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45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: アカメノコバチ
第16章 王立学院五年 一学期

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第375話 学びが仕事になる場所

「こちらが、リバーシ専用工房です」


 レナードに促され、俺は大きな入口をくぐった。


 中へ入った瞬間、木を切る音と、表面を磨く音が一斉に耳へ届く。


 外から見た時も大きいとは思ったが、中はそれ以上に広かった。


 いくつもの作業台が並び、それぞれ違う作業が行われている。


 入口に近い場所では、大きな木材を盤の形に切り出していた。


 その奥では、切り出した盤の表面を磨いている。


 さらに別の作業台では、細い道具を使って盤面へ縦横の線を引いていた。


「全部、同じ場所で作っているんだね」


「はい。ただし、一人が最初から最後まで作るわけではありません」


 レナードが工房の奥を指す。


「木材の切り出しは、木工に慣れた者が担当します。

表面を磨く者、線を引く者、箱を作る者も、それぞれ分けています」


 別の区画では、小さく切り出された丸い駒がいくつも並べられていた。


 一方の面を白くし、裏側を黒くする。


 その隣では、塗り残しや傷がないかを一枚ずつ確認している。


「半年前に話はしたけど、ここまで細かくなっているとは思わなかったよ」


「実際に始めてみると、その方が早かったのです」


 レナードは作業台の間を歩きながら説明する。


「一人ですべてを作ろうとすると、どうしても得意ではない作業が混ざります。

ですが、同じ作業を続ければ、経験の浅い者でも少しずつ上達します」


「品質も揃えやすい?」


「はい。盤の厚さや駒の大きさについても、見本と比べながら作るようにしています」


 作業台の端には、完成品の見本が置かれていた。


 盤の大きさ。


 駒の厚さ。


 箱の形。


 どれも、その見本に合わせるようになっているらしい。


 ただ大勢で作っているわけではない。


 同じ品質のものを作るための仕組みが、工房の中に作られていた。


 ◇


 工房の奥へ進むと、盤や駒を作る場所とは少し違う区画があった。


 そこでは、完成した駒を数え、箱へ詰めている。


 働いている者の中には、木工職人には見えない者も多かった。


 若い者だけではない。


 以前は西の森で力仕事をしていた中年の男や、出稼ぎに来て定住を希望した者もいる。


「ここで働いているのは、職人だけじゃないんだね」


「はい。木を正確に切る作業は職人に任せています。

ですが、磨きや確認、箱詰めには別の技術が必要です」


 レナードが一人の青年へ声をかけた。


「作業を続けてくれ」


「はい」


 青年は一度頭を下げ、すぐに手元へ視線を戻した。


 どこかで見た顔だ。


 少し考えて、思い出した。


「以前、仮役場で記録係を手伝っていた人だよね?」


 声をかけると、青年は驚いたように顔を上げた。


「覚えていてくださったのですか?」


「名前や数字を木板へ書いていたよね」


「はい。あの頃は、名前を写すだけでも時間がかかっていました」


 青年の前には、完成した箱の数や、不良品として取り除いた駒の数が記された板が置かれている。


「今は、何を担当しているの?」


「駒の確認と、完成品の記録です。

箱へ入れる駒の数を確かめて、その日に完成した数を書いています」


「自分で計算もしているの?」


「簡単なものだけですが」


 そう答える青年の表情には、以前にはなかった自信があった。


 レナードが説明を加える。


「工房で記録や確認を担当している者の多くは、夜間学校で読み書きや計算を学んだ者です」


「こんなに多く?」


「はい。学んだ者が増えたことで、職人以外にも任せられる仕事が増えました」


 周囲を見る。


 完成品の数を書く者。


 不良品を分ける者。


 箱に送り先の札を取りつける者。


 どの仕事にも、文字や数字が使われている。


「夜間学校では、今もマリウスが教えているんだよね?」


「はい。ローデン商会ハル領支店の仕事を終えた後、こちらへ来てくださっています」


 ローデン商会ハル領支店を任されている、マリウス・デント。


 支店長として忙しいはずだが、夜間学校の指導も続けてくれているらしい。


「週に数回、読み書きや計算を教えていただいています。

最近では、帳面の付け方や、品物の数を確認する方法も授業に加わりました」


「商会で使っている知識か」


「はい。マリウス殿は、ただ文字を覚えるだけではなく、仕事で使えるようにならなければ意味がないとおっしゃっています」


 いかにもマリウスらしい考え方だった。


 文字を読めるようになる。


 数字を数えられるようになる。


 それだけでも大きな変化だ。


 けれど、その知識を生かせる場所がなければ、暮らしは簡単には変わらない。


「夜間学校で学んだ人を、これだけ多く雇えているんだね」


「はい」


 レナードは工房の中を見回した。


「読み書きのできる者が増えなければ、この規模の工房を動かすことはできませんでした」


 学んだから、任せられる仕事が増えた。


 仕事が増えたから、学んだ知識が収入へ変わった。


 夜間学校を始めた時、ここまでの光景は想像していなかった。


「嬉しいな」


 思わず、言葉が漏れた。


「俺たちが教えたことが、ちゃんと仕事につながっている」


「はい。工房で働きたいから、夜間学校へ参加したいという者も増えています」


「今度は、仕事が学ぶ理由になっているんだね」


 以前は、文字を覚えて何になるのか分からない者もいた。


 だが、学べば任せてもらえる仕事が増えると分かれば、授業を受ける意味も見えやすい。


 学びが仕事になり、仕事が次の学びを生む。


 その流れが、西の森の中で始まっていた。


 ◇


「こちらが、箱詰め前の最終確認です」


 レナードに案内された作業台には、大きな木の板が置かれていた。


 板には、丸いくぼみが規則正しく並んでいる。


 縦に八つ。


 横にも八つ。


 合わせて六十四個だ。


 作業員は完成した駒を一枚ずつ、そのくぼみへ置いていた。


 すべてのくぼみが埋まれば、必要な駒が揃っていると分かる。


「一枚ずつ数えているわけじゃないんだね」


「最初は声に出して数えていました」


 レナードが答える。


「ですが、途中で話しかけられたり、別の箱の駒が混ざったりすると、数え間違いが起きました」


「それで、この板を?」


「はい。夜間学校で数を学んだ者が考えました。

盤と同じように並べれば、足りない場所がすぐに分かるのではないかと」


 俺は六十四個のくぼみを眺めた。


 単純な仕組みだ。


 だが、一枚ずつ数えるより間違いにくい。


 誰が作業しても、同じ方法で確認できる。


「良い方法だね」


「私もそう思います。

それからは、駒が足りないまま箱へ入ることがほとんどなくなりました」


 俺がいなくても、現場の者たちが自分で考え、仕事を良くしている。


 そのことが、何より嬉しかった。


 作業員が六十四個のくぼみをすべて埋める。


 確認を終えると、駒を箱の中へ移していった。


「箱には六十四枚ぴったり入れているの?」


「はい。盤をすべて埋めるために必要な数です」


 それで遊ぶことはできる。


 だが、長く使い続ければどうなるだろう。


 小さな駒だ。


 床へ落としたまま見つからなくなることもある。


 子どもが遊べば、別の場所へ持っていってしまうかもしれない。


 前世でも、小さな部品を一つなくしただけで、製品全体が使えなくなることがあった。


「レナード」


「はい」


「六十四枚ぴったりじゃなくて、いくつか余計に入れてもいいんじゃないかな?」


「余計に、ですか?」


「遊んでいるうちに、駒をなくす人もいると思うんだ。

一枚なくしただけで使えなくなったら困るだろ?」


 レナードは箱の中を見つめた。


「確かに、駒を紛失したという相談が、ローデン商会へ届いたことがあります」


「もうあったんだ」


「はい。今のところは、支店に残していた予備の駒を渡して対応しています」


「だったら、最初から箱に入れておこう」


「何枚ほどでしょうか?」


 俺は少し考える。


 一枚や二枚では心もとない。


 だが、多すぎれば材料も箱の大きさも変わる。


「四枚くらいならどうかな?」


「四枚であれば、今の箱にも収まりそうです。

材料費への影響も、それほど大きくはありません」


「普通の六十四枚と混ざらないように、分けて入れた方がいいね」


「箱の端に、小さな仕切りを作りましょう」


 レナードは近くにあった板へ、すぐに書き込んでいく。


「予備の四枚だと分かる札も必要です」


「文字が読めない人もいるから、駒を四つ並べた印を描くのはどう?」


「分かりやすいと思います」


 箱を作っている担当者も呼ばれ、その場で仕切りの位置について話し始める。


 六十四枚の駒に、予備の四枚を加える。


 わずかな違いだ。


 けれど、買った後に長く遊ぶ者にとっては、大きな違いになるかもしれない。


「次に作る分から試してみよう」


「承知しました。ローデン商会にも、予備駒を加えることを伝えます」


 ◇


 工房のさらに奥には、完成した木箱が送り先ごとに積まれていた。


 すべての箱に、ローデン商会の印が付いている。


「ここで完成したリバーシは、全部ローデン商会へ送るんだよね?」


「はい。まず領都のハル領支店へ運び、そこから王国各地へ送られます」


 ハル領とローデン商会は、リバーシの専売契約を結んでいる。


 ハル領が製造と品質管理を担当し、ローデン商会が販売と輸送を担う。


 ハル領だけで、王国各地へ売り歩くことはできない。


 支店や取引先を持つローデン商会だからこそ、遠く離れた土地まで届けられる。


「最近は、どこで売れているの?」


「王都が最も多いですが、各地方の領主館や宿屋からも注文が入っています。

商人の家や、商会の待合室に置くために購入する者も増えているそうです」


「貴族だけが買っているわけじゃないんだね」


「はい。高価な装飾を加えたものだけでなく、一般向けのものもよく売れています」


 それを聞いて安心した。


 身分の高い者だけが楽しむ遊びにしたいわけではない。


 家族や友人が、向かい合って遊べるものとして広がってほしいと思っていた。


 積まれた箱の一つを持ち上げる。


 中には盤と駒、そして遊び方を書いた説明書が入っている。


 やがてここへ、予備の四枚も加わることになる。


 俺は工房を振り返った。


 木を切る者。


 盤を磨く者。


 駒の塗りを確認する者。


 六十四枚を並べる者。


 箱へ送り先を書く者。


 その多くが、夜間学校で文字や数字を学んだ者たちだった。


 教室で覚えた数字が、今は商品の数を確かめている。


 覚えた文字が、王国各地へ向かう箱の行き先を示している。


 一つの遊び道具が仕事を生み、その仕事が学ぶ理由を生んでいた。


 ここは、リバーシを作るだけの工房ではない。


 学んだことを、暮らしへ変える場所になっていた。



最後まで読んでいただきありがとうございます。

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