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45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: アカメノコバチ
第17章 王立学院五年 夏休み

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第393話 鍬を持つ護衛と文官

新連載はじめました

「元日本最強の探索者、今はダンジョン救助員です」という物語です。

https://ncode.syosetu.com/n8731mn/1から読めますので、ぜひ読んでみて下さい。

 翌朝、屋敷の前へ出ると、アーロンはすでに馬車のそばで待っていた。


 昨日まで着ていた文官服ではなく、汚れてもよい丈夫な服を身につけている。


 ただし、手には記録板を抱え、肩から下げた鞄には筆記具と紙を入れていた。


「おはようございます、リオン様」


「おはよう。ちゃんと汚れてもいい服で来たんだね」


「ご指示いただきましたので」


 そう答えながらも、アーロンは自分の服を少し気にしているようだった。


 おそらく、まだ本当に鍬を持つつもりではないのだろう。


「ピー!」


 俺の足元でピコが弾む。


 朝から水を浴びたばかりで、淡い水色の体がいつもより透き通って見えた。


 そこへ、ノルが二人の騎士を連れてきた。


 一人は三十代半ばほどの、落ち着いた雰囲気を持つ男だ。


 もう一人は、アーロンと同じくらいの年齢に見える若い騎士だった。


「今回の護衛を担当するディルクとテオです」


「ディルクと申します」


「テオです。よろしくお願いいたします」


 テオは緊張した様子で頭を下げた。


 新しい鎧ではないが、手入れは行き届いている。


 若い騎士にとって、領主の息子を直接護衛するのは大きな仕事なのだろう。


 ノルが二人へ向き直った。


「ディルクが全体を見ろ。テオはリオン様の近くを離れるな」


「承知しました」


「はい」


「畑の中であろうと、護衛任務であることを忘れるな」


 テオの表情が引き締まる。


 俺とアーロンは馬車へ乗り、ピコを膝の上へ載せた。


 ディルクとテオはそれぞれ馬に乗る。


 ディルクが馬車の前方を進み、テオが後方から周囲を警戒する形で、俺たちは南部の村へ向かった。


 ◇


 馬車が領都を離れてしばらくすると、アーロンが窓の外へ目を向けた。


 後方では、テオが一定の距離を保ちながら馬を進めている。


「私と同じくらいの年齢でしょうか」


「たぶんね」


「若くても、リオン様の護衛を任されるのですね」


「ノルが選んだんだから、期待されているんだと思うよ」


 アーロンは少しだけ考え込んだ。


「文官も騎士も、上の役目を目指すことに変わりはないのかもしれません」


「アーロンは、まだ出世したい?」


「もちろんです」


 即答だった。


 昨日、泥仕事もあると説明したばかりなのに、そこは変わっていないらしい。


「今日は農作業だからね」


「記録も行います」


「記録だけじゃないよ」


「……承知しております」


 答えるまで、わずかに間があった。


 膝の上のピコが、アーロンへ向かって体を伸ばす。


「ピー」


「ピコにも確認されているような気がします」


「昨日、鍬を持った経験ではアーロンより上だと言われたからね」


「今日は追いつきます」


 何をもって追いつくのかは分からなかった。


 ◇


 村へ着くと、以前、土について教えてくれた農民たちが待っていた。


 試験に使う畑は、すでに同じ広さの四つの区画に分けられている。


 木の杭を打ち、杭の間に紐を張っただけの簡単なものだが、区別は十分についた。


 一つ目は、これまでどおりに耕す。


 二つ目は、土を通常より深くほぐす。


 三つ目は、寝かせた家畜の糞と藁を入れる。


 四つ目は、土を深くほぐしたうえで、寝かせた糞と藁も入れる。


 すべての準備が終わった後、同じ数の芋を、同じ間隔と深さで植える。


 水を与える量も揃える。


 収穫量だけでなく、作業に必要な人数や時間も比較する予定だった。


「では、始めましょう」


 アーロンが記録板を構えた。


「作業を始めた時刻と、参加する人数を記録いたします」


「その前に、これを使ってみよう」


 俺は農民から借りた鍬を、アーロンへ差し出した。


「私が、ですか?」


「昨日言ったよね」


「はい。しかし、まずは作業全体を記録してからでも……」


「実際に作業しないと、何を記録すればいいかも分からないと思う」


 アーロンは記録板と鍬を交互に見た。


 やがて記録板を畑の端へ置き、両手で鍬を受け取る。


「分かりました」


 俺も一本借りた。


 前世を含めても、本格的に畑を耕した経験はない。


 最初に農民が見本を見せてくれた。


 足を広げ、腰を落とす。


 腕の力だけで鍬を振り下ろすのではなく、体重を使って土へ入れる。


 土へ刃が入ったら、腰と足を使って手前へ返す。


 説明を聞く限りでは、難しくないように思えた。


 俺も同じように鍬を振る。


 だが、刃は土の表面へ浅く入っただけだった。


「もう少し、刃を立ててください」


 言われたとおりに角度を変える。


 今度は深く入りすぎ、鍬が抜けなくなった。


「無理に腕で引き上げると、すぐに疲れてしまいます。

柄を少し倒して、土を崩すようにしてください」


「こう?」


「はい。その方がよろしいです」


 何度か試すうちに、少しずつ土を返せるようになった。


 隣では、アーロンが鍬を振っている。


 しかし、刃が土の上を滑り、表面を削るだけだった。


「もっと力が必要なのでしょうか」


「力より、鍬を入れる角度です」


 農民に姿勢を直され、アーロンはもう一度鍬を振った。


 今度は土へ入ったが、持ち上げることができない。


「重い……」


「それほど大きく返さなくても大丈夫です。少しずつ進めてください」


 アーロンは言われたとおり、小さな土の塊を返した。


 それから何度か繰り返す。


 まだ一列目の半分にも届いていないのに、額には汗が浮かんでいた。


「これを、村の方々は一日中続けるのでしょうか」


「畑仕事だけではありません」


 農民が鍬を動かしながら答える。


「朝は家畜へ餌をやり、水路も見ます。

時期によっては、ほかの畑の草取りもしなければなりません」


 アーロンは返事をせず、再び鍬を振った。


 ◇


 テオは畑の端に立ち、俺たちの周囲を警戒していた。


 剣の柄へ手を置き、村の道や畑の向こうへ視線を動かしている。


 だが、時折、こちらの作業が気になるようだった。


 俺とアーロンが鍬を振る横で、自分だけ立っていることが落ち着かないのかもしれない。


 特に、アーロンが何度も手を止めるたび、テオは自分ならもっと速くできると言いたそうな顔をしていた。


 しばらくすると、テオがディルクへ近づいた。


「ディルクさん」


「どうした」


「周囲の警戒をお願いし、私も作業を手伝ってよろしいでしょうか」


 ディルクは畑の周辺を見回した。


 近くにいるのは、村人と俺たちだけだ。


「俺が周囲を見る。だが、剣はすぐ手に取れる場所へ置け。リオン様からも離れすぎるな」


「はい」


 テオは俺にも許可を求めた。


「リオン様。護衛を続けながら、作業をお手伝いしてもよろしいでしょうか」


「ディルクが警戒してくれるなら、お願いするよ」


 テオは剣を畑の端に置き、鍬を受け取った。


 力強く振り下ろす。


 鍬は深く土へ入り、大きな土の塊が持ち上がった。


 アーロンよりも明らかに速い。


「この程度でしたら、騎士団の訓練より――」


「力を入れすぎです」


 農民がテオの言葉を遮った。


 持ち上げた土が、区画を分ける紐の外まで飛んでいる。


「ですが、深く耕すのであれば、この方がよいのでは?」


「一度だけなら、それでもよいでしょう」


 農民は一定の速さで鍬を動かしながら答えた。


「畑の端まで、同じ動きを続けられるのであればですが」


「続けられます」


 テオは再び鍬を振った。


 最初の数回は力強かった。


 しかし、鍬を深く入れすぎるため、そのたびに抜くのにも力が必要になる。


 しばらくすると呼吸が乱れ、振り上げる速さが落ちてきた。


 一方、農民は派手な動きをしていない。


 それでも一定の速さを保ち、テオより先へ進んでいく。


「畑仕事は、一度強く振れば終わるものではありません」


「……はい」


 テオは素直に頭を下げ、農民の姿勢を真似し始めた。


 俺もアーロンも、農民に教わりながら鍬を動かす。


 説明を理解しても、すぐに体が動くわけではない。


 アーロンは体力が足りず、何度も休む。


 テオは体力があるが、力を使いすぎる。


 俺も姿勢を崩すたび、農民から直されていた。


 畑の上では、文官も騎士も、領主の息子も同じ初心者だった。


 ◇


「ピー!」


 声に振り向くと、ピコが区画を分ける紐に絡まっていた。


「ピコ、そこは触ったら駄目だよ」


 紐から外してやると、今度は、後で植えるために用意されていた芋へ近づく。


「それも食べたら駄目だからね」


「ピー……」


 ピコは不満そうに体を縮めた。


 そのまま柔らかくなった土の上へ飛び込み、淡い水色の体が泥に覆われる。


「また洗わないといけないね」


「ピー!」


 本人は楽しそうだった。


 土を掘り返していると、小石がいくつも出てきた。


 農民は作業の邪魔にならないよう拾い、畑の端へ運んでいる。


 テオも鍬を止めた時に小石を集め、一か所へ積み始めた。


 それを見ていたピコが、小さな石へ近づく。


 石は、淡い水色の体の中へ取り込まれた。


「ピコ、石は食べられないよ」


 だが、ピコは石を取り込んだまま、テオが作った石の山まで跳ねていった。


 そこで、体の外へ石を出す。


「ピー!」


「石を運んだのでしょうか」


 テオが目を丸くした。


「テオの真似をしたのかもしれない」


 俺は近くにある小石を指し、その後で石の山を示した。


「ピコ。これも、あそこへ運べる?」


「ピー!」


 ピコは小石を取り込み、石の山へ運んだ。


 大きな石は無理らしいが、小石なら一つずつ運べるようだ。


 何度か繰り返すうちに、ピコは拾った石をテオの足元へ置くようになった。


「なぜ、私のところへ持ってくるのでしょうか」


「テオが石を集めていたからじゃないかな」


 テオは困った顔をしながら、ピコが運んできた石を畑の外へ置いた。


「ピー!」


「まだあるのですか」


 すぐに次の石を持ってきたピコに、テオが苦笑した。


 ◇


 一つ目の区画を耕し終えると、次は土を深くほぐす二つ目の区画へ移った。


 同じ広さだったが、作業は一気に重くなった。


 深い部分の土は硬く、簡単には鍬が入らない。


 刃が入っても、持ち上げる土の量が増える。


 途中で鍬が石へ当たり、作業が止まった。


 テオと農民が周囲の土を掘り、大きな石を取り出す。


 それだけでも時間がかかった。


 アーロンは休憩に入ると、すぐに記録板を手に取った。


「同じ人数で作業しているのに、こちらは倍近い時間がかかっています」


「土が硬いからね」


「これを南部のすべての畑で行わせた場合、耕作だけで大幅に時間を取られます」


「効果があったとしても、人手が足りない村では続けられないかもしれない」


 アーロンは記録板を見つめた。


「収穫量が増える方法なら、すべての村で行わせればよいと思っていました」


 昨日、実際にそう答えていた。


「でも、その方法を行うために必要な人手も考えないといけない」


「はい。収穫量が増える前に、耕す作業が終わらなくなる可能性があります」


 アーロンは自分の手を見た。


 鍬を持った部分が赤くなっている。


 実際に作業したことで、これまで見えていなかった負担が分かり始めたようだった。


 休憩しながら、アーロンはエルナが作った記録用紙を見直す。


「人数と作業時間だけでは、足りません」


「どうして?」


「農業に慣れた方一人と、私一人を、同じ一人として数えることはできないからです」


 確かに、農民とアーロンでは、進んだ距離がまるで違う。


 体力のあるテオも、最初は力の使い方が分からず、余計な時間を使っていた。


 アーロンは記録用紙の端へ項目を加えた。


 農作業経験の有無。


 途中で休んだ回数。


 石などが原因で作業を止めた時間。


 使った農具。


「細かく書きすぎたら、農家の負担になるよ」


「はい。今日記録した内容をエルナさんへ伝え、必要なものだけに絞ってもらいます」


 現場を知らずに作った記録では、足りないものにも、余計なものにも気づけない。


 アーロンがここへ来た意味は、すでにあったように思えた。


 ◇


 日が傾き始めた頃、ようやく二つ目の区画を深くほぐす作業が終わった。


 今日のうちに進められたのは、四つある区画のうち二つだけだった。


 三つ目と四つ目には、まだ寝かせた家畜の糞と藁を運ばなければならない。


 四つ目は、それに加えて土を深くほぐす必要がある。


 芋を植えられるのは、すべての準備が整った後だ。


 アーロンが記録板を見つめている。


「どうしたの?」


「本日中に、四つの区画すべてへ芋を植える予定を立てておりました」


「半分も終わらなかったね」


「はい」


 アーロンは、記録した時間を指で追った。


「深く土をほぐす作業に必要な時間を、短く見積もりすぎていました。

それに、石を取り除く時間も予定へ入れておりません」


「俺たちが不慣れだったことも影響しているね」


「それも記録する必要があります」


 アーロンは新しい紙を取り出した。


「明日の予定を作り直します。

三つ目と四つ目に使うものを運ぶ時間と、土へ混ぜる時間も確認しなければなりません」


「今日はもう終わりにした方がいいよ」


「ですが、予定を直さなければ――」


「暗くなったら文字も見えにくいし、疲れたまま考えたら、また見落とすかもしれない」


 アーロンは少し迷った後、記録板を閉じた。


「承知いたしました」


 作業を見守っていた村長が、俺たちのそばへやって来た。


「リオン様。よろしければ、今夜は私の家へお泊まりください」


「いいのですか?」


「はい。明日も作業をなさるのでしょう。

今から領都へ戻り、また朝にこちらへ来られるより、少しでもお休みいただいた方がよろしいかと」


 確かに、往復するだけでも時間がかかる。


 馬や御者にも負担をかけることになる。


 俺はディルクへ視線を向けた。


「護衛は大丈夫?」


「村長宅と周辺を確認いたします。テオと交代で警戒すれば問題ありません」


「それなら、お願いします」


 村長が深く頭を下げた。


「大したおもてなしはできませんが、部屋と食事はご用意いたします」


「普段どおりの食事で十分です。

急に泊まることになったので、無理はしないでください」


「承知いたしました」


 ◇


 村長宅へ向かう前に、井戸のそばで手足の泥を落とすことになった。


 一番喜んでいるのはピコだった。


 水を入れた桶へ飛び込み、勢いよく体を震わせる。


「ピー!」


 水が周囲へ飛び散った。


「ピコ、少し静かに――」


「ピー!」


 さらに大きく水が跳ねる。


 俺だけでなく、アーロンとテオの服にも水がかかった。


 アーロンが濡れた袖を見下ろす。


「文官になって、リオン様と並んで水をかけられるとは思いませんでした」


 テオも顔についた水を拭った。


「私は護衛として来たはずなのですが」


「二人とも、今日は鍬を持つ日だったんだよ」


「ピー!」


 ピコがもう一度水を飛ばした。


 ◇


 夕食を終えた後、俺に用意された部屋をアーロンが訪ねてきた。


 その手には、昼間使っていた記録板と数枚の紙がある。


「もう予定を作り直したの?」


「明日の朝、すぐ作業を始めるためには必要です」


 アーロンは紙を床へ広げた。


 寝かせた家畜の糞と藁を置いている場所から、試験畑までの距離。


 荷車へ積む時間。


 畑まで運ぶ時間。


 三つ目と四つ目の区画へ同じ量を下ろす時間。


 土へ混ぜる作業。


 四つ目の区画を深くほぐす時間。


 そして、四つの区画へ芋を植える時間。


 昨日までのアーロンなら、それぞれに短い時間を書き込み、一日で終わる予定を立てていたかもしれない。


 だが、今夜の予定には、作業が遅れる可能性まで書き加えられていた。


「荷車が何台使えるかは確認した?」


「村には二台あると聞いております」


「二台とも、明日使えるのかな」


 アーロンの手が止まった。


「……確認しておりません」


「村の人たちにも、普段の仕事があるからね」


「明日の朝、最初に確認いたします」


 アーロンは紙の一番上へ、荷車の使用予定を確認すると書き加えた。


「今日、予定どおりに進まなかったことは失敗だったと思う?」


 俺が尋ねると、アーロンは少し考えた。


「予定を誤ったことは失敗です。しかし、遅れた理由を記録できたことは、無駄ではなかったと思います」


「俺もそう思うよ」


 記録は、終わった仕事を残すためだけのものではない。


 次に、もっと現実に近い予定を立てるためにも使える。


 アーロンが紙をまとめて立ち上がる。


「明日は、今日より正確に進めます」


「予定どおりに進めることだけを優先しないでね」


「はい。現場を見ながら直します」


 アーロンが部屋を出た後、寝床の横に置かれた籠からピコが体を伸ばした。


「ピー」


「明日も働くから、もう寝よう」


「ピー」


 俺が手を差し出すと、ピコは指先へ触れ、藁の上へ体を沈めた。


 四つの区画のうち、終わったのはまだ二つだけだった。


 畑仕事は、紙の上で立てた予定どおりには進まない。


 だが、現場で分かったことを次の予定へ生かせば、少しずつ現実に近づけることはできる。


 泥だらけになった一日で始まったのは、土壌試験だけではない。


 農業を何も知らなかった文官が、初めて畑の上から予定を作り直したのだ。



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農業は大変ですね 力、体力、根気がいるし腰も痛くなりそう 土地や自然を利用して私達の食べ物を作ってくれる感謝せねば ピコは水属性?幼体なのに聞き分け良くて可愛くて成長が楽しみです
どんな仕事でも熟練者とそうでないものとじゃ作業効率段違いですからなー 改革は戦乱期の方が楽だという
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