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45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: アカメノコバチ
第17章 王立学院五年 夏休み

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第386話 畑を支える仕組み

 その日は、村長の家に泊めてもらうことになっていた。


「狭い家で申し訳ございません」


「泊めていただけるだけで助かります」


 夕食には、村で採れた豆の煮込みと焼いた野菜、大きなパンが並んだ。


 食事が始まっても、村長はどこか落ち着かない様子だった。


「リオン様。本日はユアンが失礼なことを申し上げました」


「失礼だとは思っていません」


「しかし、あのような口を……」


「ユアンが話してくれなければ、人手が足りていないことに気づけませんでした」


 報告書には、使われていない農地があるとしか書かれていなかった。


 土地にも水にも、大きな問題はない。


 村長も、命じられれば増産すると答えた。


「人手が足りないまま畑を広げれば、村の人たちが苦しくなるだけです」


「ですが、この村が増産できなければ、ほかの村に負担がかかります」


「若者は、以前から減っているのですか?」


 エリアスが尋ねた。


「はい。ただ、ここ数年は特に多くなりました」


「領都と西の森に仕事が増えたからですね」


「それだけではございません」


 村長は少し言いにくそうに続けた。


「村を出た若者が領都で結婚し、そのまま戻らなくなっております」


「村で家庭を持つ者も減っている?」


「はい。このままでは、十年後には今の畑すら守れないのではないかと……」


 今の食料価格だけを見ていては、その頃には手遅れになっているかもしれない。


「明日からも、気づいたことがあれば話してください」


「承知いたしました」


 村長は頭を下げた。


 ◇


 夕食後、俺とエリアスは客室の小さな机を挟んで座った。


 机の上には、昼間にユアン親子から聞いた内容が並んでいる。


「売上は、おおよそ分かるんだね」


「商人から受け取った額は覚えておられました」


「種や農具の修理費は?」


「正確には分かりません」


「牛の餌や輸送費も?」


「はい」


 売上は分かる。


 だが、一年間でいくら使い、最後にどれだけ残ったのかは分からない。


「これでは、ユアンたち自身も農業の利益を把握できないね」


「これまで暮らせていたのだから、それで十分だと考えていたのでしょう」


「でも、領都の仕事と比べるなら、それでは足りない」


 建築現場なら、一日の日当が分かる。


 住居費と食費を引けば、家族へ送れる額も計算できる。


「農家にも記録をつけてもらおう」


「何を記録させますか?」


「収穫量。家で食べた量。種として残した量。売った量と金額」


「支出は、種、農具、牛馬、雇った人、輸送費でしょうか」


「保管中に傷んだ量も欲しい」


「人手についてはいかがいたしますか?」


「人が足りずに遅れた作業を記録してもらおう」


 エリアスが項目を書き出していく。


「これだけでも、読み書きが苦手な農家には難しいかもしれません」


「村で記録を手伝える人が必要だね」


「まずは数軒だけで試してはいかがでしょう」


「ユアンの家だけでは比べられないから、家族の人数や畑の広さが違う家を選ぼう」


「村長と相談いたします」


 そこで、俺は別の問題に気づいた。


「集めた記録は、誰が確認する?」


「最終的には私のところへ届きます」


「領都の住宅も市場も税も工事も見ているのに?」


「それが仕事ですので」


「南部の農家まで細かく見るのは無理だよ」


 エリアスは少し黙った後、頷いた。


「すべてを継続して確認するのは難しいでしょう」


「農業を専門に見る文官が必要だと思う」


「農業専門の文官ですか」


「作付けと収穫量を確認する。農具や牛馬、水路、農道、倉庫の相談も受ける。

市場価格や販売先も見る」


「かなり広い役目になります」


「農業は、畑だけで終わらないからね」


 作る。


 保管する。


 運ぶ。


 売る。


 どこか一つで止まれば、農家の利益にも領都の供給にもつながらない。


「候補者に心当たりはございますか?」


「……ない」


「現在の文官に、農業を専門に学んだ者はおりません」


「農家出身の文官は?」


「おりますが、幼い頃の経験だけで農政全体を任せるのは難しいでしょう」


「数字が読めるだけでも駄目。農業を知っているだけでも駄目か」


「すぐに適任者を見つけるのは難しいと思います」


「それなら育てよう」


「文官を村へ通わせるのですか?」


「うん。農家から現場を学んでもらう。

村では、読み書きのできる人に記録を手伝ってもらう」


「一人ですべてを担わせないのですね」


「最初から完璧な人を探していたら、いつまでも始められない」


 まずはエリアスの下に一人か二人を置き、南部の農業を担当させる。


 必要なら、その後に人数を増やせばいい。


「領都へ戻ったら、父上に相談しよう」


「承知しました」


 エリアスが紙を整理する。


「しかし、農業担当の文官を置いても、すぐに食料は増えません」


「分かっている。短期では、やっぱり輸入が必要だね」


「はい」


「中期では、使われていない農地や農具、牛馬、倉庫、道を改善する」


「少ない人数で生産量を維持する方法も必要です」


「長期では、農業をやろうと思える人を増やす」


「若者を村へ残すのですか?」


「残すんじゃない。農業を選んでも、家族を養えると思えるようにする」


 俺は、夕食の時に村長が話していたことを思い出した。


 領都へ移った若者は、そこで結婚して村へ戻らない。


「農家に子どもが生まれたら、領が出産や育児を支援するのはどうだろう」


「農家だけを対象にするのでしょうか」


「農業人口を増やすためだから、そのつもりだった」


「どのような支援ですか?」


「産婆や治療師の費用を一部負担する。子どもが幼いうちは税を軽くする。

農繁期には子どもを預かる場所を作る」


「今生まれた子どもが働けるようになるまで、十年以上かかります」


「これは次の収穫ではなく、十年後のための話だよ」


「もう一つ問題がございます」


「何?」


「農家以外の家庭は、支援を受けられないのでしょうか」


 村には農家以外にも、鍛冶屋や運送を担う者がいる。


「農家以外の家庭も、出産や育児の負担は同じです」


「農業が大切だから、という理由だけでは納得してもらえないかな」


「全員は納得しないでしょう」


 エリアスは続けた。


「農家に生まれた子どもが、将来農業を選ぶとも限りません」


「それはそうだね」


「支援を受けたのだから農業を継げと、領が命じることもできません」


「できない」


 それでは、若者を村へ縛るのと変わらない。


「農家に子どもを増やしてもらう、という考え方が違うのかもしれない」


「では、何を支援しますか?」


「村で家族を作って、子どもを育てながら暮らせるようにする」


「農家に限らず、村に住む家庭を対象にするのですね」


「うん」


 産婆や治療師を呼びやすくする。


 農繁期に子どもを預かる。


 学べる場所を作る。


 若い夫婦が住める家を用意する。


「そのうえで、農業を始めたい人には別の支援をする」


「農地や農具、牛馬でしょうか」


「記録や販売先も必要だね」


「農村で暮らす支援と、農業を始める支援を分けるわけですか」


「その方がいいと思う」


 農家の子どもを農家にするのではない。


 農業を選んだ者が、始めやすい仕組みを作る。


「かなり話が大きくなりましたね」


「始まりは、ユアンの家の利益を調べるだけだったのにね」


「リオン様と話しておりますと、よくあることです」


「褒めている?」


「判断はお任せいたします」


 エリアスが小さく笑った。


「明日は、収穫量の多い村を視察する予定です」


「若い人や家族が、どれくらい残っているかも確認したい」


「収穫量だけでなく、暮らし方も比べるのですね」


「同じ南部で若者が残っているなら、その理由を知りたい」


「視察項目へ加えておきます」


 今必要な食料は、他領から買う。


 来年以降に必要な食料は、南部の生産力を高めて備える。


 そして、十年後の畑を支えるには、農業を選びたいと思う者を増やさなければならない。


「エリアス」


「はい」


「領都へ戻ったら、農業を専門に見る文官のことを父上に相談しよう」


「承知しました」


 窓の外では、月の光が穀物畑を照らしていた。


 農家の努力だけに任せていては、領地の食料は守れない。


 畑で働く人たちを支える仕組みが必要だった。



最後まで読んでいただきありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
結局のところ、農業を「儲かる仕事」にすること 更に「労力に見合うもの」にすること 農業も作業に刃物を使うことがあるし、牛馬を使うなら怪我、それも大けがになることが多いのです 内燃機械化が出来るまでは省…
リオン君が学院に入ってまだ3年と経っていないのに、村の人不足問題出てくるのは実際のところどの程度の速度感なのだろう。 こういった問題が3年程度で出てくるのは元々規模の小さな村の畑しかなく、そこでしか作…
村長やユアン農家の人達が···気の毒に思えた 米や野菜等自然環境と戦いながら作って提供してくれる  皆の食生活を担う1番重要な仕事なのにね
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