよろしければ」


「それで十分だよ。教えることに興味がある人にも、来てもらえる?」


「夜間学校を終えた者の中に、候補が二人おります。

一人には声をかけられると思います」


「お願い。待っている間に、教室を見せてほしい」


 レナードは近くにいた職員を呼び、親子と教師候補へ声をかけるよう頼んだ。


 それから俺たちは、夜間学校へ向かった。


 ◇


 夜間学校は、温泉街の中心から少し離れた場所にある。


 昼間の教室には誰もいなかった。


 長机と椅子が並び、正面には文字を書くための大きな板が置かれている。


「夜は、どれくらいの人が学んでいるの?」


「日によって違いますが、多い時は二十人ほどです」


「子どもが十人くらいなら、十分使えそうだね」


「はい。ただ、机と椅子は大人に合わせて作られております」


 俺は一つの椅子へ腰を下ろした。


 確かに、小さな子どもが座れば足が床へ届かないだろう。


「最初から全部作り直す必要はないよ。小さい子には、足を置く台を用意しよう」


「木箱のようなものでよろしいでしょうか」


「まずはそれで試してみよう。使いにくかったら、その後で考えればいい」


 新しい学校を始めるからといって、最初から専用の建物や机を揃える必要はない。


 夜間学校で使っているものを生かし、足りないものだけを加える。


 それで始められるなら、その方が早い。


「教えられそうな二人は、昼間にここへ来られるの?」


「一人は、温泉宿で帳面をつけているマルタという女性です。

週に四日ほどなら、昼間も時間を作れるそうです」


「もう一人は?」


「商店で働いている男性です。

毎日は難しいのですが、店が忙しくない時間なら手伝えると聞いております」


「最初から二人とも一日中いる必要はないと思う。

実際に始めて、何人必要なのか確認しよう」


「承知しました」


 建物は使える。


 教える人も、何とか見つかりそうだ。


 しかし、レナードの表情は明るくならなかった。


「ほかに問題がある?」


「子どもたちが、決まった時間に通えるかどうかです」


「家の仕事があるから?」


「はい。宿や食堂を手伝っている子もいれば、家畜の世話や下の子の面倒を見ている子もおります」


「家庭によって、空いている時間が違うんだね」


「同じ家庭でも、その日の仕事によって変わります」


 午前と午後の二つに分ければよいと思っていた。


 だが、それだけでは通えない子もいるらしい。


「まずは、親たちの話を聞いてから考えよう」


「はい」


 親子が集まるまでの間、俺たちは夜間学校で使っている道具を確認した。


 文字の見本が書かれた木板。


 練習に使う石板。


 計算を教えるための小石。


 紙を使わなくても、簡単な読み書きや計算なら教えられそうだ。


 ◇


 昼を過ぎた頃、教室の外から複数の足音が聞こえてきた。


 レナードが声をかけた家庭が集まったらしい。


 教室へ入ってきたのは、六つの家族だった。


 子どもは七人いる。


 小さい子は六歳ほどで、年長の子は十二歳くらいに見えた。


 その後ろには、一人の女性もいた。


「こちらがマルタです。

夜間学校を終え、現在は温泉宿で帳面をつけております」


「マルタと申します」


「急に来てもらってごめん。

子どもたちを教える方法について、一緒に考えてほしいんだ」


「私にできることであれば、お手伝いいたします」


 俺は親子たちへ向き直った。


「急に集まってもらってありがとう」


 親たちは緊張した様子で頭を下げた。


「昼間、この建物を使って、子どもたちが学べるようにしたいと思っているんだ」


 子どもたちの顔が明るくなる。


 しかし、親たちは互いに顔を見合わせた。


「学校へ通わせたくないという人はいる?」


「いえ、そんなことはありません」


 食堂で働いているという女性が答えた。


「息子が字を読めるようになるなら、ぜひ通わせたいです。ただ……」


「何か困ることがある?」


「朝から昼過ぎまでは、店の仕込みと片づけを手伝ってもらっています」


 隣にいた十歳ほどの少年が、申し訳なさそうに下を向いた。


「午前中に授業をすると、来られない?」


「はい。昼を過ぎて店が落ち着けば、来られる日もあります」


 俺は別の親へ尋ねた。


「そちらはどう?」


「うちの娘は、午後に山羊を連れて草地へ行きます。

午前中なら来られますが、午後は難しいです」


 その隣にいた男性も口を開いた。


「うちは荷運びの仕事をしております。

仕事が入る日は、息子にも荷物を見てもらっています」


「仕事が入る日は決まっている?」


「いいえ。前日に分かることもあれば、その日の朝に頼まれることもあります」


「毎週、同じ曜日に学校へ来るのは難しいんだね」


「はい」


 親たちは、学校へ通わせたくないわけではない。


 子どもの手がなければ、家の仕事が回らないのだ。


 午前と午後の二つに分けても、それだけでは足りない。


 家庭ごとに空いている時間が違う。


 同じ家庭でも、日によって仕事が変わる。


「毎日、一日中ここへ来てもらうのは難しそうだね」


 親たちが申し訳なさそうにうなずいた。


 俺は子どもたちへ目を向ける。


「みんなは、ここで勉強してみたい?」


「はい!」


 最年長の少年が真っ先に答えた。


「俺、店に届く紙を読めるようになりたいです」


「私は、自分の名前を書きたい」


 小さな女の子が続く。


「お金の計算を覚えたいです」


 別の子も手を挙げた。


 学びたいと思っている。


 それでも、決められた時刻に全員を集めることはできない。


 俺は、教室に並んだ机を見ながら考えた。


「レナード。昼間、この教室を開けておける時間はどれくらい?」


「朝から夕方までは使えます。

夜の授業が始まる前に片づければ問題ありません」


「マルタは、ずっとここにいられる?」


「宿の帳面を持ち込んでもよろしければ、昼間はこちらで仕事をすることもできます」


「教える必要がない時間は、帳面の仕事をしてもらうということ?」


「はい。宿の主人からも許可をいただけると思います」


 それなら、子どもが来る時間を一つに決める必要はない。


「全員を、同じ時間に集めなくてもいいんじゃないかな」


 レナードが俺を見る。


「授業を始める時刻を、決めないということですか?」


「教室を開ける時間だけ決めるんだ。

子どもたちは、家の仕事が終わった時に来ればいい」


 親たちも、すぐには理解できないようだった。


 食堂の女性が尋ねる。


「昼過ぎから来てもよろしいのですか?」


「うん。店が落ち着いてから来ればいい」


「ですが、午前中に教えたことを、この子は聞けません」


「全員に同じ授業をするのを、やめようと思う」


「同じ授業をしないのですか?」


「一人ずつ、自分ができるところから学べばいいんだ」


 俺は教室の正面にある板へ近づいた。


「文字をまったく知らない子には、最初に線の引き方や簡単な文字を教える。

少し読める子は、短い言葉から始める。

計算ができる子は、その続きへ進む」


 年長の少年が手を挙げた。


「俺と小さい子が、違うことをするんですか?」


「うん。同じ年齢でも、今できることは違うからね」


「俺が字を読めなくて、年下の子が読めたら?」


「読めないところから始めればいい。恥ずかしいことじゃないよ」


 少年は少し迷った後、うなずいた。


「できるようになったら、追いつけますか?」


「追いつくだけじゃなくて、その先にも進めるよ。

ほかの子が終わるのを待つ必要はないから」


 子どもたちの顔に、少しずつ期待が広がっていった。


 ◇


 マルタが教室にある石板へ目を向ける。


「一人ずつ違うことを教えるとなると、私一人で見られるでしょうか」


「最初から全員に付ききりになる必要はないと思う」


「ですが、文字を知らない子は、自分だけでは学べません」


「最初は直接教える必要があるね。

でも、一度やり方を覚えた課題なら、自分で進められるようにするんだ」


 俺は、文字の見本が書かれた木板を手に取った。


「このような板に、練習する文字や計算を書いておくのはどうかな」


「答えは石板に書かせるのですね」


「うん。終わったら消して、次の子が同じ課題を使えるようにする」


 紙へ毎回課題を書いていては、費用がかかりすぎる。


 子どもごとに違う課題を用意するなら、繰り返し使える方がよい。


「課題の板には、番号をつけよう」


「番号ですか?」


「たとえば、文字の一番は線をなぞる。二番は簡単な文字を写す。

三番は自分の名前を書く。それができたら、四番へ進む」


「その子が、どこまで終わったのかは、どのように確認するのでしょう」


 マルタの問いに、俺は少し考えた。


「一人ずつ小さな札を作ろう。名前と、終わった課題の番号を書くんだ」


 レナードがうなずく。


「それなら、前回と違う時間に来ても、続きを確認できます」


「うん。苦手だったところも短く書いておけば、教える人が変わっても分かる」


「文字と計算、両方の課題を作るのですか?」


「最初は、その二つでいいと思う」


「計算は、どこから始めましょう」


「数を数えるところから始めて、足し算と引き算。

それから、銅貨を使った計算や品物の数も入れたい」


 食堂の女性が顔を上げる。


「店の仕事にも使えますね」


「そうなるようにしたいんだ」


 子どもが学校へ来る時間は、家の仕事から離れる時間でもある。


 だからこそ、覚えたことが今の暮らしにも役立つようにする。


 ただ、それだけではない。


「字や計算を覚えれば、今の仕事をもっと上手にできる。

でも、将来、ほかの仕事を選ぶ時にも役立つよ」


「ほかの仕事を……」


 年長の少年が小さく繰り返した。


「今の手伝いが悪いわけじゃない。

でも、大人になった時に、それしか選べないのと、自分で選べるのは違うからね」


 親たちは黙って、子どもたちを見た。


 ◇


「来る時間を自由にすると、まったく来なくなる子もいるのではありませんか?」


 マルタの指摘はもっともだった。


「完全に自由にはしない方がいいね」


 俺は親たちへ向き直った。


「一週間に二回は来ることにしよう。

来る予定の日は、家庭ごとに決めてもらう」


 荷運びをしている男性が困った顔をする。


「仕事によっては、その日に来られないことがあります」


「その時は、別の日に変えればいい。

来られなかったことを学校へ伝えてくれれば大丈夫」


「時刻は決めなくてもよいのでしょうか」


「教室が開いている間なら、いつでもいい。

ただ、一度来たら一時間くらいは学んでもらう」


 食堂の女性が息子を見る。


「それなら、昼の仕事が終わった後に通わせられます」


「うちの娘は午前に来られます」


 別の親も答えた。


 全員を同じ時刻に集めることをやめただけで、通える子どもが増えていく。


「まずは何人ほどで始めますか?」


 レナードが尋ねた。


「十人くらいかな」


「希望する子どもは、もっといると思います」


「最初から増やしすぎると、マルタ一人で対応できるか分からない。

課題の板も、どれだけ必要になるか分からないからね」


「では、最初の十人で試すのですね」


「一か月やってみよう。

それから、実際に何回来られたか、どこまで進んだか、家の仕事にどんな影響があったかを確認する」


「問題がなければ、その後に人数を増やすと」


「うん。うまくいかない時も、学校をやめるんじゃなくて、何が合わなかったのかを調べよう」


 レナードは、親たちとマルタを見渡した。


「皆さんは、いかがでしょうか」


 親たちは顔を見合わせた後、一人ずつうなずいた。


 ◇


 せっかく子どもたちが集まっているので、教室にある道具を使って、簡単に試してみることになった。


 マルタが三人の子どもへ、文字と計算について尋ねる。


 小さな女の子は、まだ自分の名前を書けない。


 食堂を手伝っている少年は、簡単な数を足せる。


 最年長の少年は、品物の名前をいくつか読めるが、文章になると難しいらしい。


 マルタは、夜間学校で使っている木板と小石を三人の前へ置いた。


 女の子には、木板に書かれた簡単な文字を石板へ写してもらう。


 食堂の少年には、小石を銅貨に見立てて、三枚と二枚を合わせた数を考えてもらう。


 年長の少年には、短い言葉が並んだ木板を声に出して読んでもらう。


 教室の中は静かだった。


 同じ机に座っているのに、三人は違うことをしている。


 しばらくすると、食堂の少年が手を挙げた。


「できました」


 マルタが答えを確認する。


「正解です」


「ほかの二人が終わるまで待つんですか?」


「待たなくていいよ」


 俺が答えた。


「できたなら、次へ進もう」


「もう次をやっていいんですか?」


「うん。次は、銅貨五枚から二枚を使ったら、いくつ残るか考えてみよう」


 少年はすぐに小石を並べ始めた。


 隣では、小さな女の子が一つの文字を何度も書き直している。


 だが、誰も急がせない。


 年齢も、来る時間も、進む速さも違っていい。


 大切なのは、昨日より一つでもできることを増やすことだ。


 やがて女の子が、石板を両手で持ち上げた。


「書けました」


 歪んではいるが、そこには確かに一つの文字が書かれていた。


「上手に書けているよ」


 俺がそう言うと、女の子は嬉しそうに笑った。


「次も書いていいですか?」


「もちろん」


 マルタは三人の様子を見ながら、ゆっくりとうなずいた。


「最初に何をするか決めておけば、別々の課題でも見られるかもしれません」


「実際に始めて、難しいところがあれば変えていこう」


「はい。課題の板を作るところから始めます」


「一人で全部作らなくていいよ。


夜間学校で教えている人や、もう一人の候補にも手伝ってもらおう」


「分かりました」


 ◇


 その日のうちに、学校を始めるための準備を進めることになった。


 レナードは、通学を希望する家庭を調べる。


 マルタたちは、文字と計算の課題板を作る。


 親たちは、子どもが週に二回通える日を考える。


 学校が始まるまでに、それぞれの子どもが何を読めて、どこまで計算できるかも確認する。


 今日集まった子どもたちには、名前を書いた小さな木札を渡した。


 まだ自分で書けない子の札は、マルタが書いている。


 これから、終わった課題の番号を、この札へ記録していく。


 食堂の少年が俺へ尋ねた。


「学校が始まったら、いつ来ればいいですか?」


「家の人と相談して、来られる日に来ればいいよ」


「ほかの子と同じ時間じゃなくても?」


「うん。ここへ来たら、自分の続きから始めればいい」


「じゃあ、昼の片づけが早く終わった日に来ます」


「待っているよ」


 少年は木札を大切そうに握りしめた。


 全員が同じ時間に来る必要はない。


 同じ課題を、同じ速さで進める必要もない。


 家の仕事が終わった子から教室へ来て、前回の続きを学ぶ。


 まずは十人。


 一週間に二回から始める。


 西の森の子どもたちの学校は、暮らしの隙間に学ぶ時間を作るところから始まることになった。



最後まで読んでいただきありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
学校というか塾形式ですね 人数が少なければ十分に可能でしょう 家業に家族以外を雇用できる状況が出てくれば子供は学業に移れますが余裕が生まれるにはかなりかかりそう 千里の道も一歩より
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