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45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: アカメノコバチ
第17章 王立学院五年 夏休み

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第395話 畑に残る文官

新連載はじめました

「元日本最強の探索者、今はダンジョン救助員です」という物語です。

https://ncode.syosetu.com/n8731mn/1から読めますので、ぜひ読んでみて下さい。

マリウスとの話を終え、村長宅の外へ出ると、日はすでに西へ傾き始めていた。


 今日中に領都へ戻るなら、そろそろ出発した方がよい。


 ディルクとテオは馬の状態を確認し、御者も馬車へ荷物を積み始めている。


 マリウスも、村長へ礼を告げていた。


「それではリオン様。先ほどの条件を加えた見積書は、改めてお届けいたします」


「うん。今日はわざわざ村まで来てくれて、ありがとう」


「重要なお話ですので、この程度の距離でしたら問題ございません」


 マリウスはそう答えると、自分の馬車へ向かった。


 俺も、二日間泊めてもらった村長へ頭を下げる。


「急に泊まることになったのに、ありがとうございました」


「とんでもございません。

リオン様にお泊まりいただけたことは、村にとって光栄なことでございます」


「食事もおいしかったです。

ただ、ピコが水を飛ばしてしまって、すみませんでした」


「ピー!」


 俺の足元で、ピコが元気よく弾む。


 村長は笑いながら首を横へ振った。


「床は拭けば済みます。それより、ずいぶん賢いスライムなのですな」


「小石を運ぶ仕事は、もう覚えたみたいです」


「ピー!」


 今日も働いたと主張するように、ピコの体が大きく膨らんだ。


 俺はそのまま馬車へ向かおうとした。


 だが、アーロンがついてこない。


 振り返ると、少し離れた場所で、試験畑の方角を見ていた。


 手には、二日間使い続けた記録板を持っている。


「アーロン。そろそろ戻るよ」


「リオン様」


 アーロンは俺の方へ向き直った。


「少し、お時間をいただけますか」


「どうしたの?」


 アーロンはすぐには答えず、再び畑の方へ目を向けた。


「先ほど、村の方と今後の管理について話しておりました」


 四つの区画へ芋を植えたことで、試験の準備は終わった。


 だが、本当の試験はこれからだ。


 芽が出るまでに何日かかったのか。


 葉の育ち方に違いがあるのか。


 雨が降った日や、水を与えた回数。


 草取りにかかった時間。


 病気や害虫が発生したか。


 そして収穫時には、芋の数、大きさ、重さを比べなければならない。


「村の方々も記録には協力してくださいます。

しかし、ご自分の畑や家畜の世話があります」


 アーロンが話していると、試験に協力してくれた年配の農民が近づいてきた。


「できる限りは見ます。ただ、毎日同じ時刻に畑を確認できるとは限りません」


「雨が降りそうなら、ご自分の畑を優先しますよね」


「はい。それに、家畜が病気になれば、そちらへ行かなければなりません」


 農民たちに試験を押しつけるわけにはいかない。


 この試験は、南部の農業を立て直す方法を探すために、ハル家が始めたものだ。


 記録のために農民の普段の仕事が遅れてしまえば、意味がなかった。


「だから、定期的にアーロンに来てもらうつもりだよ」


「それでは足りないと思います」


 アーロンは、はっきりと言った。


「足りない?」


「私は昨日まで、作業人数と時間を記録すれば、農業の状態を把握できると考えていました」


 だが、実際に畑へ入ると、必要な情報はそれだけではなかった。


 同じ一人でも、経験のある農民と、農業を知らないアーロンでは作業量が違う。


 土の硬さや、土の中にある石の数によっても、必要な時間は変わる。


 村に荷車が二台あっても、二台とも自由に使えるとは限らない。


 堆肥置き場から畑までの距離が遠ければ、運搬にかかる手間も増える。


「二日間鍬を持っただけでは、農業を知ったことにはなりません」


「それはそうだね」


「畑を訪ねた時だけ話を聞き、領都へ戻って書類を作る。

それではまた現場に合わない予定を立てると思います」


 アーロンは記録板を胸の前で抱えた。


「この試験を、私に最後まで担当させていただけませんか」


「そのつもりだよ。だから、この村へ何度も来ることになると話したよね」


「そうではありません」


 アーロンは小さく息を吸った。


「しばらく、この村で働かせてください」


「ここに残るの?」


「はい」


「どのくらい?」


「少なくとも、この芋を収穫するまでは」


 芋を収穫できるようになるまでには、三か月ほどかかる。


 数日や十日ではない。


「三か月くらいかかると思うよ」


「承知しております」


「その間、領都にはほとんど戻れないかもしれない」


「それでも構いません」


 返事に迷いはなかった。


 昨日、農業担当の候補として話をした時、アーロンは俺の近くで働きたいと答えた。


 俺が関わる仕事で実績を作り、早く上の役目へ進みたい。


 それが彼の本音だった。


「ここに残ったら、俺のそばでは働けないよ」


「はい」


「領都にいる人の方が、目立つ仕事を任されるかもしれない」


 アーロンは少し黙った。


 出世を望んでいる彼にとって、そこは簡単に無視できることではない。


 それでも、顔を上げて俺を見る。


「リオン様の近くにいるだけでは、実績にはなりません」


「そうだね」


「この試験を最後まで続け、農業について学び、南部で使える仕組みを作ることができれば、それは私の実績になります」


「出世したい気持ちは変わっていないんだね」


「変わっておりません」


 アーロンは即答した。


「ですが、先に役に立てるようにならなければ、上の役目を与えていただくことはできないでしょう」


 昨日までのアーロンなら、俺の近くにいることを優先したかもしれない。


 だが今は、自分に農業の知識がないことを認め、その不足を埋めようとしている。


「試験区画の記録だけをするつもり?」


「いいえ」


 アーロンは近くに立つ農民へ視線を向けた。


「可能であれば、この村の方々と一緒に働かせていただきたいです」


「うちの仕事をか?」


「はい。家畜の世話や、水路の確認、草取り、道具の手入れも教えてください」


 農民は驚いた様子でアーロンを見た。


「文官様が、うちで働くのですか?」


「まだ農業担当の文官ではありません。候補です」


「客人として来られるのでしたら、できる限りのお世話はいたしますが……」


「客人として扱っていただく必要はありません」


 アーロンは、自分の手に巻いた布へ目を落とした。


「農業を学びたいのです。

働かずに見ているだけでは、昨日までの私と変わりません」


 農民はしばらく考えていた。


「うちには、息子が使っていた小さな部屋があります。

息子は今、領都で働いておりますので、空いてはいます」


「使わせていただけますか?」


「ただし、立派な部屋ではありません」


「雨風を防げれば十分です」


「朝は日の出より前に起きます。

家畜へ餌をやり、畑へ出る前に水路も見ます」


「教えてください」


「手にまめができた程度で休んでもらっては困りますぞ」


 アーロンは自分の手を見た後、うなずいた。


「承知しました」


 農民の方が、少し困った顔をした。


「本当に分かっておられるのかは、明日の朝になれば分かるでしょうな」


 その言葉に、近くで聞いていたテオが小さく笑った。


「アーロンなら、朝起きられない可能性があります」


「起きられます」


「今日も私より後でした」


「テオは護衛ですから、早く起きて当然でしょう」


「農家も早いそうですが」


 アーロンが言葉に詰まる。


 俺は二人の間へ入った。


「明日の朝、確認してもらえばいいよ」


「必ず起きます」


 アーロンは農民へ向かって、もう一度頭を下げた。


 だが、アーロンが希望したからといって、俺だけで三か月の滞在を決めることはできない。


 アーロンには、領都で担当していた仕事がある。


 領都の支出記録や、各部署から提出される報告書の整理を、途中で放り出すわけにはいかない。


「エリアスに相談する必要があるね」


「はい」


「今の仕事を誰かへ引き継ぐ必要もある」


「必要な内容はまとめてあります。

ですが、すぐに三か月離れることまでは想定しておりませんでした」


「領都へ戻ったら、俺からエリアスに直接話すよ。

ただし、許可が下りるまでは正式な決定ではないからね」


「承知しております」


「今日はこのまま村に残ってもいいと思う。

試験区画の確認を手伝いながら、返事を待っていて」


「ありがとうございます」


「許可が下りなければ、領都へ戻ってもらうことになるよ」


「その場合は従います」


 アーロンの滞在が認められれば、着替えや筆記具、必要な資料を領都から送る。


 今の仕事を誰へ引き継ぐのかも、エリアスと相談しなければならない。


 また、農家へ宿泊費や食費の負担を押しつけるわけにはいかない。


その支払いについても決める必要がある。


「正式な返事は、明後日には届けられると思う」


「それまでは、村の方々のお仕事を手伝わせていただきます」


 アーロンが答えると、部屋を貸すと申し出た農民が苦笑した。


「では、明日の朝から働いてもらいましょう。

許可が下りる前に、嫌になってしまうかもしれませんぞ」


「そのようなことはありません」


「それも、明日の朝になれば分かりますな」


 アーロンは真剣な顔でうなずいた。


 ◇


 今度こそ、俺たちは領都へ戻ることになった。


 ディルクとテオが馬へ乗り、俺はピコを抱えて馬車へ入る。


 アーロンは村の入口まで見送りに来ていた。


 肩から鞄を下げ、片手には記録板を持っている。


 農民から借りた鍬も、その横に立てかけられていた。


「本当に残るんだね」


「はい」


「大変だと思うよ」


「この二日間で、それは分かりました」


「まだ二日間しか知らないとも言えるけど」


 アーロンは試験畑の方角へ目を向けた。


「だから残ります」


「分からないことは、村の人に聞いてね。

自分だけで勝手に決めないように」


「承知しました」


「試験区画のことだけでなく、村の人たちが普段どんな仕事をしているのかも見てほしい」


「必ず記録します」


「全部記録しようとして、仕事の邪魔をしないようにね」


「……気をつけます」


 馬車の窓から、ピコがアーロンへ向かって体を伸ばした。


「ピー」


「ピコ。次に会う時には、私の方が農作業に詳しくなっているぞ」


「ピー!」


「小石運びでは、まだピコの方が上かもしれないよ」


「それも追い越します」


 アーロンが真剣な顔で答えた。


 小石運びでスライムと競う必要があるのかは分からない。


 御者が手綱を動かし、馬車がゆっくりと進み始める。


 窓から振り返ると、アーロンはまだ村の入口に立っていた。


 俺の近くで働きたい。


 目立つ仕事をして、早く上の役目へ進みたい。


 そう話していたアーロンが、自分から領都へ戻らない道を選んだ。


 出世したい気持ちが消えたわけではない。


 それでも、今の自分には農業についての知識が足りないと認め、その不足を埋められる場所に残った。


 完成したばかりの四つの区画には、まだ芽も出ていない。


 農業担当の文官も、まだ決まってはいなかった。


 畑に残ったのは、鍬の使い方を覚え始めたばかりの候補者だ。


 その日から、芋の成長を記録する試験と、アーロンが農業を学ぶ試験が、同時に始まった。



最後まで読んでいただきありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
ピコは、アーロンについていくんだと思ったんだけどなぁ。
もしアーロンが農業で挫折したとしても、頭の中の想像による挫折より、実際に体験した挫折の方が、後々自分の糧になるんじゃないかなと思います。 アーロンが何を得て、リオンがそれをどう評価するのか楽しみです!
見込みはあるw 動機も含めてリオンはこういうの好きっぽい やる気とそれを支える出世欲 その上で現実を知ろうとするのは悪くない あとは完遂まで継続するかどうか
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