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45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: アカメノコバチ
第16章 王立学院五年 一学期

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第373話 家が建ったその先

 ハル領へ戻った翌朝。


 俺は屋敷の玄関で、エリアスを待っていた。


 今日は父の言葉どおり、領都を見て回ることになっている。


 ほどなくして、書類を入れた鞄を持つエリアスが姿を見せた。


「お待たせいたしました、リオン様」


「今日はよろしく」


「はい。まずは、新しい住宅区画へご案内いたします」


 そこへ、ミアが小走りで近づいてきた。


「あの、リオン様」


「どうしたの?」


「私もご一緒してよろしいでしょうか?」


 ミアは少し遠慮がちに尋ねる。


 冬休みに領都を見て回った時も、ミアは一緒だった。


「もちろん。半年前との違いを、ミアにも教えてほしい」


「ありがとうございます!」


 ミアの表情が明るくなる。


 エリアスも頷いた。


「実際に暮らす者に近い視点から、気づいたことを教えていただければ助かります」


 3人は屋敷を出て、領都の新住宅区画へ向かった。


 ◇


 夏の日差しを受けた通りには、多くの人が行き交っていた。


 荷物を運ぶ職人。


 店へ商品を届ける商人。


 井戸から水をくんで家へ戻る者。


 冬に来た時よりも、人の数が明らかに増えている。


「半年で随分変わったね」


「はい。領都に定住する者が、予想よりも早く増えております」


 エリアスが答える。


 やがて、以前にも訪れた住宅区画が見えてきた。


 半年前には柱だけだった家が完成し、軒先には洗濯物が干されている。


 家の前で道具を手入れする職人もいれば、庭先で野菜を選り分けている女性もいる。


 道の端では、子どもたちが声を上げながら走り回っていた。


「冬に来た時は、まだ家が建ち始めたばかりだったのに今はずいぶん賑わってるね」


 ミアが懐かしそうに周囲を見回す。


「はい! だんだんと街になっています」


「そうだね」


 帳面の上で増えていた人数が、家族になり、生活になっている。


 その変化を喜びながら、住宅区画全体へ目を向けた。


 意識を集中すると、視界に文字が浮かぶ。


≪生活用水:不足傾向≫

≪混雑時間帯:朝・夕≫

≪利用人口:増加中≫


 共同井戸の前には、何人もの住民が並んでいた。


 列は道の一部にまで伸び、通りかかった者が避けて歩いている。


 別の場所へ視線を移す。


≪廃棄物処理:未統一≫

≪衛生悪化リスク:上昇≫


 家々の脇には、生ごみや木くずを入れた籠が置かれている。


 置き方も場所も、家ごとに違っていた。


 さらに、道で遊ぶ子どもたちの向こうから、建築資材を積んだ荷車が近づいてくる。


≪接触事故リスク:高≫

≪原因:生活道路と運搬経路の重複≫


 荷車を引く男が声を上げると、子どもたちは慌てて道の端へ逃げた。


「エリアス」


「はい」


「井戸は、朝と夕方にかなり混んでいるんじゃないかな?」


「そのとおりです。特に朝は、仕事へ向かう前に水をくむ者が集中します」


「ごみを置く場所も、家によって違うみたいだね」


「はい。それも問題になり始めております」


 エリアスはすぐに答えた。


「それから、この道は荷車も通るよね。子どもたちが遊んでいて危なくない?」


「すでに、何度か急停止することがあったと報告を受けています。幸い、まだ怪我人は出ておりません」


 俺が気づいた問題を、エリアスはすべて把握していた。


「対策は考えている?」


「はい」


 エリアスは鞄から折り畳んだ紙を取り出した。


「井戸については、2つ目を掘る場所を調査しております。

地下水の位置を確認し、住宅区画の反対側へ設ける予定です」


 紙には、住宅区画と井戸の候補地が記されている。


「ごみについては、区画内に集積場所を設けます。

決められた日に回収し、領都の外へ運ぶ計画です」


「回収する人も必要になるね」


「すでに希望者を募っております。荷車を所有している者へ、仕事として任せる予定です」


「荷車と子どもたちは?」


「朝と夕方は、大型の荷車が住宅区画へ入らないようにします。

建築資材の運搬は、住民の往来が少ない時間帯に限るよう、工房や建築業者へ伝える予定です」


 どれも、目の前の問題に対する具体的な対策だった。


「全部、把握していたんだね」


「家を建てれば終わりではありませんから」


 エリアスは住宅区画を見渡す。


「人が暮らし始めれば、井戸を使い、ごみが出て、道を通ります。

帳面に人数を書くだけでは、暮らしの問題までは分かりません」


 半年前にも、エリアスは似たことを言っていた。


 帳面だけを見ていると、分かった気になってしまう。


 その言葉どおり、今も自分の足で領都を歩いているのだろう。


「エリアスがここまで考えているなら安心したよ」


「ありがとうございます」


 その時、井戸の列を見ていたミアが口を開いた。


「でも、新しい井戸ができても、家がもっと増えたら、また混んでしまいませんか?」


 エリアスが少し考える。


「現在予定している住宅数であれば、2つ目の井戸で足りる見込みです」


「現在予定している住宅数なら、か」


 俺は住宅区画の外側を見る。


 そこでは、さらに新しい家の柱が立てられていた。


「エリアス。今住んでいる人だけではなく、この区画が完成した時の人数で考えた方がいいと思う」


「完成した時の人数ですか?」


「うん。今の人数に合わせて井戸を掘っても、半年後にまた足りなくなれば、同じ問題が起きる」


 学院の文官コースで見学した授業でも、人口の増加を見込んで施設を配置する考え方が扱われていた。


 前世で会社を経営していた時も同じだった。


 人が増えるたびに机や設備を足していては、いずれ場所も動線も足りなくなる。


 必要なのは、今いる人数だけではなく、これから増える人数を予想することだ。


「これから建つ家の数と、1軒に何人くらい住むのかを見積もってみよう。

それから、井戸の数と位置を決めた方がいい」


「なるほど……」


「井戸の周囲も、もう少し広く取った方がよさそうだね。

列が道まで伸びないように、水をくむ人が待てる場所を作る」


 エリアスは紙へ素早く書き込んでいく。


「井戸だけではなく、その周囲を使う人数まで考えるのですね」


「井戸が使えても、列が道を塞いだら別の問題になるからね」


 次に、家の脇に置かれた籠へ目を向けた。


「ごみも、全部を同じ場所へ集めるのではなく、大まかに分けられないかな?」


「分けるのですか?」


「生ごみなど、肥料にできるもの。燃やせる木片や布。それから、もう一度使えるもの」


 細かな分類を作れば、住民が覚えきれない。


 だが、3つ程度なら分けられるかもしれない。


「全部を捨てるものとして運ぶより、使えるものを分けた方が運ぶ量も減る」


「腐るものは、畑で使える可能性がありますね」


「木片も、大きさによっては薪や工房の材料になる」


「回収した後の利用先まで決めれば、処理にかかる費用も抑えられます」


 エリアスは書きながら、何度も頷いた。


 最後に、道で遊んでいる子どもたちへ目を向けた。。


「荷車が通る時間を分けるだけでも危険は減ると思う。

でも、子どもたちは別の時間にもここで遊ぶよね」


「はい」


「だったら、子どもたちが安心して遊べる場所を作るのはどうかな?」


 住宅区画の一角には、まだ建築予定のない空き地がある。


「あの場所を残して、荷車が入らないようにする。

子どもたちがそこで遊ぶようになれば、道へ出ることも減ると思う」


 ミアも空き地を見た。


「遊ぶ場所が決まっていれば、小さな子どもを連れた方も安心できると思います」


「しかし、住宅用の土地を減らすことになります」


 エリアスが言う。


「家を増やすことだけが、住みやすい街を作ることではないと思う」


 リオンは答えた。


「子どもが安全に遊べる場所も、暮らすために必要なものだから」


 エリアスはしばらく空き地を見つめたあと、深く頷いた。


「確かに、そのとおりです」


 ◇


「私は、今起きている問題をどう処理するかばかり考えておりました」


 住宅区画を歩きながら、エリアスが言った。


「しかしリオン様は、対策を行った後に何が起きるかまで考えておられるのですね」


「学院で領地運営について考える機会があったからね」


 それだけではない。


 前世では、目の前の問題だけを処理し、似た混乱が何度も起きたことがある。


 その場を収めるだけではなく、同じ問題が起きにくい仕組みへ変える必要があった。


「それに、俺が気づいた問題は、エリアスも全部把握していた」


「それは、毎日領都を見ているからです」


「それが一番大切だと思う。俺は半年ぶりに来たから、変化が目につきやすかっただけだよ」


「それでも、私は今いる住民のことしか考えておりませんでした」


 エリアスは手元の紙を見る。


「将来の人口を見込んで井戸を配置すること。ごみを処分するのではなく、再利用できる形に分けること。住宅だけでなく、子どもたちのための場所も残すこと」


 そして、感心したようにリオンを見る。


「王立学院で学んだことを、すぐに領都の問題へ結びつけられるのは、やはりすごいことです」


「学院で学んだだけなら、気づけなかったと思う」


「と申しますと?」


「エリアスが現場を見て、今の問題を説明してくれたから考えられたんだよ」


 俺1人では、領都の毎日の変化をすべて把握することはできない。


 現場を知るエリアスがいるからこそ、その先の仕組みを考えられる。


「これからも、気づいたことを教えてほしい」


「承知いたしました」


 エリアスはいつもの落ち着いた表情で頭を下げた。


 ただ、その声は少しだけ嬉しそうだった。


 ◇


 住宅区画の端では、新しい家の柱が組み上げられていた。


 半年前には空き地だった場所に家が建ち、人が住み、暮らしが生まれている。


 家が増えれば、人も増える。


 人が増えれば、必要なものも変わっていく。


 成長する領都には、これからも新しい綻びが生まれるだろう。


 けれど今のハル領には、その綻びを見つけ、考える者が、リオン以外にも育っていた。



最後まで読んでいただきありがとうございます。

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