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45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: アカメノコバチ
第17章 王立学院五年 夏休み

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第385話 誰がこの畑を耕す

 南部の穀倉地帯へ向かう馬車の窓から、広い農地が見えていた。


 領都を出てから、すでに半日近くが経っている。


 建物は次第に少なくなり、その代わりに小麦や豆を育てる畑が、道の両側へどこまでも広がっていた。


 風が吹くたび、青みの残る穂が一斉に揺れる。


「ずいぶん広いな」


 向かいに座っていたエリアスが頷いた。


「この村を含む一帯だけで、南部の穀物生産量の三割近くを占めております」


「南部全体では?」


「ハル領で生産される穀物の大半が、この南部で作られております」


 南部がハル領の食料を支える穀倉地帯と呼ばれる理由がよく分かる。


 今回訪れるのは、南部にある三つの村だった。


 一つ目は、収穫量が多い村。


 二つ目は、農地の広さに比べて収穫量が少ない村。


 そして最初に向かっているのは、使われていない農地が多く残る村だ。


 増産できる余地があるのか。


 まずは、それを確認する。


「そろそろ村が見えます」


 御者の声が聞こえた。


 進行方向を見ると、畑の先に小さな集落が見えている。


 馬車の前後には、ノルを含む数人の騎士がついていた。


 父上は、南部の視察を許可する代わりに、護衛を減らすことは認めなかった。


 村の入口には、すでに村長と数人の農民が集まっていた。


 馬車が止まると、全員が深く頭を下げる。


「リオン・ハルです。今日はよろしくお願いします」


「このような遠い村までお越しいただき、ありがとうございます」


 村長は五十代ほどの男だった。


 日に焼けた顔に、緊張が浮かんでいる。


「まず、今の畑を見せてもらえますか?」


「はい。こちらでございます」


 村長の案内で、集落の外へ向かう。


 畑では、大人も子どもも農作業をしていた。


 鍬で土を整える者。


 水路の泥を取り除く者。


 育ちの悪い苗を抜く者。


 領都や西の森とは違い、ここでは一日のほとんどが畑を中心に動いているのだろう。


「今年の収穫見込みは?」


 エリアスが尋ねる。


「今のところ、例年と同じ程度でございます。大きな病気も出ておりません」


「作付面積は、昨年よりわずかに増えていますね」


「はい。村の北側を少し広げました」


「さらに増やすことはできますか?」


 俺が尋ねると、村長はすぐに頷いた。


「できます」


「どの辺りを使う予定ですか?」


「あちらでございます」


 村長が、畑の奥を指した。


 整然と並ぶ畑の先に、背の高い草に覆われた土地が見える。


 そこだけ周囲とは色が違っていた。


「以前は使っていた土地です。水も届きますし、土も悪くありません」


「今は使っていないのですね」


「はい」


「どうしてですか?」


 村長の返事が、わずかに遅れた。


「今のところ、現在の畑だけで足りておりますので」


 領都では食料の値段が上がり始めている。


 農家にとっては、以前より高く売れる状況だ。


 それでも、使える土地を残したままにしている。


「食料の値段が上がっていることは聞いていますか?」


「はい。商人から聞いております」


「食料の値段が上がっている今なら、作付けを増やそうと考えてもおかしくありません。

それでも、作付けする土地を広げなかったのは、なぜでしょう?」


 村長は、周囲の農民へ一度視線を向けた。


「領主様からご命令をいただければ、来年からでも作付けを増やします」


 答えになっていなかった。


 増やせるのかと聞いた時も、村長はできると答えた。


 だが、自分たちから増やそうとはしていない。


 命令があれば増やす。


 その言葉に、少し引っかかるものがあった。


「実際に、その土地を見せてもらえますか?」


「もちろんでございます」


 俺たちは畑の間を通り、草に覆われた土地へ向かった。


 近くまで来ると、想像していたより広いことが分かる。


 今使っている畑の、三分の一ほどはありそうだ。


 端には水路も通っている。


 水の流れは弱くない。


 俺は意識を集中させた。


 視界に文字が浮かぶ。


≪耕作適性:問題なし≫

≪水量:作付け可能≫

≪土壌状態:改善の余地あり≫

≪重大な異常:なし≫


 そのままでは収穫量が少し低いかもしれない。


 だが、使えない土地ではなかった。


「水や土には、大きな問題はなさそうですね」


「はい」


「農具が足りないのですか?」


「いえ。新しく広げるなら、多少は必要になりますが……」


「牛や馬は?」


「多いとは言えませんが、今いる数でも何とかなるかと」


 村長の返事を聞きながら、周囲を見る。


 畑で働いているのは、中年より上の者が多かった。


 子どもの姿はある。


 だが、十代後半から二十代ほどの若者が少ない。


「村には、畑で働ける若者が何人くらいいますか?」


「若い者でございますか?」


「はい。以前と比べて減っていませんか?」


 村長は、また少し答えに詰まった。


「以前よりは、少なくなっております」


「領都へ移ったのですか?」


「はい。西の森へ行った者もおります」


 領都では建築が続いている。


 西の森では工房や宿、飲食店が人を求めている。


 そこで働けば、決められた日当を受け取ることができる。


 南部から若者が移っていても、不思議ではなかった。


 草の伸びた土地の近くで、二人の男が農具を直していた。


 一人は五十歳ほど。


 もう一人は、二十歳前後だろう。


 若い男は、外れかけた鍬の柄を縄で固定している。


「ユアン」


 村長が呼びかけた。


 二人が慌てて立ち上がり、こちらへ頭を下げる。


「こちらはリオン様だ」


「は、はい」


 年上の男が深く頭を下げた。


「私どもの村までお越しいただき、ありがとうございます」


「仕事の途中に手を止めさせて悪いね」


「とんでもございません」


 村長が草地を指した。


「リオン様は、こちらの土地を来年から使えるか確認に来られた」


「そうでしたか」


「お前たちも、この辺りを耕すことになるだろう。問題はないな?」


 年上の男は、一瞬だけ若い男を見た。


 それから、こちらへ頭を下げる。


「はい。何とかいたします」


 何とかする。


 また、似た言葉だった。


 できるとは言わない。


 難しいとも言わない。


 命じられれば、何とかする。


「誰が耕すんですか?」


 若い男が言った。


 村長の表情が固まる。


「ユアン」


「今の畑だけでも、人が足りていません」


「リオン様の前だぞ」


「だから聞いているんです」


 ユアンと呼ばれた青年は、こちらをまっすぐに見た。


 緊張しているのだろう。


 握った拳が、わずかに震えている。


 それでも、目をそらさなかった。


「この土地まで増やしたら、誰が種をまくんですか」


「ユアン、やめろ」


 父親らしい男が止める。


「草を取るのも、収穫するのも、今より人が必要になります。村長がやるんですか?」


「口を慎め!」


「ユアン。続けて」


 俺が言うと、村長も父親も黙った。


「実際のことを聞きたい」


「……いいんですか?」


「うん」


 ユアンは村長の顔を一度見たあと、草に覆われた土地へ視線を向けた。


「今使っている畑だけでも、ぎりぎりです」


 昨年の収穫期には、近くの村から人を借りた。


 それでも間に合わず、一部は収穫が遅れた。


 雨に濡れ、駄目になった穀物もあったという。


「村の若い者は、ほとんど領都か西の森へ行きました」


「何人くらい?」


「俺と同じくらいの年の者は、半分以上です」


「仕事を探しに?」


「はい」


 建築現場。


 荷運び。


 工房。


 宿や食堂。


 村を出た若者の行き先はさまざまだった。


「ここに残っている人たちだけで、この土地まで使うのは難しい?」


「無理です」


「ユアン!」


 父親が声を荒らげる。


「領主様が食料を増やそうとしてくださっているんだ。やる前から無理だと言うな」


「父さんと俺だけで、今の畑を回すのもぎりぎりだろ」


「近所で助け合えばよい」


「その近所にも若い人がいないじゃないか」


 父親が言葉を失う。


「去年だって、収穫の最後はロベルトさんたちに助けてもらった。

でも、ロベルトさんの息子も今年、領都へ行った」


「だからこそ、お前が残らなければならないんだ」


「俺が残っても、急に人が増えるわけじゃない」


 ユアンの声が強くなる。


「来年から畑を広げろと言われても、俺たちが倒れるまで働くことになるだけだ」


「この畑は、代々守ってきた土地だぞ」


「畑を守って、家族が食べられなくなったら意味がないだろ」


 村長が慌てて二人の間へ入った。


「もうよい。リオン様の前で何を話している」


「構わない」


 俺はユアンを見る。


「家族が食べられなくなるというのは、どういうこと?」


 ユアンは少し迷ってから、答えた。


「今年の収穫が終わったら、領都へ行くつもりです」


 父親の顔が険しくなる。


 初めて聞いた話ではないようだった。


「何の仕事をする予定なの?」


「建築現場です。先に領都へ行った友人から、来ないかと言われています」


「畑を継がずにか」


 父親が低い声で言う。


「領都で働いて、家に金を送る」


「お前がいなくなれば、畑を減らすしかない」


「減らせばいい」


「何だと?」


「今の広さを守るために借金するより、その方がいい」


 ユアンは父親へ向き直った。


「鍬も壊れかけてる。牛も年を取ってる。来年は種を買う金も必要だ」


「収穫すれば払える」


「天気が悪かったら?」


「それは……」


「豊作になって、値段が下がったら?」


 父親は答えられなかった。


「領都なら、働いた日ごとに賃金がもらえる」


 雨で仕事が休みになる日もある。


 それでも、一日働けば受け取る金額が決まっている。


「ここでは一年働いても、収穫が終わるまで、いくら残るか分からない」


「だから、畑を捨てるのか」


「捨てたいわけじゃない!」


 ユアンの声が畑に響いた。


 近くで働いていた農民たちも、こちらを見ている。


 ユアンは息を整え、声を落とした。


「ここで暮らせるなら、俺だって残りたい」


 草地の向こうに、今も使われている畑が広がっている。


 ユアンは、その畑を見ながら続けた。


「でも、畑が好きだから残れと言われても、家族を養えなければ意味がないんです」


 村長も父親も、何も言えなかった。


 農業が嫌だから、村を出るのではない。


 領都への憧れだけでもない。


 家族の暮らしを守るために、収入の見える仕事を選ぼうとしている。


 村長が、ためらいながら俺へ頭を下げた。


「リオン様」


「何でしょう?」


「領都や西の森へ移る若者を、少し減らしていただくことはできないでしょうか」


「村長!」


 ユアンが声を上げる。


 村長は振り返らなかった。


「このままでは、今ある畑すら維持できなくなります。

領内の食料を守るためにも、若い者が村に残るよう……」


「それはできません」


 俺ははっきりと答えた。


 村長が顔を上げる。


「しかし、このままでは」


「命令で村に残しても、その人は納得して働けない」


「ですが、農地を守らなければ、領都の食料も……」


「領都へ行けば暮らしがよくなると分かっている者を、領主の都合で村に縛ることはできません」


 領都や西の森へ移る自由を制限すれば、短期的には人手を残せるかもしれない。


 だが、不満を持ったまま働かせることになる。


 若者たちは、領主に見つからない形で村を出ようとするだろう。


「人を縛って畑を守っても、守ったことにはならないと思います」


 村長が唇を結ぶ。


 農地を維持することは必要だ。


 だが、そのために住民の人生を領主が決めることはできない。


 俺はユアンへ向き直った。


「領都では、一日にいくらもらえる予定なの?」


 ユアンが、友人から聞いた日当を答える。


「ひと月に何日くらい働ける?」


「雨が続かなければ、二十日以上は」


「住む場所や食事にかかる金は?」


「友人たちと部屋を借りる予定です。食事も含めて、これくらいだと聞いています」


 ユアンは、おおよその金額を答えていく。


 計算すると、毎月一定の額を家族へ送れる見込みがあった。


「では、この畑では一年にどのくらい残る?」


「一年ですか?」


「収穫を売った金から、種や農具の修理、牛の餌、運ぶ費用を引いて、家族が使える金だよ」


 ユアンは父親を見る。


 父親も、すぐには答えなかった。


「去年の売上は?」


 父親が大まかな金額を答える。


「そこから、種にいくら使いましたか?」


「種は一部を残しておりますが、足りない分は買いました」


「農具の修理は?」


「鍛冶屋へ何度か頼みました」


「牛の餌と、穀物を運ぶ費用は?」


「それは……」


 一つずつは覚えている。


 だが、すべてを合わせて、最後にいくら残ったのかは分からない。


「毎年、暮らしていけるだけは残っております」


 父親が言う。


「でも、領都の仕事と比べて、どちらが多いかは分からないのですね」


「はい」


 領都の仕事は、一日いくらと分かる。


 雨で休みになったとしても、ひと月に得られる額を予想しやすい。


 農業は一年かけて働き、最後に収穫を売って初めて結果が出る。


 しかも、何にいくら使い、実際にいくら残ったのかが記録されていない。


 それでは、ユアンが領都の仕事を選ぶのも無理はなかった。


「ユアン」


「はい」


「村に残れとは言わない」


 父親と村長が、驚いたようにこちらを見る。


「領都へ行くことが、君と家族にとって一番よいなら、その選択を止めるつもりはない」


 ユアンも、戸惑った表情を浮かべる。


「ただ、その前に、もう少し話を聞かせてほしい」


「俺の話を、ですか?」


「君たちの農業で、一年に何が入り、何に金がかかり、最後にどれだけ残るのかを確かめたい」


「それを調べて、どうするんですか?」


「村に残ることを選べる条件が、本当に作れないのかを考える」


 必ず、領都より多く稼げるようにできるとは言えない。


 農業には天候の影響がある。


 すべての危険を領が引き受けることもできない。


「でも、何も分からないまま、若い人たちに村へ残れとは言えない」


 ユアンは黙って俺を見ていた。


 その後ろでは、風に揺れる穂が音を立てている。


「……分かりました」


 しばらくして、ユアンが答えた。


「俺に分かることでよければ、全部話します」


「ありがとう」


 俺は、もう一度草に覆われた土地を見た。


 報告書には、耕作可能な未使用農地と書かれていた。


 土地はある。


 水もある。


 作れば、食料を増やせる可能性もある。


 それでも、この畑は使われていない。


 足りなかったのは、土地ではなかった。


 人がいないわけでもない。


 この村で農業を続けることを、安心して選べるだけの理由がなかった。


 彼が領都へ向かうのを、命令で止めるつもりはない。


 だが、村を出る以外の道が本当にないのか。


 それは、まだ誰も確かめていなかった。



最後まで読んでいただきありがとうございます。

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化学肥料とか農薬使うな、とか言うクズ野郎 どれだけ収穫量落ちると思ってんだ? 農協規格通らん規格外ばかり、ほぼ全滅だぞ
結論、食料の価格があがるのは理にかなってはいるんだよなぁ。 その分、他の稼いでいる人が買うので。 ミラさん出番です!(違
追いついたー(/・ω・)/ まあこうなるよね 発展しだすと経済的生産性で言えばどうしても農業は下位に来る 労働価値として土地などの制約条件がどうしても厳しくなる それを上げようとするなら一人当たりの耕…
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