第398話 ピコの中の魔力
新連載はじめました
「元日本最強の探索者、今はダンジョン救助員です」という物語です。
https://ncode.syosetu.com/n8731mn/1から読めますので、ぜひ読んでみて下さい。
フェルナー子爵領から戻って数日後。
俺は朝食を終えると、自室の机に西の森の報告書を広げた。
確認したいのは、子どもたちの学校についてだった。
通う子どもの人数。
教えられる者がいるか。
家の手伝いと、授業の時間をどう合わせるか。
現地で確認することは多かった。
「今日は西の森へ行こう」
「ピー!」
足元にいたピコが勢いよく弾んだ。
どうやら、自分も一緒に行くつもりらしい。
「ピコはお留守番だよ」
「ピー?」
「今日は馬車じゃなくて、転移魔法を使うんだ」
ピコは首を傾げるように、体を片側へ傾けた。
「一緒に転移して、何かあったら危ないからね」
「ピー……」
ピコの体が、少しだけ平たくなった。
明らかに不満そうだ。
「すぐに戻ってくるから」
俺はピコを抱き上げ、寝台の横に置いた籠へ戻した。
浅い水皿を確かめ、食べられる葉も置いておく。
「ここで待っていてね」
「ピー」
先ほどより小さな声だった。
俺が籠から離れると、ピコもすぐに外へ出てきた。
「……ピコ」
「ピー!」
何度戻しても、ついてくる。
結局、俺は寝台の端へ腰を下ろした。
「転移魔法は、まだ分からないことが多いんだ。
俺一人なら何か起きても対処できるけど、ピコまで一緒だと守れるとは限らない」
言葉が通じているのかは分からない。
それでも、ピコは俺の足へ体を寄せたまま動かなかった。
「帰ってきたら、一緒に庭へ行こう」
「ピー?」
「小石も探していいから」
「ピー!」
今度は元気よく弾んだ。
どうやら、納得してくれたらしい。
俺は立ち上がり、転移の準備を始めた。
◇
西の森へ転移するには、向こうに残した自分の魔力を見つける必要がある。
以前にも、離れた場所へ魔力の印を残したことはあった。
だが、領都まで戻ると、ほとんど感じ取れなくなっていた。
時間が経つうちに散ってしまったのか。
はっきりした原因は、まだ分かっていない。
そこで前回、西の森を訪れた時、リバーシ工房の使われていない小部屋へ新しい印を残しておいた。
人が入る場所では、転移した直後に誰かや荷物とぶつかる危険がある。
そのため、普段は使われていない部屋を選び、部屋の隅へ以前より多くの魔力を重ねた。
もちろん、転移魔法のためだとは誰にも伝えていない。
転移魔法の存在そのものを、むやみに知られるわけにはいかなかった。
俺は目を閉じる。
まず、自分の中にある魔力を静かに整えた。
次に、遠く離れた場所へ意識を伸ばす。
探すのは、俺自身の魔力だ。
西の森。
リバーシ工房の小部屋。
あの場所に残した印を――。
「……ん?」
遠くの印を探すより先に、別の反応があった。
近い。
いや、近いというより、すぐ横だ。
俺は目を開けた。
足元には、ピコがいる。
「ピー?」
ピコが俺を見上げるように、体を伸ばした。
「今のは……」
俺はもう一度、目を閉じた。。
確かに自分の魔力を感じる。
だが、それは西の森の方向ではない。
すぐ近く。
足元からだ。
俺は目を開け、ピコを抱き上げた。
「ピコ。少しだけ、あっちへ行ってくれる?」
部屋の窓際を指す。
「ピー」
床へ下ろすと、ピコは言われたとおり窓の方へ進んだ。
そのまま目を閉じる。
自分の魔力の反応も、窓の方へ動いていた。
「今度は、こっち」
「ピー!」
寝台の横を指すと、ピコが戻ってくる。
魔力の反応も一緒に移動した。
間違いない。
感じている魔力は、部屋に残っているのではない。
ピコの中にある。
「どうしてピコから、俺の魔力を感じるんだ?」
「ピー?」
本人は何も分かっていないらしい。
俺はしゃがみ込み、ピコへ意識を集中した。
視界に文字が浮かぶ。
≪体内魔力:微量≫
≪魔力の性質:リオン・ハルに近似≫
≪外部魔力の取り込み:継続中≫
≪保持状態:安定≫
「俺の魔力を取り込んでいる……?」
ピコは毎日、俺のそばにいる。
抱き上げて運ぶことも多い。
寝る時も、籠は俺の寝台のすぐ横だ。
俺が意識して魔法を使っていない時でも、体からはごくわずかな魔力が漏れているのかもしれない。
それをピコが、少しずつ取り込んでいたのだろうか。
畑で小石を運んだ時、ピコは石を体内へ取り込んでいた。
取り込んだ石を、そのまま別の場所まで運ぶこともできた。
物だけではなく、魔力まで体内に取り込めるのかもしれない。
「少し確かめてみよう」
「ピー!」
ピコは遊んでもらえると思ったのか、嬉しそうに弾んだ。
◇
まず、ピコを部屋の反対側へ移動させた。
俺は扉のそばに立ち、目を閉じる。
距離が離れても、自分の魔力は感じられた。
次にピコを廊下へ出し、俺だけが部屋へ残る。
扉は開けたままだ。
「そこで待っていてね」
「ピー」
ピコは扉の外で止まった。
目を閉じる。
壁一枚を挟んでも、反応は消えていない。
「今度は、少し歩いてみて」
「ピー?」
ピコは意味が分からなかったのか、その場で一度弾んだ。
俺が廊下の先を指すと、ようやく進み始める。
魔力の反応も、少しずつ遠ざかった。
通常の転移印は、その場所に残る。
移動することはない。
だが、ピコの中にある俺の魔力は、ピコと一緒に動いている。
同じ俺の魔力でも、転移用の印とは性質が違うようだ。
「戻っておいで」
「ピー!」
ピコは勢いよく戻ってきて、そのまま俺の足へぶつかった。
「近い、近い」
抱き上げると、ピコは腕の中で満足そうに丸くなった。
次は、魔力が表面についているだけではないかを確かめる。
ピコを水皿へ入れ、体を軽く洗った。
「ピー!」
水が好きなピコは、何度も体を膨らませる。
水から出した後、もう一度魔力を探した。
反応は消えていない。
表面に付着しているだけではなさそうだ。
俺は指先へ、ごく少量の魔力を集めた。
「ピコ。少しだけ触ってみる?」
「ピー?」
「食べ物じゃないからね」
そう言いながら指を近づける。
ピコが体を伸ばし、指先へ触れた。
その瞬間、集めていた魔力が指先から消えた。
「え?」
ピコの淡い青色の体が、一瞬だけ白く光った。
「ピー!」
驚いた様子はない。
むしろ、いつもより元気よく弾んでいる。
もう一度、《綻びの目》を使った。
≪体内魔力:微量・増加≫
≪外部魔力の取り込み:確認≫
≪保持状態:安定≫
「やっぱり、魔力を吸収できるんだ」
偶然、俺の魔力が付着していたわけではない。
ピコ自身が、触れた魔力を体内へ取り込んでいる。
俺はピコの体へ手を当てた。
魔力を吸い取られている感覚はない。
先ほど意識して集めた魔力だけが、取り込まれた。
普段も、俺の体から自然に漏れる程度の魔力を少しずつ吸収しているのだろう。
量はごくわずかだ。
今のところ、俺の体調へ影響するほどではない。
「でも、これ以上はやめておこう」
「ピー?」
「何が起きるか分からないからね」
魔力を蓄えすぎた時、ピコにどんな変化が起きるのか分からない。
体が大きくなるのか。
新しい能力を得るのか。
あるいは、体内で魔力を保持できなくなるのか。
ここで試し続けるのは危険だった。
◇
俺は改めて、西の森に残した印を探した。
近くにあるピコの魔力を意識から外し、その向こうへ感覚を伸ばす。
遠く離れた場所に、今度ははっきりとした反応があった。
動かず、形も崩れていない。
リバーシ工房の小部屋へ残した魔力印だ。
ピコの中の魔力とは、まるで違う。
工房の印は、場所に固定されている。
一方、ピコの魔力は小さく、形も定まっていない。
今の状態では、転移先として使うべきではないだろう。
そもそも、生き物の体内にある魔力を目印に転移した場合、何が起きるか分からない。
転移先が動けば、到着する場所も定まらない。
「これは学院へ戻ってから、きちんと確認した方がいいな」
「ピー」
「ピコのことだよ」
「ピー?」
やはり分かっていないらしい。
二学期が始まったら、研究所で相談しよう。
ただし、ピコへ俺の魔力が宿っていることを、誰にどこまで話すかは慎重に考えなければならない。
珍しい魔物だと分かれば、研究のために預けてほしいと言われる可能性もある。
ピコを危険な実験へ使わせるつもりはなかった。
まずは、安全に調べられる方法を考えるべきだ。
俺はピコを籠へ戻した。
「それじゃあ、今度こそお留守番だよ」
「ピー……」
「西の森へ行って、学校の話をしてくるだけだから」
「ピー」
「すぐに戻るよ」
ピコは籠の中から、じっとこちらを見ている。
俺は水皿と葉をもう一度確認した。
それから部屋の中央へ立ち、目を閉じる。
足元の小さな魔力を避ける。
その向こうにある、遠くの印へ意識を伸ばす。
西の森。
リバーシ工房。
誰も使っていない小部屋。
自分が残した魔力を、はっきりと捉える。
術式を組み、印を目指して魔力を流した。
景色が一瞬だけ歪む。
足元の感覚が消え、次の瞬間には、硬い床の感触が戻ってきた。
目を開ける。
薄暗い小部屋の壁。
積まれていない空の棚。
閉じられた扉。
転移は成功していた。
俺は小さく息を吐いた。
前に残した印は、領都から感じることすらできなかった。
だが、今回の印は、転移先として十分に使えた。
「まずは、学校の話を進めよう」
扉へ向かいながら、足元へ目を落としかける。
そこにピコはいない。
いつもついてくる小さな気配がないだけで、部屋が妙に静かに感じられた。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
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