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45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: アカメノコバチ
第17章 王立学院五年 夏休み

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第377話 子どもたちの学校

「では、私は夜間学校へ向かいます」


 マリウスは書面を抱え直し、工房の入口で頭を下げた。


「今日はありがとう。夜間学校のことも、これからよろしく頼むよ」


「承知いたしました」


 マリウスが工房を出ていく。


 俺も屋敷へ戻ろうとしたところで、レナードに呼び止められた。


「リオン様。お時間がございましたら、もう一か所ご覧いただきたい場所がございます」


「どこ?」


「西の森の住宅区画です」


「家は増えたの?」


「はい。まだすべてではありませんが、すでに暮らし始めている家族もおります」


「見に行こう」


 俺はレナードとともに、工房をあとにした。


 ◇


 住宅区画は、リバーシ工房から少し離れた場所に作られていた。


 工房へ資材を運ぶ荷車が、生活する者たちの近くを通らないよう、道も分けられている。


 まだ十数軒ほどだが、軒先には洗濯物が干され、家の脇には小さな畑も作られていた。


 煙突から煙が上がり、どこかから煮込み料理の匂いが漂ってくる。


 道の端では、子どもたちが枝を剣に見立てて走り回っていた。


「本当に、暮らす場所になったんだね」


「はい。定住を認めた者から、少しずつ家族を呼んでおります」


 レナードと歩いていると、一人の男がこちらに気づいた。


「リオン様!」


 声を上げたのはトーマだった。


 以前、西の森で真面目に働き続け、妻と娘を呼びたいと願っていた男だ。


 トーマの隣には、一人の女性と、小さな女の子が立っている。


「妻のリサと、娘のエナです」


 二人は緊張した様子で頭を下げた。


「は、はじめまして、リオン様」


「そんなに固くならなくていいよ。西の森での暮らしはどう?」


 リサは一度夫を見てから、答えた。


「家族で暮らせるだけでも、ありがたく思ってます」


「以前は離れて暮らしていたんだよね」


「はい。夫がいつ戻れるのかも分からず、娘と二人で待っておりました」


 トーマが申し訳なさそうに視線を下げる。


 だが、リサはそんな夫の腕へそっと手を添えた。


「今は毎日、一緒に食事ができます。それだけでも、以前とはまったく違います」


「お父さん、毎日帰ってくるよ!」


 エナが嬉しそうに言った。


 トーマは照れたように笑う。


 西の森に仕事ができた。


 住む家ができた。


 その二つがそろったことで、離れていた家族が一緒に暮らせるようになったのだ。


「リサも、西の森で働いているの?」


「はい。リバーシ工房で、駒を磨く仕事をいただいてます」


「夜間学校にも通っています」


 トーマが付け加える。


「まだ、自分の名前をゆっくり書けるようになったくらいですが……」


「それでも、以前より任せていただける仕事が増えました」


 リサの声には、少し誇らしさがあった。


「いつか、完成した数を記録する仕事もできるようになりたいと思ってます」


「きっとできるよ」


 そう答えると、リサは嬉しそうに頭を下げた。


 工房で見た者たちと同じだ。


 学んだことで、選べる仕事が増えている。


 そして、その収入が家族の暮らしを支えている。


 ◇


 トーマたちと別れ、住宅区画の奥へ進む。


 子どもの数は、思っていたより多かった。


 道で遊ぶ者。


 家の前で幼い弟や妹を見ている者。


 母親の仕事を手伝い、水を運んでいる者もいる。


 その中には、まだ七つか八つほどにしか見えない子どももいた。


「子どもたちは、日中いつもここにいるの?」


「多くは、家の近くで過ごしています」


 レナードが答える。


「年長の子が、幼い子の面倒を見ることもあります。

親が仕事へ出られず、家に残っている場合もございます」


「働きたいけど、子どもを置いていけない人もいる?」


「はい。特に幼い子を持つ母親から、何件か相談を受けています」


 リバーシ工房では、駒磨きや箱詰めなど、経験の少ない者でも始められる仕事が増えている。


 働きたい者はいる。


 だが、子どもを一人にしてまで働くことはできない。


「文字や計算を学びたい子どももおります」


「夜間学校へは行けないの?」


「授業が終わる時間が遅いため、幼い子には難しいかと」


「そうだよね」


 俺は走り回る子どもたちを眺めた。


 以前から考えていたことがある。


 夜間学校だけではなく、いずれは子どもたちが学ぶ場所も作りたいと思っていた。


 だが、教師も建物も足りなかった。


 西の森で暮らす家族も、まだほとんどいなかった。


 今は違う。


 夜間学校の運営は軌道に乗り、文字や数字を学んだ者も増えている。


 西の森には家族が暮らし、子どもの数も増え始めた。


 始めるなら、今かもしれない。


「レナード」


「何でしょうか?」


「夜間学校の建物を、昼にも使えないかな?」


「昼にも、ですか?」


「夜は大人が学ぶ。昼は子どもたちが学ぶ場所にするんだ」


 レナードは少し驚いたように目を見開いた。


「子どものための学校を作る、ということでしょうか」


「うん」


 この世界で、幼い頃から文字や計算を学べるのは、ほとんどが貴族か裕福な商人の子どもだけだ。


 平民の子どもは家の仕事を手伝い、必要になった時に少しずつ覚える。


 それでは、学ぶ機会を得られないまま大人になる者も多い。


 前世では、家が裕福かどうかに関係なく、子どもは学校へ通っていた。


 すべての子どもが同じように学べたわけではない。


 それでも、幼い頃から文字や数字に触れられる場所はあった。


「最初から難しいことを教える必要はないと思う」


「では、何を?」


「自分の名前を読んで書く。数を数える。簡単な足し算や引き算をする。

それから、危険や避難を示す札を読めるようにする」


 西の森では、危険な場所や退避先を示す札が使われている。


 子どもの頃から意味を理解していれば、自分の身を守ることにもつながる。


「幼い頃から学べれば、大人になってから覚えるより早いと思うんだ」


「確かに、子どもは覚えるのが早いと聞きます」


「それに、子どもが昼間に安全な場所で過ごせれば、親も安心して働ける」


 レナードが住宅区画を見渡した。


「今は、子どものために仕事へ出られない者もおります」


「学校があれば、その人たちも働けるようになるかもしれない」


 工房だけではない。


 食堂。


 衣服の修繕。


 記録の補助。


 これから領の事業が増えれば、必要な働き手も増えていく。


 子どもが安全に学べる場所があることで、働ける親が増えるなら、領の成長にもつながる。


 だが、それは学校を作る一番の理由ではない。


 働き手を増やすためだけに、子どもを集めるわけではない。


「まずは、子どもたちが安全に過ごして、学べる場所を作りたい」


「はい」


「その結果として、親も働きやすくなる。それが一番いいと思う」


 レナードはゆっくりと頷いた。


「リオン様は、学校も領地に必要な設備だと考えておられるのですね」


「そうだね」


 道がなければ、人も荷物も動けない。


 井戸がなければ、生活できない。


 家がなければ、家族で暮らせない。


「学校も、それと同じだと思う」


「道や井戸と同じ、ですか」


「住民が安心して暮らせる場所を作るなら、子どもが過ごし、学べる場所も必要だから」


 前世では、学校も社会を支える当たり前の仕組みだった。


 この世界では、まだ当たり前ではない。


 だからこそ、ハル領から少しずつ始めてみたい。


 ◇


「しかし、教師はどういたしましょう」


 レナードの指摘はもっともだった。


「マリウス殿は、昼間はローデン商会の仕事がございます」


「マリウスに全部任せるつもりはないよ」


 夜間学校で学んだ者の中には、すでに簡単な読み書きや計算ができる者もいる。


 その中から、子どもに教えることが得意な者を探す。


「最初は、毎日じゃなくてもいいと思う」


「週に数日から、ということですか?」


「うん。午前中だけでもいい。まずは小さく始めて、子どもの人数や必要な教師の数を確かめよう」


「幼い子の面倒を見る者も必要になります」


「読み書きを教える人と、子どもたちを見守る人は、別でもいいかもしれないね」


「食事はどういたしますか?」


「最初は家で食べてもらう。慣れてから、必要なら昼食も考えよう」


 いきなり前世と同じ学校を作ることはできない。


 今のハル領でできる範囲から始める必要がある。


「費用も計算しなければなりません」


「父上に相談するよ。エリアスにも、教師の報酬や教材にどれくらいかかるか調べてもらう」


「夜間学校の建物を使うのであれば、新しく建てる費用は抑えられます」


「昼に使う分の机や教材は必要になるけどね」


 レナードは、すでに頭の中で必要なものを整理し始めているようだった。


「夜間学校で学んだ者の中から、教師の候補を探してみます」


「子どもの世話が得意な人もお願い」


「承知しました」


「まだ始めると決まったわけじゃないから、候補を探すだけでいいよ」


「はい。ですが、必要としている者は多いと思います」


 レナードの視線の先では、年長の少女が幼い子どもの手を引いていた。


 あの少女も、本来なら学べる年齢なのかもしれない。


 ◇


 屋敷へ戻るため、住宅区画の入口へ向かう。


 途中で、地面に座り込んでいるエナを見つけた。


 手には細い枝を持ち、土の上へ何かを書いている。


 隣には母親のリサがいた。


「ここは、もう少し長く書くのよ」


「こう?」


「そう。上手に書けているわ」


 土の上に書かれていたのは、まだ少し形の崩れた文字だった。


 おそらく、エナ自身の名前だ。


 夜間学校で学んだ母親が、娘へ文字を教えている。


 俺たちが近くを通ると、エナが顔を上げた。


「リオン様、見て!」


「名前を書いているの?」


「うん。お母さんに教えてもらったの」


「上手だよ」


 そう答えると、エナは満足そうに笑った。


 家があり、仕事があり、食べるものがある。


 それだけでも、以前の西の森よりずっと暮らしやすくなった。


 けれど、子どもたちがこれからもここで育っていくなら、学ぶ場所も必要になる。


 学校もまた、ハル領で安心して暮らすための、道や井戸と同じ基盤になるのだ。



最後まで読んでいただきありがとうございます。

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