第374話 成長
翌朝。
俺は屋敷の裏手にある騎士団の訓練場へ向かった。
まだ朝の空気は涼しい。
訓練場では、すでに何人もの騎士が木剣を振っていた。
掛け声と、木剣が打ち合う音が響いている。
「リオン様」
俺に気づいた騎士たちが、次々と頭を下げる。
「久しぶり。今日は俺も参加していいかな?」
「もちろんです」
答えたのは、騎士団長のノルだった。
王都まで迎えに来てくれた時とは違い、今は騎士団の訓練着を身につけている。
「ちょうど基礎訓練が終わったところです」
「それなら、少し相手をしてくれない?」
俺が言うと、近くにいた騎士たちがこちらを見る。
ノルは少しだけ目を細めた。
「久しぶりですね」
「ああ。学院では仲間たちと模擬戦をやったりしてたけど、ノルとはしばらくやってないから」
「分かりました」
ノルは木剣を一本、俺へ投げ渡した。
受け取って軽く振る。
「始めますか?」
「ああ」
俺たちは訓練場の中央で向かい合った。
周囲の騎士たちが、自然と場所を空ける。
◇
合図と同時に、俺は踏み込んだ。
正面から振り下ろした木剣を、ノルが受ける。
乾いた音が響いた。
以前なら、打ち合った瞬間にこちらの腕が押し戻されていた。
だが、今回は違う。
ノルの木剣を押し込むことはできなかったものの、こちらも簡単には崩されなかった。
「力がつきましたね」
「分かる?」
「以前より、剣が重くなっています」
ノルはそう言いながら、俺の木剣を横へ流した。
体勢を崩される前に、一歩下がる。
力は増している。
だが、それだけでノルに勝てるほど甘くはない。
俺は息を整えながら、足元へ魔力を流した。
浮遊魔法。
本来は体を浮かせる魔法だ。
だが、完全に浮かぶ必要はない。
体にかかる重さを一瞬だけ軽くすれば、同じ力で地面を蹴っても、より速く動ける。
俺は体重を軽くし、右へ踏み出した。
「――っ」
ノルの視線が動く。
一気に間合いを詰め、横から木剣を振るう。
受けられた。
だが、そのまま逆側へ回り込む。
浮遊魔法を使った足運びなら、方向を変える時の負担も小さい。
前へ。
横へ。
再び後ろへ。
俺は細かく位置を変えながら、木剣を打ち込んでいった。
ノルは後退しながら、最小限の動きで受け流していく。
それでも、いつもより余裕がない。
俺の剣先がノルの肩近くを通り抜ける。
周囲から小さな声が上がった。
「速くなりましたね」
ノルが一歩下がる。
「学院で覚えたんだ」
「なるほど」
ノルは短く答えた。
驚いてはいる。
だが、すぐにこちらの動きへ合わせてきた。
俺が踏み込むたび、ノルは剣の角度をわずかに変え、攻撃を受け流す。
速く動けば、その分だけ自分の体勢も崩れやすい。
浮遊魔法で体を軽くしている間は、踏み込みの重さも弱くなる。
「速いだけでは、崩れません」
ノルの木剣が俺の横腹を狙う。
身をひねって避けた。
木剣の先が服をかすめる。
あと少し遅ければ、そこで終わっていた。
俺は距離を取り直す。
浮遊魔法による速さだけでは、ノルを押し切れない。
なら、速さと重さを分けて使えばいい。
◇
再び体を軽くする。
俺が一直線に踏み込むと、ノルが木剣を構えた。
これまでと同じ高速移動を受けるつもりなのだろう。
俺は間合いへ入る直前、浮遊魔法を解除した。
体に重さが戻る。
足の裏が、強く地面を捉えた。
そのまま深く踏み込み、腰を回す。
成長した体の力を、すべて木剣へ乗せる。
「はっ!」
振り下ろした木剣を、ノルが正面から受けた。
激しい音が訓練場へ響く。
ノルの体が押され、右足が一歩後ろへ下がった。
「団長が押されたぞ」
騎士の誰かが声を漏らす。
手応えはあった。
だが、次の瞬間。
木が裂ける音がした。
「え?」
俺の木剣が、中央から折れていた。
折れた剣先が地面へ落ちる。
ノルの木剣は、俺の首元で止まっていた。
「武器を失いましたな」
ノルが静かに言う。
俺は手元に残った木剣を見る。
「当てることばかり考えて、木剣が耐えられるかまで考えてなかった」
「それも戦いの一部です」
「剣が折れたら、どれだけ強く打てても意味がないな」
「はい」
負けは負けだった。
だが、ノルは木剣を下ろすと、少し嬉しそうに笑った。
「以前なら、私を一歩下げることもできませんでした」
「今回は下がったよね?」
「一歩だけです」
「一歩でも十分だよ」
「そうですね」
ノルは折れた木剣を拾う。
「体の使い方も変わりました。速さだけでなく、重さへ切り替えた判断もよかったと思います」
「でも、最後は折れた」
「次は、武器が耐えられる範囲で使えばよいのです」
「簡単に言うな」
「リオン様なら、すぐにできるようになります」
ノルは折れた部分を確認しながら言った。
「また強くなりましたね」
その声には、騎士団長としての評価だけではなく、俺の成長を喜ぶ気持ちが混じっていた。
「次は折らずに勝つよ」
「楽しみにしています」
◇
訓練を終え、汗を拭いていると、訓練場の入口にレナードが現れた。
「リオン様」
「レナード。もう来ていたのか」
「はい。西の森へ向かう準備が整いました」
レナードは訓練場へ目を向け、折れた木剣に気づく。
「何かあったのですか?」
「少し強く打ち込みすぎた」
「リオン様の木剣が折れました」
ノルが補足する。
「それは……お怪我はありませんか?」
「大丈夫。負けただけだよ」
「リオン様の成長には驚かされます」
「木剣を折ったことを褒められても困るな」
着替えを済ませ、俺はレナードとともに馬車へ乗った。
ノルは騎士団の訓練と、領内の警備に関する仕事が残っている。
「西の森は任せました」
「ああ。また後で」
馬車が屋敷を離れ、西の森へ向かう。
◇
西の森へ続く道には、以前より多くの荷車が行き交っていた。
領都へ運ばれる木材。
食料や道具を積み、西の森へ向かう荷車。
中には、小さな木箱をいくつも積んだものもある。
「あれは何を運んでいるんだ?」
「完成した品です」
「完成した品?」
「到着すれば分かります」
レナードは、わずかに楽しそうな顔をした。
西の森の入口へ近づくと、木を削る音が聞こえてきた。
以前よりも人は増えている。
仮役場や食事小屋の周囲も整備され、荷車が通る道と人が歩く場所が分けられていた。
そして、その奥。
以前は空き地だった場所に、大きな建物が建っていた。
長い屋根。
荷車が並べる広い入口。
複数の窓からは、作業する人々の姿が見える。
工房が建ったこと自体は、手紙で聞いていた。
だが、もっと小さな作業小屋のようなものを想像していた。
目の前の建物は、俺が思っていたものより、ずっと大きく立派だった。
「ここまで大きいとは思わなかった」
「注文が予想以上に増えましたので、作業を分けて行える広さが必要になりました」
レナードが建物を見上げる。
「こちらが、リバーシ専用工房です」
建物の中から、一定の間隔で木を切る音が聞こえる。
半年前には、まだ可能性として話していただけだった。
工房が完成したことは手紙で知っていた。
それでも、あの時の話がここまで大きな形になっているとは思わなかった。
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