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45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: アカメノコバチ
第17章 王立学院五年 夏休み

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第397話 安い小麦を買う条件

新連載はじめました

「元日本最強の探索者、今はダンジョン救助員です」という物語です。

https://ncode.syosetu.com/n8731mn/1から読めますので、ぜひ読んでみて下さい。

 小麦の購入方針を決めてから二日後。


 俺たちは、朝早くハル領の領都を出発した。


 目的地は、フェルナー子爵領にある穀物の集積地だ。


 領都から馬車で一日ほどの距離にある。


 馬車には、俺と農業担当候補のニルス、エルナが乗っていた。


 護衛のディルクとテオは馬で同行している。


 俺の膝の上には、ピコもいた。


「ピー」


 窓の外に畑が見えるたび、ピコが体を伸ばす。


「畑へ行きたいのかな」


「小石を探しているのではありませんか?」


 エルナが真面目な顔で答えた。


「それなら、アーロンのいる畑の方が喜びそうだね」


「ピー!」


 ピコが勢いよく弾んだ。


 否定しているのか、同意しているのかは分からなかった。


 今回、ニルスには小麦の状態を確認してもらう。


 エルナには、確認した内容を記録してもらう予定だ。


 俺が毎回、購入先の倉庫まで来るわけにはいかない。


 今回の確認を、次からほかの者でも行える形にする必要があった。


 ◇


 夜、フェルナー子爵領へ到着した。


 まず向かったのは、穀物の集積地ではなく、その近くにあるフェルナー子爵家の屋敷だった。


 倉庫を確認したいと事前に伝え、フェルナー子爵家から許可はもらっている。


 それでも、他領の倉庫を見せてもらう以上、先に挨拶をするべきだった。


 屋敷では、家令と穀物管理を担当する文官が俺たちを迎えてくれた。


「リオン・ハルです。このたびは、倉庫の確認をお許しいただき、ありがとうございます」


「こちらこそ、遠いところをお越しいただき感謝いたします」


 穀物担当の文官が一歩前へ出た。


「オットー・ベルガーと申します。明日は私が倉庫をご案内いたします」


「よろしくお願いします。送っていただいた見本も確認しました」


「状態はいかがでしたでしょうか」


「倉庫によって違いはありましたが、購入を検討できる小麦だと思いました。

品質の差についても、書状に正直に記していただいていたので、安心して確認に来ることができました」


 オットーの表情が少し和らいだ。


「ありがとうございます。四つの倉庫をご覧いただけるよう、準備しております」


「お手数をおかけします」


 その日はフェルナー家が用意してくれた宿泊所で休み、翌朝から倉庫を確認することになった。


 ◇


 翌朝。


 オットーの案内で、俺たちは最初の倉庫へ向かった。


「まずは、見本の中で最も状態のよかった小麦を保管している倉庫です」


 倉庫の中へ入る。


 小麦袋は、木で組んだ台の上に積まれていた。


 床へ直接触れておらず、壁との間にも隙間がある。


 窓と通気口も開けられ、空気がこもらないようにされていた。


「きれいに管理されていますね」


「ありがとうございます。この倉庫には、長く保管する予定の小麦を中心に置いております」


 俺はニルスを見る。


「確認してもらってもいい?」


「はい」


 オットーが倉庫番へ合図し、一つの袋が開けられた。


 ニルスは小麦を手に取り、匂いを嗅ぐ。


 粒を指先で押し、硬さも確かめた。


「よく乾いています」


「長く保管できそう?」


「はい。粒の大きさには多少の差がありますが、食用にも備蓄用にも問題ありません」


 オットーが尋ねる。


「ほかの領の小麦と比べると、いかがでしょうか」


「粒の揃い方では、さらによい小麦もあります」


 ニルスは正直に答えた。


「ですが、こちらも十分によい状態です。

保管方法にも問題はないと思います」


「それを聞いて安心いたしました」


 俺もうなずいた。


「この倉庫の小麦なら、安心して購入できそうです」


「では、こちらから必要量をご用意いたしましょうか」


「ぜひ、購入候補に入れさせてください」


 俺はそう答えてから、倉庫の奥へ目を向けた。


「そのうえで、ほかの倉庫も見せていただけますか?」


「もちろんでございます」


「ありがとうございます。それぞれの小麦が、どのような用途に向いているのかも確認したいんです」


「用途、でございますか?」


「長く保管できる小麦と、早めに使った方がよい小麦では、ハル領へ運んだ後の扱いが変わりますから」


 オットーは納得したようにうなずいた。


 ◇


 次の倉庫へ移る前に、エルナが積まれた袋を見上げた。


「確認のために、すべての袋を開けるのでしょうか」


「この数を全部?」


「はい。確実に確認するなら、その方がよいのかと思いまして」


「どれくらいかかりそう?」


 エルナは倉庫内を見回した。


「この倉庫だけでも、数日は必要です」


「通常は、どのように確認されているのですか?」


 俺はオットーに尋ねた。


「村と収穫された年、運び込まれた時期ごとに袋を分け、その中から何袋かを開けております」


「全部は開けないのですね」


「はい。同じ時期に同じ場所から運び込まれた小麦であれば、状態もおおむね同じですから」


 ニルスもうなずく。


「その方法でよいと思います」


「では、フェルナー領で行っている方法を教えていただきながら、確認させてもらえますか?」


「承知いたしました」


 俺たちは、オットーと倉庫番の説明を聞きながら袋を選んだ。


 入口の近くにある袋だけではなく、奥や壁際の袋も確認する。


「こちらの袋も開けてよろしいでしょうか」


 俺が壁際の袋を指すと、オットーが答えた。


「もちろんです。何か気になる点がございますか?」


「同じ倉庫でも、置かれた場所によって違いがあるのか知っておきたいんです」


「下に積まれた袋や壁際の袋は、湿気の影響を受けやすいことがあります」


 ニルスが補足する。


 オットーはすぐに倉庫番へ指示した。


「では、上段と下段、壁際からも選びましょう」


 売る側が選んだ袋だけを見るのではない。


 だからといって、相手が何かを隠していると疑うわけでもない。


 お互いに袋を選び、一緒に状態を確認する。


 その方が、後で問題が起きた時にも話が食い違いにくい。


「何を確認すればいい?」


 俺が尋ねると、ニルスが小麦を手のひらへ載せた。


「まずは匂いです。湿気やカビが強ければ分かります」


「ほかには?」


「粒の硬さと色。虫食い、砕けた粒、石や土などが混じっていないかも見ます」


「六つですね」


 エルナが書き留めていく。


「匂い、湿り気、硬さ、変色、虫食い、異物」


「それなら、確認する者が変わっても使えそうだね」


「判断の目安も記録します」


 エルナは、ニルスが何を見て判断したのかまで書き始めた。


 ◇


 二つ目の倉庫は、外から見ると一つ目と大きな差がなかった。


 だが、中へ入ると空気が少し湿っている。


 一部の袋は木の台ではなく、床へ直接置かれていた。


 壁の近くまで積まれている袋もある。


 視界に文字が浮かんだ。


 ≪床面からの湿気:一部進行≫

 ≪保管位置による品質差:あり≫

 ≪長期保管時の損失:増加の可能性≫


 俺はすぐに口を出さず、オットーへ尋ねた。


「この倉庫の小麦は、どれくらいの期間保管する予定ですか?」


「一部は次の冬まで置く予定です。

ですが、早く売れるのであれば、先に出したいと考えております」


「ニルス。保管する期間によって、使い方を分けた方がいいかな?」


「はい」


 ニルスは、上に積まれた袋から小麦を取った。


「こちらは、よく乾いています。長く保管しても問題ないでしょう」


 次に、床に近い袋を開ける。


 小麦を握り、先ほどと同じように確認する。


「こちらは、少し湿り気があります」


「食べることはできる?」


「今の状態なら問題ありません。ただ、長く置くのは避けた方がよいでしょう」


 オットーが尋ねる。


「すぐに製粉するのであれば、使えるということでしょうか」


「はい。早めに使うことを前提にすれば、購入できる状態です」


 俺はエルナを見る。


「分けて記録してくれる?」


「長期保管用と、早期消費用ですね」


「それから、今の状態では買えないものも別にしよう」


「三つに分けます」


 小麦を、単純に良いか悪いかだけで判断する必要はない。


 長く保管できなくても、早めに使えば問題のないものはある。


 ただし、その場合は保管場所と消費する順番を管理しなければならない。


 ◇


 三つ目の倉庫には、粒の大きさが不揃いな小麦が多かった。


 だが、乾燥状態はよく、虫食いもほとんどない。


「見た目は揃っていませんが、品質には問題ありません」


 ニルスの説明に、オットーが胸をなで下ろした。


 四つ目の倉庫では、一部の袋から強い湿気が感じられた。


 虫食いのある粒も見つかる。


 オットーは、その結果をごまかそうとはしなかった。


「この倉庫は、屋根を修繕する予定になっております。

雨が続いた時期に、湿気が入り込んだ可能性があります」


「修繕の予定があるんですね」


「はい。ただ、小麦の状態を正確に確認できていたわけではありません」


 ニルスが、虫食いのある粒を分ける。


「すべてが使えないわけではありません。

ですが、今のままでは購入しない方がよい袋もあります」


「承知いたしました」


 オットーは険しい表情を見せたが、反論はしなかった。


 昼を大きく過ぎた頃、四つの倉庫の確認が終わった。


 エルナが記録板を見ながら、結果を読み上げる。


「今回確認した購入候補のうち、長期保管できるものが、およそ半分です」


「早めに使えば問題のないものは?」


「三割ほどです」


「残りは?」


「湿気か虫食いが強く、今の状態では購入しない方がよいものです」


 オットーが慎重に尋ねる。


「ハル家が当家から購入を予定されている量は、揃えられそうでしょうか」


「はい」


 俺は答えた。


「購入を予定していた量は確保できます」


「ありがとうございます」


「そのうえで、価格について一つ相談があります」


 オットーの表情が引き締まった。


「お聞かせください」


「長期保管できる小麦は、書状で提示していただいた価格で購入したいと思います」


「承知いたしました」


「早めに使う必要のある小麦については、それより少し低い価格で相談させていただけないでしょうか」


「理由を伺ってもよろしいでしょうか」


「ハル領へ届いた後、長期保管用とは分け、先に製粉する必要があります。

消費が遅れた場合の損失も、こちらが負うことになります」


「その管理と危険を、価格に反映したいということですか」


「はい。ただ、それだけではフェルナー家に値下げだけをお願いすることになります」


 俺は続けた。


「その代わり、購入する袋と価格が決まり次第、代金はすべて金貨で一括払いします」


「全額を、でございますか?」


「はい。運び出しの日まで支払いを待っていただくことはありません。

購入する袋を確定し、双方で数量を確認した後、すぐに全額をお支払いします」


 オットーは黙って考えた。


 書状では、契約時に代金の一部を先に支払うよう求められていた。


 フェルナー家としては、小麦を早く現金に換えたい事情があるのかもしれない。


 だが、それをこちらから口にする必要はない。


「早期消費用の価格を下げる代わりに、代金をすぐに全額受け取れるということですね」


「はい。こちらだけが有利になる条件にはしたくありません」


「長期保管用の小麦についても、同じく全額を一括で?」


「もちろんです」


 オットーは、エルナがまとめた数量へ目を落とした。


「価格については、フェルナー家へ戻って計算する必要があります」


「分かっています。こちらから一方的に金額を決めるつもりはありません。

双方が納得できる価格を相談させてください」


「承知いたしました。現金での一括払いを条件に、どこまで価格を調整できるか確認いたします」


「ありがとうございます」


「湿気や虫食いの強い小麦については、今回は難しいでしょうか」


「今の状態では購入できません」


 俺は曖昧にせず答えた。


「ただ、乾燥と選別を行い、状態が改善した場合は、改めて確認させてください」


「再び購入候補にできるのですね」


「はい。最初から今後も買わないと決めるつもりはありません」


 オットーの表情がわずかに明るくなった。


 ◇


 購入する小麦については、実際に確認した袋から少量ずつ見本を取らせてもらった。


 オットーが小袋を見る。


「先日お送りした見本とは、別に保管されるのですか?」


「はい。こちらは、今日確認した購入予定の小麦から取ったものです」


「どのようにお使いになるのでしょう」


「ハル領へ届いた時の小麦と比べます」


「出発した時と、到着した時の状態を比べるのですか?」


「はい。輸送中に雨を受けたり、袋が破れたりするかもしれません」


 出発前の見本と同じ状態なら、問題なく運べたと判断できる。


 違いがあれば、どこかで湿気や損傷が生じた可能性がある。


 小袋には、倉庫名、収穫年、確認した日、用途、確認した者の名を書いた札をつける。


 エルナは、それぞれに番号も振った。


「購入する袋にも、同じ番号をつけます」


「必要かな?」


「代金を先に全額支払うのであれば、購入した袋を明確にしておく必要があります」


 エルナは、オットーへ確認するように目を向けた。


「ハル家とフェルナー家、双方の印をつけるのはいかがでしょうか」


「二つの印をつけるのですか?」


「はい。袋の番号と数量も、双方で同じ記録を残します。

そうすれば、運び出す日まで別の小麦と混ざることもありません」


 オットーがうなずく。


「それがよいでしょう。支払いを受けた袋だと、倉庫番にも分かります」


「では、その方法でお願いします」


 記録について考える時のエルナは、判断が早い。


 自分が得意な仕事が、少しずつ分かってきたのかもしれない。


 オットーが、床に直接置かれている袋を見る。


「今回、購入を見送られる袋を減らすには、どのようにすればよいでしょうか」


 俺はニルスへ目を向けた。


「俺より、ニルスに聞いた方がいいと思います」


 ニルスは少し驚いた後、倉庫の床を確認した。


「袋を床や壁から離すだけでも、湿気は減るでしょう」


「すべての倉庫へ木の台を入れるとなると、費用が必要です」


「はい。ですから、すぐにすべて変える必要はないと思います」


 ニルスは慎重に答える。


「まず一つの倉庫で試し、傷む袋がどれだけ減るかを確認してはいかがでしょうか」


 オットーが俺を見る。


「ハル家としては、改善された倉庫の小麦を優先して購入されますか?」


「品質と条件が合えば、購入候補は増えると思います」


「なるほど」


「ただ、費用に見合うかどうかは、フェルナー家で判断されることです」


「もちろんです。ですが、購入する側の意見は参考になります」


 オットーはエルナの記録を見ながらうなずいた。


「こちらでも、今回の結果を整理してみます」


 ◇


 翌朝。


 俺たちはフェルナー子爵領を出発した。


 帰りの馬車の中で、エルナがまとめた記録表を見せてくる。


 倉庫名。


 村と収穫年。


 積まれていた位置。


 確認した袋数。


 長期保管用。


 早期消費用。


 購入を見送ったもの。


 確認に使った人数と時間。


 保存した見本の番号。


 購入する袋につける印。


「項目が多すぎるでしょうか」


「最初はこれでいいと思う」


「次に別の者が確認する時にも、同じ順番で使えるようにまとめます」


「お願い。実際に使わなかった項目は、その時に減らそう」


「はい」


 エルナは記録板へ視線を戻した。


 俺はニルスへ尋ねる。


「フェルナー領の小麦は、本当に安かった?」


「小麦だけなら安いです」


「小麦だけなら?」


「確認する者の賃金と時間、用途を分けて保管する手間まで加えれば、書状に書かれていたほどの差はありません」


「それでも、買う価値はある?」


「あります」


 ニルスは迷わず答えた。


「状態を見分け、買う小麦を選べる者がいるのであれば」


 エルナが顔を上げる。


「次回は、今回より少ない人数と時間で確認できると思います」


「確認する方法が決まったから?」


「はい。それに、フェルナー領側も村や収穫年ごとに分けてくだされば、もっと早く確認できます」


「それなら、次は今回より本当に安く買えるかもしれないね」


「ピー」


 俺の膝の上で、ピコが小さく鳴いた。


 フェルナー領の小麦は、確かに安かった。


 だが、それは品質の悪い小麦を押しつけているからではない。


 粒や保管状態に違いがあることを隠さず、確認する機会も与えてくれた。


 ハル領は、品質を見分け、用途を分けて管理する。


 フェルナー家は、その分だけ価格を下げる代わりに、代金をすぐに全額受け取る。


 どちらか一方だけが得をする条件ではない。


 予定していた二割分は確保できた。


 そして俺たちは、小麦だけでなく、次の取引にも使える確認方法を持ち帰ることになった。



最後まで読んでいただきありがとうございます。

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