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45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: アカメノコバチ
第16章 王立学院五年 一学期

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第371話 卒業後はどうする

 王都を出てから数日後。


 リオンたちを乗せた馬車は、トラウゼン侯爵家の屋敷へ到着した。


 広い玄関前には使用人たちが並び、その中央でトラウゼン侯爵が待っていた。


「よく来たな、リオン」


「お招きいただき、ありがとうございます」


 頭を下げながら、リオンは少しだけ違和感を覚えた。


 以前は、リオン殿と呼ばれていたはずだ。


 それが今では、ただのリオンになっている。


 言葉遣いが雑になったわけではない。


 侯爵との距離が、以前より少し近くなったのだろう。


「長旅で疲れているところ悪いが、時間はあるか?」


「はい。今日は、こちらへ泊めていただく予定ですから」


「それなら問題ないな」


 侯爵は満足そうに頷く。


「まずは1局、付き合ってもらおう」


 予想どおりの誘いだった。


 ◇


 応接室のテーブルには、すでにリバーシの盤が用意されていた。


 以前リオンが持ち込んだものと同じ形だが、盤も駒も丁寧に作られている。


「新しく作らせたのですか?」


「ああ。以前の盤は使いすぎて、随分と傷が増えてしまった」


「そんなに遊んでいるのですか?」


「屋敷の者たちが思っていた以上に熱中していてな。私も相手には困らん」


 侯爵は得意げに黒い駒を手に取った。


「先に置かせてもらうぞ」


「どうぞ」


 中央へ駒を並べ、対局が始まる。


 侯爵の打ち方は、以前とは明らかに違っていた。


 目の前の駒を多く取れる場所へ、すぐに置くことはない。


 角の周辺を避け、リオンが次にどこへ置くのかを考えている。


「かなり練習されましたね」


「分かるか?」


「前とは打ち方が違います」


「何度も負ければ、さすがに考えるようになる」


 侯爵は盤面を見ながら笑った。


「屋敷の文官たちには、もうほとんど負けんぞ」


「それはすごいですね」


「だからこそ、リオンにどこまで通じるか確かめたかった」


 リオンも油断せず、先の盤面を考えながら駒を置いていく。


 数手進んだところで、侯爵が尋ねた。


「学院はどうだ?」


「一学期の期末試験が終わりました」


「結果は?」


「総合では1位でした」


「それは見事だな」


 侯爵は手放しで褒めたあと、次の駒を置いた。


「確か、飛び級したのだったな」


「はい。四年生を飛ばして、今は五年生です」


「飛び級してすぐに一位か。王都で評判になるのも無理はない」


「ただ、四年生で学ぶはずだった範囲には、まだ不足があります。今回の試験でも正式な術式記述で失点しました」


「自分で分かっているなら、埋めればよい」


 侯爵は簡単に言った。


「できなかったことを気にしすぎるより、次に何をするかを考える方が大切だ」


「そうですね」


 リオンは頷き、白い駒を盤面の端へ置いた。


 侯爵は少し迷ってから、その隣へ黒い駒を置く。


 以前ならすぐに角を取れたが、今は簡単には渡してくれない。


「五年生なら、学院を卒業するまで長くはないな」


「はい」


「卒業後はどうするつもりだ?」


 侯爵の視線は盤面に向いたままだった。


「リオンは、学院を卒業した後はハル領へ戻るのか?」


 また、リオンと呼ばれた。


 以前のような客人や、他領の子爵家の嫡男としてではなく、知っている若者へ尋ねているような口調だった。


 リオンは駒を持ったまま考える。


「まだ決めていません」


「ほう」


「ハル領でやりたいことはあります。父を支えながら、領地の仕事にも関わりたいと思っています」


 領地には、まだ改善できることが多く残っている。


 産業を育て、働く場所を増やし、暮らしを安定させる。


 これまで始めた仕事も、完成したわけではない。


「ですが、王立研究所でも学びたいことがあります」


「魔法の研究とかしたいのか?」


「それだけではありません。まだ知らない技術を学び、それを領地でも使える形にしたいと思っています」


「王宮からも声をかけられるだろうな」


 リオンは否定できなかった。


 すでに王宮の防護結界のことも協力している。


 研究所に所属すれば、王宮から仕事を頼まれる機会も増えるだろう。


「どれも捨てがたいか?」


「はい」


「なるほどな」


 侯爵は黒い駒を置き、白い列を裏返した。


「選べる道が多いのは、悪いことではない」


「そう思います」


「だが、すべてを同じように選べるとは限らん」


 リオンは侯爵を見る。


 侯爵は盤面から目を離さずに続けた。


「領地にいながら王都の仕事もする。研究を続けながら領主の仕事も学ぶ。

それ自体は不可能ではないだろう」


「はい」


「しかし、人が使える時間には限りがある」


 侯爵は指先で黒い駒を転がした。


「できるからといって、すべてを引き受けていては、いずれどれも十分にできなくなる」


 その言葉は、前世の自分にも覚えがあった。


 会社を経営していた頃、頼まれた仕事を次々と引き受けた。


 できることが増えるのは嬉しかった。


 だが、その分だけ時間は減り、自分にしかできない仕事ばかりが残っていった。


 今世でも同じだった。


 領地、研究所、学院、王宮。


 求められるままに動いていれば、いつかどこかに無理が出る。


「選べる道が多い者ほど、何を選ぶかだけではなく、何を選ばないかも考えねばならん」


「何を選ばないか……」


「ああ。ただし、今すぐ決める必要はない」


 侯爵は顔を上げる。


「まだ夏休みが始まったばかりだ。ハル領へ戻り、家族とも話してみるといい」


「そうします」


 リオンは手にしていた白い駒を置いた。


 そこから一列が白へ変わる。


「む?」


「この角はいただきます」


「待て。いつの間にそこまで準備していた?」


「侯爵と話している間です」


「私は話しながら考えていたつもりなのだがな」


「前より、ずっと難しかったです」


 角を取ったことで、盤面の流れは大きく変わった。


 侯爵も最後まで粘ったが、終盤ではリオンの白い駒が一気に増えていく。


 すべての駒を置き終えると、白の方が多く残った。


「また負けたか」


 侯爵は悔しそうに盤面を眺める。


「かなり危なかったです」


「それは慰めか?」


「本当です。以前より数段強くなっています」


「ならば、もう1局だ」


「休憩しなくてよいのですか?」


「今の負け方なら、次は勝てる気がする」


 ミアも同じようなことを言っていたなと、リオンは思った。


「分かりました。もう1局だけですよ」


「リオンが帰るまで、まだ時間はあるだろう」


 侯爵はすでに中央へ駒を並べ始めていた。


 ◇


 その日の夜。


 用意された客室で、リオンは窓の外を眺めていた。


 明日にはトラウゼン侯爵家を出て、ハル領へ向かう。


 ハル領へ戻れば、両親や領地の者たちが待っている。


 王都には学院があり、研究所がある。


 どちらも、自分にとって大切な場所だった。


 すべてを続ける方法を考えることもできる。


 だが、その方法だけに固執すべきではないのかもしれない。


 何を選び、何を選ばないのか。


 答えを急ぐ必要はない。


 それでも、夏休みの間に考えておきたいことだった。



最後まで読んでいただきありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
トラウゼン侯爵はリオンのリバーシでの本気が気にならないのか? 手加減されてるのは判ってるだろうから本気での実力差も見てみたいと思いそうだけど…
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