第391話 どこから買うか
新連載はじめました
「元日本最強の探索者、今はダンジョン救助員です」という物語です。
https://ncode.syosetu.com/n8731mn/1から読めますので、ぜひ読んでみて下さい。
父上への報告を終えた後、俺はピコを抱えて自室へ戻った。
「飼うなら、ちゃんと世話をするんだぞ」
そう言われた以上、まずはピコが暮らす場所を決めなければならない。
「ピー」
俺の腕の中で、ピコが小さく弾む。
「ピコは、どこで寝たい?」
「ピー!」
「聞き方を変えても、返事は同じですね」
部屋の隅に立っていたミアが、少し困ったように笑った。
俺たちは、窓から離れた壁際に浅い籠を置いた。
中には柔らかな藁を敷き、その隣には水を入れた平たい器を置く。
ピコを床へ下ろすと、淡い水色の体は迷うことなく水の器へ飛び込んだ。
「ピー!」
水が周囲へ跳ねる。
「水の場所は気に入ったみたいだね」
「寝床は、こちらなのですが」
ミアが籠を指す。
俺は水の器からピコを持ち上げ、藁の上へ下ろした。
「ここがピコの寝る場所だよ」
「ピー」
ピコは一度だけ体を揺らした。
理解したようにも見える。
「それでは、少し離れてみましょう」
俺とミアが数歩下がる。
ピコは籠の中で動かなかった。
「分かってくれたのかな」
「そうかもしれません」
さらに一歩下がった瞬間、ピコが籠から跳ね出した。
そのまま俺の足元まで来る。
「ピー」
「やっぱり分かってなかったね」
「籠に入れば、リオン様が離れていくと覚えたのかもしれません」
それでは、ますます寝床として使ってくれそうにない。
ミアが用意した枯れ草を一本差し出した。
「こちらは食べるでしょうか」
ピコはミアの手を見た後、俺の足の後ろへ隠れた。
「まだミアを怖がっているのかな」
「昨日までは野外で暮らしていた魔物ですから、仕方ございません」
俺がミアから枯れ草を受け取り、ピコへ差し出す。
「これは食べられる?」
「ピー」
ピコはすぐに体を伸ばし、枯れ草を取り込んだ。
「同じ物なのですが」
「渡す人が違うと駄目みたいだね」
「少しずつ慣れていただきます」
その後、厨房に残っていた葉野菜も与えてみた。
こちらもピコはきれいに取り込んだ。
しかし、机の近くへ移動した時には、床に落ちていた紙の切れ端へ体を伸ばす。
「ピコ、それは食べ物じゃないよ」
「ピー?」
「昨日も紙を食べようとしたよね」
紙を取り上げると、ピコは不満そうに体を縮めた。
「食べてよい物と、駄目な物を教える必要がございますね」
「俺がいない間に、部屋の物を全部食べたりしないかな」
「念のため、しばらくは一人にしない方がよろしいかと」
今日は、これからエリアスと穀物の輸入先を検討する予定だった。
ピコを籠へ戻してみる。
「俺は仕事へ行ってくるから、ここで待っていてね」
「ピー」
俺が扉へ向かうと、背後から小さな音が続いた。
振り返る。
ピコが跳ねながらついてきていた。
「待っていてと言ったんだけど」
「ピー!」
「分かっていませんね」
結局、ピコも執務室へ連れていくことになった。
◇
執務室には、エリアスが大きな地図を広げていた。
地図の中央にはハル領があり、その南に王都直轄がある。
王都直轄領の東にはハーウェイ侯爵領、西にはフェルナー子爵領が記されていた。
「穀物の購入先として、四つの案を整理いたしました」
エリアスは、机の上へ四枚の紙を並べる。
「第一が王都直轄領。第二がハーウェイ侯爵領。
第三がフェルナー子爵領。そして第四が、ローデン商会への完全委託でございます」
俺は木箱を机の脇へ置いた。
「ピコ。紙には触らないでね」
「ピー」
返事だけはよかった。
「どこが一番安い?」
「現時点では、フェルナー子爵領と思われます。
ただし、穀物そのものの価格だけでございます」
馬車、御者、護衛、道中の食事、宿泊、輸送中に傷んだ穀物。
購入先を決めるには、それらも含めなければならない。
「一袋を領都まで運び終えた時、結局いくらかかるのかを比べないと駄目だね」
「はい。価格のほか、品質、供給可能な量、到着までの日数、翌年以降も購入できるかを確認する必要がございます」
まず、王都直轄領について確認する。
ハル領の南に隣接しており、王国有数の大穀倉地帯でもある。
距離が近く、街道も整えられている。
供給できる量も、ほかの候補より多い。
「最も確実なのは、王都直轄領です」
「そうだろうね」
「リオン様から陛下へお願いすれば、通常よりよい条件で融通していただける可能性もございます」
三つの魔法に関する研究や、王宮の結界の確認。
俺はこれまでに、国王から高く評価されるだけの功績を積み重ねてきた。
事情を説明すれば、陛下は助けてくださるかもしれない。
だが、俺はすぐに首を横へ振った。
「今回は、陛下には頼りたくない」
「理由をお聞きしても?」
「頼めば、穀物は手に入ると思う。
でも、陛下からの信頼を、今回の取引で使ってしまいたくないんだ」
食料価格の上昇は、放置できない問題だ。
それでも、ハル領が今すぐ飢える状況ではない。
ほかに手段があるうちから、国王の好意を使うべきではないと思った。
「もっと深刻な危機が起きた時に、本当に助けを求める必要があるかもしれない」
「王都直轄領は、最後の手段として残すということですね」
「うん。候補から外すわけじゃない。でも今回は、ほかを調べたい」
次は、ハーウェイ侯爵領だった。
王都直轄領の東側にあり、こちらも広大な穀倉地帯を持っている。
「ハーウェイ侯爵領なら、一番安心してお願いできると思う」
領地の規模も大きく、供給量には余裕がある。
ハーウェイ侯爵本人についても、面識はある。
粗悪な穀物を送られたり、契約後に突然条件を変えられたりする心配は少ない。
「継続的な取引を考えるのであれば、最も安定した相手でしょう」
エリアスの意見にも異論はなかった。
ただし、問題もある。
「ミラとの縁談があるんだよね」
「はい」
ハーウェイ侯爵家から、俺とミラとの縁談を意識した手紙が届いている。
その状況で特別に安い価格を提示されれば、純粋な商取引とは見られないかもしれない。
「こちらから安くしてほしいとは言えないな」
「通常の取引として、相場に沿った条件を提示していただくべきでしょう」
「信頼できる相手だからこそ、好意に甘えない方がいいと思う」
ハーウェイ侯爵領には、特別な値引きを求めず、正式な取引として条件を尋ねる。
品質と継続性を重視するなら、ここが本命になりそうだった。
俺は三枚目の紙へ目を移す。
「フェルナー子爵領は、どうして安くなるの?」
「農地が広い一方で、領内に大きな消費地がございません。
余剰穀物の多くを、商人を通して王都へ売っております」
フェルナー子爵領から王都へ運ばれるまでには、複数の商人が間に入る。
ハル領が直接まとまった量を購入すれば、フェルナー子爵領は確実な現金を得られる。
ハル領も、仲介する商人へ支払う分を抑えられる。
「双方に利点があるということか」
「はい。ただし、実際の余剰量や保管状態は確認できておりません」
穀物が安くても、古いものや十分に乾燥していないものでは困る。
西側からハル領へ運ぶ経路によっては、輸送費が高くなる可能性もある。
不作の年には、契約した量を出せないかもしれない。
「最初から大量に買う相手ではないね」
「少量を購入し、品質と輸送にかかる費用を確かめるのがよろしいかと」
「まず、見本を送ってもらおう。
売れる量と価格だけじゃなく、いつ収穫した穀物かも確認したい」
そして最後が、ローデン商会への完全委託だった。
「必要な量と期限を伝えれば、ローデン商会が購入先の選定から輸送まで行います」
「一番簡単ではあるね」
各地の相場も、信用できる穀物商人も、ローデン商会の方が詳しい。
一つの領で量を揃えられなければ、複数の地域から集めることもできる。
「ただし、費用は最も高くなる可能性がございます」
「それだけじゃないね」
リバーシの販売は、すでにローデン商会へ任せている。
穀物の調達まで完全に依存すれば、ローデン商会なしでは領内の物資を動かせなくなる。
「全部を任せたら、俺たちには購入先との関係も、運んだ経験も残らない」
「では、ローデン商会は外しますか?」
「外さないよ」
完全委託した場合の価格を出してもらえば、ほかの候補と比べる基準になる。
商会へ頼むこと自体が悪いわけではない。
任せきりにすることが問題なのだ。
「同じ量の穀物を、同じ期限までに領都へ運んでもらう場合の条件を出してもらおう。
産地と品質、それから輸送中に傷んだ時の負担も確認したい」
「承知いたしました」
四つの候補を見直していると、木箱の中のピコが体を伸ばした。
エリアスの紙の端へ近づいている。
「ピコ」
「ピー?」
「それは食べ物じゃないよ」
俺が紙を遠ざけると、エリアスが小さく息を吐いた。
「輸入先より先に、ピコの食事を決める必要があるかもしれません」
「それは朝から考えているよ」
話を戻そうとした時、エリアスが別の紙を差し出した。
「もう一つ、考えておくべき問題がございます」
「何?」
「安価な穀物を大量に輸入すれば、領都での販売価格は下がります。
しかし、南部の農家が穀物を売る価格も下がる可能性がございます」
俺は紙へ伸ばしていた手を止めた。
領民にとって、パンや穀物が安くなることは悪くない。
だが、南部の農家の収入まで減れば、農業を続ける人はさらに少なくなる。
食料不足を補うための輸入が、南部からの人口流出を加速させるかもしれないのだ。
「輸入する目的は、南部の穀物を安く買いたたくことじゃない」
「はい」
「領都と西の森で増えた需要を補う分だけにしよう。
価格を無理に下げるほどは買わない」
「購入量を決めるためにも、現在の不足量を調べる必要がございますね」
「お願いするよ」
結局、この場で購入先を一つに決めることはしなかった。
王都直轄領には、今回は頼らない。
ハーウェイ侯爵領には、正式な取引として条件を問い合わせる。
フェルナー子爵領には、価格や供給量に加えて見本を求める。
ローデン商会には、完全委託した場合の条件を提示してもらう。
「三通の書状を用意いたします」
「同じ量を、同じ時期までに届けてもらう条件にしてほしい」
「比較できるようにするのですね」
「うん。領都へ届いた時の総額、日数、品質、次も同じ条件で買えるか。
それを揃えてから決めたい」
安い場所から買えばよいわけではない。
信頼できる相手へ、すべてを任せればよいわけでもない。
今だけでなく、今後も続けられる方法を選ぶ必要があった。
◇
夜、仕事を終えて自室へ戻ると、ピコは朝に用意した籠ではなく、俺の後ろをついて回っていた。
「もう寝る時間だよ」
「ピー」
俺はピコを持ち上げ、藁を敷いた籠へ入れる。
「ここがピコの寝床だからね」
「ピー」
今度こそ分かったように見えた。
俺は着替えを済ませ、ベッドへ入る。
灯りを消して目を閉じると、部屋の中から小さな音が聞こえてきた。
ぺた、ぺた。
床を何かが動いている。
「ピー……」
寝台の横から、弱い声がした。
身を起こして覗くと、ピコが床の上で小さく丸くなっていた。
「籠から出てきたの?」
「ピー」
もう一度、ピコを籠へ戻す。
しかし、俺がベッドへ戻ると、再びぺたぺたと音が近づいてきた。
「一人だと眠れないのかな」
「ピー……」
仕方なく、籠を寝台のすぐ横まで移した。
「ここなら俺が見えるよ」
ピコを藁の上へ下ろし、寝台から手を伸ばす。
淡い水色の体も細く伸び、俺の指先へ触れた。
「ピー」
それで安心したのか、ピコの体が藁の上へゆっくりと沈んでいく。
王都直轄領には、まだ頼らない。
ハーウェイ侯爵領、フェルナー子爵領、ローデン商会から条件が届いた後、購入先を決める。
穀物をどこから運ぶかは、まだ決まっていない。
だが、ピコが今夜からどこで眠るかだけは決まった。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
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