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45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: アカメノコバチ
第17章 王立学院五年 夏休み

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第378話 賑わいの下を流れるもの

 住宅区画を出た俺とレナードは、領都へ戻る前に、温泉のある一角へ向かった。


 まだ日が沈むには早い時間帯。


 それでも温泉の周囲には、すでに多くの人が集まっていた。


 森から戻ってきた冒険者。


 荷馬車を道の端へ止めた商人。


 リバーシ工房の仕事を終えた者たち。


 温泉の入口では、順番を待つ者たちが楽しそうに話している。


 そのまわりには、以前に比べてさらに店が増えていた。


 肉や山菜を焼く食事処。


 酒と軽食を出す店。


 冒険者向けの保存食や道具を扱う店。


 少し離れた場所には、商人や旅人が泊まれる宿も新しいのが建てられている。


「ずいぶん増えたな」


 思わず足を止めた。


 二年前、ヴィクトルたちと温泉に入っていたころが懐かしい。


 あの頃から人は集まり始めていたが、ここまで店が増えるとは思っていなかった。


「現在では、温泉を目的に西の森へ来る者もおります」


 レナードが説明する。


「森へ入る冒険者や、工房で働く者だけではありません。

領都へ向かう商人や旅人が、ここで休憩することも増えました」


「温泉に入るために、わざわざ立ち寄る人もいるの?」


「はい。食事を取り、一泊してから出発する者もおります」


 食事処の前では、湯上がりらしい男たちが料理を囲んでいた。


 その隣では、商人らしき二人が店主と話している。


 以前は、西の森での仕事が終われば、多くの者がそのまま領都へ戻っていた。


 今は温泉へ入り、食事をして、場合によっては泊まっていく。


 人が留まるようになったことで、新しい商売も生まれたのだ。


「もう西の森へ来る理由は、仕事だけではなくなったんだね」


「はい。温泉を中心に、人の流れが変わり始めています」


 レナードの言葉を聞きながら、俺は温泉の先に広がる森へ目を向けた。


 人や建物が増えたとはいえ、西の森の大部分はまだ木々に覆われている。


「西の森全体から見れば、今、人の手が入っているのは一割くらいだよね?」


「その認識で間違いございません」


 現在開拓しているのは、領都側の入口から、温泉、工房、住宅区画へ続く一帯だけだ。


 その先には、まだ十分に調査されていない場所も多い。


「その一割の開拓は、今どこまで進んでいるの?」


 レナードは少し考えてから答えた。


「当初の計画に対しては、六割ほどです」


「六割か」


「主要な道と井戸、管理所、共同宿舎は整いました。

温泉周辺の店も増え、リバーシ工房も稼働しております」


 レナードは周囲を見渡す。


「一方で、住宅区画はまだ途中です。倉庫や荷車置き場も不足しております。

宿も、今の数ではいずれ足りなくなるでしょう」


「子どもの学校も、これからだね」


「はい。排水設備や火災への備えも、今後さらに整える必要があります」


「当初の計画が全部終わるまで、あとどれくらいかかりそう?」


「現在の人員を維持できれば、一年ほどで一通り整えられると思います」


 そこでレナードは、少し言葉を区切った。


「ただ、移住を希望する者や、店を出したいと申し出る者が、想定より増えております」


「今の計画を終える前に、次の場所が必要になるかもしれない?」


「はい。その可能性はございます」


 それを聞き、俺はもう一度、西の森の奥を見る。


 今開拓しているのは、全体の一割ほど。


 その一割さえ、まだ六割しか整っていない。


 それでも人は増え、家族が暮らし、工房や店が生まれている。


「俺は、西の森を木を切って運ぶだけの場所にはしたくないんだ」


 レナードが俺を見る。


「働く人が家族を呼んで暮らせる。子どもが学べる。工房で新しい仕事が生まれる」


 温泉へ向かう冒険者たちが、俺たちの横を通り過ぎていく。


「冒険者が森へ向かう拠点になって、商人や旅人も安心して休める。

温泉や食事を目的に来る人も増える」


「街として、さらに発展させるお考えなのですね」


「うん。でも、領都と同じ街をもう一つ作りたいわけじゃない」


 領都には、領都の役割がある。


 政治や商業の中心として、人と物が集まる場所だ。


「西の森では、森の仕事や工房、温泉を中心にした、この場所だから作れる街にしたい」


 レナードは、しばらく何も言わずに周囲を見回した。


 温泉。


 店。


 工房から帰る者たち。


 領都では見られないものが、すでにここには集まり始めている。


「現在開拓している一割は、その街の最初の区画なのですね」


「そうだね。まだ、西の森の入口を作っている段階だと思う」


「承知しました」


 レナードの声が、少しだけ力強くなる。


「では、現在の区画を完成させるだけではなく、その先へつなげられる形で整えてまいります」


「頼むよ」


 俺が温泉周辺へ目を戻した、その時だった。


 視界の中に、文字が浮かび上がる。


 《綻びの目》が反応した。


≪排水処理能力:許容範囲内≫

≪利用水量:増加傾向≫

≪飲食店排水処理:不統一≫

≪油脂・固形物の蓄積:軽度≫


 今すぐ問題が起きるわけではない。


 だが、このまま人と店が増えれば、今の設備では足りなくなる。


 俺は食事処の裏へ視線を向けた。


 地面には細い溝が掘られ、使い終えた水が流れている。


 別の店の裏にも排水溝があったが、流れる方向も作り方も少し違っていた。


「レナード。温泉や店から出る水は、今どう処理しているの?」


「温泉の湯は専用の溝を通して、住宅区画から離れた場所へ流しております」


「飲食店は?」


「それぞれの店の裏に排水溝を設けています。

食べ残しを水と一緒に流さないよう、店主たちには伝えております」


「きちんと守られている?」


 レナードはすぐには肯定しなかった。


「店によって差がございます」


 やはり、そうらしい。


「大きな食べ残しを取り除いている店もあれば、細かなものはそのまま流している店もございます。

油も、完全には分けられておりません」


「排水溝は詰まっていない?」


「現在は定期的な掃除で対応できております。

ただ、以前より掃除の回数は増えました」


「今の店の数なら大丈夫。

でも、この一割の開拓が全部終わった後も、同じ方法で対応できる?」


 レナードは温泉周辺に並ぶ店を見た。


「難しいと思います」


「やっぱりそうだよね」


「飲食店や宿がさらに増えれば、使う水の量も増えます。

現在の排水溝では、足りなくなるでしょう」


 まだ悪臭もない。


 水があふれているわけでもない。


 今なら、問題が起きる前に対処できる。


「まず、排水路を広げよう」


「どの程度でしょうか?」


「今の店の数じゃなくて、今開拓している場所が全部完成した時の量を考えて」


 既存の排水溝を広く、深くする。


 途中で水が溜まらないよう、流れる方向や地面の傾きも確認する。


 汚れや泥を取り除きやすい場所も必要だ。


「温泉から出る湯と、飲食店から出る水は、これからも分けた方がいい」


「承知しました」


「飲食店の流し方も揃えよう」


 店ごとにやり方が違えば、どこか一つだけが原因で溝が詰まることもある。


「食べかすは籠で受け止める。油は水へ流さず、別の容器に集める」


「細かな汚れについては、どういたしますか?」


「水をすぐ溝へ流さず、一度溜める場所を作るのはどうかな。

重い汚れを底へ沈めて、上の水だけを流す」


「各店の裏に、小さな溜め場を作るのですね」


「うん。それと、店ごとに勝手な方向へ流さないように、水の出口も決めよう」


「井戸や住宅区画から離れた方向へまとめます」


「お願い」


 レナードは、いつものように小さな板を取り出し、必要なことを書き始めた。


「現在の店舗数と宿の数を確認いたします。

各店が使用する水の量も、可能な範囲で調べましょう」


「排水溝の掃除に、どれくらい人手がかかっているかも知りたい」


「今後建設予定の店や住宅も含め、必要な工事と費用をまとめます」


「頼むよ」


 領都でも、人や建物が増えてから問題が起きたわけではない。


 増えた時に困ると分かったから、その前に排水路を整えた。


 西の森も、いずれ同じ段階へ進む。


 今は、既存の溝を広げ、処理方法を揃えれば対応できる。


 だが、開拓がさらに先へ進めば、いずれ領都と同じような本格的な排水路が必要になるかもしれない。


 建物が並んだ後で壊して掘り返すより、今から水路を通せる場所を残しておいた方がいい。


 それは、もう少し先の話だ。


「賑わいを抑えたいわけじゃないんだ」


 俺が言うと、レナードが顔を上げた。


「これからもっと人や店を増やせるように、先に水の流れを整えたい」


「はい。成長を止めないための工事として進めます」


 その言葉に、俺は頷いた。


 ◇


 話がまとまった頃には、工房の仕事を終えた者たちが次々と温泉へ集まり始めていた。


 入口から白い湯気が漂ってくる。


 肉を焼く匂いも混ざり、温泉周辺はますます賑やかになっていた。


 俺は、その湯気をしばらく眺めた。


 二年前に作って以来、領都へ戻るたびに気になっていた。


 そういえば、しばらく入る機会がなかったな。


「レナード」


「何でしょうか?」


「領都へ戻る前に、温泉へ入っていってもいい?」


 レナードは少し意外そうに目を瞬かせた。


 それから、すぐに笑みを浮かべる。


「もちろんでございます。馬車には、出発が遅くなると伝えておきます」


「ありがとう」


 温泉は、二年前よりも広くなっていた。


 脱衣所も広くなり、身体を洗う場所も増えている。


 湯の中では、工房の職人や冒険者たちが、仕事の話をしながら笑っていた。


 俺も身体を洗い、ゆっくりと湯へ浸かる。


 温かさが、足先から身体全体へ広がっていく。


「……やっぱり、気持ちいいな」


 思わず声が漏れた。


 今日見た工房。


 家族が暮らす住宅区画。


 これから作る子どもたちの学校。


 温泉の周囲に増えた店と人々の賑わい。


 西の森は、これからもっと大きくなる。


 そのために考えることは、いくらでもある。


 だが今だけは、湯の中で手足を伸ばすことにした。


「……領都へ戻るの、もう少し後でもいいかな」




最後まで読んでいただきありがとうございます。

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