表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: アカメノコバチ
第17章 王立学院五年 夏休み

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
394/456

第383話 値上がりの中身

 市場の食堂を出た俺は、もう一度、店先の価格表を振り返った。


王都と比べれば、まだ安い。


 市場にも、食べ物は十分に並んでいる。


 今すぐ誰かが食べるものに困っているようには見えなかった。


 それでも、以前より値段が上がっていることは確かだった。


 食品だけが高くなっているのか。


 薪や衣服、家賃、生活道具も同じように上がっているのか。


 働く者の収入も増えているのか。


 農家や商人が以前より利益を得られている一方で、暮らしが苦しくなっている者はいないのか。


 分からないことが多い。


 まずは、すでにある記録を確認する必要がある。


 俺は市場を離れ、屋敷へ戻ることにした。


 ◇


「お帰りなさいませ、リオン様」


 屋敷へ入ると、ミアが迎えてくれた。


「ただいま」


「領都はいかがでしたか?」


「あぁ、排水設備とかみてきたけど問題なかったよ」


「それは何よりでございます」


「父上は執務室にいる?」


「はい。ですが、現在はエリアス様がお見えになっております」


「何か報告かな」


「新住宅区画についてのお話だと伺っております」


「分かった。終わるまで待つよ」


 自室へ戻ろうとしたが、少し考えてから足を止めた。


 エリアスにも、食料価格の調査を頼むことになる。


 別々に話すより、父上とエリアスがそろっている時に説明した方が早い。


「執務室の前で待っていてもいい?」


「中へお入りになるか、確認してまいりましょうか?」


「話の途中なら邪魔をしたくない。終わるまで待ってるよ」


「承知しました」


 俺は父上の執務室へ向かった。


 扉の前に着くと、中からエリアスの声が聞こえてくる。


「失礼します」


 扉を軽く叩いてから開くと、父上とエリアスが執務机を挟んで話していた。


 机の上には、領都の地図と何枚かの報告書が広げられている。


「リオンか」


「お話の途中でしたか?」


「ああ。だが、入って構わない」


「終わるまで待ちます」


 部屋の端にある椅子へ座る。


 エリアスが一度こちらへ頭を下げてから、父上へ向き直った。


「現在工事中の住宅については、予定どおり秋までに完成する見込みです」


「井戸と道は?」


「井戸はすでに使用できます。区画内の主要な道も整いました。

残っているのは、一部の排水溝と共同の荷車置き場です」


 父上が地図へ目を落とす。


「移住者は、完成した家から順に入れているのだな」


「はい。ただ、現在の申し込み数を考えますと、今建てている住宅が完成しても、空きを待つ者が残ります」


「当初の予定より多いか」


「二割ほど上回っております」


 エリアスは、地図の上に置かれていた別の紙を父上へ差し出した。


「そのため、次の住宅建設を少し早めたいと考えております」


「今の工事が終わってからではなく?」


「はい」


 父上が顔を上げる。


「理由を聞こう」


「大工や人夫を一度解散させれば、次に同じ人数を集めるまで時間がかかります」


 現在の住宅工事が終わった後で、次の計画を決める。


 それでは、工事のない期間ができる。


 職人たちは別の仕事へ移り、再び集めるのが難しくなるかもしれない。


「今の工事が終わる前に次の区画を決めれば、人員と資材をそのまま移すことができます」


「費用はどうする?」


「今年予定していた倉庫の修繕が、見込みより少ない費用で終わりました。

その残額を住宅建設の準備へ回したいと考えております」


「倉庫の修繕を減らしたわけではないな?」


「必要な箇所はすべて直しております。木材を予定より安く仕入れられたため、費用が残りました」


「次の住宅を建てる場所は?」


「現在の区画の東側です。ただし、以前リオン様からお話のあった将来の主要な排水路を避けております」


 エリアスは地図の一部を指す。


 父上も、指で経路をなぞった。


「道や井戸を先に作る必要があるな」


「はい。まずは測量と井戸の調査から始めます。

住宅そのものを建てるかどうかは、その結果を見て改めて判断していただきます」


 父上はしばらく地図を見ていた。


「よいだろう。測量と井戸の調査までは進めろ」


「ありがとうございます」


「ただし、今の工事を急がせて人員を回すことはするな」


「承知しております」


 エリアスは自分の判断で、移住者の増加と工事に必要な人員を見ていた。


 以前なら、今ある住宅が完成したという報告だけで終わっていたかもしれない。


 今は、その次に必要になることまで考えている。


「住宅の件は以上です」


 エリアスが書類をまとめる。


 父上は頷くと、部屋の端に座っている俺を見た。


「待たせたな」


「いえ」


「市場と公衆浴場を見てきたのだろう?」


「はい」


「排水設備はどうだった?」


 俺は椅子から立ち、執務机の前へ移った。


「問題ありませんでした。公衆浴場の湯も、飲食店から出る水も、滞ることなく流れています」


 父上の表情が少し緩む。


「以前の工事は、今も役に立っているのだな」


「はい。それだけではなく、店の人たちが排水溝を毎日確認し、大きなごみを流さないようにしていました」


「管理も続いているということですか」


 エリアスが確認する。


「うん。工事をしただけでは、今の状態は保てなかったと思う」


「それを聞けて安心しました」


 エリアスも小さく頷いた。


「それなら、今日は問題を見つけなかったのか?」


 父上が尋ねる。


「排水にはありませんでした」


「排水には?」


「別のことが気になりました」


 父上が椅子の背へ身体を預ける。


「聞こう」


「市場の食料が、以前より高くなっています」


「食料が?」


 エリアスがわずかに眉を動かした。


「パンだけではありません。野菜や肉も、全体的に少しずつ上がっていました」


「品物が不足していたのか?」


 父上が尋ねる。


「いいえ。市場には十分に並んでいます。王都と比べれば、今も安いです」


「ならば、すぐに問題というわけではないのだな」


「はい。値段が上がること自体を、悪いとは思っていません」


 父上とエリアスが、そろって俺を見る。


「農家が以前より高く売れて、商人の売上が増える。

店が繁盛して、働く人たちの給料も上がっているなら、領地が発展している結果だと思います」


「では、何が気になる?」


「本当に、収入も上がっているのかです」


 食料が以前より高くなっていても、働く者の収入がそれ以上に増えているなら、生活は苦しくならない。


 以前より多くの物を買える者もいるだろう。


 しかし、収入が変わらないまま、食品だけが高くなっていれば話は違う。


「同じだけ働いても、以前と同じ量を買えなくなります」


「なるほど」


 父上が机を指で軽く叩く。


「物価が上がったかどうかではなく、物価と収入の両方を見たいのだな」


「はい」


 エリアスが尋ねる。


「具体的には、何を確認いたしましょう」


「まず、食品だけが上がっているのかを知りたい」


「食品以外の価格も調べるのですね」


「うん。薪、衣服、家賃、生活道具。それから、荷車を借りる費用や、荷物を運ぶ料金も」


 パンの値段が上がった理由が、小麦の不足とは限らない。


 薪が高くなれば、パンを焼く費用も上がる。


 農村から領都へ運ぶ料金が高くなっていれば、それも販売価格に含まれる。


 店の家賃や、働く者へ支払う賃金が増えた可能性もある。


「食品だけが大きく上がっているなら、食料の供給が追いついていない可能性があります」


「ほかの物も同じように上がっているなら?」


「領都全体で、人や物の動きが増えた影響かもしれません。

人手不足で賃金が上がっている可能性もあります」


 エリアスは紙を取り出し、書き始めた。


「価格は、いつのものと比較いたしますか?」


「できれば過去二年の実績を半年単位で今の価格と比べたい。

ただ、季節によって値段が変わるものもあるよね」


「はい。野菜などは、季節で変わるので前年とも比べた方がよいでしょう」


「それでお願い」


「すべての品目を調べますか?」


「主なものだけでいいと思う」


 パン。


 小麦。


 肉。


 豆。


 よく食べられている野菜。


 薪。


 布や衣服。


 家賃。


 代表的な生活道具。


 住民の暮らしに影響が大きいものから見る。


「次に、働く人たちの収入を調べたい」


「領で雇っている者の日当であれば、すぐに確認できます」


 エリアスが答える。


「市場の店や工房の賃金は?」


「領では把握しておりません。聞き取りが必要です」


「全部の店を調べる必要はないよ」


 領が行う工事の日当。


 荷運びをする者。


 大工や石工。


 工房の見習いと熟練者。


 市場や宿で働く者。


 代表的な仕事をいくつか選び、以前の賃金と比べれば、大まかな変化は見えるはずだ。


「雇う側だけではなく、働いている側にも聞いてほしい」


「回答に違いが出る可能性があるからですか?」


「うん。実際に支払っている額と、受け取っている額が同じとは限らない」


「承知しました」


 エリアスがメモしている。


「それから、値上がりによって利益が増えた人と、苦しくなった人がいるかも知りたい」


「農家や商人は、利益を増やしている可能性がございますね」


「今日話した野菜の店主は、以前より早く売り切れると言っていた。

来年は作る量を増やすと話している農家もいるらしい」


「それなら、値上がりによって生産が増える可能性もあります」


「うん。それは悪いことじゃない」


 価格が上がり、農家の利益が増える。


 それを見て、作る量を増やす農家が出る。


 供給量が増えれば、極端な値上がりも抑えられる。


 自然な流れだ。


「問題は、値上がりの利益を受けられない人です」


「賃金が変わっていない者ですか」


「それだけじゃない」


 怪我や病気で働けない者。


 高齢者。


 幼い子どもの多い家庭。


 日によって仕事があるかどうか変わる者。


 パン一つの値上がりは小さくても、毎日の負担は積み重なる。


「そのような家庭を、どうやって確認いたしましょう」


 エリアスが尋ねる。


「夜間学校、診療所とかに、生活が苦しくなったという相談が増えていないか聞けないかな」


「可能です」


「市場の店にも、客が買う量に変化がないか聞いてほしい」


「買いに来る者の数ではなく、一人が買う量を見るのですね」


「うん。以前はパンを二つ買っていた人が、一つしか買わなくなっているかもしれない」


 市場に人が多いからといって、全員が以前と同じように買えているとは限らない。


 肉を買う回数を減らした家庭もあるかもしれない。


 安い食材だけを選ぶようになった者もいるだろう。


「増えた利益がどこへ流れ、負担が誰に集まっているのかを知りたいんです」


 俺が言うと、父上が静かに頷いた。


「領全体の売上が増えただけでは、十分ではないということか」


「はい。一部の人の収入だけが増えて、他の人の暮らしが苦しくなっているなら、領地全体が豊かになったとは言えません」


 エリアスは書き終えた紙を見直した。


「現在の記録で確認できるのは、穀物の取引価格、市場へ入った量、領が支払っている賃金です」


「人口の変化も分かる?」


「領都については、おおよその人数を把握しております。

西の森は、現在レナードに詳しい確認をさせております」


「それも一緒に見たい」


「はい」


「記録にないものは、聞き取りになるね」


「市場、工房、宿、診療所、夜間学校へ確認いたします」


 エリアスは、少し考えてから続けた。


「まず、すでにある記録をまとめます。その結果を見て、必要な聞き取り先を絞るのがよいでしょう」


「そうだね」


 俺が最初からすべてを決める必要はない。


 何が調べられ、どこから手をつけるべきかは、エリアスの方がよく分かっている。


「いつ頃までに分かりそう?」


「記録だけであれば、数日でまとめられます。その後の聞き取りには、もう少し時間が必要です」


「まず、記録で分かるところまでお願い」


「承知しました」


 エリアスが父上を見る。


「こちらの調査を始めてもよろしいでしょうか?」


「ああ」


 父上は頷いた。


「ただし、通常の仕事を止めてまで急がせる必要はない。

今すぐ食料が不足しているわけではないのだろう?」


「はい」


「だからこそ、慌てず正確に調べろ」


「かしこまりました」


 父上は今度は俺へ視線を向けた。


「それで、値上がりの理由が分かった後はどうする?」


「その結果を見てから考えます」


「今のうちに、南部へ増産を命じるつもりはないのか?」


「ありません」


「他領から買う量を増やすことも?」


「まだ決められません」


 父上が、少し意外そうに目を細めた。


「食料が高くなる可能性を心配しているのではないのか?」


「心配しています。でも、原因が分からないまま人や金を動かせば、必要のない対策をすることになります」


 食品が足りないなら、供給を増やす必要がある。


 だが、原因が輸送費なら、畑を増やしても市場の価格は思ったほど下がらないかもしれない。


 領都全体で賃金も物価も上がっているなら、単純に価格を下げることが住民のためになるとも限らない。


「値上がりの理由が違えば、必要な対策も変わります」


「食料の供給が足りない場合は?」


「領内で増産できるか。生産性を上げられるか。他領から輸入できるかを考えます」


「輸送の費用が原因なら?」


「道、荷車、倉庫、運ぶ人の賃金を確認します」


「収入が追いついていない者だけが苦しんでいる場合は?」


「その人たちへの対応も考えなければなりません」


 父上はしばらく黙っていた。


 やがて、穏やかに頷く。


「分かった。まずは、値上がりの理由を調べろ」


「はい」


「そのうえで、次に何をするかを決める」


「お願いします」


 エリアスが、書き込んだ紙を丁寧に折りたたんだ。


「では、すぐに記録を集めます」


「頼む」


 父上との話を終え、エリアスは書類を抱えて執務室を出ていった。


 机の上には、先ほどまで話していた新住宅区画の地図が残っている。


 人が増えれば、家が必要になる。


 水や道も必要になる。


 そして、暮らす人が増えれば、食べる物も増やさなければならない。


 市場で見つけたのは、パンの小さな値上がりだった。


 だが、その理由はまだ分からない。


 農家が以前より利益を得られるようになった結果なのか。


 輸送や人件費が高くなったのか。


 人口の増加に供給が追いつかなくなっているのか。


 それとも、それらすべてが少しずつ重なっているのか。


 値段が上がったという結果だけを見て、対策を決めることはできない。


 まずは、値上がりの中身を知る。


 次の手を決めるのは、それからだった。



最後まで読んでいただきありがとうございます。

少しでも何かを感じて頂けたら評価とブックマークで応援いただけると執筆の励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
妥当ですな 弱いものにしわ寄せが行ってるならそういう人間にもできる仕事を作ることが必要 町にスラムが出来るのは犯罪率の増加を招くので非常に危険 まあそこまではいってないでしょうけどね まずは物乞いが目…
物価が上がっても賃金が上がらない。高齢者や弱い者。まるで今の日本ですね。でも、ハル領にはハル家とリオンが居ます。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ